撮影:伊藤圭
スフィーダ世田谷FC(プレナスなでしこリーグ1部)にサッカー選手として所属する下山田志帆(27)は、大谷翔平顔負けの二刀流で生きている。スフィーダを1月末に退団するが、現役続行の予定だ。
2019年に共同代表として株式会社「Rebolt(レボルト)」を設立。D2Cブランド「OPT(オプト)」を立ち上げ、第1弾商品として生理時も使用できる「吸収型ボクサーパンツ」を1500個販売した。
日々の練習や試合をこなしながら、女性の健康問題をテクノロジーで解決するフェムテック事業を推進してきた。と同時に、LGBTQへの理解や女性スポーツの価値向上に関する情報を発信する社会起業家でもあるのだ。
「会社としても目指すべき方向が徐々に固まってきました。そのことによって自分自身の生き方の方針も定まった気がします。サッカーをすることだけが自分の目的ではないんだと。自分がサッカーをやる意味を、会社を通して改めて今見つけ始めている感覚があります」
二足の草鞋を履く下山田は、その佇まいからしてデュアル(二元的)である。
「私は変じゃない」と思えたドイツ時代
ドイツ女子2部リーグ・SVメッペンでプレーする下山田。2年間のドイツ生活は、日本における「普通」を捉えなおす期間にもなった。
提供:Rebolt
都心のオフィス。足元はナイキの白スニーカー、黒のニットに黒のデニムパンツをまとった下山田は、アスリートと経営者そのどちらにも見える。勝負の世界に住む人が強い意志を感じさせるまなざし、こちらの質問によどみなく答える知性とコミュニケーション能力。二つのものを一対として併存させるというデュアルの意味を体現する彼女が、「会社の方針と自分の生き方が重なる」のは、どういうところだろうか。
下山田はずっと「女の子だから」と言われて育った。女性が好きだと気づいてからは、異性愛前提のコミュニケーションを避けてきた。
「そういう扱いを受けるたびに憤りを感じてきましたが、一方で『自分が変だ、自分のせいだ』ってずっと思ってきました。でも、そうじゃないってことに気がついた時、やっぱりこの社会の仕組みを変えるべきだ、社会の価値観をひっくり返すべきだと考えたのです」
私は変じゃない。おかしな扱いを受けるのは私のせいじゃなかった—— 初めてそう思えたのは当時ドイツ女子2部リーグのSVメッペンでプレーしていたころだ。チームメイトに尋ねられた。
「シモ(下山田)は男性と女性、どっちが好きなのかな?」
ブルーとレッドのどっちが好きか、くらいの雰囲気で自然に尋ねられたことに驚きつつ、「女性だよ」と答えた。
「あ、そう、みたいな。その後は何も言われませんでした。ドイツでは同性のパートナーがいることを公にしている選手は珍しくありません。おかげで居心地いいなっていう感覚を持ちながら2年間過ごせました。その感覚を味わえたことは、ドイツに行って本当に良かったなって思える理由のひとつだし、自分にとって大きなプラスになったと思います」
パーティーにはそれぞれが自分のパートナーを同伴して参加するのが一般的だった。ドイツでは頻繁にパーティーを開くが、その場は大抵誰でもウエルカムな雰囲気だった。パートナーを同伴しても、それが異性か同性かも気にされなかった。みんなに紹介して一緒にお酒を飲むということが、ごくごく当たり前の光景であることに、下山田は日本とのあまりにも大きな違いを体感した。
カミングアウトしても消えない不安
一方で、日本に一時帰国するたびに居心地の悪さを感じた。親戚の大人たちから「ドイツの男はどうだ?」と冗談めかして尋ねられる。大学時代から付き合っていたパートナーとデート中、大学時代のほかの友人に会って気まずい思いもした。
「日本だと、うってなる瞬間が多すぎます。ドイツではすごく居心地が良くて、そのギャップがあまりに激し過ぎて、どうしたらこのギャップは埋まるんだろうって悩みました。
考え抜いた結果、もう全員に言っちゃえば、『うっ』ってなる必要もないなって思ったんです。もうみんな知ってるし、隠す必要もない。嘘つかなくていい。もうみんなに言っちゃえって(笑)」
同性のパートナーと暮らしていることを2019年2月に公表し、性的マイノリティとしての居心地の悪さを解消したはずだった。だが、公表以前から感じ続けてきた自分の将来に対する不安は消えなかった。
「サッカー以外に、何か自分が成し遂げてる感覚が何もありませんでした。ドイツ語も勉強してはいましたが、将来ドイツに住みたいわけじゃない。日本に帰ってプレーするとしても、女子サッカー選手の価値って何なんだろうと」
ドイツへ渡って2年目、イタリアで同時期にプレーしていた内山穂南(27)と電話で長い時間話した。内山は、女子サッカーの強豪・十文字学園高校時代の同級生。自分と同じようにLGBTQの当事者である内山に、下山田は本音をぶつけた。
「自分たちはサッカーをここまでめちゃくちゃ頑張ってきて、仕事にまでしたけど、実は自分自身は何も価値がないんじゃないか」
「こんなふうに焦らされてるような気持ちになってるのは、何故なんだろう」
「自分たちはどうしたらいいんだろう」
「普通はこうあるべき」を変えたい
撮影:伊藤圭
そもそもサッカーというスポーツは世界中どの国でも男子が先に発展し、女子は後塵を拝している。それは日本でも同様だ。2011年女子W杯を制した日本代表の選手が、「勝ち続けなければ女子サッカーが文化にならない」と悲壮感をにじませたことは強烈な記憶として残っている。
女子サッカーに性的少数者。マイノリティの立場でずっと憤りを感じてきた。
「なんでこんなにモヤモヤしなきゃいけないんだろうって。そう思ってしまうのは、社会に蔓延する『普通はこうあるべき』が原因だと思います。それを変えていきたい。
変える方法の一つは、会社を通して多くの人を巻き込みながら、社会全体のあり方を変えていく。二つめは、一選手として、ひとりの人間として、身近にいる人たちをワクワクさせたい。
セクシャリティに対する向き合い方もビジネスも自分で選んできた。次回は、下山田がどうやってビジネスの種を蒔いたのかに迫りたい。
(▼敬称略・第2回に続く)
(文・島沢優子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。