今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
ネットフリックス(Netflix)がゲーム開発会社を買収し、ゲーム事業へ進出することが話題になっています。この意思決定の背景には何があるのでしょうか。自身もネットフリックスに加入しているという入山先生がその狙いを読み解きます。
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ネットフリックスはなぜゲームスタジオを買収したのか
こんにちは、入山章栄です。
昨年は本連載をご愛読いただき、ありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願いします。
BIJ編集部・小倉
入山先生、今日はネットフリックスについてお伺いします。
ネットフリックスは2021年9月末にゲームスタジオ「ナイトスクールスタジオ」を買収しました。ネットフリックスのコンテンツである動画が受身で楽しむものだとすると、ゲームは主体的にやるものですよね。となるとネットフリックスの狙いがよく分からなくて……。
同社は何を目指しているのでしょうか?
僕はネットフリックスにはシンプルな目的があると思いますよ。それは一言で言うと、チャーン(churn)を減らすことです。
BIJ編集部・常盤
チャーンというと、つまり解約ですね。
はい。ネットフリックスのようなサブスクモデルを解約することをチャーンといい、解約率のことをチャーンレートといいます。ストリーミングの世界は競争が激しいためチャーンレートも高い。
なぜならこのマーケットにはアマゾンプライムビデオ(Amazon Prime Vide)がいて、Huluがいて、ネットフリックスがいる。そこへいま、超巨大戦艦であるディズニープラス(Disney+)が入ってきた。
僕はいま顧客としてネットフリックスとアマゾンプライムに入っていますが、あともう1つ追加で、例えばディズニープラスに加入するとしたら、さすがに両者のどちらかを解約すると思うんですよ。お金ももったいないけど、それ以上に3つも見る時間がありませんから。
そうするとネットフリックスにとって一番怖いのは、子どもが「パパ、ママ、私ディズニーが見たい!」と言い出すこと。
あの手のサービスはファミリーアカウントになっていますから、子どもがディズニーのアニメ映画を見たいと言えば、ネットフリックスを解約して、ディズニープラスに移行する家庭も出てくるかもしれません。
だからネットフリックスは解約を防ぐために次の手を打った。それがゲームコンテンツを充実させること、ではないでしょうか。
これはちょっと考えてみれば分かることですが、ネットフリックスの『イカゲーム』や『愛の不時着』がどれだけ面白くても、ドラマは必ず最終回を迎えますよね。するとドラマが終わったのを機に解約する人がいるはずです。
だからああいうプラットフォーマーの作るドラマはなるべく長いシリーズにしているんだけれども、それも限界がありますよね。
だけどゲームは一回どハマりしたら、みんなやめずにずっとプレイし続けますよね。
例えば「ポケモンGO」は2016年にリリースされましたが、いまだに廃れていません。電車の中でプレイして移動距離を稼ぐ人や、スマホを持ってウロウロ歩いている年配の方なんかをよく見かけますよね。
BIJ編集部・常盤
確かに街中で立ち止まって、モンスターをつかまえてる人、いますね。
はい、これがドラマとゲームの違いです。本当に大ヒットしたゲームは、半永久的に続ける人がそれなりにいる。だからチャーンが落ちにくいんです。
高い製作費をかけて新作をつくり続けなければいけないドラマと違って、ゲームは一発当てたら(当てるまでが大変ですが)、ずっとプレイし続ける人が一定数いるわけです。
ですからネットフリックスは特に若者と子どもを対象に、ゲームと動画のコンビネーションでチャーンを下げようとしているはずです。そうしないとディズニープラスに勝てないから、というのが僕の理解です。
さらに言えば、これからメタバースの世界になってくるとさらにゲームの需要が増える、とネットフリックスは睨んでいるかもしれません。
メタバースは仮想空間で買い物をしたり、いろんな人とコミュニケーションをとったりするから、基本的にすべてゲームの技術を応用した世界になるはずなんですよ。だって仮想空間でまで、無味乾燥な会議とかしたくないでしょう。
それにさらに長い目で見ると、人類はこれからAIなどで仕事が楽になればなるほど、暇を持て余すようになるので、もうゲームをやるしかなくなる。この連載の第84回で述べたようにメタはそうなる未来に賭けているわけですが、多分ネットフリックスもそこまで行きたいんだろうなと想像します。
BIJ編集部・小倉
なるほど。「動画の会社」とか「ゲームの会社」とかの垣根がなくなって、どんどん溶け合っている感じがしますね。
ネットフリックスの札束攻勢で、日本のクリエイティブが花開く
ネットフリックスはコンテンツの魅力がいかに大事かをよく知っている会社です。そのネットフリックスがいま、日本のクリエイターにものすごいお金を投資しているんですよ。実は日本人の大物映画監督が、ネットフリックスで映画を撮っているという噂も聞きます。
最近の日本映画は予算が限られた製作委員会方式ばかりですが、ネットフリックスはいいものをつくるためなら予算を惜しまない。これはクリエイターにとっては願ってもない環境でしょう。
だからアマゾンプライムビデオとネットフリックスの札束攻勢が始まると、いよいよ日本のクリエイティブがさらに花開く、というのが僕の期待であり予想です。
BIJ編集部・常盤
ネットリックスは全世界で年間1.4兆円くらいコンテンツに投資しているそうですよ。
「予算はあるから好きなものをつくりなよ」といってもらったら、クリエイターは張り切りますよね。
しかもスポンサーもいないから、スポンサーへの配慮も不要。こんな理想的な環境はありません。これからいいコンテンツは、みんなネットフリックスに流れていくかもしれません。
ちなみにゲームの分野で世界中に既に札束攻勢をかけているプレイヤーは、ご存知のように中国のテンセントです。だからゲーム系はこれから全部テンセントが獲る可能性すらある。ただ残念なことに現在は中国のあまりにも厳しい規制が出てきているので、ちょっと厳しいかもしれませんが。
というわけで、日本にはコンテンツプラットフォームが生まれていないけれど、2022年は海外のお金と力で映画など日本のクリエイティブがさらに花開くだろうというのが、僕の期待です。
BIJ編集部・常盤
日本も出資さえできれば、才能はいくらでもあるんですけどね。
そうですね。そういう才能に賭けられるだけの感覚を持つ、テンセントやネットフリックスくらい大きな規模の会社が、日本にも早く誕生してほしいものですね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。