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シマオ:佐藤さん、そしてリスナーのみなさん、明けましておめでとうございます! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今回は「お正月特別編」と題しまして、編集部から佐藤さんへの質問にお答えいただきます。
「2022年、佐藤さんが注目している3つのキーワードを教えてください。ビジネス分野や政治分野はもちろん、テクノロジーやカルチャーなど、ジャンル横断的にご教示いただけたら嬉しいです」
(Business Insider Japan編集部)
今そこにある「第三次世界大戦」の危機
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シマオ:2022年はどのような年になるのか、3つのキーワードで教えてくださいというものですね。佐藤さん、いかがでしょうか?
佐藤さん:まず1つめは、「第三次世界大戦の危機」です。
シマオ:えっ!? いきなりめちゃくちゃ重要なキーワードじゃないですか! 戦争が起きるって言うんですか?
佐藤さん:正確に言えば、ウクライナをめぐってロシアと欧米諸国との対立に火が点きつつあるということです。
シマオ:ウクライナ……正直、あまり馴染みがなくてピンときません。
佐藤さん:2021年春頃からロシアが西側の国境付近、すなわちウクライナと接する地域に軍隊を集結させています。すでにその人数は9万人を超え、ロシアはウクライナへの侵攻を計画しているとされています。
ロシアが集結させている9万人の軍隊の衛星写真。2022年にはさらに兵力を増強し、ウクライナに侵攻する可能性が囁かれている。
Satellite Image ©2021 Maxar Technologies/Handout via REUTERS
シマオ:ロシアが武力でウクライナを占領しようとしているってことですか?
佐藤さん:そう単純ではありません。ウクライナもロシアとの国境地帯に11万人の軍隊を動員しています。事態を正確に把握するには、この地域の歴史を知ることが必要です。やや込み入っていますが、かいつまんでお話ししましょう。
シマオ:お願いします!
佐藤さん:そもそも、ウクライナは西部と東部で文化が異なります。西側のガリツィア地方は、歴史的にはハプスブルク帝国に属する地域で、ウクライナ語を使い、宗教はカトリックです。一方、ロシアに近い東側のハリコフ州やドネツク州に住む人々はロシア語を常用し、宗教的にもロシア正教なんです。
シマオ:どうして同じ国なのに、東西でそんなに違うんですか?
佐藤さん:今のロシアとウクライナの国境は、1918年のブレスト・リトフスク条約でドイツが半ば強行的に決めたもので、従来から「ウクライナ人」が暮らしていた地域よりも東、つまりロシア側に寄っているからです。逆に言えば、ウクライナの東側に住む人たちの多くは、「ロシア人」としてのアイデンティティを持っているということです。実際に60万人以上がロシア国籍のパスポートを持っています。
シマオ:え、そんなにですか!
佐藤さん:この人たちはウクライナへの統合は望んでいません。むしろロシアに統合されることを欲しているくらいです。欧米や日本のメディアは、この東側の地域で親ロシア派武装勢力が住民を押さえつけており、ウクライナ政府はそれに対抗しているという見方をしがちですが、必ずしもそうではないのです。
シマオ:でも、それがどうして戦争にまで発展する可能性があるんですか?
佐藤さん:もし今回の紛争で、プーチン大統領が彼ら「ロシア人」をウクライナ軍から保護することなく見捨てたとなれば、その評価はどうなると思いますか?
シマオ:あ!「国民を守れない大統領」として、評価が下がる……?
佐藤さん:そうです。そこは絶対に譲れない。だからこそ、プーチン大統領はウクライナへ軍隊を送ることを辞さない構えをとっている訳です。もしウクライナ軍が親ロシア派武装勢力への攻撃を始めれば、ロシアも軍を動かすでしょう。そうすれば、アメリカをはじめとするNATO加盟国も軍隊を派遣せざるを得ません。すなわち「第三次世界大戦」の勃発です。
シマオ:そんな……! 21世紀にもなって世界大戦なんて絶対に起きてほしくないです! そうした状況で、日本はどうすればいいんですか?
佐藤さん:アメリカとウクライナの間で現状の国境線を変更することはないという意思を明確にし、ロシアに伝えることが必要です。いずれにせよ、日本は安易にどちらかに肩入れすることなく、中立を保つことが重要です。
中小企業を守ることは、日本経済を守ること
シマオ:いきなり「第三次世界大戦」なんてキーワードで、肝が冷えました……。新型コロナもオミクロン株の出現で緊張が高まっているのに、2022年は波乱の年ということでしょうか。
佐藤さん:残念ながらそうなるでしょう。さて、2つめのキーワードは「中小企業」です。シマオ君は、日本の会社において中小企業の数が占める割合がどれくらいか知っていますか?
シマオ:えっ? 結構多いとは思いますが……7割くらいですか?
佐藤さん:日本には約421万社の企業がありますが、そのうちの99.7%が中小企業で、従業員に占める割合も69%にのぼります(2016年経済センサス調査)。
シマオ:ほとんどが中小企業なんですね!
佐藤さん:その中小企業でいま深刻な問題となっているのが、後継者がいないことと、産業構造の変化です。前者は単純で、経営者が高齢化してしまい、後継者がいないことで廃業を選択するケースが増えています。後者は、車のEV化などに代表される業界構造の変化のことです。
シマオ:EV化で中小企業がつぶれてしまうんですか?
佐藤さん:これまでのガソリン車、いわゆる内燃機関と呼ばれるエンジンを作るには約3万点の部品が必要でした。それがEVになると、モーターと電池が主体となりますから部品は1万点程度減少すると言われています。
シマオ:部品が少なくなれば、効率的に生産できるようになっていいんじゃないですか?
佐藤さん:消費者としては利益になるかもしれませんが、それらの部品の製作に従事していた企業、主に中小企業が仕事を失うことになるでしょう。すでに30万人の雇用が失われるだろうという試算もあります。
シマオ:なるほど……。日本を支えてきた中小企業にとってこれから厳しい時代がやってくるということですね。
佐藤さん:このまま中小企業がつぶれていくようなことがあれば、日本経済の底が抜けてしまいます。ですから、中小企業を守る仕組みが必要です。
シマオ:どうすればよいのでしょうか?
佐藤さん:日本は中小企業が乱立しているから生産性が低いという議論もありますが、これは決して正しくありません。むしろ、製造業などで言えば、大企業は欠陥品率やコストなどを抑えるために、中小企業に無理をさせてきたという経緯があります。まずは政府主導で、そうした業界の慣例を変え、中小企業の利益を守っていくことでしょう。
シマオ:後継者の問題はどのように対応するのがいいのでしょう?
佐藤さん:最近は中小企業のM&A市場が活発化しています。実は後継者を探している中小企業は多くて、それらは数百万円などで意外に安く買えるんですよ。私は、これからはより多くの人がこうした会社の承継をしていくべきだと考えています。
シマオ:とはいえ、普通の人が会社を買収して経営するなんてハードルが高すぎません……?
佐藤さん:そんなことはありません。例えば大手企業でマネジャーをやっていれば、それなりの経営知識は持っているはずです。一方で、AIが発達すればいわゆる事務系の必要人数は減少していくことが予想されます。ですから、大手に勤めるビジネスパーソンは、将来的にはその知識を活かして中小企業の経営者になるということも、人生の選択肢に入れてみてもいいのではないでしょうか。
シマオ:なるほど。そう考えると、自分で起業するよりも早いかも……。
佐藤さん:ただ、注意しないといけないのは、現在の商慣習では負債に対するリスクを経営者が全て負わないといけなくなってしまっていることです。銀行が経営者に連帯保証を負わせる、つまり財産を押さえた上でしか融資してくれない。中小企業の承継を活発化するためには、こうした金融面の慣例も変えていかなければならないと思います。
危機の時代を生き抜くために必要な「論理力」
佐藤さん:新年早々厳しい見通しばかりですが、こうした危機の時代を生き残るために必要なのが「論理力」です。これが3つめのキーワードです。
シマオ:頭がよくないとダメってことでしょうか?
佐藤さん:単にいろいろな知識を知っていたり、決められたことをやっていたりするのではなく、自分の頭で考えることが必要だということです。危機の時代には、前例のないことが起こります。そのために必要なのは、「解法」を覚えることではなく、論理的に答えを導く力です。
シマオ:でも、論理力ってどうしたら身につくんでしょうか? 昔、数学の時間に習ったような気もしますが、苦手だったなあ……。「逆・裏・対偶」とか、頭がこんがらがりました。
佐藤さん:論理といっても、いきなり難しく考えることはありません。まず初歩的には「国語力」と言い換えてもいいでしょう。言語を論理的に使うということです。その力を鍛えるには、人気予備校講師である出口汪さんの『現代文講義の実況中継』シリーズが参考になるでしょう。
シマオ:あ、それなら僕も高校時代にお世話になりました! もう一度読んでみようかな。
佐藤さん:それから、もう少しステップアップするなら、数学的な論理学、いわゆる記号論理学と呼ばれる分野の基礎を学んでみましょう。「AかつB」「AまたはB」など、学校でやった記憶がある人もいるのではないでしょうか。これを学ぶには、東京大学名誉教授の野矢茂樹さんの著書『まったくゼロからの論理学』や『論理学』などがおすすめです。
シマオ:ただ、論理学って抽象的じゃないですか。実際、どういったシーンで役に立つんでしょうか?
佐藤さん:例えば、恒真命題(トートロジー)というものがあります。どんな条件下でも必ず「真」となる命題のことです。「明日の天気は晴れか、晴れ以外だ」と言われたら、どう思いますか?
シマオ:あれ……? それ、当たり前ですよね?
佐藤さん:はい。これを複雑にしただけの意味のない情報というのが、世の中には結構多いので注意しなければいけません。かつて小泉純一郎元総理は、自衛隊のイラクへの派遣を議論する国会で、野党から「(自衛隊を派遣できる)非戦闘地域の定義とは?」と問われて「自衛隊が派遣されている地域が非戦闘地域だ」と答えました。
シマオ:つまり、自衛隊は戦闘地域には派遣してはいけないけれど、自衛隊を派遣すれば非戦闘地域になる……と。って、これじゃ説明になってないですよ!
佐藤さん:日本人は論理力が弱いので、国会や会社の会議の場などでこうした議論がまかり通っています。論理力がつけば、こうした議論の穴にだまされないようになります。危機の時代はしばらく続くかもしれませんが、ちゃんと情報を得て、論理的に考えれば乗り越えられるはずです。
シマオ:ありがとうございます! 2022年もいろいろ勉強しながら頑張っていきたいと思います。……という訳で、「佐藤優のお悩み哲学相談」お正月特別編をお届けいたしました。本年もお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます!
次回からは、また読者の皆さんのお悩みにお答えしていきます。引き続きお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください。私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は1月12日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)