Saathiの創業者クリスティン・カゲツさん(左)。
提供:Saathi
突然だが、心臓病、脳卒中、感染症、肺疾患に次いで、世界の女性の死因第5位に入る要因が何か想像できるだろうか。それはなんと、月経衛生品の不足(安全な生理用品や水など)なのだそうだ。
一方、一般的な生理用品は90%がプラスチックからできており、海へ捨てられるプラスチックごみランキングで、こちらも5位に入っている。女性の健康を守るためには衛生的な生理用品をより広く供給することが大切だが、それは海洋プラスチックごみを増やすことに繋がりかねない——。
この矛盾をビジネスチャンスとし、インドでサステナブルな生理用品を製造、供給しているSaathiという会社がある。今回は、Saathiの創業者クリスティン・カゲツ(Kristin Kagetsu)の視点を通して、投資される側から見たジェンダーレンズ投資を理解してみたい。
MIT出身者がインドで展開する生理用品カンパニー
クリスティンは、2015年に他2人の共同創業者と共にSaathiを立ち上げた。その拠点は、インド西部のグジャラート州。クリスティンはアメリカで生まれ育ったが、幼少のころからインド系のベビーシッターに世話をされていたことでインドの文化には慣れ親しんでいた。また、マサチューセッツ工科大学在学中に、ヒマラヤでNGOと共にサステナブルな製品を開発するプロジェクトに参加したことで、インドへの思いを強くしたそうだ。
2015年の創業時、インドでの生理用品の普及率は18%に過ぎなかった。クリスティンは言う。
「生理用品が手に入らない場合、女性たちは代わりに泥や土、また砂のようなものを使います。それにより病気になるリスクも当然上がるし、更に吸水性が高くないので学校や仕事を休まねばならず、月に3〜5日も休むことになる。結果として、キャリアや学業を積み重ねられないという間接的なマイナス影響も生じる。それを解決するために、Saathiを立ち上げた」
ただ、単に生理用品を提供するだけでは片手落ちだと当初から思っていたと言う。既存の生理用品は90%がプラスチックで出来ている、いわばプラスチックの塊であることは知っており、十分なごみ処理施設がないインドの農村部では、生理用品の普及が海洋プラスチックごみの増加に直結してしまう。
そこでクリスティンと共同創業者がたどり着いたのが、地元のグジャラート州で取れたバナナの繊維を主原料に、生物分解性がありかつコンポスタブルな生理用品を作ることだった。
「環境にも配慮したサステナブルな製品デザインにこだわりました。女性の健康と環境双方に配慮した包括的な製品であることが、私たちのユニークな視点。そのユニークさが私たちの強みだと分かっていたから」
そうしてできあがった製品は、廃棄後約6カ月で分解が完了し、土に還るタイプ。これは通常の生理用ナプキンの1200倍ものスピードである。もちろん、吸水性も犠牲にはしていない。
「女性のことはわからない」投資家のバイアスが障壁に
提供:Saathi
ここまで読んで頂いて、延々と生理用品の話が続くことに抵抗を覚えただろうか。抵抗を覚える人は既に読むのをやめている気もするが、実はクリスティンが投資家や協業候補者にピッチをしたときに直面したのも、この「生理について話す」ことへの抵抗感だった。環境に配慮し、かつインドの女性の生活を向上させる、革新的な製品であるにも関わらず、何人かの投資家からの反応は、当惑した表情を浮かべながら「よく分からないから家に帰って妻に聞いてみるよ」というものだったという。
クリスティンが感じたのは、そこに存在する何層ものバイアスだった。この記事で触れたように、決定権を持つベンチャーキャピタリストの実に90%以上が男性である。彼らにとっては、女性の健康というのは未知な世界であり、従って提示された製品やサービスを評価することができない。更に月経はタブーなものという認識も色濃く残っており、ポジティブな印象を残せない。それに加えてクリスティンは、アジア系の女性である。VCの投資額の97%が白人男性起業家に投資されている中で、悪気のないバイアスを突破していくのは難しかった。
女性の視点に寄り添った意思決定ができているのか
それでは女性投資家が増えたり、ジェンダーレンズ投資が注目を集めることで現状への打開策になると思うか?と勢い込んで聞いてみたところ、クリスティンからの答えは予想よりも複雑なものだった。
「女性投資家が増えること自体は良いこと。ただ起業家として彼女たちと話をする中で気づいたのは、女性投資家の中にも無意識のバイアスが残っていることがあるということ。
既存の男性的な考え方に合わせてキャリアを築いてきているので、女性であっても無意識に男性的な見方や立場を取っているケースがある。この場合、表面的に女性投資家が増えても、結局男性的な無意識のバイアスが掛かった意思決定がされるのであまり意味がないように思う」
またジェンダーレンズ投資を含むインパクト投資についても、金銭的リターン以外のインパクトを評価するコンセプトは素晴らしいものとしたうえで、こんな指摘があった。
「インパクト投資家は、彼らが求めている投資基準を明かさない傾向がある。何十枚、何百枚もの資料を提出させられ、沢山の質問を受けた上で結局1ドルのチェックも書いてくれない経験をして分かったのは、投資家の中には実際に投資する準備が出来ておらず、デューデリジェンスをすることが目的になっている人もいること。
人的資源が限られている起業家にとっては、膨大な時間を費やしたデューデリジェンス対応を経て結局投資を受けられないとなると、ただ時間の無駄だったということになってしまう。従って、投資家の意思決定までのプロセスをもっと透明化させていくことが必要と感じている」
ジェンダーレンズ投資の評価方法が曖昧なのも問題なのでは?
Saathiのウェブサイト。インド市場を意識したデザインだ。
https://saathipads.com/より
こうした経験も踏まえて、現時点のSaathiの運営資本は、半分がDilutive(希釈的、投資家から株式の対価として資金を受け取る調達方法)で、半分がNon-Dilutive(非希釈的、株式を発行しないため既存株主の持ち株比率を希釈しない)で成り立っている。Non-Dilutiveの中身は、助成金やスタートアップコンペで得た補助金などだ。
クリスティンは、資本の種類や比率にこだわりはなく、「サステナブルな製品を供給し、環境に配慮しながら女性の生活を向上させる」という長期的目標に本当の意味で同調し、一緒に歩いてくれる資金の出し手を選んでいきたいと話してくれた。
なお、2015年の創業時に18%だったインドにおける生理用品の普及率は現在36%にまで上がっており、清潔な生理用品の使用を啓蒙していくことで、Saathi以外のプレイヤーも増えているという。クリスティンは自分たちの信念を曲げずにインパクトを与える範囲を拡げていく方法を、今後も模索していくつもりだ。
今回Saathi及びクリスティンを紹介することでハイライトしたかったのは、ジェンダーレンズ投資が、必ずしも即バラ色の問題解決手法にはならないということだ。女性投資家が非常に少なく、結果として女性起業家への投資が少ないことは、ジェンダー不平等を加速していると言われ、解決すべき問題ではある。その意味では、ジェンダーレンズ投資が有効な手段の一つであることは間違いない。
ただ、金銭的なリターンよりも分かりにくい「インパクト」の評価方法が曖昧なことで、起業家に負担をかけていることもある。また表面上は、ジェンダーレンズ投資やインパクト投資の旗を掲げていても実質が伴っていない投資家もいるようだ。日本でもインパクト投資がバズワード化しつつあり、その中でジェンダーレンズ投資への注目度も上がっているが、投資家側としては起業家から選んでもらうためにインパクト評価のプロセスを明確にし、短縮していくことが求められるだろう。
取材協力:Zebras & Company
MASHING UPより転載(2021年11月9日公開)
(文・小口絢子)
小口絢子:総合商社にて鉄鋼ビジネスに従事。東京本社、ベトナムの鉄板加工工場での勤務等を経て、現在ハーバードビジネススクール在学中。米国のジェンダーギャップ解消に向けた取組みをリサーチしながら、日本に持ち帰れること、課題に対する自分の関わり方について日々考えを巡らせている。