2月4日に開幕する北京五輪を前に、お祭りムードより厳戒ムードが高まっている。
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2019年12月31日、武漢市衛生健康委員会の公式サイトに「華南海鮮市場との関連が推定される肺炎患者が27人発生し、うち7人が重篤」という情報が掲載された。今なお収束の見えない新型コロナウイルスの第一報だ。
その後、猛スピードでワクチンが開発・承認され、2021年には接種も進んだが、2年経ってもウイルスは変異を繰り返し人々の活動に大きな制約をかけ続けている。極端に厳しい行動制限でゼロコロナ政策を貫いてきた中国でも12月に入って感染が拡大し、北京冬季五輪開幕を2月4日に控える中で緊迫ムードが高まっている。
武漢封鎖から2年、感染収束遠く
西安市は12月23日から都市封鎖に入っている。
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武漢のパンデミックで初期に新型コロナウイルスの患者を受け入れた「金銀潭病院」の張定宇院長によると、始まりは2019年12月27日に他病院から受けた肺炎患者の転院要請だった。その後原因不明の肺炎患者が次々と運び込まれ、対応した医療スタッフも相次ぎ感染した。
専門家グループが武漢入りして実態調査を行い、記者会見で感染力の強さを警告したのが2020年1月20日。3日後の23日には武漢市が封鎖されたが、ウイルスは既にヨーロッパやアメリカに広がっており、隣国の日本も2月下旬、東京五輪の1年延期を決定した。
世界からパンデミックの“戦犯”とされた中国当局は、人の接触を極力減らすことで感染の連鎖を断ち切ろうとした。ソーシャルディスタンス、テーブルへのアクリル板設置、デリバリーなど非接触サービス、そして入国者の2週間隔離など、今の社会で一般化している感染症対策の多くは中国が最初に始めたものだ。
2020年4月に武漢封鎖を解除して以降は、短期間でウイルスを抑え込んだ成功体験を基に、「アプリを使った徹底的な移動確認」「感染者が出た際の広範なPCR検査とエリア封鎖」「入国者に自費でのホテル2週間隔離を義務付ける厳格な水際対策」でゼロコロナ戦略を維持してきた。
その後中国では散発的にクラスターが発生することはあるが、いずれも1カ月程度で感染者をゼロに戻し、感染リスクがほとんどない状態を保っている。
五輪開幕目前に感染拡大
中国がゼロコロナにこだわるのは、世界で最初に感染を拡大させ、初動の悪さを大批判されたからだろう。当局は以降、情報を隠蔽したり感染対策を徹底しなかった共産党の責任者を処分するようになり、処分を恐れる地方政府や担当者が独自判断で対策を厳しくする連鎖が続く。さらに2022年2月に開かれる北京冬季五輪が、政府がゼロコロナ戦略を保ち、国民が受け入れる動機にもなっている。
しかし五輪開幕を目前に控える中、オミクロン株によって世界各地で感染が再燃し、中国も2021年12月下旬に、「1年9カ月ぶり感染者が200人超」と報じられた。1年9カ月ぶりというと武漢が封鎖されていた2020年3月以来の水準になるが、実際にはどういう状況なのか。
中国の感染拡大局面が日本と根本的に違うのは、首都の北京がウイルスからほぼ守られてきた点だ。中国政府は2年にわたって「首都防衛」を最優先し、国内でクラスターが発生すると真っ先に北京との行き来を封じた。
現在の感染拡大は2021年12月初旬にパキスタンから陝西省西安市への入国者が起点となり、1日100~200人台の感染者が確認されている。12月下旬以降の感染者数は以下のように推移している。
- 12月25日感染者206人:内訳は入国者48人、陝西省西安市155人、陝西省咸陽市2人、広西チワン族自治区1人
- 12月26日感染者200人:内訳は入国者38人、陝西省西安市150人、陝西省咸陽市1人、陝西省渭南市1人、広西チワン族自治区7人、浙江省紹興市1人、広東省東莞市1人、四川省成都市1人
- (27~29日略)
- 12月30日感染者195人:内訳は入国者29人、陝西省西安市161人、陝西省咸陽市2人、陝西省延安市2人、山西省運城市1人
- 12月31日感染者231人:内訳は入国者56人、陝西省西安市174人、貴州省銅仁市1人
- 1月1日感染者191人:内訳は入国者60人、陝西省西安市122人、陝西省延安市1人、浙江省寧波市7人、河南省洛陽市1人
- 1月2日感染者161人:内訳は入国者60人、陝西省西安市90人、陝西省咸陽市1人、陝西省延安市1人、浙江省寧波市9人
「1年9カ月ぶり感染者200人」を詳細に分析すると、そこには相当数の入国者が含まれており、世界の感染者が増えていることと年末年始の帰省が増えていることが影響していると推定できる。また、感染者の大半が西安市に集中し、他都市に拡散していないことも分かる。西安市での感染者数も1月1日に目に見えて減少し始めた。ちなみに西安市で広がっているウイルスはデルタ株と判明しており、12月13日に天津への入国者からオミクロン株が検出されたものの、現時点で市中感染は起きていない。
外出した市民が殴られる事件も
市民や企業の車両通行も禁止され、食料不足の訴えもある西安では、配給が始まった。
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では人口1300万人の西安市ではどのような対策が取られているのか。
2021年12月中旬に1日の感染者が2桁に乗ると幼稚園と小中学校の登校登園が停止され(後に全ての学校に拡大)、23日から実質的な都市封鎖に入った。
市民は1世帯につき1人が2日に1回、生活必需品を買うための外出のみ許され、国内の航空便や他の都市に向かうバスは停止した。飲食店や映画館、カラオケは営業停止、大型の会議やイベントも中止された。
さらに27日、感染対策や生活用品を運ぶ用途以外の車両の通行が禁じられた。
2022年1月1日に7人の感染が確認された浙江省寧波市では即座に北京行きの列車のチケット販売が中止され、無症状感染者が確認された河南省禹州市でも2日夜に実質的な都市封鎖に入った。
これだけやっている状況を見ると、感染が拡大しても局地的にとどまり、五輪の開催に影響を及ぼすことは考えにくい。
ただし、北京流入を食い止めるための厳しすぎる措置が違う混乱を引き起こしており、市民と経済がどこまで耐えられるかは不透明だ。
西安市では12月27日、一部地域で「2日に1度の買い物のための外出」さえも禁止になった。その直前に感染対策の不徹底を理由に責任者が一斉処分を受けており、現場が過剰反応した可能性がある。外出した市民が地域の感染防止スタッフに殴られる事件も相次ぎ、動画が流出したり刑事事件に発展したりしている。
物流の麻痺も深刻で、市民の食料調達が難しくなっているほか、企業活動にも影響が出ている。西安市に工場がある自動車メーカーのBYDは、納期の遅れや販売減が懸念され株価が下落した。
2021年の中国経済は後半に失速したが、各方面での規制強化に加え、感染対策としての厳しい行動制限が一因と指摘された。
五輪のチケット販売方法もまだ決まっていない。国際オリンピック委員会(IOC)は2021年9月、北京五輪を中国本土在住者のみの有観客で開催する方針を発表したが、12月30日時点でもチケット販売方針は「検討中」となっている。IOCの最新のプレーブックによると、選手や関係者は新型コロナウイルスのワクチン接種を2回受けていれば、21日間の隔離措置が免除されるが、オミクロン株のブレークスルー感染が懸念される中、北京五輪ではより多くの陽性者が入国するのは避けられない。
緊急事態宣言下で開かれた東京五輪も開幕前はお祭りムードが薄く、選手の活躍によって成功ムードが醸成されていった。中国も今後は我慢を強いられる1カ月となる。市民や企業が我慢できているのは、五輪の盛り上がりより、その後の自由への期待からなのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。