撮影:伊藤圭
女子サッカー選手である下山田志帆(27)は、同志で元サッカー選手の内山穂南(27)とともに共同代表として株式会社Rebolt(レボルト)を設立した。しかし、やりたい事業があって会社をつくったわけではない。
「普通、会社って、それなりの勝算があってつくる人が多いと思うんですよ。あ、このビジネスだったら稼げるみたいな。自分たち、正直それが全くなくて(笑)。
むしろ、女子アスリートの価値を高めたい、そのために自分たちの頭で考えなきゃいけない。だったらもう、株式会社を設立しちゃえば勉強するよねっていうノリと勢いだけだったかもしれません」
デザイン面で選べなかった吸水ショーツ
ReboltのD2Cブランド「OPT(オプト)」が販売する吸収型ボクサーパンツは、生理時も使用でき、デザインもスタイリッシュだ。
撮影:伊藤圭
2019年10月。法人登記を完了した2人は「何かお金にするものを考えなきゃ」と額を突き合わせて話し合った。だが、ビジネスの種はなかなか見つからない。どうしよう、どうしよう。
宿題がはかどらない小学生状態のなか、当時少しずつ報道され始めた「フェムテック」というワードが下山田の目に飛び込んできた。生理や女性ホルモンの調整など、女性の健康問題をテクノロジーで解決する新しいビジネス分野だ。数あるフェムテック商品の中には生理の時も履くことができる吸水ショーツもあった。
「ニュースで見て、これってアスリートにとってもプラスだなって思ったのですが、デザイン面で選べなかった。本当に必要なものなのに手に取れない。自分でそんな経験をした時に、なんかビビッと来るものがあったんです」
生理ショーツなど生理用品は可愛いピンクの花模様や、控えめなベージュ系が多い。アスリートでLGBTQ当事者である下山田から見ると、そのデザインはLGBTQのマーケットにもアスリートのマーケットにも合わないものだった。
「LGBTQ、アスリート、そしてフェムテックと三つの市場が分断されていることで、手に取りたい人に届いていないのではと考えたんです。
当事者性の高い自分たちならこの市場を横断して新しい商品を売り出せるんじゃないか。そう思いました」
これは筆者の感覚だが、スポーツ用品はデザインがちょっといかつい。かといって、レディース用はフェミニンに寄りすぎているように映る。こういった従来の「枠」を超えて、LGBTQやアスリート市場の購買者に選んでもらえるデザインと機能性のあるものを—— 。2人の想いは「OPT」というブランドの吸収型ボクサーパンツになった。
「自分たちの当事者性全てを伝えられる商品になりました。これが商品の第1号になったのはすごく良かったと思います」
社名は「自らの意思で選択」という動詞
「OPT」の販売開始を目指して立ち上げたクラウドファンディングは、目標額を大幅に超える支援額とともに終了した。従来の「女性用プロダクト」とは異なる製品に、立ち上げ時から多くの注目が集まった。
GoodMorningサイトよりキャプチャ
2021年4月5日。「アスリート発の吸収型ボクサーパンツ」というキャッチーなコピーとともにOPTを、世に送り出した。OPTは、選択肢という意味の名詞「option」よりも、「自らの意思で選択する」という自動詞の「opt」からとった。
社会課題と向き合う人達が集まるクラウドファンディング「GoodMorning」で予約販売を開始。プロダクトを通して「身体や心の悩みに声を上げることにおけるタブー」や「女性用プロダクトとジェンダーステレオタイプへの問題」を提起。サイト上で「私たちは、誰もが自分にあったものを選択できる社会を目指します」と宣言した。
「私と内山が、生理用品の機能面による身体的苦痛や、生理用品がもつ女性らしさのイメージに違和感を覚えてきたことも全面に出しました」
商品開発の段階で、アスリート554人へアンケート調査を実施。2人と同じ悩みを抱えている人たちの存在を認識できたことは大きかった。女性にしか分からない苦痛や違和感を率直に伝えてくれた人たちの声を拾い上げ、商品開発に役立てた。
実直で丁寧なマーケティングから生まれた商品は、クラウドファンディング開始から約半年で、用意した1500枚を売り切った。宣伝らしい宣伝はゼロ、クラファンを始めるときに友人や知人に声をかけたが、そこからは口コミで広がっていった。
「過去の悩んでいた自分たち」に届いた瞬間
サッカー情報番組『フットブレイン』(テレビ東京)への出演も大きかったという。2021年9月18日の放送後から、下山田へのインタビューの申し込みが急激に増えたという。
「クラウドファンディングと同時に募ったアンケート調査にかなりの反響があって、自分たちと同じように悩んでいる人がこんなにいるんだと気づかせてもらっていましたが、それでも届けたい層にうまく届けられてないという焦りがありました。だからこそ、フットブレインさん(への出演)はすごく有難かった。放送後の反響は大きかったので」
放映後は、女子中学生のクラブチームの男性指導者、ユース(高校生年代)のアスリートの親たちから、多くの問い合わせが舞い込んだ。目にするDMやメールから「過去の悩んでいた自分たち」(下山田)の姿が浮かび上がった。まさに2人が届けたい層だった。
「ティーンエージャーに広がってきたときに、やっぱり必要だよねと思いました。やはり大人たちが手を差し伸べていかなきゃいけないと感じました」
テクノロジーの進化と働く女性の意識向上が後押しし、下山田らが参入したフェムテック事業の世界市場規模は2025年までに5兆円に迫ると言われる。丸紅はフェムテックに特化したプロジェクトを立ち上げるなど大企業も参入を検討し、2022年開催予定の「健康博覧会2022」ではフェムテックゾーンが設けられる予定だ。
今後はセクシュアリティに対し身体的、感情的に健康である状態を指す「セクシャルウェルネス」系のアイテムやサービスが普及する見通しのなか、2人の動きに注目が集まる。
ゼロから始めた革命的ビジネス。次回は、その発露になった下山田の「違和感」の話をお届けする。
(▼敬称略・第3回に続く)
(▼第1回はこちら)
(文・島沢優子、写真・伊藤圭)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。