イギリス・ブラックプール沖でOrsted社が運営する洋上風力発電所。(撮影:2018年9月)
REUTERS/Phil Noble
2020年10月に菅義偉元首相が発表した「2050年・カーボンニュートラル宣言」。
あれから1年が経過しました。
日本では菅元首相のカーボンニュートラル宣言後、2020年12月に脱炭素に向けた具体的な戦略を示した「グリーン成長戦略」が策定されると、2021年4月には、それまで2013年比で「26%」としていた2030年までの二酸化炭素排出量の削減目標を、「46%」に改めました。
2021年10月に誕生した岸田政権のもとでも、2030年目標、そして2050年にカーボンニュートラルを達成するために、新たな戦略「クリーンエネルギー戦略」の策定が進められています。
それ以前の姿勢から考えると、この1年で日本はカーボンニュートラルの実現に向けて、大きく舵を切り直したと言えるでしょう。
二酸化炭素の排出量を削減するうえで基本となるのは、日本が排出している二酸化炭素の約4割を占めているエネルギー業界における脱炭素化。つまり、化石燃料を使用する発電手法からの脱却です。
2021年10月に閣議決定された日本の将来のエネルギー政策を左右する「第6次エネルギー基本計画」でも、2030年の電源構成として、再生可能エネルギーの利用を36~38%程度にまで高めようという目標が掲げられています。
2018年に閣議決定された第5次エネルギー基本計画では、2030年の再生可能エネルギーの導入目標が22〜24%であったことから考えると、「36〜38%」という数字からは政府の本気度の高まりが伺えます。
再生可能エネルギーの中でも、2020年末から特に注目を集めているのが、海上に風力発電用の風車を建設する「洋上風力発電」です。グリーン成長戦略の中でも、洋上風力は蓄電池産業とともに「成長産業」と位置付けられています。
そこで12月の「サイエンス思考」では、日本の洋上風力発電を支え、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトなどにも参画している東京大学の石原孟教授に、なぜいま洋上風力発電に注目が集まっているのか、話を聞きました。
洋上風力「4つのメリット」
洋上風力発電は、陸上の風力発電や太陽光発電などとどう違うのか。
撮影:三ツ村崇志
石原教授は、洋上風力発電のメリットは、大きく分けて次の4点だと指摘します。
- エネルギーの賦存量(理論的に算出された潜在的な資源量)が多いこと
- 大規模化してコストを下げやすいこと
- 環境の影響が少ないこと
- 大電力を消費する都市の近くにも建設できること
多くの人にとって、「再生可能エネルギー」と聞いてまずイメージするのは、太陽電池パネルを使った「太陽光発電」でしょう。実際、日本では、再生可能エネルギーとして最も普及していた水力発電とほぼ同等の規模にまで、太陽光発電による発電量が伸びてきました。
しかし石原教授は、
「太陽光発電をするには、太陽電池パネルを設置する場所が必要です。それには限りがあります。また、陸上風力発電所を作るにも、日本は山が多いので設置できる場所が足りません。一方で洋上風力はどうか、という話になります」
と、洋上風力と他の再生可能エネルギーを比較したときに、まず導入可能な量に大きな違いがあると指摘します。
環境省では、太陽光パネルや風力発電用の風車など、再生可能エネルギーを活用して発電する設備を国内にどの程度設置することができるのか調査を進めています。
発電設備の設置が可能な面積から類推したエネルギー資源量(導入ポテンシャル)や、既存技術でも採算が取れる「導入可能量」をそれぞれ計算したところ、国内で最もエネルギー資源量があるのは、太陽光でも、陸上風力でも、ましてや地熱発電でもなく「洋上風力」でした。
石原教授らの計算によると、「理論上」は関東近海だけでも、東京電力が1年間に消費する電力を洋上風力によってまかなうことが可能だといいます。
陸上に大規模な風力発電設備を整備しようにも、山国である日本ではそもそも適地が限られます。また、景観や騒音の問題もあるため、陸上ではなかなか大規模化することができません。その点、洋上であれば大規模な風力発電所を建設する場所を確保しやすいことはもちろん、岸から離れた場所に設置されるため景観や騒音の問題も少ないことは大きなメリットといえるでしょう。
風力発電用の風車の大型化や多数の風車を集めたウインドファームの大規模化によって、大電力を消費する地域の近くに巨大な風力発電施設を整備することができれば、その分製造コストはもちろん、送電ロスなどの削減にもつながります。
日本では、地方で発電した電力を都市部に送電する「系統」が限られていることから、大電力を消費する関東などの大都市近郊の沿岸に建設できるという点も重要です。
もちろん海上に風車を設置するうえでは、海の環境に及ぼす影響の調査や、漁業関係者との調整などは必要になるものの、陸上に大規模な風力発電所を整備することと比べると、難易度は下がると言えます。
こう見ると、洋上風力発電は資源量も豊富で、環境負荷も比較的低く、大都市の近くにも大量に建設できる可能性があることから、非常に有望な発電方法のように感じます。
ではいったいなぜ、2020年にカーボンニュートラル宣言がなされるまで、洋上風力発電はそれほど注目されてこなかったのでしょうか。この1年、成長産業として注目されるようになったことで、産業にはどのような変化があったのでしょうか。
産業が加速する「4つの条件」が揃った
Peter Adams Photography/Shutterstock.com
石原教授は、カーボンニュートラル宣言や、二酸化炭素排出量の削減目標を大幅に改定したことが、非常に大きな影響を与えたと指摘します。
「今までは政府の目標が低すぎて、産業界からすると非常に参入しにくい状況だったんです」(石原教授)
2018年に策定された第5次エネルギー基本計画では、2030年までに風力発電の導入割合を全電力のうち1.7%にすることが目標として掲げられていました。
一方で、世界では毎年1%以上、風力発電による発電電力量が増えているのが現状です。世界での需要の伸びに対して、日本の市場規模が小さすぎたことで、産業界が国内の風力発電の建設に乗り出すメリットがかなり薄かったわけです。
世界の風力発電による発電電力量の推移
IEAのデータをもとに、Flourishで作成。
2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、2030年における風力発電の導入割合の目標値が、約3倍となる5%にまで上昇しました。
「この変化はすごく大きいんです」(石原教授)
石原教授は、2020年から2021年にかけて、こういった数値目標が更新されたことで、洋上風力発電を普及させるために必要な「4つの要素」が揃ったと言います。
石原教授が洋上風力の導入を進めていくために必要だとしているのは、「技術的な検証」「固定価格買取制度(FIT)」「海域計画」そして「導入目標」の4つです。
研究開発自体は、2008年〜2016年にかけてNEDOの着床式洋上風力発電の実証試験が実施されるなど、日本の自然環境に合った洋上風力の開発が着実に進められてきました。石原教授は「日本の研究開発がすごく遅れているというわけではないと思います」と言います。ただし技術があっても、そもそも洋上風力の導入目標が低く「案件」がなかったため、産業として大きく花開くことはありませんでした。
その後、東日本大震災を経て、2013年にはFIT制度が始まりました。当然、風力発電も固定価格での買取対象となったものの、参入する企業が大きく増えることはありませんでした。
「なぜか。それは建設する場所がないからです。海上は特定の個人のものではなく、国が管理しています。20年、30年かかるようなプロジェクトを進める仕組みがなかったんです」(石原教授)
洋上風力発電所を海に建設するには、国や地方自治体から海域の使用許可を得なければなりません。漁業関係者との調整なども必要になるため、単に「海の使用許可を得る」といっても、経産省、国交省、農林水産省など、複数の省庁が関係する総合的な法律が必要でした。
洋上風力発電の導入状況および計画。
出典:資源エネルギー庁
2016年に改正港湾法が施行されると、認定された事業者は20年にわたり港湾内の海域を利用することが可能となりました(2019年に改正され30年に延長)。さらに2019年には「再エネ海域利用法」が施行され、港湾以外の一般海域でも、漁業や海運業などに影響を及ぼさないなどの条件に適合すると認定された海域で、事業者は最大30年間、洋上風力発電事業の実施のために占用許可を得られるようになりました。
2020年にカーボンニュートラルが宣言され、グリーン成長戦略が策定されたのは、そういった流れの中でした。
そして2021年12月、洋上風力に関する官民協議会が開催され、そこで発表された「洋上風力産業ビジョン」の中で、2030年に10GW、2040年には最大で45GWの洋上風力を導入しようという方針が打ち出されました。
「45GWの洋上風力を作るには、20年近くかかります。産業はそれをみんなきちっと分かっています」(石原教授)
企業がこの先数十年かけて取り組むような仕事が確実に存在する。それを実施するために必要な技術や法整備も整えられてきた。これで、企業が参入するうえでの憂いは完全になくなりました。
「研究開発で安全性などが確認されなければ誰も怖くてできませんよね。研究開発を頑張っても、売電の値段が安すぎたら大赤字になるのでこれもまた実現できません。FITで価格が担保されても、建設地を調整できなければ建設できない。建設地の調整ができても、将来どれくらい導入されるか目標がなければ参入できない。だからこの4つの条件が重要だったんです」(石原教授)
条件が整ったことで、加速し始めた洋上風力。
その潜在能力をどこまで発揮できるのか、日本の脱炭素化を進めていく上で非常に重要な役割を担っていることは間違いないと言えるでしょう。
(文・三ツ村崇志)