写真左から福島良典(LayerX)、門奈剣平(カウシェ)、宮田昇始(SmartHR)
撮影:今村拓馬
気鋭のスタートアップ創業者による鼎談。ストックオプションに続く後編のテーマは、「経営者のニューノーマル」だ。
2021年12月、SmartHR創業者の宮田昇始さんがCEO退任を発表し、スタートアップ業界を騒然とさせたことは記憶に新しい。同社が未上場で成功した、日本有数のユニコーン企業(評価額1000億円超の企業)だったからだ。
SmartHRの後任CEOには元CTOの芹澤雅人さんが就任。宮田さんはSmartHRの役員として引き続き経営の一翼を担いつつ、新規事業の子会社立ち上げに着手している。
自身も連続起業家であり、CTOが代表取締役を務めるなど共通点の多いLayerXの福島良典さん。そして2020に起業したばかりのカウシェ門奈剣平さんは、この交代劇をどう見たのか。3人が考える理想の経営者像とは。
福島良典:大学院在学中にニュースアプリGunosyをつくり起業。同社は2015年に上場した。その後2018年にLayerXを立ち上げ、CEOに就任。コーポレートDXを加速させる「バクラク」シリーズなどを提供している。
宮田昇始:人事労務ソフトSmartHR社の創業者。同社は2021年6月に企業価値・推定1731億円(登記簿情報などをもとに日経新聞が調査)となり、国内6社目のユニコーンに。社長を退任し、今後はSmartHR100%子会社を作って新規事業に専念すると公表している。
門奈剣平:日用品や食料品を共同購入(シェア買い)できるアプリ「カウシェ」を提供するカウシェのCEO。2021年11月に第三者割当増資で約8億1000万円を調達した。
「創業社長が1つの企業に縛られる」ことの是非
撮影:今村拓馬
—— SmartHR宮田さんの退任は、起業家界隈では2021年末の衝撃ニュースでした。福島さんと門奈さん、宮田さんの退任を知って、率直にどう感じましたか?
福島:もちろんびっくりしたんですけど、一方で「宮田さんならやりそうだな」って。宮田さんって大成功者なのに、全く偉そうじゃない。すごくフラットに物事を見てて、新しい事業を作ることが大好きで。
やっぱりプロダクトに集中する人の方が、(起業家として)かっこいいじゃないですか。
門奈:ストックオプションの話でも、従業員には1→10(事業立ち上げ)が得意な人と10→100(立ち上がった事業の成長)が得意な人がいて……という話をしましたが、経営者は特に、得意なゾーンがはっきりする職業な気がしています。「代表は会社と心中すべきである」というような風潮は、一考すべきアジェンダだなと感じていたので、宮田さんの決断は僕らのような後輩にとって、ものすごく心強いと思いました。
福島:まさに日本のジャック・ドーシー※ですよね。でも世界から見たら普通なんですよ、むしろ。タレンティッドな起業家が1つの企業に縛られていることは果たして善なのか、という問いかけでもあると思います。
※Twitter社の創業CEO。2021年11月に退任し、同社の後任CEOには元CTOのパラグ・アグラワル氏が就任した。ドーシー氏は2009年に決済サービス企業「ブロック(元スクエア)」も共同創業しており、同社では現在もCEOを務めている。
社長のポジションにしがみつくのは「ダサい」
撮影:今村拓馬
宮田:僕がいまだにSmartHRのCEOとしてめっちゃバリューを発揮している、と感じていたら辞められないと思います。でもちょっと、もう自分じゃないなと思っちゃってるんですよね。
僕は内省することが多いタイプで、昔は振り返りをするたびに「今の自分めっちゃいい仕事してるやん」ということがすごく多かったんです。最近はそれがあまりなくて、それもいきなり「ない」と言うよりは、徐々に減ってきている感じがあって。
何もできてないと感じる瞬間が増えたのに、今の社長のポジションにしがみつくのは「ダサい」。それはやりたくないなと。自分よりもっとうまくできる奴がいるからそいつに任せるというのは、自分の中ではかっこいいことなんですよ。漫画の読みすぎかもしれないですけど。
シリーズCで61.5億円の資金調達をしたことを発表する宮田さん。2019年7月撮影。
撮影:伊藤有
—— シリーズDで累計調達額が約238億円になりました。退任して新規事業を立ち上げるとはいえ、「この時期に創業者が社長を降りる」ことについて、VCなど投資家は説得できるものですか?
宮田:意外と説得できました。それこそ「そういう奇抜な意思決定をするキャラ」と思われてた節もあると思います(笑)。一方でちゃんと反対意見もあって、CEOを退任すると言った時に、SmartHRに初期から投資してくれているCoral Capital創業パートナー兼CEOのジェームス(James Riney)には反対されたんですよ。「退任したら何かやりたくなって1年くらいで会社からいなくなるでしょ、創業者がいなくなった会社はダメだよ、僕は投資したくない」と。そうじゃなくて「SmartHRに残って100%子会社をつくり、そこで新規事業をやる」と宣言したのが、安心材料になったかなとは思ってます。
「SmartHR」以外の2本目の事業の柱を作っていかなければというのは、会社全体の課題でもありました。一番得意な人間がそれやるというのは、グループの中の人的リソースの配分としても適切だし、合理的に考えてもいいと思ってもらえたんじゃないでしょうか。
調子に乗りやすい自分をリセットする「モノサシ」
撮影:今村拓馬
—— 先ほど宮田さんから「内省」という話が出ましたが、福島さんと門奈さんは経営者としての自身を評価する軸、モノサシのようなものはありますか?
門奈:どこまでも自分たちの事業と組織で評価される立場なので、愚直にそこですね。カウシェの場合、ショッピングってもっとアップデートできるよねというところに賭けているので、自分がどれくらい事業や組織において非連続な成果を叩き出しているかが最後の拠り所になっています。
福島:物差しというほどではないんですけど、僕そもそも調子に乗りやすいんですよね。
宮田:ははは、意外!
「LayerX」の設立記念会見。2018年7月12日撮影。
撮影:小林優多郎
福島:そうですか(笑)。経営者は多かれ少なかれ、絶対に調子に乗りやすい生き物だと思ってるんですよ、僕。そういう時に本来の自分に戻してくれるのは、「率直なフィードバック」なんじゃないかと。
顧客とのミーティングに出てみたり、従業員との1on1であえて「最近の悪いところをあげるならどこ?」と聞いてみたり。
他にも、採用面接の時に候補者の方の許可も取った上で面接を録画して、それをもとにリクルーターなど第三者に「僕の面接の良かった点、悪かった点」をフィードバックしてもらってます。
そうすると、やっぱりダメな点がいっぱいあるんですよ。
門奈:僕が従業員だったら、福島さんに率直に言えるかなぁと思っちゃいました(苦笑)。
福島:社内ではバンバン意見されますよ。それが普通なので、むしろ「気軽に意見しない社員の方がダサい」みたいな空気です。
社員との対話、採用、商談…全てに改善点がある
撮影:今村拓馬
—— たとえばどんなダメ出しがありましたか?
福島:従業員からは「その発言、こういう観点では良くないと思います」みたいなフィードバックもあります。他にも面接に関しては「アイスブレイクしてない」「圧迫面接気味でちょっと怖いです」とか。で、本当にその通りなんですよ。
数字が伸びて全てがうまくいっているように見えると、つい調子に乗っちゃうんですけど、そんな時ほど、採用候補者に辞退されて「なんでうちを選んでくれなかったんだろう」とか、プロダクトの商談で競り負けて「なんでダメだったんだろう」みたいなことのほうが、自分を自分に戻してくれます。
自分の会社が信じている価値観があって、絶対に良いと思ってやってるのにそれが伝わらなかったり、受け入れられなかった時は、必ず改善すべき点があるはずなので。
門奈:身近なフィードバックに暴走を止めてもらう感じ、すごく分かります。
ネガティブ情報もオープンにすれば経営の強みになる
撮影:今村拓馬
—— SmartHRでは経営会議の議事録や会社の残高を全社員に公開しています。LayerXも同様に経営会議の議事録を社員に公開し、社外向けにも、主力事業をブロックチェーンからSaaSとフィンテックにピボットされた背景や、これまでの反省点を「ダサい失敗」と称して情報発信されていますね。情報のオープンさ、透明性はお二人の経営観において大きなポイントですか?
宮田:2つの点で良いなと思っていて、1つは経営、もう1つは求心力です。
まず経営としては、情報の格差がある状態だと、それぞれの意思決定が全く違うものになると思うんです。会社の残高が厳しいと知っている経営陣と、まだたくさんあるだろうと思っている人が立てる企画はきっと噛み合わないですよね。「なんだアイツ、頭ごなしに否定しやがって」と「アイツら俺の苦労なんか知らないくせに」では何も生まれない。
そうじゃなくて、会社の残高が半年後に1000万円を切ります→なぜならこういうことをするからです→そのためにもこの時期までにファイナンスする必要があります→なので、このKPIを達成して欲しいんです、というコミュニケーションをするほうが健全ですよね。社員も目的が明確になってやる気が出ると思いますし、そのほうが経営的に良いというのが1点目。もう1つの求心力については、スーパーマンみたいな人が求心力を持っていた昔と違って、最近は弱いところも自己開示して見せられる人のほうが人気が出るんじゃないか、と思ってるんです。ちょっと打算的なんですけど(笑)。
“推せる”経営者は「弱さも見せるアイドル型」
撮影:今村拓馬
宮田:それに気づいたきっかけがあって。うちの会社に元アイドルの社員がいて、彼女から「宮田さんはめちゃくちゃアイドルの素質ありますよね」と言われたんですよ。どのへんが?と聞くと、歌やダンスがパーフェクトなアイドルももちろん人気があるんですけど、いま日本ではそうした能力よりも自己開示ができる人のほうがファンがつきやすいと。
「推せる経営者は、ほぼアイドル型ですよ」と言われて、なるほどなと思いました。この話を聞いた会社のアイドル好きの人たちも共感していたので、これは信憑性があるぞと思って。
実際、自分をよく見せようと虚勢を張っていないので自然体でやりやすいということに加えて、弱みを開示する経営者のほうが求心力も高められるんですよね。
福島:確かに愛される人の像が変わってきていると感じます。僕も逆の立場だったら、組織のトップが失敗を認めたり、都合の悪いことを最初に言ってくれるとすごく誠実だなと思いますし、それが何より人の信頼を獲得する方法でもありますよね。僕自身が失敗の話をするのも、それがウケるからというのもありますけど、そういう部分も出していることが心地いいんですよね、組織として。うまくいってることだけじゃないよっていう。
宮田:今回の退任も、いい話だけ出すと嘘くさいなと思うじゃないですか。なんかあったんじゃないかと。退任をブログで発表した時も、もっと荒れると予想してたんですけど、Twitterでは99%は好意的な反応でした。それもきっと「僕がもう限界なんで辞めました」と正直に言ったからじゃないかなと。なので、やっぱりこういうのは開示していくほうが良いなと思ってますね。
良い権限委譲のためにも情報開示を
撮影:今村拓馬
福島:LayerXには5つのバリュー(行動指針)があるんですけど、社員に好きなバリューをたずねると、だいたい上位にあがってくる行動指針で「徳」というものがあります。オープンネスや正直さ、素直に誤りを認めて相手の意見が聞けること、そういうもの全て含めたものが「徳」だと思うんです。ちょっと打算的な言い方をすると、そういう価値観を持っているほうが、人生も「得」をするんじゃないかって。
だって何かを隠したまま意思決定してる状態って、健全じゃないですよね。もちろん、経営者は清濁合わせ飲むべきなので、全てを開示して社員に「全部まかせた」というのは責任放棄です。ですが、開示してもいいはずの情報を隠している、しかも信頼できる仲間に後ろめたい気持ちを抱きながら……という風にはしたくないなと。
門奈:お2人の話を聞きながら、良い権限委譲をするにはオープンさが前提なんだろうなと感じました。宮田さんも福島さんも、積極的に権限委譲されてるじゃないですか。本当に良い、大きなプロダクトを作っていこうという時に、従来型のトップダウンで、1人だけに先が見えているような組織ではもう難しいと思うんですね。顧客をみんなでカバーし合う必要があるので。
これからはオープンに情報を開示して権限委譲して、というのが良い経営のスタートラインになるのかなと思いました。
優秀な人は、もう性悪説的な会社では働かない
撮影:今村拓馬
宮田:そういえば、情報のオープンさとストックオプションって関連性ありますよね。経営情報や残高をオープンにしてますと話した時に、「怖くないですか?」「情報漏洩はないんですか?」とよく質問されるんですが、こういう時でもSO(ストックオプション)って結構、有効だなと思ってまして。
SOは現金の報酬よりも、会社の利害と社員みんなの利害が一致しやすくなる側面が大きいですよね。会社が大成功すればみんな大金持ちになれるし、この会社で働いたというキャリアがその人にとってもプラスになるという状態をうまく作ることができれば、情報漏洩は起こりづらいんじゃないかと。なるべく情報をオープンにしたいので、組織全体の利害を一致させるSOは、すごく良い武器だなと思ってます。
門奈:オープンさというのはまさに「性悪説か性善説か」という企業の姿勢がすごく見える気がしてます。その点でも、SOを付与したほうが性善説で会社を作りやすい。経営者として性悪説的なバリアを張る必要がなく、社員をエンゲージすることに注力できるというか。
福島:優秀な人は今はもう性悪説的な会社では働かないですよね。信頼してないの?って話になりますもん。
2022年は「大きな勝負の年」に
—— 最後に、2022年の抱負を教えてください。
宮田:昨年はあまり良い仕事ができてない自覚があって、社長をバトンタッチしました。今年から新規事業を始めるので、今もちょこちょこやってるんですけど、やっぱりめちゃくちゃワクワクしてるんですよね。今年は昨年のマイナスの点数を埋められるように新規事業を頑張って、いち早く実績を積み上げていきたいです。
それからSmartHR社でも立場は変わったんですけど、新しいCEOの芹澤さんをサポートしつつ、引き続き大きくしていきたいなと思ってます。
門奈:カウシェは2020年に起業したばかり。今はなんとか早いスピードでグロースしてるんですけど、日本がゆっくりと弱くなっている(経済成長率の下降)中で、次の1兆円カンパニーを叩き出したいと思ってやっているので、その痕跡を残せるような1年にしたいです。
組織でいうと、SOもそうですけど、ダイバーシティには引き続き力を入れたいです。働き方も正社員約10人に対して副業約50人の会社で、コミットの度合いも10%の人から100%の人もいるんですよ。「スタートアップに入社する=会社と心中する」みたいなイメージではもうないよということを、ポリシーだけでなく自分たちで実践しながら示していきたいなと思ってます。
福島:LayerXはこの2年くらい潜ってる時期でした。2021年は種らしきものが芽吹いてきたので、2022年はこの種を大きな木に育てる勝負の年だと思ってます。そのためにプロダクトの成熟度も上げる必要がありますし、プロダクトの数も増やしていきます。それに伴う組織のスケールも求められると思うので、ここを一緒に作っていく仲間をどんどん増やしていきたいです。
本当にここ5年の成長が決まる勝負の1年になると思ってるので、気合い入れてやっていこうと思ってます。