ネットイース系音楽プラットフォームの上場式典はリアルとメタバースで同時開催された。
新華社動画アカウントより
パナソニック、キヤノン、ソニーと日本を代表するメーカーが、5~10年後には100兆円規模に成長するとも言われるメタバースビジネスに踏み出した。一方、中国ではゲーム会社やVRデバイスメーカーの株価が急騰するブーム「第一幕」が一段落し、NFTやコンテンツ業界がにぎわう「第二幕」にシフトしている。
上場式典にバーチャルCEO
フェイスブックが「メタ(Meta)」に社名を変更し、メタバース企業への転換を宣言した2021年秋以降、メタバース環境を体験できるイベントやツールが相次ぎ登場した。企業から個人投資家まで新しい技術に敏感な中国でも、“世界初”と称するさまざまな動きがある。
ゲーム大手網易(ネットイース)グループで、2021年12月12日に香港証券取引所に上場した音楽プラットフォームの網易雲音楽(ネットイース・クラウド・ミュージック)は、メタバースで上場セレモニーを開催した。
仮想空間の取引所には、AIで再現した起業当時のバーチャル丁磊CEO(29歳)と2021年時点の50歳のバーチャル丁磊CEOが並び立ち、本物の取引所にいる丁磊CEOと同時に上場の鐘を鳴らした。
ネットイースはテック大手の中でもメタバース構築に積極的な姿勢を見せており、12月下旬には観光都市の三亜市に海南本部を設立し、メタバース産業拠点プロジェクトを立ち上げると発表した。
検索ポータルのバイドゥ(百度)は12月27〜29日のAI開発者大会を、バイドゥが構築する仮想都市「希壌」で開催した。
もっとも、テック大手によるこれらの動きは、具体的なサービスのお披露目ではなく、すい星のように現れた「メタバース」の認知の拡大、話題づくりにすぎない。
メタバースは「人が実世界と同様に相互に交流できる仮想空間」だが、バイドゥの仮想都市はアバター同士の交流はできず、参加者ができるのは歩き回ることだけ。「何だかよく分からない」「期待外れ」との感想があふれた。
関心はゲームから仮想資産へ
2021年12月にはパリで最初のSMSのNFTが高額落札された。
REUTERS/Christian Hartmann
当の企業側も冷静だ。バイドゥの馬傑副総裁は以前からメタバースを研究していることを認めながらも、「メタバースそのものは初期のステージにある」「プラットフォームとして成立するには最低でも7年は必要」と発言してきた。仮想都市「希壌」についても「1年ちょっとテストしているが、私たちが目標としている世界とはまだ大きな隔たりがある」と語る。
世界で最もメタバースの実現に近づいていると評される米ゲームプラットフォーム「ロブロックス(Roblox)」の急成長やメタ社の巨額投資計画を材料に、中国では2021年夏から秋にかけて、VRやゲーム企業の株価が急上昇した。さらにバイトダンス(字節跳動)やテンセント(騰訊)などメガIT企業がメタバース時代を見据え布石を打っていることも徐々に判明し、関連企業の株価の上昇ペースは、規制当局の注意を引くほど加速した。
しかしスタートアップが前のめりになる一方で、メガIT企業の多くがメタバースのポテンシャルを認めながらも、「実現にはかなりの投資と時間がかかる」と慎重な態度を示したことで、VRやゲーム企業がすぐに果実を得るという期待はしぼみ、ブーム「第一幕」は収束した。
そして個人投資家が短期間で利益を得られそうだと目を向けたのが、メディア・コンテンツ業界が生み出すバーチャルアイドルや、仮想空間上のバーチャル資産、そしてNFT(非代替性トークン)だ。これがメタバースブーム「第二幕」になっている。
中国版NFTは交換価値を否定
中華圏の人気歌手ジェイ・チョウはNFTプラットフォームezekと共同で自身のブランドのNFTを発行した。
ezekの公式サイトより
NFTもメタバース同様、テック業界では2021年からトライアル的な発行が増えていた。
アリババグループのアントグループは同年6月、敦煌研究院と共同で世界遺産・莫高窟(ばっこうくつ)の壁画を元にしたNFTを10元で8000枚発行し、数分で完売した。テンセント、EC大手のJD.com(京東集団)もNFTを発行し、いずれも数秒で売り切れたという。
12月には海外で匿名アーティスト・PakによるNFTプロジェクト「Merge」が総額9180万ドル(約100億円)で販売され、最初のショートメッセージ(SMS)のNFTがオークションで10万7000ユーロ(約1400万円)で落札されたが、中国でもこれらの動きに呼応するように、発行者が広がった。
12月24日に国営通信新華社が運営するアプリが2021年の注目ニュースをデジタルトークンにしたNFTを11万枚発行。あっという間に品切れとなった。さらに2022年元旦、台湾の人気歌手ジェイ・チョウ(周傑倫)が、自身のアートトイブランドのキャラクター「Phanta Bear」のNFTを1万枚売り出した。1枚の価格は0.26イーサリアム(約9万4000円)で、40分で完売した。
中国政府は暗号通貨を全面禁止しているが、現時点でNFTの位置づけは明確でなく、規制も存在しない。しかしアントやテンセントは海外の状況を鑑みて、「NFTは暗号通貨ではない」「保管して楽しむデジタル資産」と位置づけた上で、昨年秋には「NFT」という表記もやめて「デジタル・コレクション(数字蔵品)」と言い換えるなど、自主規制している。
NFTが交換価値を持てば暗号通貨と同様に禁止されかねず、中国のNFTは海外のNFTとは別物だというのが、今の規制当局やメガIT企業のスタンスだ。だが、無料で配られた新華社のNFTさえ奪い合いになるのは、物珍しさだけが理由ではないだろう。
暗号通貨を全面禁止しながら、その基盤技術となっているブロックチェーンとデジタル人民元は推進するというただでさえ分かりにくい中国に、怒涛のごとくなだれ込んできたNFT。当局にとっては新たな厄介事になりそうだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。