日本におけるシビックテックの第一人者・関治之さん。デジタル庁に参画し、行政のデジタル化を推進するためのデータの標準化などに取り組んでいる。
撮影:今村拓馬
職員約600人のうち約200人が民間人材というデジタル庁。連載では、これだけ大勢の民間人材が省庁で働くことで見えた、霞が関の文化や仕組みなどを報じてきました。
最終回は、シビックテックと言われるデジタル民主主義を象徴する動きを日本でいち早く実践している人物が、デジタル庁に参画したことで思い描いた行政のデジタル化の未来についてです。
「霞が関らしくない」2日後のnote
9月1日の発足後、デジタル庁はウェブサイトを公開した途端、“洗礼”を浴びた。デザインがシンプルでいいという好意的な意見の一方で、リンク漏れなどさまざまな不具合も指摘された。何よりアクセスしづらい状況になり、「アナログ庁」とまで揶揄(やゆ)された。
それから2日後の9月3日。デジタル庁は1本のnoteを公開する。
「デジタル庁のウェブサイトにいただいたフィードバックの反映状況について」。指摘を受けたさまざまな不具合だけでなく、それ以外の課題についても挙げ、改修すると書かれている。最後の一文は「今後も引き続き、忌憚なくフィードバックをいただければと思います」。
行政機関が政策を実施していく上で、あらかじめその案を公表して広く意見を募集するパブリックコメントという制度はある。だが、これは特定の政策ごとに募集され、期間も決められている。意見に対する行政機関側の考えも公開されるものの、双方向とは言い難い。
このnoteが「霞が関らしくない」と評されたのは、そのスピード感だけでなく、意見を言えばちゃんと反応してもらえる、フィードバックがある、という“手応え”だった。
行政データを統一して初めて活用できる
コード・フォー・ジャパンが受注した東京都のコロナ関連サイトはたった1日半で完成した。ソースコードを無償でオープンにしたことで、約80もの自治体に使われた。
撮影:今村拓馬
この「国民からの意見を霞が関に届ける」仕組みをデジタル庁でつくっているひとりが、一般社団法人「コード・フォー・ジャパン(CfJ)」の関治之さん(46)だ。関さんが代表理事を務めるCfJは、民間企業で働くエンジニア有志が自分のできる範囲で活動に参加し、行政などのデジタル化をサポートしている。
CfJの名前を広く知らしめたのが2020年3月、東京都のコロナ関連サイトの立ち上げだった。受注からたった1日半で完成させ、シンプルだが温かみのあるデザインやその使いやすさで評判になった。最終的には300人もがボランティアとして関わったこの都のサイトは、ソースコードを無償でオープンにしたことで、約80もの自治体に使われた。
こうしたCfJの活動を支えるのが、シビックテックという考え方だ。もともとはアメリカで始まった活動。予算不足のためにデジタル化が遅れ、行政サービスが低下していた自治体のために、エンジニアたちが無償で働き、地域の課題を解決していた。
デジタル庁のオフィス。関さんらのチームは、行政ごとに異なる「台帳データ」の標準化に取り組んでいる。
撮影:今村拓馬
デジタル庁での関さんの仕事は大きく2つあり、そのどちらもがシビックテックが大事にする価値観「オープンであることで行政の透明性を確保すること」と「誰もがデータを使いやすくすることで良いデジタル社会をつくること」に通じている。
まず1つ目の仕事は、ベースレジストリと呼ばれるデータの標準化だ。
行政には担当ごとに「台帳」と呼ばれるものでデータを管理しているが、それぞれ特定の業務だけに使っているので台帳同士のデータはつながっていない。これをつなげるためには、まずデータそのものを統一した表記にする必要がある。例えば住所の数字一つとっても、役所や担当ごとに半角だったり全角だったり、今はバラバラだ。
関さんたちが目指しているのは、入力さえすれば統一された表記になること。さらに事業所であれば、1つの事業所には1つのIDを与えることで、全ての行政手続がそのIDを入れるだけで、簡易に進められるような仕組みだ。
東日本大震災で気づいたオープンデータの重要性
東日本大震災後、被害状況や支援情報のデジタルマップの運営に携わった関さんは、「行政が持つデータをオープンにすることで、さまざまなサービスが作れる」と確信したという。
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データの標準化はかなり専門的な領域なので、民間からきている専門家がたたき台を作り、それを実際どう使うかは、デジタル庁の官僚が各省庁にヒアリングをする。その内容を専門家に戻す、という工程を繰り返す。
「官と民の持っている知識が全然違うので、それを擦り合わせています。データの基盤っていくらでも作り込めるし、実際の使用ケースを知らなくても突っ走ることもできるんですけど、そうなると入力作業が細かすぎて大変とか、作っても誰も使えなかったとか、メンテナンスにめちゃくちゃコストがかかったりするので、それを擦り合わせている感じです」(関さん)
このコロナ禍で、政府や自治体で作ったデジタルプラットフォームでさまざまな不具合が生じているのは、この「擦り合わせ」作業が不十分だったことも一因だと考えられる。
データ標準化の取り組みは重要な作業だが、日々の作業について関さんは「かなり地味な仕事」と話す。「でも、データが標準化されれば、それだけデータが流通しやすくなり、民間でも利用しやすくなる」(関さん)と言う。
関さんがシビックテックの活動を始めたきっかけは東日本大震災だった。当時、被害状況や支援情報のデジタルマップを作り運営していた関さんは、行政が持っている避難所の情報を入手できなかったことから、オープンデータという考えの重要性に気づいた。
今では法律でオープンデータが義務化され、多くの自治体が保有しているデータを公開するようにはなったが、自治体ごとにバラバラな形式であることが多い。そもそも紙で保存されていたり、紙でないにしてもPDF化されていたりすると、実際エンジニアが使おうと思っても使いづらい。自治体の台帳が電子化され、データが標準化されていれば、シビックテックもデータを使ったサービスが作りやすくなるという。
「海外でもこのデータの標準化は10年がかりの大仕事。デジタル庁も5年10年かかることを覚悟しています」(関さん)
タン氏1人でデジタル民主主義が生まれている訳ではない
関さんが目指しているのは、シビックテック先進地・台湾のように、デジタルが民主主義に貢献している姿だという。
撮影:今村拓馬
もう一つの仕事は、各省庁がバラバラに発注して作っていたウェブサイトの統一化。まずはデジタル庁のサイトを訪れたら、必要な手続きや欲しい情報の入手ができるだけ少なく、簡単な作業でできるようにすることだ。
「イギリスではgov.ukというサイトで、必要な行政手続が全て完結するように作られています。日本では実際の手続きは自治体ですることが多いので、そこまで統一できないのですが、自治体を超えて引っ越ししても自分の情報が引き継がれるとか、どの自治体でも同じ手続きは同じような形でできるようになればと思っています」(関さん)
今、デジタル庁ではポリポリガブというサイトに、アイデアボックスという「ご意見箱」を設けている。「データ戦略へのご意見をお寄せください」「行政手続きのデジタル化にどんなことを期待しますか」。そのほかにも、教育や医療のデジタル化、経済成長のためにどんなデジタル化が必要だと思うか……など、期間を決めてさまざまなテーマで意見を募り、その意見は誰もが見られるようになっている。
寄せられた意見は担当者が目を通し、大臣レベルにまで報告しているが、実際どの意見が政策にどう反映されたのかまではわからない。関さんはこれを進化させていきたいという。
「意見を言えば、政策にどう反映されるのか。実際にサイトがブラッシュアップされるなど、『私の意見が届いた』実感をどう出せるか。もっと双方向性を高めたいと思っています。政策形成過程で意見が言えるような対話や共創の機会を作り、スピード感を持って答えていくことを続ければ、我々の仕事もやりやすくなり、結果的に行政の透明性にもつながると思います」
台湾のデジタル担当大臣、オードリー・タン氏。
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関さんが目指しているのは、シビックテック先進地である台湾のように、デジタルが民主主義に貢献している姿だ。台湾では2012年、学生たちの政治運動をきっかけに、政治の透明性を高めるために情報公開を求める機運が高まった。そして生まれたのが、デジタルの力で民主主義を進めようとするg0v(ガブゼロ)という活動だ。コロナでその存在が一気に知られるようになったデジタル担当大臣のオードリー・タン氏はその象徴的な人物だ。
「タンさんは確かにすごいけど、タンさん一人であのデジタル民主主義が生まれている訳ではないんです。官僚側にも市民参加に熱心な人たちがいて、市民側にも建設的にどんどん意見を言って変えていきたいという厚い層がある。その層の厚さは何年もかけて、行政と市民の間での対話の機会をつくったからこそできたのだと思います。私たちもそこを目指していきたい」
(文・浜田敬子)