イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。今回は大学生の方からお便りをいただきました。
2022年に3年になる都内の大学生です。本を読んでググっていたら、この連載にたどり着きました。
私は大学入学した時からコロナで、少人数の授業の時だけ大学に行っています。滋賀から上京してきているのですが、親が仕送りをしてくれないので、バイトして安い家賃のアパートに一人暮らしです。サークルには特に入っていないし、講義も基本リモートなので、友達もバイト先(百貨店のレジです)の子の方が多くて、正直めっちゃお金かかる割になんで上京してきたんだろうって思っています。将来は奨学金の返済もあるし……。
来年は就活ですが、やりたいことも特に見つかっていません。楽しみといえば、YouTuberにハマっていて、その動画とかライブ配信とか、同じファンの子のコメント見たりするのが一番の楽しみです。でも、自分の人生、地に足がついてないというか、手につかないような変な焦りがあって、他人ばっかり応援してて、自分自身の就活とかこの先大丈夫なのかなって不安になります。
(わちさん、20代前半、女性)
人は皆、「与件」の中で生きている
シマオ:わちさん、お便りありがとうございます! 今の大学生は、入学してもほとんど学校に通えない生活が続いているので、気の毒ですよね……。僕も就活の時は将来どう生きていこうか悩みましたが、コロナ禍ならなおさら悩みは深いと思います。佐藤さん、アドバイスをお願いします。
佐藤さん:確かに、コロナによって環境が大きく変わったことは事実です。同じように感じている学生も多いでしょう。ただ、あえて厳しいことを言います。わちさん、あなたはこのままでは間違いなく就活に失敗するでしょう。
シマオ:えっ!? いきなりそこまで断言するのはひどくないですか……?
佐藤さん:コロナ禍で制限があるのは事実ですが、それはわちさん一人ではありません。極論すれば、コロナによって日本中の大学生全員に制限がかかっている訳です。
シマオ:なるほど、確かにそれはそうですね……。
佐藤さん:その中でチャンスを得るか、自らチャンスを捨てるのかを分けるのは、ものの捉え方です。よくある例え話ですが、水が半分くらい入っているコップを見て、半分「も」入っていると思うか、半分「しか」入っていないと思うか。今のわちさんは、後者です。
シマオ:悲観的ってことですか?
佐藤さん:楽観・悲観というよりも、今の環境や持っているものをどう活かすかという視点が足りていないということです。もちろん、わちさんは仕送りがない中、自分で生活費を賄っているのはとても立派なことです。生活費や学費を親が支払ってくれるような裕福な家の子に比べたら……と思う気持ちももちろん分かる。だからこそ、今の大学生活をもっと活用することに目を向けなければなりません。
シマオ:与えられた環境で頑張るしかないということですね。
佐藤さん:それを「与件」と言います。人は皆、与件の中で生きています。わちさんは滋賀県出身ですが、ジャーナリストの田原総一朗さんも同じ滋賀出身です。
シマオ:『朝まで生テレビ!』の司会の方ですね。
佐藤さん:田原さんは働きながら夜間の大学に通うなど苦学して、当初は文学の道を目指しますが、自分にその才能はないと見極めてジャーナリズムの道に進みました。現在87歳ですが、最近の著書でも、病気になったり、体力の衰えを感じたりしても、それは仕方ないと割り切ってやれることをやっていくしかないと言っています。田原さんの生き方は、まさに与件を生かすものです。
シマオ:マスコミ業界の最前線で戦う人には、それくらいの覚悟が必要なんですかね。
佐藤さん:そう思います。どの世界でも同じでしょうが、自分がいる環境を嘆いているばかりでは、せっかくの成長のチャンスも逃してしまいます。企業の採用担当者もそういう姿勢は見抜いてきます。なので、厳しいですが、このままでは就活で失敗すると言ったのです。
現状をチャンスに変えるには?
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シマオ:では、わちさんは今、何をするべきでしょうか?
佐藤さん:例えば、彼女は少人数の授業しか出席することができないと言っていますが、逆に考えれば、それは大教室の授業なんかよりも友達と濃密な関係を築けるし、教授との距離が近いということですよね。それをもっと生かす道はあるはずです。
シマオ:少人数であることの良さがある、と。
佐藤さん:正直、今は勉強するだけなら、アメリカのハーバード大やイェール大、イギリスのケンブリッジ大などの超一流大学の講義をオンラインで受けることだってできます。それでも多くの優秀な学生が、年間800万円以上も学費がかかる海外の大学へ留学しようとするのはなぜでしょうか。それは、単に勉強するだけでなく、ゼミや友人との関係をつくるという目的があるからです。
シマオ:人間関係はソーシャル・キャピタル、つまり「資本」だって言われていますよね。
佐藤さん:その通りです。それから、わちさんは百貨店でアルバイトをしているそうですが、これも活用できる環境だと思います。百貨店にいれば、小売業という仕事の中身やお金の流れが見えてくるはずです。せっかくなら、家にいる時間で簿記3級の勉強をして資格を取れば、ビジネスというものをより深く理解できるでしょう。それは、就職活動にも間違いなく役立ちます。
シマオ:なるほど。そういう今いる環境の中で活かせるチャンスを見つけることが大事なんですね!
佐藤さん:部屋でYouTubeを漫然と見ている生活が不安だと仰っていますが、それは正しい。であれば、その時間を使って、ゼミで知り会った人をお茶に誘って過ごしてみることもできます。カフェに行くお金がもったいなければ、大学の生協でもコンビニのコーヒーでもいいんです。
シマオ:たしかに、学生時代に友達といろんなことを話した時間、いま思えば貴重だったなぁ……。
佐藤さん:就活の情報も今はSNSや掲示板を頼る人が多いですが、それよりも友人からの生の情報のほうがよほど信頼性が高いですし、役に立ちますよ。同級生がどんな本を読んで、今何をしているのかが分かれば、無用な不安に悩まされることもなくなります。
「勉強」を通じた友人は一生モノ
シマオ:そもそも、大学生活においては何をいちばん大切にすべきなんでしょうか。
佐藤さん:それはもちろん、勉強です。かつては、偏差値の高い大学に入ってしまえば、在学中はモラトリアムを謳歌して、有名企業に就職すればいいという考え方がありました。しかし、そうした「入学歴社会」はすでに過去のものです。今は、社会に出てどれだけの成果を上げられるかという本当の能力が求められています。そして、その力を養うのはやはり勉強なのです。
シマオ:うっ……それを聞くと耳が痛いです。ただ、僕も学生時代には大学で何を勉強すればいいのか、よく分かっていませんでした。別に研究者を目指す訳じゃないし……。
佐藤さん:大学は高校のようにテストの点数を取ればいいというものではないですからね。自分で研究テーマを見つけられるに越したことはないですが、そうでないなら先生に相談して、テーマを与えてもらうというのでもいいと思いますよ。
シマオ:でも、そのテーマに興味が持てなかったら?
佐藤さん:何人かの先生に相談すれば、自分に合いそうなものもあるはずです。多少でも興味が持てそうならば、天命だと思ってそれに一生懸命に取り組んでみることです。歴史学でも、哲学でも、機械工学でも何でもいいので、一つの分野に絞って深く学ぶことが大事です。
シマオ:いろいろ手を出さないほうがいいということですね?
佐藤さん:そうです。一つのことをある程度深く学んだことのある人は、基本を押さえて応用するスキルを身につけることができます。これは、どんな分野でも使うことができます。中途半端で終わらせてしまうと、何にも転用することができません。
シマオ:「メタスキル」というやつですね。とはいえ、勉強が大事なのも分かりますが、大学時代は友人関係も大事ですよね。
佐藤さん:それもまた、勉強を通じた友人であるということが大切です。遊びだけを通じた友人と勉強を通じた友人の違いは、ちゃんと議論や対話ができるということです。それに、勉強をしている人には必ず友人ができるものです。
シマオ:どうしてですか?
佐藤さん:勉強ばかりしていては疲れてしまいますから、時に息抜きも必要になる。だから、勉強を通じて得た人間関係は遊びを共にする仲間にもなりますが、逆は必ずしもそうではない。遊びだけの関係は、その時間が過ぎれば終わりの一過性の関係になりがちです。
シマオ:勉強を通じて得た友人のほうが一生モノになりやすいということか。
佐藤さん:ここまで厳しいことを言ってきましたが、わちさんは現状のままではまずいと感じたから、こうしてご自身で調べて、この連載を見つけ、大学生活をどう過ごせばよいのかを私に訊ねてきてくれました。それはとても素晴らしいことです。
シマオ:そうですよね! 人に聞くって結構勇気が要りますから。
佐藤さん:まず自分で頑張ってみて、分からないことがあれば先達に聞けばいい。そしてそれは、大学生活においても社会生活においても同様です。社会や今の状況に不満があったとしても、若いうちはその環境自体を変えるような力はまだありません。だとすれば、その中でまず自分に何ができるかを考える。そうやって生き残ろうとする中で、自分が何をすべきかが自ずと見えてくるはずです。
シマオ:僕もまだまだ若造ですから、自分のできることを考えてみたいと思います。わちさん、コロナはオミクロン株も出てきて決して予断を許しませんが、残りの学生生活をぜひ有意義に過ごしてくださいね。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
※この記事は2022年1月12日初出です。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。