英語イマージョン教育、オーガニック給食、茶道……約40校を運営する都築学園グループが目指す「新しい学校」

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撮影/柳原久子

予測不能の時代と言われる今、学校教育の現場も大きな変化を迫られている。ルールへの従属を重んじる日本型教育の限界が見えてきたなかで、教育者が子どもたちにできること、そして未来を生きるために必要な力とは何なのか。そのひとつの可能性を示すのが、1960年代から「個性の伸展」を命題とし、国内外に学校や教育関連施設等を約40校運営してきた都築学園グループの教育方針だ。

2007年に都築育英学園が運営する日本経済大学学長に就任し、当時全国最年少の女性学長として注目を集めた都築明寿香さん(都築学園グループ副総長)に、これからの教育のあり方について意見を聞いた。

錚々たる企業のスタートアップ期を支えた「Hatchery Shibuya」

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都築学園グループ副総長であり、リンデンホールスクールの学校長をつとめる都築明寿香さん。

撮影/柳原久子

都築さんを訪ねたのは、渋谷にあるスタートアップ支援のインキュベーションセンター「Hatchery Shibuya」。都築さんは15歳から大学時代の初めまでアメリカに留学していたが、帰国して日本の大学に再入学し、そのかたわらディレクターとして「Hatchery Shibuya」を設立している。

「当時、アメリカの学校教育の現場にはインターネットが広がりつつあって、高校留学時代にはスタートアップ企業と関わったり、C言語プログラミングの授業を受けたりと、先進的な試みをしていました。ところが日本に帰ってきたら、ネット環境はLANではなくモジュラーでの接続が当たり前。ショックを受けつつもこれからは日本でもインターネットが爆発的に普及していくはず……と考えたときに、シリコンバレーで出会ったある女性のことを思い出したんです」(都築さん)

その女性、バーバラさんは大規模なインキュベーションセンターの所長をしていた。創業初期の起業家たちを見守り、人的ネットワークの構築を助ける彼女の姿を見て、都築さんは家業である学校教育に通じるものを感じたという。

“人の持っている才能を引き出す”という意味では、インキュベーションも教育も同じだと。スタートアップのエコシステムを形成する上で、ハブとなるインキュベーションセンターの存在は欠かせません。でも、当時の日本ではそうした機能があまり働いていなかった。それなら私が、起業家を支援する場所を作りたいと思ったんです」(都築さん)

今やインキュベーションセンターの老舗となった「Hatchery」からは、@Cosme(アットコスメ)を運営する「株式会社アイスタイル」や、ミドリムシの食用大量培養に世界で初めて成功した東京大学発のベンチャー企業「株式会社ユーグレナ」といった上場企業が誕生。約20年で50社を超えるアントレプレナーの成長を見守ってきた。

「人を育てるというと学校教育の中だけに枠をくくってしまいがちですが、海外ではリカレント教育や生涯教育が盛んで、生まれてから死ぬまでが教育の場であるという捉え方があります。いくつになっても常に学びたいときに学べる、教育の機会を提供し続けること。そして、その人の新たな才能や可能性を引き出すことが、教育の本当の役目ではないでしょうか」(都築さん)

子どもの個性を伸ばすために。強い信念とあくなきチャレンジ

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撮影/柳原久子

都築さんは2007年に、祖父母にあたる都築賴助・貞枝氏が1968年に福岡で創立した日本経済大学の学長に就任した。同校の建学の精神は、「個性の伸展による人生練磨 」。個性教育を実践し続けることは、「私のミッションであり信念でもある」と都築さんは話す

「戦後間もない1956年の学園創設当初は、教育理念として“個性”を掲げること自体が珍しくて、『子どもの自己主張が強くなる。日本社会には馴染まない』と批判されたと聞いています。でも先代は、人にはその人にしかない“天賦の才”があると考え、それを伸ばすのが教育だという信念を持っていました。当時と今では個性の捉え方も変わってきていますが、それを時代の流れに合う形で実践していくこと。実際の教育現場に落とし込んでいくことが私の使命なのだと思っています」(都築さん)

都築育英学園は2004年に、英語イマージョン教育を取り入れ、国際社会で活躍できるグローバル人材の育成を目指すリンデンホールスクール小学部、2010年には中高学部を創立した。イマージョン(immersion)とは「浸す」の意で、英語に浸りきった状態での語学学習を示す。国語と道徳以外のほぼ全ての授業を英語で教えることで、徹底的に英語力を身に付けさせる。日本人が英語を習得するために必要とされている約3,000時間を小学部の6年間でクリアできるので、中高学部では各々の個性に合わせた進路のために、有意義に時間を使う余裕が持てるという。

「日常的に外国人教師の英語に触れているので発音もネイティブに近くなりますし、小学3年生になると英語の文学作品が読めるようになります。興味深いのは、なぜか“国語力”も上がること。よく英語イマージョン教育だと国語力が低下するのでは?と聞かれますが、逆に英語力と国語力が比例するように伸びるんです。脳の言語分野が刺激されるせいでしょうか。この点に関してはある程度の知見がたまってきたので、これからデータとして出せるようにしていきたいですね」(都築さん)

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画像提供/リンデンホールスクール

福岡県太宰府市にあるリンデンホールスクールは、抜群の環境も大きな魅力だ。校庭には子どもたちが「トトロの森」と呼ぶ原生林の山があり、ターザンロープ、冒険丸太渡り、つり橋など約20種類のアスレチック器具が置かれ、近年低下が懸念される子どもたちの身体能力やバランス感覚を育む。敷地内の畑や水田では自分たちの手で食物を育て、収穫し、給食で食べ、残った食材はコンポストして食生活の成り立ちやサステナビリティを体で学ぶ。 ガラス張りで日当たりの良いカフェテリアでは、有機野菜や環境保全型農業の食材を使った「オーガニック給食」の取り組みなども行っている。

「人間も自然の一部であり、体は食べるもので作られています。子ども時代にはすべての土台となる体をきちっと作ることが大切で、心と体を整えた上で知識・技能を身に付けるというのが私たちの考え方です」(都築さん)

多彩な環境教育を通じて子どもたちに伝えたいのは、「すべては繋がっている」ということ。農業や自然の中での遊びなど色々な接点を提供することで、自然との関わりを深めて感謝の心を育んでほしいと微笑む。

「探求する力」を持ち、自分の信念を語れる人を育成する

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撮影/柳原久子

リンデンホールスクールは国際バカロレア(IB)認定校であり、世界を舞台に活躍できる人材を育てることが狙いの一つだ。小学部で英語と並んで重視されるのが、茶道のお点前、弓道や陶芸の会得、稲作やしめ縄作りなど日本の伝統文化に触れる体感型授業。こうした教育には、都築さん自身の留学体験が反映されているという。

「アメリカでの高校時代、歴史の授業で第二次世界大戦のテーマとなったとき、日本の戦争責任について意見を求められて、日本の学校で習った教科書通りの答えしかできず窮してしまいました。国際社会ではこういうとき、自分の中に日本人としてのアイデンティティや答えを持たないと通用しない。自分たちはどこから来てどこへ行くのか、そうした哲学的な思考や歴史観も身につけておく必要があると痛感しました」(都築さん)

これからの日本社会に対して、「教育」が提供できるものは何なのか。それは「探求する力」、自分はどういう人間なのかを常に問い続ける力ではないか、と都築さんは語る。

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画像提供/リンデンホールスクール

「リンデンホールスクールの中高学部では、様々な物事を深く洞察する特別授業の“インサイト”やIBのTheory of Knowledgeという授業を取り入れています。例えば『人は言語がなくても知識を得ることができるか』といったテーマについて、全員で真剣にディスカッションする。そういう世界の真理を探究するような授業を受けると、子どもたちの価値観や考え方、行動が確かに変わるんです

例えば今、リンデン生たちは有志メンバーで服育プロジェクトを立ち上げ、様々な企業のアドバイスを受けながら、衣服の水平リサイクル技術を使った環境配慮型の制服や体操服を作って、CO2排出削減や衣服ロスを減らそうと社会課題の解決に挑戦しています。彼ら、彼女らは自分たちの未来を、自らの力で変えていこうと行動しているのです」と、都築さんはリンデンホールの画期的な取り組みを教えてくれた。

最後に、都築さんが求める教育のあり方について聞いた。

新渡戸稲造が『武士道』で指摘している通り、日本は宗教観が希薄ということもあり、海外の人に『あなたたちは何を信念として生きているの?』と聞かれてもなかなか答えられない。でも、生徒達には『私にはこんな信念がある』『私の生き方の指針はこうだ』と堂々と言え、行動する大人になってほしい。今後は学校教育だけでなく、生涯学習においても、こうした機会を提供していけたらと考えています」(都築さん)

MASHING UPより転載(2021年11月15日公開


(文・MASHING UP編集部)

MASHING UP:MASHING UP=インクルーシブな未来を拓く、メディア&コミュニティ。イベントやメディアを通じ、性別、業種、世代、国籍を超え多彩な人々と対話を深め、これからの社会や組織のかたち、未来のビジネスを考えていきます。

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