仕事の合間に卓球でいい汗かいていたのも、今は昔だ(コロラド州ボルダーのグーグルオフィスにて)。
Marty Caivano/Digital First Media/Boulder Daily Camera via Getty Images
グレート・ギャツビーに象徴されるような1920年代の晩餐会やパーティーと同じように、シリコンバレーの贅沢な福利厚生の黄金時代も終わりを迎えている。
たった2年前には大学のキャンパスのように活気があったサンフランシスコの中心街も、今やゴーストタウンのようだ。
かつてテック企業の社員たちは会社でランドリーサービスを利用できたが、今は近所のコインランドリーで我慢しなければならない。リンクトイン(LinkedIn)の食堂で同僚とポーチドエッグを食べたら、そのあとドロップボックス(DropBox)の食堂にハシゴしてセビーチェをつまんでいた生活は過去のものとなり、いまや間に合わせのスタンディングデスクで友人お手製の天然酵母パンを頬張る日々だ。
多くのテック企業が売りにしていた福利厚生はコロナ禍で消えてしまった。リモートで仕事をするようになって2年が経とうとする今、この傾向がなくなる兆しもない。以前のような待遇がなくなったことで、テック企業の社員たちは自分の仕事に対する満足度をどう測るのか、また転職希望者も仕事に何を求めるのかについて、考えが変わってきている。
転職希望者の優先順位に変化
ここ数年、転職希望者の間ではカフェテリアやペットホテルなどの贅沢な福利厚生が人気だったかもしれない。しかし今は、転職先を決めるのもそんなに単純ではなくなった。
2021年にアナリストのポジションで転職活動をしたジョージ・ボリチェンコ(George Volichenko)によれば、コロナ禍以前にはよく話に出ていた福利厚生について、リクルーターはあまりアピールしてこなかったという。
小規模なスタートアップとメタ(旧フェイスブック)のような大企業両方で勤務経験のあるデータサイエンティストのメアリー・ケイト・サプリット(Mary Kate Supplitt)も、働きたい職場を考えるにあたって、こうした待遇は以前と同じようには提供されなくなったため、「あまり重視しなかった」という。
この変化は、今まで福利厚生面を武器にしてこなかった規模の小さい、またそこまでお金をかけようとしない企業にとっては有利に働く。
「仕事の意義、魅力的な同僚、クリエイティブな環境、かっこいいブランド、といったことを社員にアピールしてきましたが、こうした部分はコロナで変わるわけではないので当社にとってはラッキーです」と言うのは、占星術アプリCo-Starの採用担当をしているブリット・ペルツ(Brit Peltz)だ。
コロナ禍により、テック業界の転職希望者は優先事項の再考を余儀なくされた。アマゾンでアナリストをしていたキャンベル・クイーン(Campbell Queen)は2021年に転職活動をした際、自分の全体的な満足度を最優先したという。3年前に新卒で就職活動をした際には、アマゾンは有名企業で給与も高く、安定・安全な仕事だと感じた。
しかしコロナ禍が続く中で、共感できる使命を持ち「もっと生活の質が高い土地柄に住める」求人を探し始めた。つまり福利厚生の内容は条件にすら入れていなかったわけだ。最終的に、クイーンは企業のカーボン・フットプリント削減を支援するウォーターシェッド(Watershed)に転職した。
満足度の指標を再考する社員たち
贅沢な福利厚生がなくなったことで、自分はまたオフィス勤務に戻りたいのか、いつか戻る必要があるのかと再考している社員たちがいる。
「オフィスや会社の敷地内にいる時間を増やすことで、公私をはっきり分けない」というのがこうした福利厚生の目的でもあった、とグーグルとフェイスブックで勤務経験のあるエンジニア、ハンター・ラーコ(Hunter Larco)は言う。3度の食事もジムも親睦の場も社内にあれば、社員は自然と職場の外よりもオフィスで時間を過ごすようになる。
「そんな生活には興味がなかった」と言うラーコは、フェイスブックが完全リモート勤務の実証プログラムを始めた際に応募した。今は社内で仕事に合わせて生活するのではなく、「生活に合わせて仕事をスケジューリングできる」ようになったという。アップルでエンジニアをしているルーク・ソロモン(Luke Solomon)も、「今の時代、一番の福利厚生は在宅勤務の選択肢があること」と同意する。
また社員の中には、無料の食事やランドリーサービスよりも、もっと物価が安い地域に住ませてほしいと感じ始めている社員もいる。コロナ禍でテック企業が一時的にリモートワークを認めたのを機に、多くの社員が生活費の安い地域に移住した。そこから戻りたがらない人も多い。
「贅沢な福利厚生よりも、リモート勤務ができてもっと物価の安い場所に住めることの方が魅力的だと思う人は多いでしょうね」と言う前出のボリチェンコは、現在はカーム(Calm)でアナリスト職に就いており、より物価の安い場所へ移ろうと友人が多く住むベイエリアに別れを告げた。
食事よりメンタルヘルス
社内で得られるサービスがなくなった代わりに、オフィス用品や健康関連など、生活の質を高めるための手当を出す福利厚生を導入した企業もある。
「当社はコロナ禍でも福利厚生がうまく機能していました」と話すのは、トゥイッチ(Twitch)のソフトウェア・エンジニアであるウィル・ゴーウェル(Will Gowell)だ。
トゥイッチは在宅勤務のための備品購入費の補助に加えて、社員に対しメンタルヘルス関連の手当を支給した。社員はオフィス内と同じ仕様の電動スタンディングデスクや人間工学に基づいたオフィスチェア、モニターを購入した。
「福利厚生で一番重要なのは、会社が社員のことをどれだけ気にかけているかを示すこと」だとゴーウェルは言う。
これにとどまらず、トゥイッチやエアービーアンドビー(Airbnb)は全社一斉の夏季休暇やNOミーティングデーを設定した。全社休日は本当にリラックスできる、とゴーウェルは言う。
「今日は会社で何も起こってない、と思えるのがいいんでしょうね。リリースがあるから障害が発生するかもとか、自分は出ていない会議が開催されているとか、自分のチームは今何をしてるんだろうとか、考えなくて済みますから」
こういったメンタルヘルスの向上につながる制度や休暇が導入されたのは、社員が燃え尽きてしまったり仕事に振り回されていると感じたりしないように、と会社が気にかけていることの表れだとゴーウェルは感じている。
また、リモート勤務でもチーム内の仲間意識を高められるよう工夫している企業もある。インタークエスト・グループ(InterQuest Group)の技術職採用担当であるダニエル・ロドリゲス(Daniel Rodriguez)は、2020年上期に実施した「リモート・ハッピー・アワー」が、その後四半期ごとに実施しているリモート候補者とのオフ会につながったという。
ハイキングやサイクリングなどの社外アクティビティを通じて、職場以外の場所で交流できるリアルな集まりを開く企業も出てきている。元グーグルのエンジニアであるラーコにとって、同僚と職場以外で関わるこんな体験が「対面でもリモートでも同僚と一体感を持てるようになるとても効果的なしくみ」になっているという。
シリコンバレーの従来の贅沢な福利厚生が提供されなくなって、1年以上が経つ。社員たちは、そういうものはない方が実はいいのかもしれないと思い始めている。今の会社で働き続けたいと多くの社員に思ってもらえるかどうかは、このリモート時代に見合った福利厚生をどれだけ提供できるかにかかっていると言えそうだ。
※この記事は2022年1月13日初出です。