マザーズ上場後、記者会見を開いたフィナテキストホールディングスCEOの林良太氏。
撮影:横山耕太郎
「僕たちが日本の金融のデジタル化を主導して進めないと、日本の金融サービスは変わらないなと思ったんです」
フィンテックベンチャーのフィナテキスト(Finatext)ホールディングス(HD)が2021年12月22日に東証マザーズに上場した。
初日の終値は、公募売り出し価格(1290円)を下回る840円。終値ベースの時価総額は410億円だった。
この株価について、フィナテキストHDの林良太CEOは記者会見で「市場の厳しい評価をいただいた。株価を伸ばすためにも業績を伸ばしていくしかない」と話した。
フィナテキストは2013年に創業、日経新聞のNEXTユニコーン調査で9位に選出されたのは2018年のことだ。現在の累計資金調達額は90億円以上にのぼる。
同社の主力事業は、金融サービスや保険サービスを開発・提供するクラウド基盤を提供すること。言わば「黒子」の存在だが、従来の金融インフラ基盤を使うよりも、低コストとスピード感のある開発が可能なことから、クレディセゾンやあいおいニッセイ同和損害保険など計13社と契約している。
競争が激しいフィンテック業界で、どのように生き残り、8年かけて上場にこぎつけることができたのか。林氏に直撃した。
フィンテックへの“民族大移動”
みずほ銀行では2021年、システム障害が相次いだ。
撮影:今村拓馬
「日本の金融機関の基幹システムは、あまりに個別最適化され、金融機関の競争力を下げています。それ自体は10年以上前からの問題ですが、ここにきて世界が大きく変わり始めました」
林氏はそう話す。
メガバンクを始め日本の金融機関は、数十年前に構築した自社のシステムを改修しながら使い続けているのが現状だ。
その弊害は大きく、改修前後のシステムが「スパゲッティプログラム」とも呼ばれるように複雑に絡み合っている。2021年に、みずほ銀行が4000億円以上を投じたとされる新システム(MINORI)で、障害が相次いだことは記憶に新しい。
「システム管理に大きなコストがかかるだけでなく、新しいサービスを始めるにも長い時間とコストがかかってしまう。
一方で、グローバルではゴールドマン・サックスやJPモルガンなどの超大手証券会社が、スタートアップと協業しながら新しく一般消費者向けの銀行業務を始めています。またUberやLINEなどの事業会社も金融仲介のサービスを始める動きが出てきた」
林氏は、こうした動きを「フィンテック企業への“民族大移動”が起きている」とみる。
「フィンテックによって、圧倒的に早く、安く、金融サービスを提供できる環境が整いました。大手企業も含め、こぞって全面的な見直しに動いています。
金融インフラが変われば、消費者にとってもプラスになる。安くて柔軟な金融サービスが、これから指数関数数に増えていくのは間違いありません」
創業時「ミッションドリブンじゃなかった」
創業メンバーらの当時の記念写真。
提供:フィナテキストHD
林氏は東大卒業後に、ドイツ銀行に就職しエンジニア職、営業職を経験。その後日本のヘッジファンドに就職し、その時に出会った東大の同窓生らと、2013年12月にフィナテキストを設立した。
林氏は当時を「UI・UXが良ければ、フィンテックともてはやされた時期だった」と振り返る。
創業当初に初めてローンチしたサービス「あすかぶ!」は株価を予想するアプリ。現在の主力サービスである金融インフラ事業とは、一見すると関連のない内容に見える。
「創業した時は『仲間と何かを作りたい』という思いでした。今でこそ、『金融を“サービス”として再発見する』というミッションを掲げていますが、創業当時は、いい意味でミッションドリブンの会社ではありませんでした」
ただ、株価アプリをよりユーザーが使いやすいものにするため、サービスを磨いていくうちに、日本の金融の問題という「本質」に近づいていったという。
「『今は使いにくい金融アプリが多いよね』『それって金融データをうまく使えてないことが原因だよね』『つまり金融の基幹システムを変えなきゃいけないよね』と進んできました。
ここまで成長できたのは、使いやすいアプリを作るだけでなく、日本の金融の本質的な課題解決を目指してきたからだと思っています」
ただ一番大きな成長の理由は、参入の時期だと言う。
「フィンテック黎明期の2014年に事業を開始したということ。これが大きいと思っています。金融の基幹システムとなれば、プレーヤーが限られる。私たちは運よく市場に参入でき、シェアを拡大できた。これからこの分野へのスタートアップの参入は難しいと思います」
メガベンチャーのエンジニア獲得目指す
フィナテキストHDでは、人材の獲得、特にエンジニアの採用を強化したいと話す(写真はイメージです)。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
フィンテック企業として、更なる成長を目指すフィナテキストHDが、上場後に目指すのが「人材の獲得」だ。
林氏は「メガベンチャーやITスタートアップから、プロダクトがわかるエンジニアの採用を進めたい」と話す。
現在のフィナテキストHDの社員は約200人。「2~3年で約300人」に増やすのが目標という。
「スタートアップが注目されているといっても、これまで100人中1人がスタートアップに来ていたのが、やっと3人来るようになったという程度のもの。逆にそれだけ、大企業には知名度や安心感など底力があり、採用力にも差があります」
大企業やメガベンチャーで働く優秀な人材を獲得できるかどうかが、企業の成長を大きく左右する。
「大企業などで働いている人の中には、スタートップとの接点が少なかっただけという人も多い。『このまま大企業で働いていいんだっけ』と感じた時に、選んでもらえるような環境を整えたい」
例えば、採用のためのインセンティブとして、上場後に入社した社員にも付与できる信託型ストックオプションの枠も、公開価格(1290円)ベースで10億円以上の用意もしているという。
プライベートと仕事「めちゃめちゃ連動している」
長男を抱っこする林氏。
提供:フィナテキストHD
フィナテキストHDでは、家族が出産した場合に「50万円の一時金」を支給するなど、福利厚生も充実させている。もちろん、離職防止や採用力強化の狙いもあるが、そこには林氏自身の経験も影響している。
林氏は2019年に第1子を授かったが、出産後に妻が重い産後うつに悩まされた。家族のサポートを優先するために、午前中と夜は仕事をしない「6時間勤務」に切り替えた。
林氏は当時の心情について、Business Insider Japanの取材にこう話している。
「これまで最前線で走ってきたので、休むとは言えませんでした。一番強い人間が、会社のトップになるべきだと思ってずっとやってきたので。
成長の大事な時期にトップがいなくなるなんて、もし自分が部下だったら『あり得ない』と感じるだろうと」
ハードワークが当たり前の生活を捨て、家族と過ごす時間を優先。しかし、結果的には周りの社員に支えられ、会社としても林氏個人としても、スタートアップCEOが時短勤務するという危機を乗り越えた。
「社員が長く働ける会社にしたいと思っています。私も経験をしましたが、仕事とプライベートを分けるのは無理です。もうめちゃめちゃ連動している。
だからこそ男性育休でも女性育休でも、子どもが風邪をひいた時でも、彼女とデートする時でも、プライベートを大事にしながら働ける制度を整えていきたいと思っています」
将来的には「決済や融資」も視野
新型コロナウイルスの感染爆発からもうすぐ2年。全く予想もしていなかったコロナが、日本のDXを一気に推し進めたことも、フィナテキストにとっては追い風になっている。
「これまで保険の営業は対面が当たり前だったのが、コロナでオンラインに切り替わりました。フィンテックへの理解が進んだ今が、めちゃめちゃチャンスだと思っています」
長期的には、「決済や融資などにもサービス」を拡大していきたいという林氏。上場後に見据える目標は明確だ。
「今から30年前には、日本の金融機関の時価総額は、世界のランキングで上位を占めていた時代があったのに、今では跡形もありません。そんな日本の金融を僕たちが変えていきます」
(文・横山耕太郎)
※編集部より:株式公開後の株価などを踏まえて、一部、更新しています。2021年12月22日17:10