パタゴニアが「初の日本発商品」に日本酒を選んだ理由。五人娘、一ノ蔵…「野鳥との共生」コメづくり広がる

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パタゴニアの日本酒にはどんな「らしさ」が隠されているのか? 鎌倉ストアには、販売開始直後から「五人娘」目当てに訪れる客が相次いだ。

撮影:湯田陽子

アウトドアウェアで知られるパタゴニア(Patagonia)が、食品事業を展開していることをご存知だろうか。

クラフトビール、オーガニックスープ、小魚の缶詰……。2012年にスタートしたパタゴニアの食品事業「パタゴニア プロビジョンズ(Provisions)」は、これまでにさまざまな商品を世に送り出してきた。

パタゴニアが食品事業を手がける理由、それは同社創業者兼オーナー、イヴォン・シュイナードの次の言葉に集約されている。

「新しいジャケットは5年か10年に一度しか買わない人も、1日に3度の食事をする。我々が本気で地球を守りたいのなら、それを始めるのは食べ物だ」

そのパタゴニアが2021年12月、日本酒「自然酒 五人娘」を発売した。パタゴニア プロビジョンズ初の「日本発」製品として、日本だけでなくアメリカでも販売されている。

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パタゴニア プロビジョンズ初の日本発製品「自然酒 五人娘」は、自然発酵ならではの複雑な芳醇さと軽やかな味わいが特徴。「何よりもまず、味を楽しんでもらいたいですね。自然や多様性が織りなす深さを感じていただけると思います」(近藤氏)。

撮影:湯田陽子

ビールやワインならまだしも、世界中で展開するパタゴニアが、さほど大きいマーケットとは思えない日本酒に挑むのはなぜなのか。

パタゴニア プロビジョンズのディレクター、近藤勝宏氏はこう話す。

「創業者のイヴォン・シュイナードはもともと、日本の食に対して非常に強い関心を持っているんです。今回新しくビール、ワインも発売したのですが、そのコレクションの中にぜひ日本酒も加えたいということで、パタゴニアオリジナルの商品が誕生しました」(近藤氏)

寺田本家を選んだ理由

「自然酒 五人娘」は、江戸時代前期から続く千葉県の老舗酒蔵・寺田本家とパタゴニアが組んで醸造した。「五人娘」は同蔵の代表的な銘柄だ。

寺田本家は、農薬を使わない地元の米と湧き水を使い、蔵の中にすみ着いた「蔵つき麹菌」を自家培養して酒造りを行っている。

発酵を自然にまかせるなど、人工的な手法をできるだけ排除してつくられた個性的な味わいの酒に、惹きつけられるファンは少なくない。

実は、パタゴニア日本支社と寺田本家は以前から、互いの事業理念に共感し合う関係にあった。パタゴニア日本支社のなかには、寺田本家の酒造りにほれ込み、蔵に通っているスタッフもいたという。

そんな寺田本家に魅力を感じたのは、日本支社だけではなかったようだ。

「今回どこの酒蔵と組むかは、アメリカ本社が独自にリサーチして選んできたんです。『寺田本家という酒蔵が、パタゴニアのコンセプトに合うんじゃないか』と。私たち日本のスタッフも『寺田本家さんとならぜひ』と賛成し、一緒に酒造りをすることになりました」(近藤氏)

パタゴニア プロビジョンズが製作した「自然酒 五人娘」の動画。

Patagonia Provisions Official YouTube Channel

こだわりの「コウノトリ育む農法」

仕込み始めたのは2021年の9月。収穫したての新米で酒造りを行い、12月初旬の発売にこぎ着けた。

「杜氏の寺田優社長に『どんな味になりそうですか?』と聞いたら、『どんな味になるだろうね?』と逆に返されたんです。『自然がつくるものだから、正直どんなものになるかわからない。でもきっと、いいお酒ができると思います』と言っていました」(近藤氏)

「自然酒 五人娘」は日米同時に発売された。ただ、日本で販売されている製品については、日本支社ならではのこだわりが“仕込まれ”ている。

「アメリカでは千葉県産の酒米・美山錦100%でつくった五人娘を販売していますが、日本の五人娘には、農薬を使わない『コウノトリ育む農法』で育てたコシヒカリも原料米として使っているんです」(近藤氏)

「コウノトリ育む農法」とは、野生のコウノトリが生息する兵庫県豊岡市の坪口農事未来研究所が手がけている米づくりの手法だ。

農薬を使わず、冬の田んぼに水を張って微生物などの働きで土壌を豊かにする「冬期湛水(たんすい)水田」などの手法を用い、「コウノトリも住める自然環境」(近藤氏)の中で育てたコシヒカリが、原料米の一部として使われている。

コウノトリ育む農法とは? コウノトリ野生復帰映像「コウノトリと共に生きる」より。

出所:Toyooka City Office Official YouTube Channel

環境保全型の原料米づくり

実はいま、コウノトリなどの渡り鳥と共生する環境のもとで原料米を生産する取り組みが、全国の酒蔵のあいだでじわじわと広がりを見せている。

その代表例と言えるのが、宮城県の一ノ蔵だ。

宮城県最大の酒蔵である一ノ蔵は、坪口農事未来研究所と同じく、「冬期湛水水田」の米を使った酒造りに20年近く前から取り組んできた。

本社を構える大崎市は、江戸時代から「日本の米どころ」として名高く、食用の米はもちろん、米や大豆を原料とする酒、醤油、味噌といった醸造業が盛んな土地だった。

それらを支える水管理システムも古くから築き上げられ、その一帯は「大崎耕土」として世界農業遺産にも認定されている。

良質な米と豊かな地下水で酒造りを行ってきた一ノ蔵が、冬期湛水水田で作った地元産ササニシキ100%の酒「ふゆみずたんぼ」を発売したのは2006年のこと。

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一ノ蔵の「特別純米原酒 ふゆみずたんぼ」は、米の旨味がしっかり感じられる滋味深い味わいが特徴。「有機栽培米は冷害に強いだけでなく、米の粒がそろっていて年ごとの品質にバラつきがない。これは酒造りにおいてとても重要なことなんです」(浅見氏)。

撮影:湯田陽子

そのきっかけは、1993年に全国を襲った大冷害だった。戦後最悪の大凶作となり、海外からタイ米などを緊急輸入。宮城産米にこだわって酒造りをしてきた一ノ蔵も直撃を受け、原料米の調達は困難を極めたという。

ところが、そんな大冷害の中を生き残ったのが有機栽培米だった。一ノ蔵の専務を務める浅見周平氏はこう語る。

「あの大冷害の年に平年と変わらない収量を上げていたのが、有機栽培で育てている農家さんだったんです」(浅見氏)

自然への負荷を減らし、しかも冷害に強い有機栽培米に着目した一ノ蔵は、2年後の1995年、地元の自治体、農協、農家に呼びかけて「松山町酒米研究会」を発足。さらに環境保全型農業の旗振り役として知られていたNPO法人の協力を受け、本格的に環境保全米づくりに取り組み始める。

研究を重ね、地元産有機栽培米の日本酒を販売するようになった一ノ蔵のもとに、2004年、大崎市の蕪栗沼(かぶくりぬま)周辺の冬期湛水水田で米づくりをしている団体から、ある打診があった。

「冬期湛水水田でつくった米で日本酒をつくってほしいという話でした。同じ有機栽培米でも、無農薬や無化学肥料とはまた一線を画す農法でつくられた米に、うちの杜氏も大変興味を持ち、酒造りをすることになったんです」(浅見氏)

「渡り鳥の楽園」でつくる米

蕪栗沼には200種類以上の鳥類をはじめ、多くの魚や貝類などが生息。白鳥やマガンなどが数多く越冬する「渡り鳥の楽園」として知られ、ラムサール条約にも認定されている。

この蕪栗沼周辺の冬期湛水水田は、渡り鳥の餌場(えさば)兼ねぐらとしても絶好の環境なのだという。

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日暮れ時、蕪栗沼のねぐらに帰るガンの群れ。

出所:大崎市

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蕪栗沼周辺の冬期湛水水田。一ノ蔵の「ふゆみずたんぼ」は、ここで収穫されたササニシキ100%でつくられている。

出所:大崎市

「冬期湛水水田では、菌類や微生物が盛んに活動しています。イトミミズも大発生し、それを目当てに白鳥やガンがやって来て、そのフンが土壌の養分にもなる。まさに生物多様性が息づいているので、農薬や化学肥料が一切必要ないんです」(浅見氏)

一ノ蔵が環境保全型の酒造りを深化させるきっかけになった「特別純米原酒 ふゆみずたんぼ」の発売から15年。10年目の2016年以降は、春限定で特別純米生酒(日本名門酒会企画商品)も販売している。

「日本酒の原料の8割は水。ということは、まずは水資源の持続可能性、次に米づくりの持続可能性、それが合わさって初めていい酒造りができるわけです。今後もその二本柱を大切にし、地元の農家の方々と協力していい酒をつくっていきます」(浅見氏)

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