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民主主義という価値観を巡って、世界が二分されている。
2020年に発足したバイデン政権は、世界を「民主主義国家vs.専制主義国家」という新たな分断の軸を設定し、年末には100カ国余りに呼びかけ民主主義サミットも主催した。
一方世界を見渡すと、中国やロシアなど強権的な政権が周辺国や途上国に対して多大な影響を持つ。中でも中国は新型コロナウイルスを徹底して封じ込めたことで、一足早く経済成長という果実を得て、経済大国としてますます強大になっている。
2022年にはアメリカで、4年に1度の上下院議員を選ぶ中間選挙が行われ、バイデン政権に国民の判断がくだる。今後民主主義、特にリベラルと言われる価値観はどうなるのか。ミレニアル・Z世代と言われる若者たちの政治動向を中心に占う。
12月19日、民主党の重鎮ジョー・マンチン上院議員(ウェストバージニア州)が、気候変動・社会保障関連歳出法案「Build Back Better(よりよき再建)」を支持しないと表明し、驚きをもって受け止められた。ホワイトハウスはマンチン氏が、「妥協点を見つけ法案を通過させる」という約束を破ったと非難。サキ報道官は、マンチン氏の発言は「突然の不可解な立場の転換だ」と述べた。
1兆7500億ドル規模のこの法案は、新型コロナ後の経済再建を目的としたバイデン政権の目玉政策だ。まだ法案が完全に死んだ訳ではないが、頓挫すれば、政権にとっては痛手となる。
2021年1月に誕生したバイデン政権は、第一次オバマ政権以来初めて大統領と上下院を全て民主党が主導する「トリプルブルー政権」だった。政権にとって安泰な環境が整ったかのように思えるが、実際はそう甘くなかった。
民主党は2020年の選挙で、連邦下院で222議席を獲得(総議席数は435)。過半数は確保したものの、10議席減。上院(総議席数100)はさらにキツく、50対50だ(50対50で票が割れた場合には、副大統領カマラ・ハリスの一票が tie breaker となるので、51対50)。
マンチン議員の一言が注目される理由は、現在の議会の状況では、たった1票が法案の運命を左右するからだ。マンチン議員は、石炭を重要な産業とするウェストバージニア州選出のため、気候変動関連政策には慎重な立場をとっている。
2016年の大統領選で民主党は、ヒラリー・クリントン支持で一枚岩になれず、トランプ氏を勝たせてしまったという反省から、2020年は民主党内左派も中道穏健派も団結し、とにかく選挙に勝つことを優先した。だが、バイデン氏のような中道派と、バーニー・サンダース氏に代表される左派とでは、根底にある哲学も、問題意識も、政策の優先順位も、描いている社会像も異なる。この1年を振り返ると、民主党を一つにまとめる難しさが目に付くようになっている。
特に民主党内プログレッシブ(進歩派)とその進歩派を支持する若者たちは、政権に物足りなさを感じている。この不満が今後さらに強まれば、2022年秋の中間選挙にも響くだろう。アメリカでは、大統領の党が中間選挙で議席を落とすのは普通のことだが、負けるにしても「どのくらい負けるか」が重要だ。民主党が大きく負ければ、両院での多数派を失い、バイデン政権の残りは何もできない2年間になるかもしれない。
バイデンを勝たせたミレニアルとZ世代
サンダース氏を熱く支持するのはZ世代など若者たちだ。
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民主党内で今活気があるのは、圧倒的に左派だ。その左派を支持するのはリベラルな若者たち。彼らが「とにかく選挙に勝つ」ことを優先したおかげで、バイデン氏は大統領に当選できたとも言える。
選挙後のさまざまな分析で、民主党を勝利に導いた一つの大きなグループはZ世代(1997年以降生まれ。現在24歳以下)とミレニアル世代(1981年ー1996年生まれ。現在25歳から40歳)だったことが明らかになっている。
ニューヨーク・タイムズによる大統領選の出口調査でも、18歳から29歳の層では、36%対60% で明らかにバイデン支持が多かった。
2019年時点では、民主党支持者のうち43%がZ世代とミレニアル世代で、この割合は2024年には50%に達する。2020年代後半以降には、この世代が民主党の方針や政策決定に大きな役割を果たすようになり、民主党の軸はよりリベラルな方向に触れていくだろう。
もともと歴史的には労働組合など労働者に支持されていた民主党は今日、都市部のリベラル、高学歴者の党となっている。大学進学率の上昇により、ミレニアル・Z世代は、アメリカ史上で最も高学歴な世代になると予測されている。
一方、今日の共和党は、60歳以上、特に1945年以前に生まれた世代(70代後半)に支えられている。
人種的には白人が多く、いまや中高年の白人のための政党という感じだ。アメリカは長期的には「白人が多数派の国」ではなくなっていく。2008年に発表された国勢調査によれば、白人(非ヒスパニック系白人)は、2042年に人口面で少数派になり、現在「マイノリティ」である非白人が多数派になると予測されている。このことへの恐怖が、一部白人をトランプに引きつけた要因の一つでもあるだろう。
実際Z世代には、移民やその子孫、両親の人種が異なるケースが多く、それ以前のどの世代よりも人種的・民族的に多様だ。2020年3月にPewリサーチセンターが発表した「Z世代について今のところ我々が知っていること」という調査によれば、Z世代では2026年までに白人以外が過半数を占めるようになるとされている。
このような人口動態のシフトを考えると、共和党にとって今後は支持基盤の拡大が難しくなってくる。「保守」を自称するミレニアル・Z世代でさえも、気候変動、銃規制、人種差別、医療保険などについての考え方が親世代に比べてリベラル化していることが明らかになっている。信心深いキリスト教信者人口も縮小傾向にあり、保守派にとっては次世代、特に白人以外の人種グループをどう引きつけるかは大きな課題だ。
AOCを産んだ左派のエネルギー
アレキサンドリア・オカシオ=コルテスはマイノリティの権利や経済的平等などの実現を公約に掲げ、熱狂的な支持を集める。
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2016年の大統領選は、民主党やその支持者たちにとってはトラウマとなったが、あの敗北があったからこそ生まれたものもある。
2018年の中間選挙と2020年の選挙では女性と人種的マイノリティの議員が多く誕生し、女性議員の当選記録を2度続けて上書きした。背景にはトランプ氏への怒りと同時に、サンダース氏敗退の悔しさをバネに、民主党左派が盛り上がったという点もあるだろう。
その象徴が、AOCことアレキサンドリア・オカシオ=コルテスだ。彼女は1989年生まれ(ミレニアル世代)、ニューヨークのブロンクス出身。両親はプエルトリコ出身の移民で、自らも大卒ながらウエイターやバーテンダーをしながら家計を支えていた労働者階級出身だ。サンダースの選挙キャンペーンで働いていたこともある。2018年の中間選挙で、史上最年少の女性下院議員として、ベテランの現職議員を破って当選。「最大の番狂わせ」と呼ばれ、全米の注目を集めた。
着任早々に、「グリーン・ニュー・ディール」(気候変動、地球温暖化対策として、政府に大規模な財政出動や雇用創出を求める構想)で注目を集め、その後、アマゾン第2本社のニューヨーク建設の反対運動をリードし成功するなど、急進左派のスターとして認められるようになった。発信力もあり、TwitterとInstagramのフォロワー数が、民主党議員の中でダントツ1位という人気者だ。
彼女のように政治経験のない、後ろ盾も資金もない無名の若者が、どうして出馬し、当選できたのか。
2019年に公開されたドキュメンタリー映画「Knock Down the House (邦題:レボリューション -米国議会に挑んだ女性たち-)」は、AOCはじめ2018年に下院議員選に出馬した複数の女性たちに焦点を当てた作品だ。Knock Downとは英語で「打ち倒す」、the HouseはUnited States House of Representatives(連邦議会下院)のことだ。
Netflixよりキャプチャ
この作品を見ると、いかに彼女たちが大きな代償を払い、リスクを背負い、悩みながら選挙に臨んだかが生々しく伝わってくる。彼女たちを支えた選挙対策チーム、ボランティアたち(多くは大学生、大学院生、若い社会人)の存在の大きさ、候補者に対する熱い想いもよく分かる。
この作品では、Justice Democrats と Brand New Congress という2つの政治行動委員会(PAC: Political Action Committee)に焦点が当たっている。いずれも2016年の選挙を機に、サンダース氏のキャンペーンにいた少人数の有志たちが創設した団体だ。企業利権に絡め取られておらず、先進的な考えを持つ新しいタイプの候補者を政界に送り込むことを目的としている。それに見合いそうな候補者を推薦を募って集め、選び、コーチし、資金調達やキャンペーン戦略の面でサポートする。
まったくの無名だったAOCも(彼女の弟が推薦した)、この団体の支援とトレーニングを受けて当選した訳だが、彼女の勝利によって団体も一躍有名になった。現在、Justice Democratsの推薦した議員は、下院で10人の勢力となっている。
アメリカにはこのように、市民が自発的に組織し、自分たちの求める政策方向性に沿った候補者を財政、選挙戦略その他の面で支援し、政界に送り込むためのグループが多数存在する。Pro-choice(女性の妊娠中絶権を肯定する派)の女性政治家をより多く当選させることを目的に1985年に設立されたPACのEMILY's List などもその例だ。
2016年の予備選でサンダース氏を支持していた若者たちの多くは、民主党がヒラリー・クリントンに1本化したことに強い不満を表明していた。その敗北を敗北のままに終わらせず、これら2団体のような、自分達の声を議会に届けてくれる新しいタイプの政治家をワシントンに送り出すメカニズムを作り上げた。結果的にサンダースの2度の敗北は、リベラルに新たなエネルギーを吹き込み、次世代の政治家を産み出す原動力になったと言える。
「社会主義」を肯定するアメリカの若者たち
富の再分配、気候変動への取り組みを進める法案「Build Back Better(よりよき再建)」を民主主義の問題として捉え、可決を促す声が強まる。
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10年後のアメリカでは有権者の過半数を占めるようになるミレニアル・Z世代。彼らは親世代の民主党支持者と比べても進歩的だ。多様性をポジティブにとらえ、人種やジェンダーなど各種の差別が是正されるべきだと考えている。性的指向の自由、同性婚を肯定し、気候変動を重要課題と考えている。さらにデジタルネイティブで、テクノロジーを駆使して世界中の仲間と連帯し、意見を積極的に発信する技も身につけている。
社会主義に対する感覚も、親世代とはかなり違う。大統領選において、「民主社会主義者」を名乗るサンダース氏や、ウォール街を躊躇なく敵に回すエリザベス・ウォーレン氏のような人物が有力候補になり、若い世代に熱烈に支持されるということ自体、注目に値するシフトだ。
アメリカでは「社会主義」という言葉は「共産主義」と並んで、ソ連や中国を想起させるので、ネガティブに捉えられてきた。だが冷戦終結後に生まれた世代には、そのようなネガティブな印象がそもそもない。2019年のYouGov による調査では、7割ものミレニアル世代が、「大統領選で社会主義の候補に投票する気がある」と答え、およそ3割が「共産主義に対して肯定的」とも答えている。
しかし、今日の若者たちが「自分は社会主義を支持する」と言う時、正確には何を意味しているのだろう。アメリカでは長年にわたり、「社会主義」という言葉は、保守が進歩的でリベラルな政策(や人物)を批判するときに便利に使われてきた。その定義はしばしば曖昧で、人によって違う意味で使っていたりする。
Socialism とひくと、オックスフォード英語辞典にはこうある:
A political and economic theory of social organization that advocates that the means of production, distribution, and exchange should be owned or regulated by the community as a whole.
つまり、「共同体による生産手段の共有・管理」が一つの重要なファクターだ。実際1940年代、アメリカで「社会主義」と言えば、経済活動を国家が管理する考え方だとされていた。でも、今日のアメリカの若者が支持する「社会主義」は、旧ソ連や中国、キューバのそれとは違う。
アメリカ社会党(SPA)の流れを受け継ぐアメリカ民主社会主義者(DSA)は1982年、民主的な社会主義の実現を目標に創立された。参考にすべき国家の実例としては、「カナダの国民医療保険制度」「スウェーデンの福祉国家論」などを挙げている。また「豊かな経済成長と経済的平等」の両立を実現した北欧や西欧の一部における民主社会主義勢力を称賛している。サンダース氏もAOCも、DSAの会員だ。
2019年1月、CBSの人気番組「60ミニッツ」に出演したAOCは、司会とこんなやりとりをした。
クーパー:「社会主義」という言葉を聞くと、人々はソ連、キューバ、ベネズエラなどを思い浮かべます。あなたが頭に描いているのはそういうことなんですか?
AOC:もちろん違います(笑)。私たちが考えているのは、私の提案する政策がもっとも近いのは、イギリス、ノルウェー、フィンランド、スウェーデンなどです。
ここで挙げている国々のシステムは、「社会主義」ではなく、民主主義と資本主義を前提にした「民主社会主義」だ。
このように今日のアメリカでは、「社会主義」という言葉は、政府による管理や統制というよりも、資本主義が生み出す不平等を政策によって修正すること……と、ゆるく解釈され、その結果、より肯定的なイメージをもつ人が増えているのだろう。
2018年8月のGallupの調査によれば、民主党支持者のうち「資本主義をポジティブに捉えている」と答えた人が47%(2016年には56%)である一方、57%が「社会主義をポジティブに捉えている」と答えている。民主党支持者が社会主義をポジティブに捉える率が、資本主義をポジティブに捉える率を上回ったのは、Gallupの調査において初めてのことだったという。
また2018年秋に行われた別のGallup 調査では、「社会主義」という言葉の解釈について、1949年と比較している。1949年には、34%の人が「政府による企業と経済のコントロール」と答えているが、2018年の調査でそう答えた人は17%しかおらず、23%は「何らかの形の平等に関係すること」と答えている。
「社会主義を支持する」若者たちが、10年後20年後も同じことを言うか、単なる若者の理想主義なのかはまだ分からない。ただ、資本主義に対する失望、特に格差(経済面、教育面)、アメリカ社会からの「中流層」の消滅、健康保険はじめ社会のセーフティーネットの不十分さ、環境問題などに対する不満が解決されない限り、資本主義のカウンターバランスになるものへの渇望は続くのではないだろうか。
気候変動問題に危機意識薄い日本
リベラルな価値観が特徴として挙げられるZ世代だが、日本では様子が異なる。デモだけでなく、問題に対して声を上げること自体を忌避する傾向にある。
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では日本の若者はどうだろう。
今年の夏、日本経済新聞でこんな記事を読んだ。
デロイトトーマツグループがZ世代を対象に行った調査によると、「富と所得が平等に分配されていない」と認識している回答者の割合は、日本では63%、世界全体では66%で大差なかった。
違うのは、「富と所得の不平等を低減するために自身で取ったことがある行動」についての回答だ。「所得の不平等の低減に取り組む政治家に投票する」との回答が、グローバルでは29%だったのに対し、日本では5%。「低所得者層のために活動する団体に、教育資金・物資を寄付した」のは、グローバルで27%だったが、日本では4%だった。つまり日本の若者は、不平等は感じるが自らは行動しない人が多いということだ。
これは社会貢献に対する意識、政治参加がどの程度身についているかということに加え、寄付文化の違い、家庭や学校におけ市民教育の違いなどが大きな要因だろうと感じる。また、社会的弱者の問題について、どれだけ我が事として捉えているかということの違いかもしれない。
同じくデロイトの調査で、「世界が直面している課題について考えたとき、次の項目の中で個人的に最も関心があるものを3つまで選択してください」という質問に対しての答えも、グローバルと日本とで違いが見られた。
グローバルでは、
ミレニアル世代が1位「医療・疾病予防」、2位「失業」、3位「気候変動・環境保全」
Z世代が1位「気候変動・環境保全」、2位「失業」、3位「医療・疾病予防」
かたや日本では、
ミレニアル世代は1位「医療・疾病予防」、2位「高齢化」、3位「経済成長」
Z世代は1位「医療・疾病予防」、2位「高齢化」、3位「失業」
日本人は、自身の生活や経済についての懸念がトップを占めており、「気候変動・環境保全」はミレニアル世代にとって6位の懸念事項、Z世代に至っては上位6位以内にランキング入りすらしていなかった。グローバルとの違いが顕著だ。
2019年9月日に世界各地で「グローバル気候マーチ(Global Climate Strike)」が開催された時、全世界で約600万人が参加した。アメリカでは、国連気候変動サミットが開かれたニューヨークだけでも、約25万人がマーチに参加した。公立の学校も、親の許可があれば学校を休んで良いとされ、小さな子どもたちや中高生も数多く参加していた。その他の国でも
- ドイツ:140万人
- イタリア:100万人
- オーストラリア:30万人
- イギリス:30万人
- ニュージーランド:17万人
- 日本:5000人以上
「5000人以上」は、デモ文化が薄い日本にしては多いと思うが、他の先進国と桁がここまで違うというのは寂しい。
ただ、この秋イギリスで開かれたCOP26で、日本の高校生たちも参加し積極的に発信していた姿を見て、初めて心強く思った。日本でも少しずつ変化が起きてきているのかなという気がして、今後が楽しみだ。
日本の若者は保守化している…のか?
若者の投票率向上が期待された2021年衆院選だったが、投票率は戦後3番目という低さだった。
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この秋の衆院選では、再び若い世代ほど自民党支持が多いということが明らかになった。これについて「若者の保守化」という捉え方を私も最初はしていたが、選挙後にいろいろな分析を読むにつれ、考えを変えた。
日本の若者たちはイデオロギー的に保守化しているというより、「主流派以外を支持したくない」「弱い側のために声を上げるよりも、強い側についていたい。そのほうが安心」「みんなが選ぶ人を支持する」という考え方で与党を支持する人が多いのではないかと思うのだ。そもそも世の中を政治で変えられると思っていないし、変わるのを見た経験も、成功体験もないので、ただ「今より悪くなりませんように」というメンタリティで現状維持を支持する……ということなのではないだろうか。
今回の選挙前にはいつになく、日本のインフルエンサーたちもSNS等で「選挙に行こう」と発言し、若い世代の投票率は上がると期待されていた。だが蓋を開けたら、戦後3番目に低い投票率だった。このようなメッセージを読んでいるような人たちは言われなくとも選挙に行くし、選挙に行こうと思っていない人たちにはメッセージが届いてすらいないということだろう。
後者の人たちにどうメッセージを届けていくのかは今後の課題だ。これらの人たちこそ、既存のシステムによって不利な立場に置かれ、その是正から得るものが多い層でもあるからだ。
ステイシー・エイブラムスから学べること
現在でも選挙管理委員会に登録をしていない有色人種の割合は高い。この状況を改善するための地道な活動を始めたのがステイシー・エイブラムス氏だった。
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「どうせ何も変わらない」と思っている人たちをどう動かすか、ということを考えるとき、私が思い出すのは、2020年の選挙で、歴史的に「赤い州」であるジョージア州において民主党を勝利に導いたステイシー・エイブラムス氏だ。彼女の活躍がなければ、バイデン氏がジョージア州を勝ち取ることも、上院が50議席対50議席になることもなかった。
彼女の人生と活動については映画「All In: The fight for democracy(邦題:すべてをかけて:民主主義を守る戦い)」を見ていただきたいが、アメリカでは彼女は2018年以来、非常に注目を集めてきた存在だった。彼女に対する尊敬は、2020年の大統領選やジョージア州での上院決戦選挙を機に爆発的に高まり、今や民主党のスーパースターといって良い。
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エイブラムス氏は、1973年生まれの元ジョージア州議会議員、弁護士、起業家、非営利団体経営者、コンサルタント、小説家など多才で複数の顔を持つ。2018年ジョージア州知事に立候補し、主要政党から知事候補に選ばれた米国史上初の黒人女性として注目を集めた。その後、バイデンの副大統領候補として最後まで名前が残った。
知事選では僅差で敗北したが、エイブラムス氏は「ケンプは次の州知事になります。でも、このスピーチは私の敗北宣言ではありません」と述べ、共和党の相手陣営が多くの住民の有権者登録を抹消し、投票抑圧をしたと主張した。のちに彼女は訴訟を起こし、裁判では投票抑圧を証拠づけるさまざまなデータが明らかになっている。
エイブラムス氏はこの敗北後、2年後の大統領選を見据えて、ある活動に着手する。
アメリカでは有権者だというだけでは投票できず、自ら地元の選挙管理委員会に登録する必要がある。しかしこの手続きをせず投票を諦めている人が、特に有色人種の中には膨大な数存在する。彼女は「フェア・ファイト・アクション」と呼ばれる団体を設立、有権者たちに自由で公正な選挙の大事さを説いて回り、有権者登録と投票に行くことを促してきた。その草の根運動の結果、80万人もの人々が新規に登録し、票を投じたのだ。
私がこの映画を見ながら思い出したのは、オバマ氏が大統領選キャンペーンの時にスタッフのスローガンにしていたと言われる「Respect. Empower. Include. Win.」という言葉だ。「相手に対する敬意を持て。1人ひとりがもつパワーに気付かせよ。巻き込め。そして勝つ」。
「政治なんて自分のような人間には関係ない」「自分1人が投票に行こうが行くまいが、どうせ社会は変わらない」という無力感、シニシズムを感じている人たちに、「いや、あなたの声が大事なんです」「あなたの1票が変化をもたらすんです」「私と一緒に闘ってほしい」と伝え、「社会は変えられる」と感じさせること。
エイブラムス氏がやったのもまさにそれだ。これまで声を持たなかった人たちに、自らがもつパワーに気づかせ、仲間として巻き込むこと。彼女は、そうすれば社会は変えられる(それをしない限りは変えられない)と信じて地道に活動を続け、その方法がワークすることをハッキリ証明して見せた。彼女がやったことは、どこの国であれ適用できる手法だと思う。
2016年のサンダースの敗北後、Justice Democrats と Brand New Congress を立ち上げた民主党左派支持者たちにせよ、彼らに支えられ何の経験もない素人ながら出馬したAOCにせよ、納得のいかない選挙で負けたエイブラムス氏にせよ、共通しているのは、「自分は世界を変えられる」と確信し、負けても諦めず、挑戦し続けているということだ。
それは根拠のない、単なる思い込みかもしれない。ただ、この、絶望的な状況に置かれても希望を失わず、自分たちのパワーを信じ、負けてもまたしつこく立ち上がるという性質は、私がいつも感心させられるアメリカ人の特徴でもある。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny