オラクル(Pracle)共同創業者兼会長のラリー・エリソン。医療情報技術のサーナー(Cerner)買収に巨額を投じる。
Robert Galbraith/Reuters
米ソフトウェア大手オラクル(Oracle)が米医療情報技術のサーナー(Cerner)を買収すると発表した。
買収価格は1株あたり95ドル、総額およそ283億ドル(約3兆2000億円)をすべて現金で支払う。手続き完了は2022年内の予定。
4兆1000億ドル(約460兆円)という巨大な市場規模を誇るヘルスケア分野をめぐって世界のテクノロジー企業がしのぎを削るなか、今回の買収発表は、オラクルによる強烈な「威嚇(いかく)射撃」と言えるだろう。
買収がヘルスケア産業にもたらす影響
データベースとソフトウェアを主力としてきたオラクルは、成長戦略の柱として目下クラウドビジネスに注力している。
ヘルスケア専門投資銀行SVBリーリンクのステファニー・デイビスによれば、電子カルテ(EMR)市場でエピック(Epic)に次ぐ全米シェア2位のサーナーを買収することで、オラクルはまったく新しい市場への足がかりを得られるという。
買収価格の283億ドルは、マイクロソフトが2021年4月に買収を発表した診療現場向け音声認識システム(対話型AIツール)のニュアンス・コミュニケーションズ(Nuance Communications)を大きく上回る数字(ニュアンスは純負債込みで197億ドル)。ヘルスケア分野では過去最大級の買収となる。
ヘッジファンド大手マーベリック・キャピタル(Maverick Capital)のアンバル・バッタチャルヤは次のように分析する(注:買収の正式発表前のコメント)。
「大手テクノロジー企業がヘルスケア分野への本格進出を決断すべきときが来ています。サーナーは電子カルテ市場のトップシェア組。その買収はオラクルにとって間違いなく強力な(ヘルスケア分野進出の)足がかりとなるでしょう」
ただ、一部の投資家や業界関係者の間では、早くもこの買収合意に冷や水を浴びせる発言が飛びかっている。
例えば、スイス金融大手UBSのカール・キーステッドは買収報道に関する投資家向けレポートのなかで、サーナーの成長とヘルスケア業界のクラウド移行、いずれもスピード感に欠けることが、オラクルに期待する投資家にとって大きなリスクだと指摘している。
また、オラクルはこれまで投資家向け説明会などで一貫して、今回発表したような巨額買収とは正反対の、オーガニック(=提携や買収に頼らない、既存の経営資源を活用した)成長を目指す方針をくり返し強調してきた。
実際、オラクルによるサーナー買収はヘルスケア業界に何らかの変革をもたらすのか、Insiderはアナリスト、コンサルタント、サーナー元従業員、ベンチャーキャピタリスト、医師、医療システム管理担当者らに取材したが、結論としては未知数だ。
医療技術コンサルタントのマシュー・ホルトは、Insiderの取材にこう答えた。
「今回の買収はあくまで巨大企業の話。そうでなくてもヘルスケア業界はビジネス面での成長が緩やかで、徐々にしか進んでいきません。アメリカのヘルスケアシステムに本当に劇的な変化が起こるとすれば、新興のデジタル企業が起点になるのではないでしょうか。
今回の買収はヘルスケア業界を変革する試みではなく、低迷する産業から少しでも金をしぼり取ろうという、オラクルの財務改善に向けた動きにすぎないと私は考えています」
セルネルの成長は遅い、だが技術刷新の余地は大きい
2021年10月、サーナーはグーグルのバイスプレジデント(ヘルス担当)デイビッド・ファインバーグ博士を新たな最高経営責任者(CEO)として迎え入れた。
ファインバーグのグーグル退社報道の直後、Insiderは同社のヘルス部門(グーグルヘルス)が解散し、メンバーが他のプロダクト部門に配置転換されたことを報じている。
ファインバーグに課された使命は、大規模な買収・合併を実現するだけでなく、サーナーの新たな未来を切り開くことだ。
サーナーは病院や医師が患者のカルテやその他データを保存・分析するためのソフトウェアを開発・提供している。
電子カルテは、アメリカのヘルスケアシステムのオンライン化に大きな役割を果たしたものの、患者の情報を整理するための簡単な検索機能すらない、書類キャビネットの電子版程度との認識が多い。
それゆえ、(解散前の)グーグルヘルスは電子カルテ検索ツールの開発を最重要プロジェクトと位置づけていた。
今回の買収を通じてサーナーの評価額はつり上がり、同社はその点では純粋に大きな勝利を得たと言える。
政府が電子カルテのオンライン化を促そうと2011年に多額のインセンティブ、2015年にはペナルティを導入するその前まで、サーナーの株価が大幅に上昇するような局面はなかった。
そしてその間、競合する電子カルテ首位のエピックは、医療情報技術分野のマーケットリーダーへの階段をのぼり詰めていった。
そんなサーナーも、巨人オラクルの傘下に入ることでテクノロジーの刷新が可能になる、SVBリーリンクのステファニー・デイビス(前出)はそう評価する。
買収後の青写真
オラクルとサーナーは12月20日の買収合意発表に併せて、統合効果の発揮に向けたプランの一部を披露している。
買収後、オラクルはサーナーの医療情報システムをオラクルのクラウド上に移行させ、ユーザーインターフェース(UI)すなわち医師が関わる部分をサーナー側で変更できるようにするという。
オラクル共同創業者兼会長のラリー・エリソンはプレスリリースで、クラウド上で使えるより多くのデジタルツールやハンズフリー音声機能を診療現場に提供するとしている。
オラクルのエグゼクティブ・バイス・プレジデント(バーティカル市場担当)マイク・シシリアも、同じリリースで「(臨床医の)タイピング時間を減らすことができる」と具体的に言及した。
サーナーはすでに電子カルテを活用した予測分析システムを開発済みで、例えば、敗血症を発症するリスクのある患者を事前に発見して医師に伝えることのできる、大規模なデータプラットフォームを有している。同社はこの手法をさらに強化していきたい考えだ。
現場の医師がより良い医療情報を入手できるようにする取り組みを通じて、オラクルとサーナーはヘルスケア産業を革新していくとエリソンは強調する。
なぜオラクルにとってサーナーは魅力的なのか
オーメルズ・ベンチャーズ(OMERS Ventures)のプリンシパルインベスターで、かつて米CNBCのヘルスケア産業担当記者だったクリスティーナ・ファーによれば、オラクルのサーナー買収は以前から噂されていたという。
電子カルテ企業の買収は一種ののろしで、オラクルは今後全米に広がる大規模な医療機関ネットワークに直接アクセスしていく展開が予想されるとファーは予測する。
「オラクルのサーナー買収を通じた医療情報技術分野への参入は、エコシステム全体にとってプラスに働くのではないでしょうか。医療機関と患者の間でヘルスケア関連のデータをより容易にやり取りできる環境が、オラクルの参入をきっかけに生まれていく可能性があります」(ファー)
オラクルの株価はここ数年比較的安定した動きが続いてきたが、クラウドを柱とした成長戦略が投資家からの理解を得て、2021年に急上昇。直近の決算説明会ではより具体的に、戦略的に優先する分野としてヘルスケアを挙げている。
サフラ・カッツCEOも前出のプレスリリースで、「ヘルスケアは世界で最も大きく、重要なバーティカル市場(=特定の分野に特化した市場)で、その規模はアメリカだけで3.8兆ドル(約430兆円、2020年)にもなります」と言及している。
また、米金融大手モルガン・スタンレーのアナリストチームはクライアント向けレポート(12月17日付)で、サーナーの現時点での推奨クラウドプロバイダーはアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)だが、それを踏まえても、オラクルはサーナーを傘下におさめることで膨大なクラウドアセットを手にしたことになると分析している。
オラクルは医療機関、医療システム、医療保険のデータ運用管理を支援するテクノロジーを提供し、ヘルスケア分野ですでに大きなプレゼンスを発揮している。サーナーの医療記録システムもオラクルのリレーショナル・データベースを使って構築されている。
また、ヘルスケアベンチャー・コンティゴヘルス(Contigo Health)の最高医療責任者(CMO)ジョナサン・スロトキンは、サーナーの取得するデータが関係者の了承を得てクラウドに流れ込むことで、オラクルがヘルスケア分野でできることは多くなると指摘する。
例えば、薬剤開発目的で医療システムと接続するためにサーナーのソフトウェアを利用している製薬企業やライフサイエンス企業のデータがその一例と言えるだろう。
サーナーを通じて得られるデータは「オラクルの人工知能(AI)あるいはクラウドサービスのトレーニング用にも役立ち、アマゾンやグーグルなど競合する巨大企業との差別化につながる」(前出オーメルズのファー)という。
巨大テック企業の思惑
ヘルスケア業界関係者は、サーナーを買収する企業がアマゾンでもグーグルでもなく、オラクルであることに驚きを隠さない。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)医学部のボブ・ワクター学部長は12月17日、Insiderの取材に対し、次のように語った。
「今回の買収から、健康に関するリアルなデータとその所有者、つまり医療機関や医師にアクセスすることができなければ、ヘルスケア分野を攻める戦略を策定する際、競合企業に対して大きな不利を被ることになるという、大手テック企業の認識が読みとれます。
また一方でオラクルの動きは、医療の世界で主導権を握ることに大手テック企業の関心が高まってきていること、医療データを握ることは油田の権益を握ることに等しいと彼らが考えるようになってきている兆候とも言えるでしょう」
しかし、オラクルと競合するアマゾンやグーグルについては、社内の別部門との利益相反に陥りかねない懸念から、ヘルスケア分野への本格的なコミットを躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ない面もある。
時価総額1兆ドル超という巨大企業にとって、なかなか利益を生み出さないプロダクトや、他部門のビジネスの妨げになるような部門を支援する社内合意を得るのはきわめて難しく、ヘルスケア分野はその最たる例と言えるからだ。
米カリフォルニア州で医療保険を提供するスキャンヘルスプラン(Scan Health Plan)のサチン・ジャインCEOは、「買収ならそうした問題を回避しつつ、人材と戦略、プロダクトを一度に入手できる」と指摘する。
ただし、ソフトウェア企業の買収・合併(M&A)に関するオラクルの手腕は評価がまちまちで、今回の買収を良い結果に導けるかは何とも言えない。
「サーナー買収を他の大手テック企業との競合に出遅れないよう無事完了できるか、そしてサーナーとオラクルの両社に変革をもたらすスムーズな統合を実現できるか、まだまだこれから目を離せない時期が続くでしょう」(前出コンティゴヘルスのスロトキンCMO)
(翻訳・編集:川村力)