CES2022のソニーブースで展示されているクーペ型の「VISION-S01」と新発表となるSUV型の「VISION-S02」。
REUTERS/Steve Marcus
2022年春、ソニーは事業会社「ソニーモビリティ」を設立し、EVの自社販売を検討するフェーズに入る。
北米で開催中の世界最大級のテクノロジー展示会CES2022のカンファレンスで発表したこのニュースは世界中を駆け巡った。
考えてみればここ数年、ソニーがCESでアピールするのは「家電」ではなく「動くハードウェア」だった。前年の2021年はドローンの「AirPeak」を、そして2020年には試作EVである「VISION-S」をお披露目している。
今年の目玉も自動車だ。「VISION-S」のSUV型(多目的車)の試作車「VISION-S 02」を公開した。
重要なのは、ソニーにとってCES2022で発表したかったのは「新試作車」ではないーーということだ。ソニーが世界に示したかったのは、「自動車メーカーになる」という決意だ。
VISION-S発表からの2年、どのような検討が進んできたのだろうか? そして「ソニーのEV」をどのような形で実現しようとしているのだろうか?
VISION-SやAirPeakなどの開発を指揮した、責任者であるソニーグループ常務・AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉氏を直撃した。
2年の開発から自信、市販するなら「さらに最適化」
CES2022プレスカンファレンスでSUV型の「VISION-S02」を世界初披露するソニーグループ会長兼社長の吉田憲一郎氏。
出典:CES2022プレスカンファレンス中継より
冒頭で述べたように、VISION-Sは2年前、2020年1月のCESで発表済みだ。それ以降、ヨーロッパと日本をまたぐ形で開発が進められ、2020年末にはオーストリアにおいて公道での高速走行を実施した。2021年にはドイツのサーキット内で、5Gを使って日本からの「リモート運転」も実現している。
走行テスト 動画
Sony YouTubeチャンネルより
リモート運転 動画
Sony YouTubeチャンネルより
2020年に公表されたのはスポーツクーペだった。今年は、さらに今風なSUVだ。これに伴い、クーペが「VISION-S 01」、SUVが「VISION-S 02」と名称変更されている。
01と02は同じプラットフォーム(EVを構成するための基盤で、モーターやバッテリーなどの基本構成)を使って開発している。
川西氏は言う。
「02を作ったのは、同じプラットフォームで複数のEVを作れる、というコンセプトを検証し、具現化するため。こうやって自動車のバリエーションを増やしていけます」
コロナ禍ということもあり、日本での公道走行など、まだ実施できていないテストもあり苦労しているようだが、それでも開発は順調に進んでいるようだ。
ソニーグループ常務・AIロボティクスビジネスグループ 部門長の川西泉氏。
写真:オンライン取材の模様を筆者キャプチャー
この2年間に生じた変化は大きい。
2年前の段階で、ソニーは「VISION-Sを自社で市販する予定はない」と明言していた。それが今回、「市販に向けて検討し、事業会社を設立する」という流れに一転したように見える。
川西氏は、市販化検討への経緯を次のように語った。
「市販することも、検討そのものは最初からしていたんです。どうするかをずっと考えていたので、ある時期にいきなり考えを変えた……というわけでもありません。
(EVの中に)自分達で持っている技術を導入していき、十分に違いを出せる部分もわかりましたし、車としての設計・製造の難しさも学びました。結果的に、『自分達で製品として具現化できる』見通しが立ったので発表したことになります」
ソニーのEVを差別化する3つの要素
センシング技術に強みをもつソニーにとって、EVに搭載する安全なEVを実現するためのセンサーは重要な差別化要素の1つ、と捉えている。
出典:CES2022プレスカンファレンス中継より
一方で、今のVISION-Sがそのまま製品になるのか、という問いには「そうではない」と答える。
「製品としては、もっと最適化できます。課題はまだあって、製品化までのすべてがクリアに見えた、と言い切れるものではないです」
ソニーグループが発表したリリースでは、「事業化への取り組みを発表」「EVの市場投入を本格的に検討」と、若干含みを持たせた書き方になっている。その理由は、川西氏のいう「改善が必要な部分」にあるのだろう。
では、ソニーが「自社のEV」を作る上で必要な要素はどこになるのか? 川西氏は「3つある」と話す。
「もともとVISION-Sは、3つのテーマを掲げて開発を進めてきました。
1つは『センシング』。センサーを使い、安心・安全を実現する技術です。次が『アダプタビリティ』。簡単に言えば、ソフトウエアをベースにし、機能などをアップグレードしていく前提での自動車づくりです。最後が『エンターテインメント』。自動車という移動空間のエンターテインメントを変えていく、ということです。
これらが具現化できる見通しが立ち始めた……というのが今の状況です」
ソフトウェアで「パーソナライズ」される車
VISION-Sはソニーが開発したEVだが、すべての部分をソニー1社で独自開発したわけではない。多数の企業との協力体制によって作られている。その中には、自動車生産の分野でトップクラスの実績を持つ、オーストリアのマグナ・シュタイア社も含まれる。
自動車の基本は「走る・曲がる・止まる」。EVも基本は変わらない。
川西氏は、「走る・曲がる・止まる、といった部分は協業でないと作りづらく、手を出しにくいところがある」とも話す。
「自動車としての基本部分はソニーの設計でないなら、どこに独自性があるのか」と思う人もいそうだ。
ただ、ソニーは、「それら重要な部分を協業の形で開発したとしても独自性を出せる」と考えているようだ。それが、前述の「具現化できた3点」に関わる部分である。
「『ドメイン制御』と呼ばれたりもしますが、車全体を統合制御する部分や、いわゆるADAS(先進運転支援システム)、インフォテイメントなどの領域は、自分達の強みがかなり活かせます」
そう川西氏はいう。
実際、加速・減速のタイミングや、乗り心地と走行安全性に関わる電子制御サスペンションの効かせ方など、ソフトで制御可能な部分は多々ある。それらの部分を徹底的にソフト化し、アップデートによって継続改善できるようにする、というのがソニーの狙いだ。
「結果として、(自動車にも)パーソナライズできる領域を相当増やせると考えているんです。同じVISION-Sであっても、人によって乗り味が違う、車の特性を変えてしまう、といったこともできます。ただし、自動車ではボディ剛性も重要ですし、(ハードウェア的な)作りに起因する特性もあり、すべてが変えられるわけではないのもわかっています。その上でどれだけ(ソフトで)コントロールできるか、ということが、我々にとってのチャレンジです」
ソニーのEVはaiboであり、プレイステーションであり、IoTである
川西氏の言葉を紐解くと、ソニーが作ろうとしているのは、「乗り味」「走り味」をソフト制御で自分好みに変え、先進安全や自動運転などに関わる機能がアップデートされ、進化していく自動車……ということになるだろうか。
ハードウェアというよりは「サービス」としての自動車のようにも見える。
ソニーグループの吉田憲一郎社長は、米・ラスベガスで新聞などの記者の質問に答える形で、EVのビジネスのあり方として「リカーリング(継続型)ビジネスになる」と話した、と報道されている。
ソフトで進化するサービスとしての自動車、となれば、それはリカーリングビジネスそのものだ。
この点を川西氏にたずねると、次のように笑いながら答えた。
「私としては、ずっとやってきたことをそのままやっているので、当たり前だと思っているんですけどね」
川西氏は過去、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)でCTO(最高技術責任者)を務め、PlayStation 3などの開発を指揮した経験を持つ。その後、ソニーでAIロボティクス・グループを率いる立場となってからは、aiboの復活も手がけた。
「どれもプラットフォームがあって、その上でアップデートやソフトの追加で価値が高まっていくものですよね。クルマも同じなんですよ。ネットワークにつながるデバイスという大きな括りで言えば、車もaiboも同じ『IoT』ですから」
そのためには、当然通信が必須だ。そして、自動車が通信連携前提になれば、さらに進化が期待できる。いわゆる、「V2X(Vehicle to everything)」と呼ばれる領域だ。
「V2Xでは、通信インフラの先にある、あらゆるサービスとの連携が必要になります。そもそも人にとっては、自動車の中でも生活は、家に住むと同じくらい大切なものです。家と同じような環境が作れるかどうか、個人の時間を車の中に持ち込めるかどうかが、非常に重要な要素です」
ソニーが作る自動車事業検討のための新会社「ソニーモビリティ」は今春に設立される。その頃になれば、ソニーならではの車とはどんなものなのか、より具体的な姿が見えてくるのではないだろうか。
(文・西田宗千佳)