IT批評家の尾原和啓さんと『決算が読めるようになるノート』の著者シバタナオキさんをお招きして、メタバースをテーマに、VRゴーグルを被って、メタバース上で新春対談を実施した後編。
メタバース・仮想通貨・NFTという近年のバズワードがすべてつながっている理由について、尾原さんが解説。2022年以降起こる、IT業界の未来予想とは?
前編:「2022年の「メタバース」業界の未来予想…Facebook社名変更、VRのOSで覇権を狙う10年計画とは」はこちらから
—— 3つ目のテーマとして、2022年の先を見通すキーワードについてもお聞きしたいと思います。「メタバース」「仮想通貨」「NFT」は全部つながっていると言われます。尾原さん、少し解説いただけますか?
対談は、VR会議ツール「Horizon Workrooms」を使って、アメリカ、シンガポール、日本からそれぞれ仮想会議室に集まって収録した。
尾原:メタバースとは何かと言ったときに、みんな「場所」だと思ってませんか。実はメタバースで大事なことは「時間」なんです。1日のうち何時間を誰とどこで過ごすか、ということなんです。
今、僕たちはこうしてメタバースで「会議」をしていますが、こうして誰かと長い時間を一緒に過ごすようになると、やっぱり外見が気になってくる。
格好いい腕時計をしたり、デザインの良い服を着たくなります。また、もし一緒にコンサートを見に行って、そのときにしか手に入らないグッズがあったとしたら、それを部屋に飾りたくなります。大切な人と時間を過ごして、その中で特別な体験をすると、そこに意味が発生するのです。
役に立つだけのものは「利用」に向かいますが、意味があるものは「保有」に向かいます。
例えばクルマの例があります。「ウーバーナイゼーション」と言いますが、単なる移動手段として役に立つだけだと、自分で保有せずにUberなどを使って人の車に乗れば良いという「利用」に向かう。これがインターネットの法則です。
でも大切な時間を大切な人と過ごすと、そこに意味が発生して「保有」する理由ができる。現実のファッションやブランド、旅行も、意味を感じるためにお金を払っていますよね?
その「場」で過ごす時間が長くなれば、「意味のマーケット」が現実からメタバースに移行していく。
一方で「保有」するには、ほかの人が持っていないことや、自分のものだということを証明できなければなりません。
デジタルデータは簡単にコピーできるので、もし「今着ているアバターは、あのコンサートで特に声援が大きかった10人しかもらえないもの」ということが証明できれば、ものすごく貴重なものになる。それを示すものが「NFT」であり、ブロックチェーンにおけるスマートコントラクトだったりするわけです。
シバタ:今のところは、(それぞれのキーワードが)あまりつながっていないように見えるかもしれません。が、私もティッピングポイント(転換点)がどこかにあると思っています。それを超えると、いま尾原さんがおっしゃったように、一気につながってくる。
多くの人がメタバースで過ごすようになると、当然その中での固有の資産(ユニークなアセット)が求められますから、NFTみたいな話がどんどん出てくるのではないでしょうか。
一定の人口が多くの時間をメタバース上で過ごすようになると、おのずと変わってくるのではないかと思います。
今後5~10年で、メタバースの世界に起こること
—— メタバースというバズワードが興味深いのは、「これから来る未来」ではなく、実は「いま買ったら、ある程度すぐ使える」状況にあることじゃないでしょうか。スマホの初期(2008年ごろ)と比べると、かなり完成度の高いところにスタートラインがある。
そこで最後のテーマです。
「メタバース社会が来る」という視点に立ったときに、この5~10年で社会がどう変化するか、そこから逆算して2022年に何が起こりそうか、聞かせてください。
尾原:このテーマ設定は良くできていて(笑)、2022年に何が起こるかって聞かれたら、「いやそれほど起きないですよ」としか言えないんですけれども、10年というスパンではいろいろと考えられます。
今から5年とか10年のスパンでいえば、VRヘッドセットは確実に軽くなりますよね。一方でARグラスも、まるでサングラスのようなものだったり、目の網膜に直接照射するものだったり、コンタクトレンズだったりと、(少なくとも)3つの方向性があります。
現時点でメタバースの中心の1つになるVR/AR端末の最大の問題は「重いこと」。そして、装着するときに(多少大きいので)「よっこらしょ」の面倒さがあること。だから現状だとVR端末って、1週間に何回かしか起動しないのです。
対してスマホはもう、毎日24時間、周囲30センチ以内にあって、何かあったらすぐに触れている。
つまり、VR/ARのデバイスが、いかにスマホ的な使用感に近づけるか。それまでに何年かかってどう変わるかという見立てが大事です。
さっき言ったコンタクトレンズとか、網膜照射とか、サングラスみたいなものが、本当に毎日使えるレベルになるのは、残念ながら2022年では難しい。やはり5年単位で考えた方がいいと思います。
今のところはまだ「よっこらしょ」があるし、Quest2のようなヘッドマウントディスプレイを装着して何か喋っていたら、家族が「大丈夫?」て声をかけてくるわけです。
奇異の目で見られるのはやっぱり障壁です。
メタ社への社名変更前でのIDCの市場予測では、VR/ARヘッドセットは2021年で1000万台、2022年で1600万台。2025年でようやく5000万台レベルです。
これは家庭用ゲーム機で言ったら、「メガドライブ」(全世界3000万台程度とされる)の水準。いわゆる「普通の人」は知らないって感じですよね。今回のバズワード化で倍に加速したとして、1億台いってようやく「初代PlayStation」(1億台以上)とか「ニンテンドーSwitch」(9000万台以上)の市場規模です。
角川アスキー総合研究所のパートナー、Newzooのレポートによると、2021年の家庭用ゲーム機の市場規模は490億ドル(約5.6兆円)。
出典:Newzoo「グローバルゲームマーケットレポート2021」より
家庭用ゲーム機は、世界で今や5兆円を超える市場なので、ゲーム機としてのVR機器の市場規模が仮に5000万台に届けば、5~6%のシェアは取れると思うので、世界でVR端末の中のゲーム市場は3000億円ぐらいにはいくと思うんですよ。
それはそれで十分なマーケットですが、多分皆さんが思っているような「メタバースの中で生活をして、メタバースの中の服やインテリアにお金を払う」みたいな感覚になるためには、やっぱり「よっこらしょ」の壁をいつ超えるのかっていうのが大事になってくると思います。
「メタバース」普及に至る段階とは
2007年、初代iPhoneを発表した故スティーブ・ジョブズ氏。当時はイノベーションの塊だったが、実際には当初はアプリの動作が不安定だったりなど、未成熟な部分が少なくなかった。
REUTERS/Kimberly White
社名変更を発表したオンラインイベントでプレゼンをするフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏。メタバースとVRは果たして、次のiPhoneになるのだろうか?
尾原:2021年のバズワード化で、お金と才能がより集まるようになりました。そのおかげで、今後2〜3年かかると言っていたものは、早まるかもしれません。
PDA(Personal Digital Assistant)と呼ばれていたときには見向きもされなかったのに、「iPhone」になった瞬間に普通の人もみんな買いたくなった —— ぐらいのイノベーションが、もしかしたら2022年末とか2023年くらいにまで早まる可能性もなくはない。そこは注視していおいたほうがいいですよね。
シバタ:僕はコロナで一番痛感したことは、移動の「コスト」だったと感じています。オフィスに通勤したり、旅行に行ったり、自分が動くと渋滞もあるしお金もかかる。一方、反対側(オンライン)の世界では、もう全てをZoomで済ますこともできる。
僕なんかはどちらかというと、そっち側(オンラインで済む世界)にいるんですけど、これはラクはラクなんです。移動しなくていいですし、人に会わなくていい。ただどうしても、モニター越しだと距離感があります。
今日、これ(Horizon Workroomsでの対談)をやってみて思ったのは、司会の伊藤さんと、尾原さんが「本当に手が届くところにいる」感覚がありますよね。これはビジネスの世界だけではなく、友達との関係においても、今後メインストリームになっていく可能性はあると思います。
リアルで会うことがなくなるなんて言うつもりはないですが、コストと利便性を考えたときに、リアルで会うものの一部が、こういう形で置き換わっていくことは、もう十分可能性があると思う。
ただ、やっぱり装着している端末がまだ重い。バッテリーの問題もあると思うんですけど、どれだけ小型化してくるかですよね。
眼鏡のレベルまではいかないかもしれないですけど、みんなが家の中で着けても違和感がないレベルまでいけば、ビジネスではもちろん、ゲームでももっと使われるようになると思います。
半導体の性能アップの部分は、いわゆる「ムーアの法則」(※)で、多分これからも進むと思います。もしかするとメタ社が自分たちで、VR用のチップを作るとか、そういう話も出てくるのかもしれない。そういう話が2022年に出てきても、あまり違和感はありません。
(これから来るのは)CPUの進化、あとはバッテリーの進化がデバイスのサイズを小さくして、小さくすることによって色んな人が使うようになる —— そういう順序を追っていくでしょう。もうちょっと軽くなったら、うちの社員全員にこれ配ろうかなと思います。
※インテル共同創業者のゴードン・ムーア氏が1965年に発表した「半導体回路の集積密度は2年で2倍になる」という経験則に基づく法則のこと。
—— 遠方にいても、一緒のオフィスで机を並べて仕事している感覚が持てるのは、Zoomとの大きな違いです。相手が今何をやっているのかも見えるので、話しかけて良さそうなタイミングもわかります。
尾原:相手がどっちを向いてるかがわかるのは実は大きい。こちらを向いているってことは、何か関心持ってくれてるのかな? みたいな感じで、声がかけやすかったりします。視線を合わせながら話せることは本当にすごく大事ですね。
—— 2022年はまだわずかな変化かもしれませんが、メタ社はFacebookに若いユーザーがいないとか、決算説明で意外にも赤裸々なことを明かしていたりします。変化の次の予兆みたいものは、シバタさんの領域である決算にも表れてくるかもしれません。
尾原:周りから(フェイスブックの倫理観について)ネガティブな目線が向けられている分、積極的にリスクを開示して、次のフロンティアに行こうとしているのが、今のマーク・ザッカーバーグです。
(彼らの発言が本心なのか)みんなで監視しながら良い世界を作っていければ。
—— そういう意味で2022年に、メタ社がどんな動きをしていくのか、テック業界的には本当に注目ですね。
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
シバタナオキ:SearchMan共同創業者。2009年、東京大学工学系研究科博士課程修了。楽天執行役員、東京大学工学系研究科助教、2009年からスタンフォード大学客員研究員。2011年にシリコンバレーでSearchManを創業。noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。