新宿駅などにあるショッピングモール・ルミネ。退職人材のマッチング制度を始めた狙いとは?
撮影:横山耕太郎
人材の出入りが激しいファッション小売り業界で、大手ショッピングモール・ルミネ新たな取り組みが注目されている。
ルミネでは2021年12月から、育児や介護などさまざまな理由でルミネを退職してしまった元スタッフに、スポットで仕事を紹介するジョブマッチング制度「ルミナーズ」の本格運用を開始。現在、“ルミネ退職者”を対象にした説明会などで参加者を募集しており、12月は22件のジョブマッチングが成立した。
「ルミネでは1年で30%のショップスタッフが入れ替わります。一度は離職したスタッフに、また働いてもらえないかと考えた制度です」(ルミネ担当者)
ジョブマッチング制度・ルミナーズは、ルミネ内のアパレルショップなどで勤務経験のある人材に登録してもらい、ルミネ内のショップがイベントなど臨時で人出が必要なときに、単日・短時間で仕事を発注できる仕組みになっている。
ルミネのショップにとっては、接客経験のある人材を活用でき、また働く側にとっては、育児や副業などとの両立が可能になるという。
コロナ前までは慢性的に人材不足だったショッピングモールなどの販売業や接客業。一方で販売・接客の担当者は、若年の女性が多い傾向があり、出産や育児などで離職すると復職が難しいという課題もあった。
ルミネが新たに始めた「退職人材」のマッチングは、果たして人手不足の解決や柔軟なキャリア形成の一助となるのか?
長年の店長経験も、出産を機に退職
かつてルミネ内の店舗で店長を任されていたラローサ千穂さん。出産を機にアパレル店を退職した。
撮影:横山耕太郎
「私のように出産を経て退職した人にとって、再就職は簡単ではありません。さまざまな理由から、もう一度仕事に就くことに踏み切れない方も多いと思います。キャリアがあっても、それを捨ててしまう人があまりにも多すぎると感じています」
約20年間、ルミネ内のアパレルショップで勤務経験のあるラローサ千穂さん(43)はそう話す。
ラローサさんは「ルミネエスト新宿」でアパレルブランドの店長を長年勤め、全国のルミネのスタッフが争う接客ロールプレイングコンテストでは、上位十数名のみが認定される「ルミネストゴールド」を受賞した先客のプロ人材でもある。
2015年にイタリア人男性と結婚し、2016年には第1子を出産。しかし、子どもの保育園が決まらなかったことから、やむなく退職を決めたという。
「第一線で販売を続けたかったのですが、『終日勤務OK、土日勤務OKで長期休暇は不可』という条件は難しかった。私のように年齢の壁、子どものこともあり、アパレル業を一度離れてしまう人も何人も見てきました」
2018年からはアパレルを離れ、ラグジュアリーブランドに就職。派遣社員として週に5日、時短勤務を続けている。
「子育てしながら接客スキル生かしたい」
ルミナーズのチラシでは「ルミネ・ニュウマンでの勤務を終了されるスタッフのみなさま」と呼び掛けている。
撮影:横山耕太郎
そんなラローサさんが、ルミネで再び働くきっかけになったのが、退職者を対象にしたジョブマッチング制度「ルミナーズ」だった。
ラローサさんはルミナーズを利用し、2019年の「ニュウマン新宿」で開かれた各ブランドが出品するクリスマスイベントや、新宿駅東口で野菜やくだものを扱うマルシェなどのイベントで、販売員として売り場に立った。また「ニュウマン横浜」内の雑貨ショップには、販売スタッフの教育の一環として、接客スキルを見せてもらうために現場に立ったこともあった。
「私のように『別の会社で働きながら』とか『子育てをしながら』、これまでのスキルを活かして単発で働きたいと思う人は多い。
特にアパレル販売は、現場に立ち続けることで技を磨き、時代についていける世界。その意味でも、ルミネでいまも働き続けられることは刺激になっています」
ルミネ大宮での勤務経験のある黒鳥さんは、「またアパレル業界で働きたい。そのためにもルミナーズを活用したい」と話す。
撮影:横山耕太郎
ルミナーズを利用する「退職人材」の中には、コロナ禍の影響で職を失い、再びアパレル業界を目指す人もいる。
黒鳥泰弘さん(37)は、「ルミネ大宮」のアパレル店で約3年間、販売職を経験。30歳の頃、知人が経営する飲食店に転職したが、コロナの影響で勤務先が廃業したこともあり、現在、派遣社員として別業界で働きながら、ルミナーズを利用してルミネでの仕事も受注している。
「一度アパレル業界を辞めてしまうと、復職する男性はほとんどいません。そんな中で、ルミナーズでまたアパレルと関われることは貴重な機会。ルミナーズで働くことで、次のキャリアにつなげられればと思っています」(黒鳥さん)
ショップが抱える慢性的な人手不足
ルミネが退職者を対象にしたジョブマッチング制度を始めた背景には、離職率の高さがある。
「ルミネでは顧客満足度を高めるために、ショップで働く全スタッフに1日かけて入店前の研修を実施しています。せっかく研修を受け、店頭でスキルを積んでもらっても、貴重な人材が離職してしまうことが課題でした」
ルミナーズ制度を発案した、ルミネ営業本部の大出友美氏はそう話す。
ルミナーズを始めたルミネの大出友美氏。「ショップのオーナーらも人材不足を課題に感じていた」と話す。
撮影:横山耕太郎
ルミネは13施設、ルミネが運営するニュウマンが2施設ある。また海外ではシンガポールとジャカルタにも展開している。
ルミネの社員数は712人だが(2021年4月現在)、ルミネに出店するショップのスタッフは計約3万4000人に上る。そして、その約3割が他店への異動も含めて1年で入れ替わっているという。
「大学生のアルバイトもそうですが、スキルアップのための勉強や、出産・育児、介護などで離職するスタッフが多いです」(大出氏)
大出さんが、ルミナーズの制度を着想したのは2018年頃だった。ショップオーナーから「求人への応募はあるものの、フルタイムで働ける人からの応募が少ない。人材の不足は深刻だ」という声を聞いたことがきっかけだったという。
「スキルを持った退職者と、即戦力を求めるショップをつなげることで、退職者にとっても自由な働き方が選択できるのではないかと考えました」(大出氏)
ルミナーズは2020年春からの本格運用を目指していたが、直前に新型コロナが日本を直撃。ルミネも2020年4~5月は休業し、その後も営業時間の短縮や休業が断続的に続いた。中にはスタッフの雇止めに踏み切るショップもあったという。ルミナーズの正式開始が2021年4月にずれ込んだ背景には、そうした経緯がある。
「まずは眠っているスキルをいかしたい」
ルミナーズという制度が「慢性的な人手不足の解消」につながるかどうかは、離職者の登録者をどこまで増やせるかにかかっている。
また根本的な課題である「高い離職率」を解消するためには、短期間のジョブマッチングに留まらず、そもそも販売・接客業で、長く働き続けられる環境整備を進める必要もあるだろう。
ルミナーズを運営する前出の大出氏は、今後の目標についてこう話す。
「まずは眠っているスキルを生かす場を作りたい。マッチング数を増やすことはもちろんですが、今後はルミナーズで働いてもらった退職者の方の実績を、目に見える形で示す仕組みを導入するなどして制度を盛り上げていきたい」
(文・横山耕太郎)