今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
長引くコロナ禍。今年はどのような一年になるのでしょうか? 経済崩壊、地政学リスク、大転職……入山先生が2022年の4つの展望を解説します。
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コロナショックの次は、経済ショックに地政学ショック?
こんにちは、入山章栄です。
早いものでこの連載も第90回。100回も目前に迫ってきました。引き続きご愛読のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
BIJ編集部・小倉
入山先生、1月も半ばになりましたが、2022年はどのような年になりそうでしょうか?
そうですね。僕の予想というか展望は、次の4点です。
(1)アメリカのバブルがはじけるかもしれない
(2)中国・ロシアの地政学的リスクが高まる
(3)日本初のコンテンツが花開く
(4) 大転職時代の到来
「(3)日本初のコンテンツが花開く」というのは、前回(第89回)でお話ししたことですね。
(1)の「アメリカのバブルがはじけるかもしれない」というのは僕ではなく、先日、某YouTube番組でお会いした森永卓郎さんがおっしゃっていたことです。
ロバート・シラーという経済学者がつくった、「シラーPER」という経済指標があります。これは企業のPER(株価収益率:株価が一株当たり利益の何倍になっているかを表す指標)を改良して、その国の企業全体で足し上げたものだと思ってください。
一般に企業のPERはだいたい10前後。20になるとすごくいい会社とされています。逆に言うと、経済全体でシラーPERが20までいくと「その国ではどの会社もすごくいい会社」ということになる。でも現実にはそれはあり得ないですよね。ですからシラーPERが20を超え出すと景気は過熱気味、ということになる。
しかしいまアメリカ全体のシラーPERは、実は39もあるのです。アメリカのすべての会社の業績がそんなに極端にいいわけがない。ということは景気がかなり過熱気味で、いつバブルがはじけてもおかしくない状態だということです。
2022年は、アメリカはテーパリングという量的金融緩和政策を少しずつ進めることで、景気を落ち着かせようとしている。しかしそのブレーキの踏み方を一歩間違えると、ドスンと落ちることもあり得る、これが森永さんの意見です。
では日本はどうかというと、日本もリスクがあります。
その番組には経済評論家の山崎元さんもいらしたのですが、山崎さんによると2023年の年頭には、日銀総裁の黒田さんが任期切れで退任する可能性が高い。
黒田さんは元首相の安倍さんが連れてきて、「黒田バズーカ」と呼ばれる大胆な金融緩和政策を実行した人です。ただ山崎さんいわく、現首相の岸田さんは安倍さんとあまり仲がよくない。だから岸田さんは、「黒田さんタイプではない人」を日銀総裁に据える可能性がある。
ということは日銀の内部から抜擢することになり、内部の人ということは、前の日銀総裁の白川さんのような緊縮派かもしれない。だとすると、金融緩和が縮小する可能性があり、そのブレーキのかけ方を間違えると景気が冷え込むのではないかという意見でした。
僕はマクロ経済の専門家ではないので、いろいろと断言するつもりはありません。でも、少なくともいま世界的にマネーが余っているのは間違いないですよね。だからこの調整局面のリスクを考えるべきという意味では、お二方に同意です。そのため「予想」というわけではないですが、景気の動きは注視した方がいいと思います。
2つめは地政学的リスクです。現代の民主主義国家にとっての二大脅威は中国とロシアです。ご存知のように中国は2020年ごろから、アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)を追放したり、電子ゲームを「精神のアヘン」と形容して禁止したりと、かなり強権的な政策をとっています。
「中国共産党の幹部から性的関係を強要された」とSNSで告発した女子テニス選手が消息不明になったことも、記憶に新しい。さらに台湾への侵攻を想定した軍事練習をしたり、明らかに不穏なシグナルを送っています。
それでもまだ自制が効いているのは、今年2月に冬季オリンピックを控えていることが大きいはずです。逆に言えばオリンピックが終われば、中国はさらに強気に出る可能性があるのではないか。
またロシアでもプーチン大統領が、現在の任期を終えたあとも83歳まで大統領を務められるよう、大統領選挙法を改正しました。プーチン大統領は現在69歳ですから、これから引退を考えなければいけないはずですが、後任の候補がいないと言われています。
ご存知のようにロシアはウクライナに軍事侵攻するのではないかといわれていますから、暴発の火種があるわけですね。そういう意味で地政学のリスクはやはり考えないといけないですよね。
大転職時代の幕開けか
さて、地政学リスクなど恐い話をしましたが、一方でこれらをうまく避けることができれば、2022年は非常に面白い年になるとも僕は思っています。
それが(4)の大転職時代の到来です。2022年は多くの人が転職するようになり、いよいよ「終身雇用崩壊元年」になるのではないでしょうか。
Business Insider Japan編集部の常盤亜由子さんに伺いますが、いまアメリカでは多くの人が会社を辞めているんですよね?
BIJ編集部・常盤
はい。アメリカではコロナ禍をきっかけに自発的に会社を辞める人が増えていて、「The Great Resignation(大退職時代)」と言われています。
退職後はフリーランスになったり起業したりする人もいますが、空前の売り手市場なので、より自由な働き方を許容してくれる組織に移ったり、充電期間をとる人も多いようです。これと同じことが日本でも起こるのですか?
はい、その可能性はおおいにあると思います。というのも、みなさんコロナの自粛期間を経験して、家でもそれなりに働けることが分かった。しかも毎日自宅でパソコンに向かうだけなので、会社へのエンゲージメントが確実に落ちていますよね。
そうなると仮にオミクロン株を乗り越えてコロナが収束したとしても、リモートワークは継続するはずです。というか、ここでリモートワークを廃止して、再び満員電車で週5回出勤させるような会社からは、社員が逃げ出していくでしょう。
社員から見れば、在宅でも仕事ができると分かった以上、「なんで毎朝、満員電車で通勤しなきゃいけないんだ。それならこんな会社、辞めたい」と思うのは当然のことです。ということは、転職先に困らない優秀な人から辞めていく。
そういうわけで、多くの方の転職意識が高まることになるはずです。
その予兆は、すでにいろいろなところに表れています。例えば「アナザーワークス」という副業マッチングのサービスが盛況ですし、僕が教えている早稲田大学ビジネススクールには、定員の何倍もの入学希望者が殺到している。
つまり多くの方が、「今の会社で働き続けるとは限らない」と思い始めているので、副業をしてみたり、ビジネススクールに行って知識を身につけたり、人脈をつくったりしている。水面下で潜在的な転職準備を始めているのです。
BIJ編集部・常盤
ちょうど1年前もコロナでしたけど、いよいよ機が熟したということでしょうか。
そう思います。加えて言えば、これからは大企業よりもベンチャーのほうが給料が高くなっていきます。なぜなら資金調達が容易になってきているから。数年前までのベンチャーは資金調達の初期段階である「シリーズA」で1億円調達したら「すごい」と言われていました。でも今はシリーズAでも、2ケタ億円を調達できるようになってきました。
だから実績の乏しいベンチャーでも、十分な給料が払える時代になってきたのです。大企業より給料が高く、裁量を持っていろいろなことができるなら、大企業よりもベンチャーで働きたい人は増えるはずです。
これから大企業から優秀な人材がどんどん流出していけば、日本型の雇用流動化ビッグバンが始まるかもしれません。すると、イノベーションが活性化される可能性もある。そういう元年になったら面白いですよね。
BIJ編集部・小倉
そういう意味では、今年はおおいに希望の持てる年になりそうです。入山先生、ありがとうございました。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。