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新しい年が明けたが、無力感と希望とがない交ぜになった気持ちが続いている。
11月末の年末商戦に際して、「ブラック・フライデー」という言葉を近年、日本でも目にすることが増えた。「ブラック・フライデー」は、11月第3週の木曜日に設定される感謝祭(サンクスギビング)翌日の金曜日に、アメリカで行われるセール日の名称。1950年代に買い物客が殺到する様相を見たフィラデルフィアの警官が、もともと1869年に起きた金市場の暴落を指した言葉で表現したことがきっかけでこう呼ばれるようになったという。
この年に1度の大型セールは、そこからクリスマスにかけてのギフトシーズンに年間売り上げの大半を叩き出す小売業者たちにとって、いつしか年末商戦の戦いの火蓋を切って落とす勝負の日となった。戦いが加速するうちに、感謝祭の夜、日付が変わる夜中に店を開ける業者が登場して、夜中に目玉の格安商品を狙う消費者たちの長い列ができるようになると、感謝祭当日も店を閉めない業者が登場した。
オンラインでのショッピングが登場してからは、ここに「サイバー・マンデー(感謝祭の次の月曜日から始まる大規模なオンライン・セール)」が加わり、実店舗に対抗するための大胆なディスカウントや、無条件の返品を受け付けるようになった。この習慣は、世界中に展開するマルチナショナルな企業によって、ヨーロッパを中心に世界中に飛び火させ、日本にも到達した。
「ブラック・フライデー」から始まる年末商戦の売り上げは、消費や支出の額に経済の健全度を見出す経済アナリストたちにとっての重要な指標とみなされ、客足の量や売上額が前年比で増えれば金融市場に歓迎され、減ればマイナス材料になる。だから上場する小売企業は必死で安売りに励み、売り上げを最大化しようとする。競争の原理によって、営業時間は延長され、ディスカウント率は拡大され、労働者やベンダーたちにかかる負担はさらに大きくなった。
消費競争へのカウンターアクション
感染が落ち着いてきたとはいえコロナ禍の2021年11月、ニューヨークのデパートの前には人だかりができていた。
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この歯止めのないたたき売り/消費競争のネガティブな側面がクローズアップされるようになったのはこの10年ほどのことだ。店に殺到する買い物客が商品を奪い合う光景がニュースになり、将棋倒しが起きて怪我人や死者が出ることもあった。望まないギフトを受け取った人による返品が店や運送業者に届き、環境への大きな負担が言及されるようになった。伝統的に家族と過ごすはずの休日に、買い物を優先する消費者がいれば、出勤して店に出なければならない従業員も必要となる。
こうした点が問題視されると同時に、2010年代初頭からカウンターアクションが起きるようになった。
2011年にはパタゴニアが「Don’t Buy This Jacket」という広告を出して、過剰消費に警鐘を鳴らすメッセージを発した。2012年には、ニューヨークのインキュベーターから、社会への還元や慈善を呼びかける「ギビング・チューズデー」が生まれた。2015年には、アウトドア小売のREIが感謝祭当日とブラック・フライデーの閉店を発表すると同時に、顧客に感謝祭をショッピングモールではなく屋外で過ごすよう呼びかけるハッシュタグキャンペーン#OptOutsideを始めた。
こうした「反ブラック・フライデー」ムーブメントは長いこと、焼け石に水ほどの効果しか持たなかったが、コロナウイルスが到来した2020年は、多くの小売業者が開店しないという選択をし、アドビのリサーチ部門アドビアナリティクスが2012年にデータを取り始めて以来初めて客足、売上高ともに、前年比で縮小した。それでもオンライン・ショッピングのおかげで、やっぱり大多数のアメリカ人は消費を続け、「経済を回す」ことに貢献した。
eコマースが及ぼす環境への多大な負荷
ファッション界が環境に与える負荷はあまりにも大きいと指摘されてきているが、ブラック・フライデーやECサイトはその状況をさらに加速させている。
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ホリデーシーズンになると感じてきた複雑な気持ちを文章で表すのは難しい。愛する人に贈り物を送る、という美しかったはずの習慣は、いつしか消費至上主義に呑み込まれ、陳腐なものになってしまったように感じてきたし、この季節の狂乱が、末端の労働者たちによって支えられていること、また、貧困、孤独、障害といったさまざまな理由でホリデーを楽しむことのできない人たちがこの社会に多くいることにも心が痛む。
気候危機時代に入ってからは、この複雑な気持ちがさらに加速して無力感に変わってきた。
大量消費時代に別れを告げなければ、人類の未来にわずかに残っていると言われる持続性すら消滅してしまうかもしれないのに、都会はクリスマスのために点灯され、おびただしい量のギフト商材が百貨店や商業施設を埋め尽くす。メールの受信箱にはサブスクしているメディアから、気候危機の脅威について警鐘を鳴らす見出しとともに「ホリデー・ギフト・ガイド」などと銘打った買わせることを目的とした季節コンテンツが併記されたニュースレターが届く。
年末商戦が売り上げの大部分を占めるeコマースによる環境コストは甚大だ。返品商材の再流通に特化したサービスを提供するOptoroの調査によると、2020年にアメリカで返品された物資の配送による二酸化炭素排出量は1600万トンにのぼり、500万トン相当の物資が埋立地に捨てられている。大量の段ボール箱などの包装・配送材がリサイクル施設に集められるが、再生紙に転換するにも二酸化炭素が発生する。
ギビング・チューズデーという新たな動き
環境問題となる消費競争の裏では、より環境ダメージの少ない消費行動のアイデアも出現している。
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だからといって社会が年末商戦やギフトの習慣をやめるわけではない。だが、「ホリデー・ギフト・ガイド」とともに、より倫理的、より持続性の高いギフトの選択肢を提案する記事も散見されるようになってきた。
環境の未来への危機意識が強いメディアでは、好みがある化粧品やアクセサリー、その40%が返品されるという衣類や、汎用性が低かったり、寿命が短かったりする商品は避け、処理・配送コストの小さい商品券や外食、旅行、ジム、クラスといった体験型のギフトへのシフトが推奨されている。また、欲しくないものを受け取らないように、必要としているもののリストを事前に共有するなどの対策も紹介されていた。
環境ダメージには加担したくないけれど、手元に残る商品をプレゼントしたい人には、リサイクル資材で作られたもの、よりグリーンなライフスタイルにシフトするための自転車関連グッズやLED商品、海藻や竹といった二酸化炭素の削減に効果のある素材を使った商品がある。
前述した社会還元の日ギビング・チューズデーが周知されるようになるにつれ、物品を贈る代わりに、贈り物をしたい相手の名前で寄付をするという手法も登場した。
この時期、生活困窮者や移民・難民を支援するグラスルーツ組織から、人権問題や法的アドバイスを供給するようなアドボカシー団体まで、あらゆるタイプの非営利団体が消費者や企業からの寄付を募っているが、アフリカに木を植える、養蜂やサンゴの植え付けに投資する、途上国のイニシアチブを支援するなど、具体的なアクションと紐付けて寄付を受け付ける環境団体が増えているのも近年の傾向だ。物品のギフトを受け取るかわりに、自分の名前で木やサンゴを植えられるようになったのだ。
ギビング・チューズデーの周知を促す同名の非営利組織によると、2021年にこの日のアクションに参加したアメリカ人は推定3500万人、寄付・寄贈の推定金額は27億ドルと、前年比で9%伸びたという。
2015年にREIが始めた反ブラック・フライデーのキャンペーンは、静かに世界中で仲間を増やしている。スイスのフライタグ(トラックの幌を再利用したバッグブランド)やエシカルを標榜するスウェーデンのアパレル・ブランド、アスケットのように、実店舗やウェブサイトをシャットダウンする企業もあれば、その日の売り上げを寄付する企業もある。サステナブルに特化したアメリカのオンラインショップ「メイド・トレード」は、普段は売上額の1%を充てている環境基金への寄付額を10%に増加した。
今、アメリカでは、パンデミックのさなか職場に出てきた外食産業や小売業界の労働者たちによる、待遇改善を求める空前の組合運動が進行中である。感謝祭直前には、スターバックスの従業員によって同社史上初の組合が生まれ、アップルとアマゾンの配送センターで従業員によるウォークアウト(スト)が起きた。
感謝祭休暇には店を閉めたが、それ以降、クリスマスまでは店を開けてきたパタゴニアは、クリスマスから年明け1月2日まで営業を停止し、全従業員に休みを与えることを発表した。
相変わらず、商業・消費至上主義が猛威を振るい、環境破壊を繰り返す世の中だが、こうした年末商戦と消費の最前線にまつわる悲喜こもごもが、責任ある企業のあり方と、持続性の低い企業のあり方の両極端な姿を見せられているような気がする。
(文・佐久間裕美子、連載ロゴデザイン・星野美緒)
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。