ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が宇宙で展開されたイメージ。
NASA
NASAが開発する、次世代大型宇宙望遠鏡「ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」(James Webb Space Telescope:JWST)の打ち上げが、日本時間2021年12月25日21時20分に迫っている。
射場のギアナ宇宙センターに到着してからもロケット搭載時のトラブルなどで日程変更が相次ぎ気をもませたJWSTだが、次世代宇宙望遠鏡の計画を検討し始めてから32年、ついに打ち上げのときを迎えようとしている。
NASAはこれまでにも、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)やスピッツァー宇宙望遠鏡(運用終了)などを宇宙空間に打ち上げ、はるか彼方の天体を観測してきた。
HSTやスピッツァーの後継機となるJWSTは、口径がHSTの倍以上となる6.5メートルの可視光・赤外線宇宙望遠鏡。
JWSTの第1期観測に参加する、東京都市大学宇宙科学研究センターの津村耕司センター長は、JWSTの特徴について
「ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の後継機とも言われるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、HSTの能力がパワーアップした点と、HSTにはない新しい観測能力を得た点が特徴です」
と指摘する。
天文学の新たな歴史が始まる
東京都市大学理工学部の津村耕司准教授(東京都市大学宇宙科学研究センター、センター長も兼任)。
提供:津村耕司准教授
まず注目すべき点は、望遠鏡の口径が大幅に大きくなったこと。
「感度と解像度が格段に上昇するはずです。HSTの長時間観測でギリギリ検出できたような初期宇宙(非常に遠くにある宇宙)の銀河に対して、JWSTではどんな波長の光が含まれているのか観測(分光観測)し、その銀河の『構造』や『組成』などの詳細を調べることが可能となります。宇宙最初の銀河形成の様子がわかってくると期待されています」(津村センター長)
JWSTでは、HSTではできなかった「中間赤外線観測」と呼ばれるタイプの赤外線の観測も可能となる。望遠鏡の口径が大きくなったこともあり、設計上はこれまでに同様の赤外線を観測してきたスピッツァー宇宙望遠鏡や日本の赤外線天文衛星「あかり」を凌ぐ、これまでにない解像度を実現している。
こういった赤外線の観測をすることで、私たちは宇宙の「初期」に存在している天体の様子や、太陽系の「外」に存在するさまざまな惑星(系外惑星)の環境をより詳細に知ることができるわけだ。
「中間赤外線は星の材料となるダストからの放射や、分子ごとに発する特徴的な波長の光(輝線)を観測することができます。星の材料となる成分を細かく知ることができるため、宇宙における物質循環などを探る上で重要な波長帯なのですが、地上からは地球大気による吸収や熱放射のため、観測は非常に困難です。だから宇宙で観測をする必要があるのです」(津村センター長)
ジェームズ・ウェッブが狙う4つの目標
JWSTが観測によって解き明かそうとしている宇宙の謎は大きく分けて4種類。
- 宇宙の初期に形成された銀河を探す:ビッグバン後、宇宙は水素とヘリウムの霧のために暗い「暗黒時代」があった。初期の発光物体の高エネルギー光によってガスのイオン化が起きて霧が晴れ、宇宙は「明るく」なった。JWSTはこのイオン化の過程を探求する
- 銀河の形成と進化を調べる:銀河の分布とそれぞれの年齢を調査し、初期の銀河の光を捉える。比較的近い銀河系のガス、塵、暗黒物質をマップ化する
- 恒星の形成と進化、惑星系の誕生を調べる:若い恒星とその環境、惑星系の形成、星間物質を調べる
- 太陽系と系外惑星の化学的組成を調べる:系外惑星大気を赤外線分光観測し、系外惑星の大気に含まれる物質を探る。メタンの存在など特定の物質が吸収する大気スペクトルを捉える目標がある。また太陽系の惑星、衛星、彗星や小惑星、カイパーベルト天体の表面探査や大気の探査も可能だ。
10年遅れの打ち上げ、1兆円超えの開発費
ESA-M.Pedoussaut
JWSTが計画された当初、打ち上げの目標は2010年だった。しかし、計画段階から何度もスケジュールが変更され、望遠鏡の組み立てが完了したのが2016年。その後、試験や不具合の改良でさらに5年打ち上げが延期された。
当初の予定から10年以上も打ち上げが遅れ、追加での開発費もかさみ、最終的な製造開発費は1兆円を超えた。
だが、前例のない精度の赤外線望遠鏡は、新たな天文学のために必要なものだった。その姿と技術は、「HSTでは到達できない過去の宇宙を知る」という目標と結びついている。
JWSTの姿は、宇宙望遠鏡というイメージよりも帆掛け舟のようだ。
観測の要である主鏡は、金色の18枚の六角形のミラーが組み合わさったもので、直径は6.5メートル、打ち上げ時の重量はおよそ6200キログラム。静止衛星が2機搭載できるフランスの大型ロケット「アリアン 5」のフェアリングを目一杯使ったとしても、折りたたんで収納しなくてはならないほど巨大だ。
12月24日に打ち上げられた後、JWSTは月よりも遠い地球から150万キロメートル離れた「第2ラグランジュ点(L2)」と呼ばれる目標地点へと向かう。宇宙空間の移動や、目標地点へと到達してから主鏡を展開するまで約6カ月かかるとされており、最初の観測は早くても2022年夏ごろとなる。
NASA/Chris Gunn
JWSTが「L2」というわざわざ地球から遠く離れた場所を目指すのには、理由がある。
地球上では大気に吸収されてしまう波長のかすかな赤外線を捉えるため、JWSTは宇宙へと打ち上げられる。しかし、望遠鏡を宇宙に持っていくだけでは、うまく観測はできない。
「望遠鏡そのものの熱によって放射される赤外線によって『自分自身が眩しくて宇宙が見えない』という状況になってしまうんです」(津村センター長)
宇宙空間でうまく赤外線の観測を行うためには、太陽からの強い光を遮断し、機器の温度を絶対零度よりわずかに高い約40ケルビン(マイナス233℃)程度に保つ必要がある。
実は、JWSTが目指すL2点とは、太陽とJWSTの間につねに地球が位置する地点。
L2地点であれば、日除けとなるシールドを太陽の側に向けておくことで、望遠鏡の温度を極低温に保つことができるというわけだ。
JWSTの目指す月の向こう側のL2点。
出典:ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡プレスキットより引用
日本観測チームが目指すもの
JWSTの第1期観測に選ばれた津村センター長は、JWSTを使って「宇宙赤外線背景放射の検出」を目ざすという。
「『宇宙赤外線背景放射』とは、端的にいうと『赤外線で見た宇宙の明るさ』です。宇宙の明るさは、宇宙誕生から現在までに星などが放出した光の総量で決まるため、宇宙の明るさの観測から、宇宙誕生から現在までの星形成の合計が推定できます。
実は、過去の宇宙の明るさ観測から、既知の星や銀河からの光だけでは説明できない『宇宙の明るさの超過』が観測されており、これは宇宙には未知の天体が存在することを示唆しているんです」(津村センター長)
津村センター長の観測では、「ガリレオ衛星食」という時間限定の天文イベントを狙って観測する予定だ。ガリレオ衛星とは、木星の周囲にある4大衛星。これらが木星の影に隠れ、 太陽の光が当たらない状態となる現象を「ガリレオ衛星食」という。
津村センター長は2012年以降、ガリレオ衛星食を利用して「宇宙の明るさ」の測定を続けている。
「この観測に、JWSTの特徴を活かすことができます。 JWSTはHSTのような地球周回の宇宙望遠鏡とは異なりL2に位置しているため、 地球に邪魔されることなく天文観測を実施でき、狙ったガリレオ衛星食の全体像を観測することが可能です。さらにガリレオ衛星食が起きる限られた時間内で所望の感度を達成するためには、大口径なJWSTの高感度が重要です」(津村センター長)
ただひとつ、残念なこともある。津村センター長が狙う「ガリレオ衛星食」の観測好機は、およそ6年に1度。実は、JWSTの観測遅延のため、当初は観測できるはずだった2020〜2021年の観測好機を逃してしまうことになってしまったという。
「それでも現在の予定通りに打ち上げられれば、ベストな条件ではないにせよガリレオ衛星食の観測はできますので、その中でなんとか成果を得たいと思っています。その成果を根拠に、今から約5年後の次の観測好機にも観測に挑戦したい。『宇宙の明るさの超過』の存在が最初に示唆されてから20年も経ちますが、今回のJWSTの観測でその謎に対する解答を得たいと考えています」(津村センター長)
1989年の提案から次世代宇宙望遠鏡として期待を集めてきたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、天文学へのクリスマスの贈り物となるか。
打ち上げの様子は、12月25日20時からNASA TVで中継される。