今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
「アメリカの職場では、上司が部下を怒ることはそれほどない」。10年の在米経験を持つ早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生はそう言います。では、日本企業ではなぜ「怒る」のでしょうか。入山先生がその違いを考察します。
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金融庁はみずほ銀行に怒っている?
こんにちは、入山章栄です。
今回は、一時期システム障害が連発していた、みずほ銀行の話題です。
ライター・長山
先日、金融庁がみずほ銀行に対して業務改善命令を出しました。その中に、みずほ銀行について「言うべきことを言わない」「言われたことしかしない」組織であると述べた箇所があり、公文書としては異例の強い表現だったことから、Twitter上では「金融庁が“激おこ”だ」と話題になりました。
「言うべきことを言わない」「言われたことしかしない」組織はかなり末期症状だと思うのですが、こんな組織を変えるための経営理論は存在するのでしょうか?
長山さんの質問は「みずほのような組織を変える経営理論があるかどうか」ですが、この一回では語り尽くせないかもしれませんね(笑)。ただ僕なりの視点があるので、今回はその切り口から解説させてください。それは金融庁が「激おこ」という部分です。
「激おこ」ということは、金融庁がみずほ銀行に対して怒っているわけですよね。
僕はよく、「怒る」とか「叱る」って、どういうことなんだろうと考えます。というのも、僕がアメリカで博士課程の助手時代や教員時代も含めて10年間働いていた中で、一度も仕事で怒られたことがなかったからです。
それは僕が非の打ちどころがないほど優秀だったからでは当然なく、アメリカの職場では上司が部下を怒ることがそれほどないからだと思います。
例えばお子さんがいる方は、お子さんを叱りますよね(「怒る」と「叱る」は違うという説もありますが、ひとまずここでは区別せずにおきます)。なぜお子さんを叱るかといえば、その子に成長してもらいたいから。なぜ成長してもらいたいかといえば、お子さんはこの先もずっと自分の子どもだからです。
一方、日本の会社では上司が部下をよく怒ります。なぜか。
これは僕の理解ですが、日本の会社は終身雇用制が前提になっていますから、上司と部下はお互いがずっと会社にいるという暗黙の関係性があるからではないでしょうか。だから親子のような関係に近いので、怒る必要がある。
上司は部下に対して、「終身雇用だからこいつは辞めないし、自分の部下でい続けるかもしれない。だったら怒って成長させるしかない」と思いやすいのです。怒ったり叱ったりすることでどれだけ成長するかは不明ですが、とにかくお互いの関係が切れないことが、ある程度は前提になっているはずです。
ではアメリカはどうかといえば、先ほども言ったように、僕の経験では上司は部下にあまり怒ったりしない。怒る代わりにどうするかというと、クビにしてしまうのです。だから怒る必要がない。
日本はまだまだ終身雇用が前提になっている。だから自分から見てダメに見える人材でも、怒りながら使うしかない。その結果、日本の会社では上司が部下を怒りまくる。このような環境だからパワハラが発生しやすいのではないか、というのが僕の理解です。
でもいまや若い人たちの意識は変わっていますからね。上司からガミガミ怒られるような会社になんかいたくないでしょう。
日本の会社は社員に甘えている
BIJ編集部・小倉
なるほど。怒り、怒られつつ一緒に働いているというのは、世界的に見たら珍しいことなんですね。
世界全体で珍しいかどうかは分かりませんが、少なくともアメリカと比べると、上司が部下を怒鳴りつけたりする情景をこれだけ見るのは日本ならではだと僕は思います。
アメリカではもし注意しても改まらないなら予告してクビにすればいいし、部下も怒られるのが嫌なら辞めればいい。でも終身雇用前提の日本では、怒られても部下が辞めないことが多い。
逆に言えば、会社側・上司側も「どうせ辞めないんだから、何をしてもいい」と思っている。だから地方に転勤させたり、上司がパワハラまがいのことをしたりすることになる。
僕はよく、「終身雇用とは、従業員が会社に甘えているのではなく(もちろんそれもあるが)、むしろ会社が社員に甘えているのだ」と言っています。だから会社側・上司側は何をしてもいいと思っている。
ですから本質的には、もし意に添わない転勤などを命じられたり、パワハラを受けたりしたら、部下は辞めてしまえばいいのです。優秀な人間がどんどん辞めていけば、会社も態度を改めるでしょう。
お互い、いい意味での緊張関係は大事です。その中で信頼関係をつくっていくべきなんですよ。
この考えを先のみずほ銀行の事例に当てはめれば、監督官庁である金融庁が上司で、みずほ銀行が部下のようなものですよね。そして金融庁がみずほ銀行を激しく怒るということは、この両者の関係がずっと続くだろう、と互いに思っていることの裏返しなのです。すなわち終身雇用のような状態になります。
だから金融庁は「怒る」わけですが、それは「金融庁がみずほを潰さない」という前提があるからとる態度なのです。
一方で、みずほ銀行は「どうせうちは潰されない(クビにならない)だろう」と考えている。だから多少怒られても、大胆な改革もしないし、“言うべきことを言わない”し、“言われたことしかしない”わけです。この銀行の「うちは絶対に潰されない」という過信が、システム障害の遠因になっているのかもしれません。
もしそうなら、みずほはこの終身雇用のような関係に甘えていることになります。でも甘やかしたのは、監督官庁である金融庁でしょう。
これはかなり大胆な意見ですが、仮に金融庁がみずほを見放して、それが理由でみずほ銀行が倒産したとします(もちろん、あくまで仮の話ですよ)。
そうすれば、他の「部下」である三菱東京UFJや三井住友は「金融庁との終身雇用のような関係は終わったのだな」と気を引き締めるので、緊張関係が高まり、パフォーマンスが著しく上がることは間違いないでしょうね。
BIJ編集部・常盤
でもみずほを潰すとなると相当に外科的な大手術ですよね。それをせずに、みずほが自浄作用で変わる道はありませんか?
いや、残念ながらないと思いますよ。第一勧業銀行と富士銀行と日本興業銀行の3行が合併して、みずほ銀行が誕生したのが2002年。それから20年が経ちますがまだ変われないわけですから、この先もおそらくかなり難しいのではないでしょうか。
相手は変えられない。自分が変わるしかない
なぜ金融庁がみずほ銀行を変えられないかというと、業務改善命令でどんなに強い言葉を使ったところで、相手がその気にならなければ無理だからです。
「人は変えられない」んです。例えばみなさん、ご自身の夫婦関係でパートナーに「ここを変えてほしい」と言って、相手が変わったことがあったか、思い出してみてください(笑)。
BIJ編集部・常盤
ないですね(笑)。
相手を変えることは、基本的にはできないんですよ。でも、相手が「自ら変わる」ことはできる。これは僕ではなく、ユニリーバの取締役人事総務本部長の島田由香さんの名言です。
「変わってほしい」と言ったところで、相手は絶対に変わらないんですよ。僕もこれまでのさまざまな人間関係から、「相手は変わらないのだから、自分が変わるしかない」と悟りました。なんだか聖人君子みたいですけれどね。
でも自分が変わっていけば、やがてパートナーも何かに気づいて自ら変わってくれるかもしれない。
金融庁も、強い言葉を使えばみずほを変えられるなんて思わないほうがいい。「激おこ」しても意味がないのです。すなわち、金融庁が自ら変わるしかない。みずほを潰すことも辞さないような、厳しい金融庁に変わるべきなのです。
そのほうが日本のためになるし、それがみずほに伝わってはじめて「自ら変わる」ようになるのではないでしょうか。
BIJ編集部・常盤
みずほ銀行と金融庁の関係からパートナーシップの教訓を得るとは思いませんでした(笑)。でも本当にそうかもしれませんね。
日本企業に「怒る・叱る」が多いのは、銀行を一行潰すくらいのドラスティックな意思決定が、なかなかできないからなのかもしれません。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。