Space Xは2021年9月に民間人の宇宙旅行を成功させた。
REUTERS/Joe Skipper
次の時代を切り開くミレニアル世代を表彰するアワード「Beyond Millennials(ビヨンド・ミレニアルズ)」が1月24日、開催される。「サーキュラーエコノミー」「ダイバーシティ&インクルージョン」「ローカル」「テクノロジー×ビジネス」そして「Z世代」の挑戦者たちに、その思いを聞く。 第2回は、宇宙でのエンタメビジネスを展開しようと「Space Entertainment」を立ち上げた、榊原華帆さん。
2021年は、宇宙旅行が現実味を帯びてきた1年だった。
SpaceXは9月、4人の民間人を3日間の宇宙旅行に送り出した。12月には、ZOZO創業者・前澤友作氏が国際宇宙ステーション(ISS)に滞在したことも記憶に新しい。
「宇宙に行く人はこれからどんどん増えて行くはずですが、今宇宙でやれることと言えば、無重力を楽しむかISSに滞在することくらいでしょう。遊べるエンターテイメントはまだありません」
こう語るのは、Space Entertainmentの榊原華帆代表(24)。
Space Entertainmentは「宇宙を遊び場にすること」を目指し、宇宙に新しいエンタメを生み出そうと2021年2月に設立されたばかりのベンチャー。最終目標として掲げているのは「月面テーマパークの建設」という壮大な野望だ。
宇宙産業が世界的に盛り上がり、衛星通信や衛星データを活用したビジネスが加速しているいま、なぜエンタメで宇宙産業に挑もうとしているのか。
「花火大会に嫉妬する」ほどエンタメ好き
取材に応じる、榊原さん。
撮影:井上榛香
「人をワクワクさせられる宇宙が羨ましくて、嫉妬します。花火大会やディズニーランドもそうです。みんなが喜んでいる姿を見ると、私もこれを超えるワクワクを届けたいなと思っていました」
榊原さんが「エンターテイメントを作りたい」という夢を持ったのは、エンターテイメントの力に救われた原体験があるからだ。何か辛いことがあって気分が落ち込んだとしても、音楽を聴けば「明日も頑張ろう」と、立ち直れた。
「エンターテイメントの何だかよく分からない力にすごく魅了されていて、私も同じように悲しんでいる人たちに、『明日も頑張りたいな』と少しでも思ってもらえるようなものを作りたいんです」
あえて宇宙をフィールドに選んだのは、幼い頃から大好きだったからこそ。起業を考えたとき、自然と宇宙とエンターテイメントをかけ合わせようと考えたという。
榊原さんが起業に向けて加速し始めたのは、2020年8月。「人工流れ星」の開発を目指すスタートアップ・ALEの岡島礼奈代表の講演を聞いたときだった。
「『それって私がやりたかったことじゃん!』と岡島さんから刺激を受けて、火が着きました。それからはエンターテイメントと宇宙のことしか考えられず、仕事があまり手に付かなくなってしまったんです」
大学卒業後にまずはビジネスのいろはを学ぼうと三菱商事に入社していた榊原さんだが、岡島さんの講演後、2020年の年末には退職を決断。2カ月後の2021年2月には、Space Entertainmentの設立に至った。
新卒で入社した会社を2年で辞めて起業することは迷いもあった。
しかし、
「でもエンタメと宇宙が好きだという気持ちが勝ったというだけの話です」
と榊原さんは言う。
退職を決めてから1年経過した今、後悔はない。
「(今思えば)むしろなんでもっと早くしなかったんだろうと思います」
現在は個人投資家からプレシードラウンドで資金調達(調達額は非公開)し、事業開発を進めている段階だ。
宇宙エンタメ実現に向けた3つのステップ
Space Entertainmentの目下の事業となるアート衛星のイメージ。アーティストの世界観に合わせて、衛星の形状や色、機能をデザインして制作する。
提供:Yasuo Nomura
宇宙業界に目を向けると、日本においても宇宙飛行士を2020年代後半に月面着陸させる計画を政府が発表するなど、月面開発への機運が高まっている。
とはいえ、榊原さんが思い描く「月面にテーマパーク」を建設することは現状では難しい。そこでSpace Entertainmentは、短期的な目標から長期的な目標まで、次の3段階で事業を進めていく計画を描いている。
事業計画の3ステップ
- Now:アーティストと「アート衛星」を制作し、宇宙に打ち上げる
- Soon:宇宙ステーションで楽しむエンターテイメントを提供する
- Future:月面にテーマパークを作る
宇宙エンターテイメント事業の足掛かりとして、いま取り組んでいるのは「アート衛星」の制作だ。アーティストと共に、衛星の色や形状、機能をプロデュースし、宇宙に打ち上げることで完成する「インスタレーション作品」を制作しようとしている。
並行して、中期的な目標として、宇宙ステーションに滞在する旅行客が楽しめるエンターテイメントの提供に向けた検討も進めている。
ジェフ・ベゾス氏が率いるBlue Originをはじめとする複数のベンチャー企業が、旅行者が滞在できる商用宇宙ステーションの運用を2020年代後半に開始する構想を2021年に発表した。NASAがISSの退役を見据えて支援していることもあり、今後数年で企業による宇宙ステーション建設への動きが進むと見られている。
こういった事業を進めながら、長期的には月面テーマパークのオープンを目指すというわけだ。
月面には、2040年代に1000人が定住すると想定されている。本格的な月面開発が始まるのは、少なくとも20年以上先になると見られるが、榊原さんは「今の宇宙開発のスピードなら実現できる」と意気込む。
アーティストの世界観を表現する「アート衛星」
Studio Yasuo NOMURA YouTube チャンネルより
当面の事業となる「アート衛星」では、Space Entertainmentが博物館や美術館でいう「キュレーター」的な役割を担い、世界観が一致したアーティストと宇宙をフィールドにインスタレーション作品としての「アート衛星」を展開していく方針だ。すでにニューヨーク在住の現代アーティストYasuo Nomuraとのコラボレーションが決まっており、2022年にも最初のアート衛星プロジェクトが始動する(ただし、打ち上げ時期は明示していない)。
「インスタレーション」とは、作品周辺の「空間」もアートの一部として表現する手法の一つ。
アート衛星を打ち上げた後に地上から肉眼で観察することは難しいが、榊原さんは
「アート衛星は90分に1回地球を周回しています。地球のどこにいても空を見上げれば、作品を感じてもらえます」
と、宇宙という広大な空間を舞台に、多くの人が空を見上げることで共有できるアート体験があっても良いのではないかと考えている。
榊原さんによれば、アート衛星の制作から打ち上げにかかる一連の費用は、一機あたり約10億円。
「アート衛星は購入者や資金を負担するスポンサーが決まってから打ち上げます。(Space Entertainment社が)手弁当で衛星を打ち上げて、データやソリューションを売るというわけではないので、事業はすぐに成立しますし、資金面のリスクはありません」
宇宙ベンチャーの多くは、衛星の開発や製造、打上げに多額の費用を投入しなければならない。一方、アート衛星事業では、衛星の開発を基本的にはパートナー企業に依頼するため、開発部隊や工場設備を自社で抱えずに済む。
このビジネスモデルは、衛星を製造する技術を持った企業や、打ち上げを担う事業者が増えてきた今だからこそできると榊原さんは話す。
アートの中心地ニューヨークに拠点を設立へ
夜空に思いを馳せるように、世界規模で共有できるアートがあってもいいのかもしれない。
Andrey Prokhorov/Shutterstock.com
榊原さんは、
「アーティストが実現したい世界観をプロデューサーとして、アート衛星で表現させられるかどうかが課題です。サステナブルにワクワクを届けていくためには、クオリティを担保しつつ、事業を成立させる必要があります」
と、この先の事業を進める上での課題を話す。
世界のアート産業の市場規模は約7兆円。そのうちの日本が占める割合は、わずか3.2%。一緒に作品を作り上げるアーティストやアート衛星の顧客、スポンサーは日本に限らず、グローバルに探していかなければならない。
アート市場の45%を占めるのはアメリカ。なかでも、多くのアーティストが活動の拠点としているのはニューヨークだ。Space Entertainmentには、アーティストとのコラボレーションを総合プロデュースする責任者として、ニューヨーク在住のアートディレクターが加入しており、ニューヨークに活動拠点を設立する準備を進めている。
創業した2021年は、事業計画を徹底的に磨いてきた。2022年、アート衛星プロジェクトを皮切りに、本格的に事業がスタートする。
(文・井上榛香)
※Space Entertainmentの榊原華帆さんは、社会課題解決に取り組むミレニアル・Z世代を表彰するアワード&トークイベント「BEYOND MILLENNIALS 2022」(1月24〜28日オンライン開催)にノミネートされています。1月24日(月)には、ノミネートされたファイナリスト20人の中から、選ばれた5人の受賞者が登壇するピッチセッションを開催します。詳しくはこちらから。