世界中で物価上昇が深刻な問題となるなか、日本でもその影響を実感する人の割合が増えている。
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日本銀行が1月11日に公表した『生活意識に関するアンケート調査』(2021年12月)によると、1年前と比較して物価が「上がった」と回答した人の割合は77.4%で、2015年12月の同調査(78.8%)以来、6年ぶりの高い水準となった。
前回調査(2021年9月)結果は61.5%で、大幅な上昇となった【図表1】。
【図表1】『生活意識に関するアンケート調査』(2021年12月)より、設問「物価は1年前と比べてどう変わりましたか?」の回答結果の推移。「上がった」は、「かなり上がった」「少し上がった」の合計。
出所:日本銀行資料より筆者作成
原油をはじめとする資源価格の上昇を背景に、ガソリン価格や食料品価格などが上昇した影響が大きいことは言うまでもない。
同じように高い水準となった2015年12月の調査時は、2014年の消費増税に加え、アベノミクス下でピークをつけた(=2015年6月の125.86円が最高値)円安の影響があった。
現在は当時ほど(名目ベースの)円安が進んでいるわけではないが、輸入財の価格が(海外経済の物価水準に応じて)高くなっているため、日常生活に影響が及びやすい状況だ。
今回の調査結果では、「1年前に比べ現在の物価は何%程度変化したと思うか」との設問について、回答の平均値がプラス6.3%となり、2009年3月の同調査(プラス6.4%)以来の高い水準を記録したことも目を引く。国民が物価上昇を実感し始めているのは間違いない。
アンケート調査について、より総合的な生活実感を示す「現在の暮らし向き」の項目をみると、1年前に比べて「ゆとりが出てきた」と答えた割合から「ゆとりがなくなってきた」と答えた割合を引いた指標(「暮らし向きD.I.」と呼ばれる)はマイナス34.2と、前回調査(2021年9月)から4.7ポイント悪化した。
これは消費増税直後の調査(2014年6月、同年3月比6.3ポイントの悪化)以来の大きな悪化幅だ【図表2】。
【図表2】『生活意識に関するアンケート調査』(2021年12月)より、設問「暮らし向きは?」の回答結果の推移。「ゆとりが出てきた」と答えた割合から「ゆとりがなくなってきた」の割合を引いたもの。
出所:日本銀行資料より筆者作成
直近では、大手製紙メーカーがティッシュペーパーなど家庭紙について3月22日出荷分から15%以上値上げするとの報道もあり、物価上昇圧力は身近な財・サービスに及びつつある。それを暮らし向きへの悪影響と感じる人が増えているのは間違いないところだ。
なお、今回の調査にはオミクロン株感染拡大の影響が織り込まれていない。暮らし向きに対する感覚は次回調査(2022年3月)時にさらに悪化すると予想される。
国民の不満を政府は放置できないから…
このように物価上昇や暮らし向きへの不安が明らかに増すことで、2021年から取り沙汰される「悪い円安」(=日本の政治経済への不信感から円売りが進み、経済的にも悪影響を引き起こす円安を指す)への対応は一段と難しくなる。
理論的には「円安に良いも悪いもない」という主張は正論で、良かろうと悪かろうと市場価格として受け入れる以外にあり得ないのは事実だ。
とは言え、政治が国民の不満を放置したままにするのは難しい。円安に対する世論のアレルギー反応が目立つようになれば、政府と与党には(たとえポーズにすぎなくても)何らかの対応が求められる。
岸田政権は2021年10月の発足以来、金融政策にほとんど関心を寄せていないが、「物価上昇が国民の生活意識を悪化させており、円安がその一端を担っている」との認識が広がれば、政府・日銀とも何らかの手を打たざるを得なくなる。
いまはまだそこまでの状況に至っていないものの、そのような状況に向けて変化が進んでいることは知っておきたい。
もとより安倍元首相と岸田首相の間に政治的な距離があると言われていることを踏まえると、アベノミクスのもとで続いた金融緩和に巻き戻しの動きが起きるとの見方は合点がいくところだ。
今回の日銀調査で示されたような非常に分かりやすい不安(いずれ不満に変わる)に対し、岸田政権が早めに何らかの施策を打つ可能性は十分考えられる。
なぜ円安になったのか、正面から事実と向き合うべき
ただ、何らかの手を打つと言っても、世界金融危機(2008年)のあとに進んだ円高を止められなかったのと同じように、日銀の政策運営だけでいまの円安を止めることはできない(日銀だから止められないのではなく、変動為替相場制度とはそういうものだ)。
多少なりとも流れを変えたいとなると、なぜ円安になっているのか要因を検討し、そこにアプローチする必要がある。
アメリカを筆頭に日本以外の先進国が(コロナ危機対応からの)正常化プロセスを模索していることが足もとの円安の第一の理由ではあるものの、それだけでなく、日本側にも要因があると筆者は考えている。
2021年に日本円が全面安となり、日経平均株価が相対的に劣後したことは、金融市場において「日本回避」が進んだ結果とも言える。
下の【図表3】をみると分かるように、2021年は実質GDP成長率と名目実効為替レート(=「通貨の総合力」を示す指標で、貿易量や物価水準を加味して算出される)の仕上がりがおおむね一致していた。こうしたシンプルな相関関係がきれいにみてとれるのは珍しい。
【図表3】主要7カ国(G7)の名目実効相場と実質GDP成長率(2021年)。2021年12月31日時点の数値。
出所:Macrobond資料より筆者作成
「高いワクチン接種率を背景に社会活動の正常化を進める→GDP成長率が高まる→金融政策が正常化される→その国の通貨が買われる」というのが2021年の先進国における一般的な図式で、その流れに乗れず、いつまでも新規感染者数と行動制限に拘泥し続けた(そしていまもその状況が続いている)日本経済が資産運用先として選ばれにくかった、という説明は妥当のように思える。
そうした事実を正面から認識することなしには、政府が日銀に通貨防衛的な政策運営を求めたところで、対症療法で終わってしまうだろう。
岸田政権は「コロナ対策>経済正常化」を所信表明演説(2021年12月6日)でうたっており、状況は大きく変わらないと思われる。それがダメ押しとなって、日本経済が資産運用先として選ばれにくい状況も続くに違いない。
円安に伴う物価高が国民生活への不安を高めているのだとしたら、まずは闇雲(やみくも)な行動制限を通じて経済成長を抑圧する政策運営の転換を図ることが先決に思う。
2021年に経験した日本経済の悲惨な状況をくり返さないために、2022年は成長率の押し上げが志向されるべきだ。そしてそのための取り組みこそが、最大の円安抑止策にもなり得るのではないか。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文:唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。