左から、聞き手のBusiness Insider Japan 伊藤有、「決算が読めるようになるノート」著者のシバタナオキ氏、IT批評家の尾原和啓氏。対談はVR会議ツール「Horizon Workrooms」で実施した。
Business Insider Japan
2021年10月28日にフェイスブックがMeta(メタ)へと社名変更したことを契機に、「メタバース」が一気にバズワードになりました。2022年もメタバースへの注目が続くことは間違いのないところです。
いま、フェイスブック改めメタ社のなかでは、どんな思惑が動いているのか。そして、2022年以降、メタバースをめぐりIT業界にどんな変化が起こるのか?
今回はIT批評家の尾原和啓さんと『決算が読めるようになるノート』の著者シバタナオキさんをお招きして、「メタバース対談」を実施。対談会場は、メタバース会議ツール「Horizon Workrooms」。メタバース上で「メタバース」の未来予想をする対談企画をお届けします。
—— 明けましておめでとうございます。さて、旧年最大のバズワードになった「メタバース」。2022年の新春に、改めて今テック業界で起こっている大変化を振り返りつつ、テクノロジー業界の未来予測をしていきたいと思っています。
いま、全員がメタ社のVRゴーグル「Meta Quest 2(旧Oculus Quest 2)」を装着してるわけですが、尾原さんはちなみに今、どちらに?
尾原和啓氏(以下、尾原):僕、実は今シンガポールで隔離中なんです。ホテルから一歩も出られない状況の中、参加しています。
シバタナオキ氏(以下、シバタ):僕はアメリカの自宅にいます。3人とも全然違う場所にいるのに、Horizon Workroomsで話すとすぐ隣にいる感じがしますね。(アバター会議の)実在感がすごい。
2022年を踏まえ再考する「フェイスブック社名変更の背景」
—— では早速、本題に。テーマを4つ用意しました。1つめはフェイスブック改めメタ社の社名変更について。多くの人が「本当に社名を変えるんだ」と驚いた出来事でした。なぜフェイスブックは社名を変える必要があったんでしょう?
尾原:実はフェイスブックが「メタバース」に取り組むこと自体は、2016年に発表された10年計画の3つの柱の1つに入っていました。社名変更まで踏み込んだのは大きなことですが、2021年は10年まであと5年というタイミングなので、非常に戦略的に実行したと言えます。
2016年のフェイスブックの年次イベント「F8」より。10年ロードマップのなかに、当時から10年後(つまり2025〜2026年)のロードマップとして、VR/ARへの注力計画は明言されていた。
出典:尾原氏提供
一方で今、このタイミングで(投資と開発の)アクセルを踏むことは、「VRのハードウェアメーカー」であるメタ社としては大正解だと考えます。なぜならハードウェアは、「ブランド」が超大事、だからです。
たとえば電気自動車は、テスラの前にもたくさんありました。しかし今、電気自動車界のスーパーカーとしてブランドを確立して、今や電気自動車といえばテスラだと思われていますよね。
—— 分かります。うちの息子も、小学生の頃から「フェラーリよりテスラがかっこいい」と言っていて、衝撃を受けました。「ブランド」って、こういうことなんだなと。
尾原:スマホも同じです。iPhoneが登場する前にもPDA(パーソナル・デジタル・アシスタント)と呼ばれるものは、PalmとかBlackBerryとか、複数ありました。けれども、iPhoneが登場したことで「スマホといえばアップル」という風になった。
メタ社が手がける「Oculus Quest※」というハードウェア(旧フェイスブックは2014年にOculus社を買収した)は、2020年の第4四半期からVRデバイスで75%のシェアを取る、完全な寡占状態に入っています。
※製品名を変更し、現在は「Meta Quest」
出典:尾原氏提供
けれども、あと半年から1年経つと、ずっと噂されているアップルのAR/VRグラスが攻め込んできても不思議はない状況ですよね。
だからその前のイノベーティブなポジションのうちに、圧倒的なブランドポジションを作るのは、ハードウェアメーカーとしてはベストタイミングだという風に僕は思っています。
シバタ:歴史を振り返るとスマホが出てくる前は、OSのマーケットシェアは、マイクロソフトが寡占状態でした。
そこにグーグルが出てきて、インターネットのビジネスをたくさん取ろうとしました。しかし、OSがマイクロソフトの寡占であったが故に、グーグルは2008年9月にChromeというWebブラウザーを発表し、(OSを押さえられた中で)最大限ユーザーとの接点を取ることに走りました。
(いま思えば)「スマートフォン」が出てくる前夜に、グーグルは絶対にOSを取りたいと考えたはずです。だからAndroidをあれだけ普及させた。
そしていま、グローバルでは、Androidが寡占の状態になっています。
Statistaが2021年6月に公表した、2012〜2021年までのスマホ向けOSの世界マーケットシェア調査。直近2021年3月時点では、Androidが72%、iOSは26%となっている。
出典:Statista「Mobile operating systems' market share worldwide from January 2012 to June 2021」
注:時系列としてChromeとAndroid、iOSの歴史は次のような流れになっている
2007年1月 初代iPhone発表
2007年3月 TwitterがSXSW2007で「SXSW Web Award」を受賞、爆発的に広がり始める
2008年9月 Webブラウザー「Google Chrome」のベータ版を公開
スマホ向けオープンソースOS「Android 1.0」リリース
2008年10月 初のAndroid搭載機「T-Mobile G1」発売
2008年6月 iPhone 3G発表
2009年6月 iPhone 3GS発表
2010年1月 初代Googleスマホ「Nexus One」発表
(OSの時代の)次に出てきたフェイスブックは、Facebook、Instagram、WhatsAppという、「利用時間」で上位に入る強力なアプリを3つ持っています。が、やはり(基幹部分になる)OSはグーグルとアップルに握られたままです。
特に、2021年4月に実施されたアップルのプライバシー保護強化で、フェイスブックの広告売上げは少なからずダメージを受けたはずです。
(注:日経新聞は2021年10月26日、フェイスブックの決算について、アップルの規制強化の影響などを背景に「売上高は増加率が4~6月期の56%から鈍化して市場予想に届かなかった」と報道した)
OSを持っていないことで、自分たちのビジネスのコントロールが効かない —— という典型例です。だから、「スマホの次のOSは絶対に取りたい」と考えているはずです。
PC、スマホと続いた次の覇権争いの主戦場が「VR」だとすると、さっき尾原さんがおっしゃったように、もうマーケットシェアは持っている。かつ、今後も大きくなる可能性が極めて高いマーケットですから、そこに会社としてフルベットする(全力で投資する)というのは、すごくメイクセンス(納得感ある)だなと思います。
このままマーケットが伸びていって、メタ社がシェアを維持すると、PCにおけるマイクロソフト(Windows)や、スマホにおけるグーグル(Android)のような構造になります。フェイスブック(メタ社)は、10年計画でそこに張っていたということ。OSの覇権争いというのが、社名変更を考える上での1つ目の文脈かなと思います。
「10年計画」「バッシング」がフェイスブックに社名変更を決意させた
シバタ:2つ目は、アメリカにおける「フェイスブックバッシング」ですね。
日本の方にはちょっと感覚的に分かりにくいかもしれません。昔、ライブドア事件がありましたよね。あのときはライブドアと名前が付いているだけで世間から厳しい目で見られました。イメージ的には、今のフェイスブックは、限りなくそれに近い状態だと、アメリカ在住者目線では感じます。
—— Facebookの個人データが大量に不正流用され、米大統領選で政治的に使われたケンブリッジアナリティカの問題や、10代へのインスタグラムの悪影響などを認識していたのに自社の利益を優先させた、という関係者証言などの報道は衝撃的でした。フェイスブック(メタ社)のテック企業としての倫理観は何年にもわたって問われ続けています。
シバタ:(事業としては)幸いなことに、彼らは写真アプリの「Instagram」とメッセンジャーアプリ「WhatsApp」についてはブランドを分けていたので、ブランドへのダメージはまだ少ない。けれども、昨今の報道にもあるように、「FacebookというブランドはSNSを使って際どいビジネスをする」みたいな、悪い印象が広がっているのは否定できないと思います。
個人的には、本当だったら「10年計画のうち、あと1~2年経った後にVR」っていう風にしたかったのかなという気もしているんですが、ネガティブなイメージや報道が払拭できないので、今回のタイミングに早めたんじゃないかなと。
—— 「Meta」に社名変更したのは、やはりリブランド(ブランド建て直し)の側面もある。
尾原:実はフォーブスが、社名変更の直後に調査会社が実施した、メタ社からすると嫌なアンケートを記事にしています。やはり調査対象(アメリカの成人2200人)の半数ぐらいの人が、「社名変更は自分たちの悪評を払拭するためだろう」と答えているんですね。ここ最近の報道を見る限り、そう言われてしまう背景は否定できない。
—— 企業としての倫理観やガバナンスを問う側面と、一方で高度な技術力を持つ企業だという側面。両方がメタ社の難しい立場を表していると感じます。
この対談に使ったHorizon Workroomsも、VR会議ツールの見本として注目すべき完成度。メタ社がVRのOSとして覇権を握るとしたら、彼らはかなり重大な行動データを持つことになります。それだけに、テクノロジーには感心する反面、一抹の不安を感じます。
尾原:メタ社は今回、プライバシー、セキュリティ、インターオペラビリティ(相互流通性)、オープンスタンダードの4つは、もう最初からやると宣言しています。
実際に社名変更をした翌日には、顔認識のデータを全部捨てて、機能を停止するということも公表しました。
53分前後から、VR開発を進めるにあたっての透明性について、ディスカッションの形でザッカーバーグ氏が発言している。
言わば、自分たちがメタバースの世界で中心になる以上は、その責任を持つ、と宣言したわけです。最近よくレスポンシブル・イノベーションみたいな言い方をしますが、まさにその決意を表明したんだと、僕は見ています。
—— ここまでしないと、もう信用されない、と。
シバタ:やっぱりOSを作る人には、そのOSの上で動くアプリを作る人とは全然違った責任感、公平性、いろんなことが要求されます。シリコンバレーにはグーグルでAndroidを作っていた人も、アップルでiOSを作っていた人も沢山います。その人たちのなかには、メタ社に行った人もいるかもしれません。だから、その辺はきちんとした倫理感でやっていくのではないか、と期待したいです。
「メタバース」はなぜバズワードになった?
—— では2つ目のテーマです。なぜ「今」メタバースが世界的なバズワードになったのでしょうか。実際、米Insiderのニュースでも、メタバースへの言及が急増しています。なぜこのタイミングで「ブーム」が来たのでしょうか?
シバタ:コロナになって、リモートが前提になったことが大きいかなと思っています。アメリカではコロナの前からリモートで電話会議をすることも多かったですが、ほぼ全てZoomで済みますし、ビジネスでどうしても人に会わなきゃいけないというケースが実はあまりない。
今回の対談をしているこのHorizon Workroomsの環境って、ある種「Zoomの延長・拡張」みたいなところもありますよね。そういう意味では「リモートに慣れてきた」というのが1つですね。
もう1つは、ハードウェアの進化です。僕は今「Oculus Quest2」を使っているんですが、前モデルの「Oculus Quest」から細かいところがかなり良くなっている。iPhoneの最初の方のバージョン(3Gから3GSの進化など)も、きっとこんな感じだったんじゃないかなと。ハードウェアがニーズに追いついてきたというのは、大きい。
尾原:僕はメタバースは、4つの方向性から、「それぞれ都合がよかったから」今バズワードになっていると思っています。
1つはVR端末が成熟期に入ってきて、4万円を切る「Meta Quest2」(旧Oculus Quest2)でこれだけの機能が使えるようになったこと。この後、(周囲の環境にデジタルデータを重ね合わせて表示する)AR(Augmented Reality:拡張現実感)も動き出すし、Metaがコンセプトを発表した最新VRヘッドセット「Project Cambria(カンブリア)」では、パススルー(ヘッドセットを装着しながら周囲を透過できる機能)が高解像度でカラー化されることを公表しています。普及期のスマホのように、みんなが使い始める「ティッピングポイント」(転換点)に近づいてきた。
2つ目はシバタさんもおっしゃった「リモートワーク」の影響です。しかも今はコロナが少し落ち着いてきて、リアルを取り戻しつつあるタイミングなので、リモートワークの熱を減らさないという要素もあると思うんです。
3つ目が、SNSの変曲点という話。これは先ほども出たように、僕たちがSNSに対してあまりにも多くの情報を預け過ぎていて、プライバシーの問題だったり、未成年がInstagram中毒になるといった、いろんな副作用が噴出し始めた。だからもう「SNS」っていう言い方をやめたいということがある。
さらに、最後に大事なのがゲームの影響です。今の子どもたちはこうやって必ずしも3DのVRの中に没入しなくても、二次元の画面の中の「Fortnite」や、「マインクラフト」に夢中で、もうその中で交流関係も生まれています。
—— コロナ禍の2020年にはFortnite内ですぐさま、人気ラッパーのトラヴィス・スコットがバーチャルライブをしたり、BTSがミュージックビデオ発表のバーチャルイベントを実施したりしていましたね。
尾原:Z世代は中学生のときに、スマートフォンやSNSが標準装備だった(SNSネイティブの)人たちです。社会とつながり始めるタイミングでスマホを通じて、テキストと写真ベースでつながった世代。
さらにその下のα世代は、生まれたときからiPadが標準装備です。
最初に他人のいる「社会」を体験するのは、昔だったら公園の砂場でしたが、今はマインクラフトだという子どもたちも増えている。もう彼らにとってはメタバースが、最初に友達を見つける場所みたいな転換、逆転が起こっている。これが今、ゲームの世界で起きている現象です。
実際に上場したゲームプラットフォームの「Roblox」は、今やローティーンが1日2〜3時間を過ごすプラットフォームになっています。
—— 日本ではメタの社名変更以前と以後で、「メタバース」という言葉の社会的認知が大きく変わったと感じます。一方で実はハードウェアの成熟と、ソフトウェアの設計など、ブームを下支えする土壌は着々とできていた。そこにフェイスブックの社名変更が最後の一押しをしたという印象があります。
尾原:あとは単純に、ここ10年はSNSとスマホが2大革命だったけれど、その旬が過ぎたということもあると思います。もちろん「Web3」や「ブロックチェーン」、「NFT」などもありますが、まだ実経済として動いていない。
その意味で、マーケットが次のバズワードを求めていたところは、正直否めないと思います。そこにNVIDIAもクアルコムもマイクロソフトもアップルも、「メタバースと言っておけば耳目を集めやすい」ということで、乗っかったっていうのはあると思います。
※後編「メタバースで『重要なこと』をみんな勘違いしている」に続く
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。