写真左から宮田昇始(SmartHR)さん、門奈剣平(カウシェ)さん、福島良典(LayerX)さん。
撮影:今村拓馬
※この記事は2022年1月12日初出です。
スタートアップ企業の従業員になる魅力の1つである「ストックオプション」(新株予約権、以下SO)。
シェア買いアプリで知られるカウシェが2021年の終わりに、「退職後も権利を行使できるストックオプション制度を導入した」ことはSNS上で大きな話題となった。
給与を下げて入社するケースも少なくないスタートアップ企業の経営者にとって、SOは「良い人材を獲得するための切り札の1つ」であり、会社の成長と従業員のモチベーションを同期させられる大きな武器だ。
従業員にとっても億万長者という夢への切符にもなり得るが、一方で「ただの“紙クズ”になった」「なんだか怖い」という声もある。
スタートアップ企業の経営者は、どんな考えでSOを設計しているのか?また、どんな「課題」があるのか?
気鋭のスタートアップ創業者3名を招き、前後編で鼎談をお届けする。
まず前編は、人材や資本政策の思想が色濃く表れるSOについて。3人にその課題と理想を生々しく語ってもらった。
福島良典:大学院在学中にニュースアプリGunosyをつくり起業。同社は2015年に上場した。その後2018年にLayerXを立ち上げ、CEOに就任。コーポレートDXを加速させる「バクラク」シリーズなどを提供している。
宮田昇始:人事労務ソフトSmartHR社の創業者。同社は2021年6月に企業価値・推定1731億円(登記簿情報などをもとに日経新聞が調査)となり、国内6社目のユニコーンに。社長を退任し、今後はSmartHR100%子会社を作って新規事業に専念すると公表している。
門奈剣平:日用品や食料品を共同購入(シェア買い)できるアプリ「カウシェ」を提供するカウシェのCEO。2021年11月に第三者割当増資で約8億1000万円を調達した。
そもそも、ストックオプションとは何か
カウシェ代表の門奈剣平さん。
撮影:今村拓馬
SOは企業の役員や従業員らが決められた価格(権利行使価格)で自社株を購入できる権利のことで、上場後に売却すれば株価と権利行使価格の差額が利益になる。中には株価が権利行使価格の数十〜数百倍に跳ね上がるケースもあり、特に評価額が1000億円超の、いわゆる「ユニコーン企業」が上場した際の従業員へのインパクトは大きい。
メルカリが東証マザーズに上場した際の発行済株式総数に対するSO比率は20.9%。役員だけではなく従業員からも複数の資産家が誕生して注目が集まった。
一方で、SOを行使する際の条件は企業が独自に決めることができ、上場までに退職した場合は権利を保持できないことも少なくない。そんな中、カウシェが新たに導入したSOは、「3年間在籍した役員や従業員は、上場前に雇用契約が終了してもSOを100%保有し続けることができる」設計だ。
SOがもたらす、スタートアップ人材流動性への功罪
撮影:今村拓馬
—— カウシェのSO制度はSNSなどで大きな共感を集めました。導入の背景を改めて教えてください。
門奈:僕は前職もスタートアップなんです。SOも持たせてもらって、円満に行使することもできました。一方で、退職して失効したり、リテラシーの差が大きくて残念な結果になってしまったケースもたくさん見てきています。そういう原体験があったので、自分で会社を作ってSOを設計し始めた時、「退職しても失効しない仕組みにできる」と知り、絶対そうしよう!と。
それにSOの条件のせいで本来は1→10(新規事業立ち上げ)が得意な人が上場までキャリアが縛られ、10→100(立ち上がった事業を拡大すること)もやらなきゃいけない状況になるのはよくないと思ってます。1→10が得意な人がまた別のスタートアップで1→10の活躍ができる方が、スタートアップ業界、ひいては日本全体の人材流動性、ダイバーシティにとってもいいと考え、エイっと始めてしまいました。
SmartHRが“半分”持ったまま退職できるようにした理由
評価額1000億円超のユニコーン企業として知られるSmartHR創業者の宮田昇始さん。宮田さんは12月、社長退任を突然発表したことは、2021年末のスタートアップ業界の大きな話題になった。
撮影:今村拓馬
宮田:会社を辞めてもSOの権利を保持できるのは賛成です。やっぱりそれぞれの人に合ったフェーズってある思うんです。私も自分で「社長を辞める」と決めて退任しましたけど、例えば—— 自分のことだからあえてこういう表現を使いますが ——「賞味期限を過ぎた人」がいたとして、SOのような強すぎるインセンティブに縛られて在籍し続けていたとしたら、それは本人にも組織にとっても不幸なことだと思います。
SmartHRが初期に発行した2回の無償の税制適格SOは、退職すると失効するものでした。でも途中で、半分は退職後も権利を保持できるように変更したんです。なんでそうしたかというと、そのタイミングで元々あった会社の計画を、より長期目線に引き直したから。
当初、社員に伝えていた内容から結構変わるので、「この長いスパンに付き合えないと思う人は辞めていいですよ。SOも半分は持ったまま辞められるようにしますから」と。そうすると、健全な新陳代謝が進みやすくなりました。
「正直このくらいは在籍して欲しい」のは何年?
LayerXのCEOを務める福島良典さん。
撮影:今村拓馬
福島:僕も理念としてはめちゃくちゃ共感します。一方で、組織にはいろんなタイミングで人が入ってくるので、後から入社した人が「あの人は辞めたのにどうしてこんなにSOを持ってるんだ?」と思うことも今後起こり得ると思うんです。それにどう責任を負うかという経営者の覚悟が問われると思っていて、自分は悩んでいるところですね。
加えて、(宮田さんの)SmartHRさんのようにレイター(上場前の安定成長期)までステージを進めて大成功するのは、日本のスタートアップではまだ珍しい例です。5〜7年くらいでマザーズに上場するケースの方が多いので、(経営者としては)正直、そのくらいの期間は在籍して貢献して欲しいという気持ちもあります。今のアメリカのように上場までの期間が10年を超えるケースが普通で、さらにそれが伸び続けているような状態に日本もなってくると、SOもそれに合った形に自然となっていくのかなと。
宮田:さっきの、「半分は退職しても権利行使できる」ように変更した話ですが、全部じゃなくて半分にしたのは福島さんと近い考えです。従業員側にも多少はデメリットがないと、釣り合わないと当時は思っていました。
そもそもなぜ最初から退職しても失効しない仕組みにしなかったかというと、「初めての起業で知識がなかった」のと、「なるべく従業員には長く在籍して欲しいと考えていた」からなんですね。
でも実際にやってみると、まぁ長いんです。「SmartHR」の提供を始めて6年になるんですが、スタートアップの6年は本当に長い。これがもし10年となった時に、最後までやる人ってどのくらいいるんだろうと。何年間も働いてくれたのに途中で辞めてSOを失効するのは経営者としても申し訳ないですし、辞めた従業員も最後まで残って金銭的に成功した人を見たら面白くないんじゃないか。それって変だな、なんか違うよねと思うようになりました。
広がり始めた「信託型SO」、その理由は
提供:SmartHR
SmartHR社は従業員向けのSOとして、前出の「無償の税制適格SO」のあと、2017年11月に信託活用型SOを発行している。
税制適格SOは取得時や権利行使時に税金の支払い義務はなく、株式を売却した時まで課税が繰り延べされる。権利行使価格が年間1200万円を超えてはならず、付与決議日から2年経過後かつ10年以内に行使しないといけないなど決まりは多いが、従業員への負担も少なく、日本のスタートアップではポピュラーなものだろう。
一方で近年、導入企業が増えているのが信託型SO、正式には「時価発行新株予約権信託」だ。このスキームでは企業価値が上がる前の低い価格で発行したSOを信託で一時的にプールしておくことができるため、企業は「誰に」「どのくらい」付与するかを後で決めればよく、従業員も入社時期にかかわらず同価値のSOを得ることが可能だ。
—— LayerXのSOは、どのような設計になっていますか?
福島:無償のもの(税制適格)と信託型のものどちらも利用しています。これには前向きな理由も、後ろ向きな理由もあります。税制適格SOは権利行使価格が年間1200万円を超えてはいけないので、価値が上昇したレイターステージなどに入社した人は、もらってもほとんど行使できない可能性もある。一方の信託型はそういうこともなく、従業員にとってはすごく有利な仕組みです。(広義で)僕らの採用競合となるような会社さんはほぼ導入しているので、「(信託型を)取り入れない」選択肢はなかったです。
撮影:今村拓馬
宮田:信託型SOが出てきた時はものすごく話題になりましたよね。税制適格SOは付与された人が実際どれだけ活躍するか分からないですし、たとえ最初の半年や1年すごく活躍されてても、その後も続くか分からない。なのでエイっと配りにくい、ないしは配った後に不整合が起きやすいインセンティブでした。
その点、信託型は評価制度と連動して付与することが可能なので、活躍した人に活躍した分だけ、実績に基づいて適切に渡すことができる。しかも行使価格が発行したタイミングでロックされるので、後から配ると旨味が減っちゃうみたいなこともないのは、大きなメリットですよね。
福島:ただ正直、本当に安定性があるのかというところは疑問に思っています。実は税制適格じゃなくなりましたとか、税務的に不安定だから従業員が行使できないとなったらどうしよう、と。信託型SOを使って上場している企業もあるのでそんな可能性は少ないと思いますが、100%信託型に振らずに無償の税制適格SOとのハイブリッドにしているのは、そうした懸念からです。
SOの配り方には「組織のポリシー」が表れる
撮影:今村拓馬
SOをいつ、誰に、どの程度付与するかは重要な資本政策だ。ただし、SOの発行は事業会社が無制限に発行できるわけではない。2001年の商法改正以前は、付与できるSOは発行済み株式総数の10%以下に定められており、現在は制限が廃止されたものの、慣例として10%前後が望ましいとされている。
『IPOを目指す会社のための資本政策+経営計画のポイント50』(佐々木義孝)によると、2017〜18年9月までに新規上場した企業のSO発行比率は平均値で7.5%、中央値で10.4%だった。ちなみにVC比率は同25%、14.3%だ。
福島:SOを発行する意義はリスクを取ってくれた人たちと成功を分かち合うことだと考えているので、LayerXでは今のところは入社する正社員全員に配っています。もっと人数が増えた時にこのポリシーを変える必要が出てくるかもしれませんが、少なくとも今のフェーズでリスクを取ってくれた人には報いたいと思っていて。
門奈:本当にそうですね。カウシェは今アーリーステージなんですが、どんなにビジョンやカルチャーに共感して入社していただいたとしても、キャリアも給与もリスクを取ってきてくださる方がほとんど。やっぱりその気持ちにしっかり報いたいという思いがあります。
撮影:今村拓馬
福島:僕の周りの経営者は、社員にSOを配りたくないとか、騙そうとか思ってる人は1人もいません。でも先を見渡せないことによる難しさから、結果的に完璧な配分にはならない……。
なにより、SOは配れる原資が決まっています。資金調達の時にVCと枠を交渉して、これくらいの想定時価総額だったらこれくらいという目安もあって、それはやっぱり崩し難い。配れなくなったら、どう足掻いても配れない。
SOの配り方には組織のポリシーがよく現れていると思うんですが、早くリスクを取ってくれた人に多く報いる傾向があるというのは、受け取る側の皆さんは知っておいた方が良い情報な気がします。SOで一攫千金を狙うならリスクを取ろう、という考え方が大事かなと。
大切なのはテクニックよりも時価総額
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—— 経営者同士でSOの設計について情報交換することはあるんですか?
門奈:僕はアメリカのSOの事例を参考に設計しました。シリコンバレーのスタートアップのSOは退職しても失効せずに、一定期間、だいたい3カ月間は行使できるようになっているところが多いんですよね。スタートアップを転々としながらSOのポートフォリオを持っているような人もいるという話も聞きました。
福島:配分などはメガベンチャー、たとえばメルカリが上場した時に、どういう資本政策をやっているのかなどは参考にしました。このくらいのタイミングで、これくらいのリスクを取った人にはこういう配分なんだと。基本的には想像通りでした。
いろんな会社さんのSOの使い方を見て分かったことは、「SOは一般的に10%くらいの発行が相場になっていること」それくらいしかない。なので、行使価格を下げるとかのハック的なことよりも、(最適解がないがゆえに)会社をめちゃくちゃデカくする方が大事だと思ったんですよね。(時価総額)100億円で上場して1株持ってますみたいな状態は、従業員が取ってくれたリスクに見合わない。だったら1兆円目指す方法を考えよう、その方がみんなハッピーだし、そうじゃなかったらダメだという方向に、僕は頭を切り替えました。
門奈:従業員からしたら(SOの)0.1%が100億の会社と1兆円の会社では意味が全く違ってきます。
撮影:今村拓馬
宮田:経営者ではないんですけど、SmartHRに初期から投資してくれているCoral Capital創業パートナー兼CEOのジェームス(James Riney氏)に相談したことがあります。SOそのものというよりCOO候補の方へのオファーだったんですが、ジェームスに「その条件だったら僕は受けない」と言われて。その時のSOは辞めたら失効するものだったんです。
少し前のスタートアップ業界ってSOに詳しい人はほとんどいなかったと思うんですよ。「もらったら大金持ちになれるらしい、以上」みたいな。でも最近はスタートアップ業界にもコンサルや金融出身の方など、金融リテラシーが高い方がどんどん入ってきてますし、そういう人をちゃんと捕まえないと勝てない。
そういう人たちはリテラシーが高いからちゃんと計算して、これは割に合わないなと思ったらスタートアップ業界に飛び込んでくることも止めると思うんです。さっきのジェームスのように。そうした人たちを呼び込むためにも、業界全体でSOについての考えを変えていく必要があるんじゃないかなと思いますね。
未上場で巨大化するスタートアップに10%は適切か?
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福島:多分これから僕らが考えないといけないのは、IPOまでの期間が長くなるんですよね。そうなった時に今まで通りのやり方でいいよねと思考停止するのは間違ってると僕も思ってます。
宮田:これから未上場で巨大化するスタートアップが増えていくと、今の日本の(発行済み株式総数における)SO比率のスタンダードである10%は、従業員に配るには少な過ぎるんじゃないかなと。これでは大成功した時に、創業者とVCだけが儲かり過ぎる。
僕や株主の保有株の評価額を計算すると、マジ?って思うくらいとんでもない金額になってるんです。このコントラストが初期の頃はそんなに気になってなかったんですけど、もう今では後ろめたいくらいになっていて。会社の想定時価総額は大きくなっているものの、その分、社員数も増えていますから。
なので元々は10%だったんですが、途中で株主達と協議して少し増やして、マックス(最大限)に発行しました。それでもダイリューション(1株あたりの価値が低下)していくので、(最初から)マックス20%くらいまで交渉して枠を確保しておくべきだったと、今となっては思っています。
門奈:僕らも元々10%だったんですが、日本市場はもちろん、いずれは世界でも頑張りたいので、グローバルスタンダードから見てもっとここは上げていくべきだということを投資家の皆さんにお話させていただいて、その後15%まで増やしました。
会社の成長とSO枠が連動する契約を
撮影:今村拓馬
宮田:今思うのは、初期から20%くらい発行できるようにしておいて、ダイリューションしたり、一定のマイルストーンを踏まなかったら一部失効するような契約のSOを作っておけばよかったなと。会社が大きくならなかったら10%くらいで収まって、大きくなったら20%まで使えるような設計の方が、いろんな意味でフェアなんじゃないかと思うんです。
福島:それは良いですね。想定時価総額でバーをおいて、クリアしたらこれくらいSO枠が増えるよと最初に交渉しておくのは、確かにめちゃくちゃフェアですよね。
だって事業計画って変わるじゃないですか。もともと社員300人くらいで上場だと思っていたのが1000人になることって、本当に起こり得るので。
宮田:うちの会社がまさにそうなんです。「社員50人、バリュエーション100億円で上場することを目指すぞ!」と言っていたのに、今すでに社員500人を超えてるので……。
例え話ですけど、今のタイミングで僕が福島さんを引き抜こうとしたら(笑)、普通の給与だったら無理じゃないですか。ここでガツンとSOを何%か渡せたら良いなと思うんですけど、やっぱり後になればなるほど、株主と交渉することが難しくなります。でも、さっき話したような設計だと、後半で「事業をさらに大きくするためにこの人は絶対にとりたいからSOを追加してでもボーナス的に払うべきだ」という時にも使えるので。
投資家との交渉には課題も
撮影:今村拓馬
宮田:(そういう段階的な設計は)信託SOでももしかしたら実現可能かもしれないと、うちのCFOの玉木さんが言ってました。たとえば信託SOとして20%発行しておいて、10%はいつでも使えるけど、この5%とこの5%は一定の成長を達成しないと使えないという失効条件をつける設計なら、VCの人も損しないでしょ、と。
—— 初期の頃にそういう契約を結べるといいんでしょうか。
宮田:それは難しいかもですね。リテラシーの問題だったり、そこに時間を使うくらいだったら事業を頑張れよって気持ちもあるので。
福島:僕はグノシーの時は学生起業だったんですけど、学生の状態でVCにその交渉ができるかというと流石に自信はないですね。それが社会のスタンダードになっていたら言えるんですけど……。
門奈:この記事を投資家の人に「ほら」って見せたらイケるかもしれません(笑)。
日本の金融教育の課題、「SOは怖い」で内定辞退も……
撮影:今村拓馬
—— SOは従業員のモチベーション向上に貢献する一方で、制度は複雑です。従業員の皆さんに制度設計を説明する上で心がけている(いた)ことはありますか。
門奈:まず全力で説明しようと思ってます。SOってなんとなく怖いし聞きにくい、同僚とも喋っていいのかな?という空気があると感じていて、それをガラッと変えにいきたいんです。
新しいSO制度についてリリースを出したのもそうですし、社員にも、「SOはみなさんが今後スタートアップで活躍していく上でめちゃくちゃ重要なリテラシーです。SOを持っている=一株主ということでもあるので、なんでも聞いて欲しい、むしろぜひ話させて欲しい」と言ってます。
SOが紙クズかもしれないという概念も変えていきたいですね。
福島:それはそうですね。(経営者としては)結構な思いを持って発行してるのに……。
宮田:ある上場企業の経営者の方から聞いたんですけど、すごい金額のSOを持ってらっしゃった社員の方から転職を申し出られたそうで、驚いて「いやいや何で?」と聞くと、「(問題は)給与です」と。「嘘でしょ?」となって、あなたのSOはこんなに価値があるものなんですよ、と説明したら転職止めますとなったそうで。
(別のケースでは)これは又聞きなんですけど、新卒の方などにSOを付与しようとすると、「株は怖いものだと幼い頃からずっと教わってきたらしく、騙されているかもしれないということで退職したり、内定を辞退した」という嘘みたいな話を、本当によく聞くんですよね。
門奈:「親から断れと言われました」という方もいらっしゃいますよね。
宮田:なので、いろんな方法で説明する努力をしていく必要があると思ってます。
シミュレーションで具体的かつフェアな説明を
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宮田:うちの会社でやっていたことの1つが、シミュレーターです。信託SOについては評価制度と連動していたので、当時の人員計画をベースに、このくらいの等級(評価)で、時価総額がこのくらいだと、キャピタルゲインはこのくらいになりそうだというのを計算できるようにしていました。
採用のオファーを出す時によく利用していたんですが、これ刺さってる方にはめちゃくちゃ刺さってて、毎週それを見ながらお酒を飲んでる人もいたくらい(笑)。一方で、「入社後見たことないっすね」みたいな人もいたので、促してその場で見てもらったら「えっ、こんなんなってんの?」と驚かれることもあって。やっぱりもうちょっと使わなきゃいけなかったなと思ってます。
福島:イメージわかないですもんね。「何株です」と言われても、「それってつまりどういう意味ですか」?みたいな。そこを理解する手助けをしてくれるようなシートは、実はLayerXでも作ってます。
ただこれも「入社してくれたら何億になりますよ」とか、こっちが言いすぎるのはNGだと思うんです。そうじゃなくて、こういう時価総額にしていきたいけど、その場合はこれくらいのキャピタルゲインのイメージになりますよとフェアに伝えることがすごく大事。
門奈:僕は先輩方のシミュレーションシートをただひたすら参考にさせていただいてます(笑)。
現金 vs. ストックオプション、あなたならどうする?
撮影:今村拓馬
門奈:あとは従業員のリテラシーを上げてもらうために、オファーを出す時に2案作るようにしています。SOが多くて給与がリスクを取っているものと、給与はリスクを取らない代わりにSOは軽くなるものを提示して天秤にかけてもらってるんです。もちろん提示する際にこちらからSOの説明はさせていただきますが、同時に選ぶ過程で本人にも勉強して欲しいなと思っていて。
福島:それはすごくいいやり方だと思います。自分の報酬を給与じゃなく株式でもらった方がいいんじゃない?という啓蒙ですよね。アメリカはそもそも給与を現金で全額もらうという考えの方が珍しくて、むしろ株式報酬の割合が高い。SOも含めて給与なんですよ。でも日本は投資の経験が少ない人が多いので、そうした意識があまりないんですよね。
宮田:実はうちの会社も1度カウシェさんと同じことを考えたんですけど、(SmartHRの場合は)やりませんでした。理由は「SOが強すぎるから」。やっぱり現金化された時のインパクトが全然違うので。
—— SmartHRは2020年9月入社以降の従業員に対して、SOを付与するのではなく、半年に1度の成果給を支給する方式に変更されていますね。
宮田:はい、今はSOから現金に変わったという感じです。以前は「給与一律、月35万円」みたいな時代もありました。そうすると皆さん、だいたい前の会社より給与を下げて入社して下さってたんですね。今もそういう方もいらっしゃるにはいらっしゃるんですが、そういうことが以前より起こりづらくなってきています。それにリスクとリターンはセットだと思っているんですが、リスクを取っていただかなくとも報酬を支払える規模になってきたことが背景の1つです。
福島:さっきも話しましたが、SOも「sameリスクsameリターン」。フェーズによって配り方にも当然メリハリがつきますし、より少ないリスクでより多くのリターンを、というのは僕はフェアじゃないと思います。
門奈:それは本当にそうですね。SOは三者三様。皆さんが選べる状態になるよう、こうして情報を発信していくことに価値があると信じています。
※後編「SmartHR創業者・宮田氏退任をLayerX福島氏はどう見たか?【起業家・徹底討論】」に続く