撮影:伊藤圭
下山田志帆(27)は結局、常にインカレの優勝候補に挙げられる早稲田ではなく、サッカー初心者にも門戸を開く慶応を選んだ。
「ここ(大学の選択)は、サッカーだけじゃないなと直感的に思ったので慶応を選びました。慶応のほうがプラスアルファで自分の人間性を伸ばせると思ったんです」
サッカーの実力だけが評価軸じゃない
慶応の女子サッカー部に入った下山田(写真中央)。初心者も混じる同チームでは、人間力が磨かれたと話す。
提供:Rebolt
慶応の女子サッカー部は、選手の実力差があった。
サッカーは11人が呼応し、連動してシュートまで持ち込むチームスポーツだ。よって、競技力に秀でる下山田は他の選手に対して、「この目標を目指すならもっとやらなきゃ」と、ある意味他罰的になってしまう。同級生とのミーティングでは、「そういうところがダメだ」と指摘された。具体的にはこんなことを言われたという。
「サッカーを頑張っても、そこまでしか上手くならない人もいれば、頑張り方が分からない人もいる。下山田はサッカーをやってきたからできるだけであって、同じ視点から話すのは絶対通用しないし、結局チームみんなが頑張れなくなってしまう。もっと相手の立場に立って発言してほしい」
落ち込んだ下山田は、練習に行けなくなった。授業にも出られない、外出もできない。打ちのめされ、ひとりの部屋でふさぎ込んだ。
「今思えば、それぞれの学生のサッカーに対するスタンスが違うことを認められなくて。すり合わせがすごく下手だった。すごく未熟でした。そんな私に手を差し伸べてくれたのが、サッカー初心者の仲間でした」
自主練に誘ってくれて、「シモ(下山田)はここがいいところだよ」と声をかけてくれた。それまで下山田にとっては、サッカーの実力が他者の評価軸になっていた。でも、決してそうじゃない。そのことを知った。
アスリートは自分が到達したレベルが高いほど、現役時代の結果で人を判断しがちなのかもしれない。その物差しは実はビジネスの社会でそこまで役に立たないこと、そして人間性という重要な別の尺度があることを学んだ。多様性を受け入れた下山田は、大きく成長した。
第2弾はジャケット&パンツ
Rebolt 共同創業者である内山穂南(写真左)もインタビューに同席してくれた。十文字学園サッカー部の同期であり、イタリアでのプレー経験もある元サッカー選手の内山もまた、性的マイノリティであることを公表している。
撮影:伊藤圭
セクシャリティ、サッカーとの向き合い方、ドイツで経験した他国のカルチャー。他者との違いを随所で味わったことで、「違い」を強みにする術を身につけたのではないか。
それは立ち上げたビジネスにも反映されている。下山田たちが自社ブランド「OPT」の第2弾として企画しているプロダクトはセットアップ。ビジネスシーンでも、カジュアルでも着られるジャケット&パンツだ。
「ファッションにすごく興味があったというよりも、悩まされることが多かったんです。自分の体に合ったものをなかなか見つけることができず、ズボンとか、購入まですごく時間が必要なんです。レディースだとデザインが合わないし、メンズだと体に合わない。じゃあどれを選べばいい?っていう状態です」
これにはビジネスパートナーの内山穂南(27)も、「メンズはカッコいいけど、大きすぎたりして自分に合ってないからカッコ悪くなってしまうんです。服だけ見るとカッコいいのですが、自分の体にまとうとカッコいい状態ではない。そこが難しいなと思う」と呼応する。
既成のものではまかなえない。この新たな感覚のスーツは、セクシャリティに対し身体的、感情的に健康である状態を指す「セクシャルウェルネス」系のアイテムだ。下山田と内山の2人は、他者との違いを武器に、自分たちの「等身大」を見事にビジネスに落とし込んでいる。
「これからはスポーツ界も、動いたもん勝ちの世の中になっていくぞ、って内山と会社をつくる時に話したんです。私たちは女子サッカーはもちろん、アスリートみんなの価値を高めたいと思っています。
だったらまず自分たちがやって見せて、将来的には何かやりたいって言ってくれた人をサポートしていくような立場になれたらいいよねっていう構想があります」
スポーツ選手の深刻なセカンドキャリア問題
日本サッカー協会女子委員会が発行した冊子には、現役サッカー選手や元サッカー選手たちが、どのようにセカンドキャリアを模索したかが詳しく記述されている。そのほとんどが指導者などサッカーに関連するキャリアだ。
日本サッカー協会ウェブサイトよりキャプチャ
アスリートが現役を引退した後に待ち受けるセカンドキャリア問題は、どの競技でも深刻だ。日本サッカー協会(JFA)女子委員会では2020年7月、女子サッカー選手のセカンドキャリアをまとめた冊子『サッカー×キャリア×未来~Your Life with Football~』を制作した。
OGを中心に現役選手も加えた総勢20人のインタビュー集だが、そのほとんどがサッカーに携わる。競技に関わり続ける人材の創出は重要だが、一方では「アスリートは競技のことだけ考えていてはだめだ」という声は徐々に大きくなっている。
「私もそう思います。会社を設立した2019年からたった2年しか経っていないのに、アスリートはスポーツだけしてたら終わるぞといろんな人から聞きます。何かやらないとヤバいかなと言ってるだけでは、選手としての価値も落ちていくと思うんです。
そのほかにできることって何かなっていうのも、ちゃんと自分の頭で探す。そういう選手は、人としても、アスリートとしても伸びしろがある気がします」(下山田)
2019年の移籍以来、スフィーダ世田谷FCでプレーしてきた下山田だが、2022年1月中旬に退団を発表。海外でプレーする意向を明らかにした。
提供:Rebolt
社名の「Rebolt」は、革命を意味する「revolution」のラテン語だ。内山と「革命みたいなことしようぜ」と話し、英語のrevolutionが浮かんだ。そこをひとひねりしてRebolt(レボルト)にした。
社名ロゴのRは稲妻のようにデザインされている。内山によると、「2人でスタバで何時間も粘って、こうかな、これかなって手書きから始まったんです。これがいいかもって思ったのをデザイナーさんに整えてもらった」ものだ。
「ただ居心地がいいってよりは、これまでの仕組みを、それこそ稲妻のように一旦壊して変えていこうぜ、くらいの気概がそこに含まれているんです」
その決意にほれぼれとさせられる。下山田はいま、他者との「違い」を楽しんでいる。
(敬称略・完)
(文・島沢優子、写真・伊藤圭)
島沢優子:筑波大学卒業後、英国留学を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。『AERA』の人気連載「現代の肖像」やネットニュース等でスポーツ、教育関係を中心に執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』など著書多数。