「次の100年」をどう創る? パナソニックが実践する、未来起点のデザイン手法とは

浅野さんと辻村さん

モノを作れば売れた時代が終わり、日本経済を牽引してきたメーカーは新しい道を模索しなければならなくなった。そのような状況下で、パナソニックはトランジションデザイン(Transition Design)やイマーシブリサーチ(Immersive Research)といった新たな手法を用いた未来構想を試みている。

プロジェクトをリードするパナソニックくらし事業本部 デザイン本部の浅野花歩氏と、それをサポートするインフォバーンのデザイン部門 、IDL[INFOBAHN DESIGN LAB. ](以下、IDL)をリードする辻村和正氏に未来起点で事業を生み出すヒントを聞いた。

合理性だけでは、未来を築くことはできない

浅野氏は、未来におけるパナソニックの世界観を提示するためのデザインプロジェクトを牽引。くらし事業本部内のFLUX(フラックス)というチームで、パナソニックが企業として伝えたい想いとよりよい未来をかけ合わせる方法を探っている。

「これまでの商品開発では、ユーザーをペルソナというある種の型に当てはめてそのニーズに合致するものを大量に生産してきました。

それによって日本経済は成長曲線を描くことができましたが、これからの道は異なります。資源に限界が見え、地球温暖化をはじめとするさまざまな社会課題も浮上しています。

さらには人々の暮らしや生活に対する価値観も、地方移住を検討する人が増えたり、DIYや農作業など自分の手で作ることに価値を見出す人がいたりと多様化しています。

そこで私たちは、『今』の視点かつ製品ありきで物事を考えるのではなく、『未来』を起点にして生活者を考える手法に切り替えていくことにしたんです」(浅野氏)

浅野さん1

パナソニック くらし事業本部 FLUX Insight Lead 浅野花歩氏。多摩美術大学卒業後、千葉工業大学工学研究科修了、修士(工学)。2014年にパナソニック入社し、ポータブルTVなどAV商品のUI/UXデザイナーを担当。現在はデザインリサーチを起点にビジョン開発をリード、コミュニケーションロボットのアートディレクションも行う。

「未来起点で考えるために、これまで行っていた他者に問いかける定性・定量調査を辞めました。もちろんお客様の声をもとに製品を改善していくことは大切なのですが、それだけでは予測不可能な未来に向けたアイデアは出てきづらい。

未来を考えるには、何よりもまず開発者自らの強い意思や開発にいきつくまでのナラティブ(物語)を構築することが重要なんです。また、人の暮らしに寄り添った製品開発はパナソニックの大切なミッションの一つ。そこで『イマーシブリサーチ』を行いつつ、それとは全く異なるアプローチの『トランジションデザイン』という思考方法を取り入れてみることにしました」(浅野氏)

この新たな思考方法のサポートをしたのがIDLの辻村氏だ。IDLはこれまでもFLUXやパナソニック内の事業部との協業を数多く行ってきた。その中でも、製品・サービスのデザインやビジョンデザインを目的としたデザインリサーチでは、プロジェクトに即したアプローチによる指針策定とプロトタイピングを通じた指針の具体化に取り組んできた。

「もう、従来の手法では商品の差別化は難しくなっています。作れば売れる時代はとうに過ぎ去り、利便性や効率性の追求さえすれば、生活者に喜ばれる時代でもなくなりました

さらに気候変動による環境配慮への熱が高まっていたところにコロナ禍があり、生活者の価値観が大きく変わろうとしている今、これまでと異なる手法で物事を考える必要性が高まっています」(辻村氏)

江戸時代まで遡る。解決のヒントは歴史の中にある?

辻村さん1

インフォバーン執行役員、 IDL部門長の辻村和正氏。南カリフォルニア建築大学(SCI_Arc)大学院修了、建築学修士。国内外の建築デザインオフィス、デジタルプロダクションを経て2014年にインフォバーン入社。デザインリサーチを起点としたプロダクト・サービスデザインをリード。主な受賞歴に、文化庁メディア芸術祭、ニューヨーク フィルム フェスティバルなど。東京大学大学院にてHCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)、建築、デザインリサーチを横断した学際的研究にも取り組む。

辻村氏が導入を提案したトランジションデザインは、端的に言うと、社会全体が持続可能な望ましい未来に向かうために必要なシステムレベルの変化をデザインする手法だ。そのリサーチの範囲は時空間ともに広く、多元的であり、長期的な展望を必要とするため、学際的な視点が必要だ。

「トランジションデザインのプロセスは、大きく4つのステップから構成されます。まず、現在抱える『厄介な問題』の可視化(①)。そして、その起源を探索するために、過去に発生した価値観や社会システムのドラスティックな変化を読み解いていきます(②)。その上で、望ましい未来を描き(③)、最後にその未来を実現するための具体策を設計します(④)。

通常、企業では過去5年〜10年ほどの傾向をみて次の一手を考えることが多いのですが、トランジションデザインではもっと遥か昔、例えば江戸時代の暮らしの中にヒントを見出すこともあります。

現代社会は常に新しい課題が生まれているように感じますが、歴史を紐解いてみると過去にも時代の変化の中で困難に直面し、それを克服してきた先人がいたと思います。望ましい未来を考える際に、過去や先人から学べる叡智を未来へと転用していけるはずです」(辻村氏)

江戸

Shutterstock / LingPorntip

一例を上げると、江戸時代の暮らしは循環型社会であったと評されることがある。市中で出た排出物は農村に運ばれ、そこで堆肥となって新たな食物生産に役立てられ、金銭的な価値を生んだ。排出物に値がつけられその高下が競われたのだ。

過去の暮らしやシステムをそのまま現代に移行することは容易ではない。しかし現代では想定することが困難な事象に対して、社会歴史的な因果関係の理解まで踏み込むことで未来社会を想像できる。これがトランジションデザインの考え方だ。

「さらにトランジションデザインは、環境問題のように要因がいくつも絡み合った複雑な問題に対して用いることで効果を発揮します。あちらの論理を通せばこちらに不都合が生じるといった状態のときに、問題の因子を包括的かつフラットな状態で捉え直し、その諸相を明らかにして解決策の糸口を見出していきます」(辻村氏)

さらにトランジションデザインは、経済合理性への一種の批評的態度でもあるのだと言う。

「FLUXのプロジェクトは企業活動の一環であるため、もちろん何かしらの成果が求められます。しかしそのゴールが『今、稼げればいい』という考えに吸収されるようなものであれば望ましい未来の提供はできません。過去から未来へとより長いスパンで物事を捉え、持続可能な根源的な価値の循環と更新を行っていくことが大切です」(辻村氏)

「自分でやってみなければ、気がつかなかった」

コンポスト

Shutterstock / Jerome.Romme

トランジションデザインに並ぶもう一つの手法として採用しているイマーシブリサーチは、リサーチャーが自ら対象となる事象を経験することで課題やメリットを炙り出す手法。イマーシブとは、直訳すると「没入型」という意味だ。

「研究対象をよく観察することで実態を調べる方法を、社会学では『エスノグラフィ』と呼びます。イマーシブリサーチはいわばオートエスノグラフィと呼べるようなリサーチ方法で、リサーチャー自らがその世界に飛び込んで客観的に観察し、その結果を記録することで実態を探ります」(浅野氏)

実際に浅野氏は、エシカルな暮らしの現実と課題を調べるために、生ゴミから堆肥をつくるコンポストを自宅に置き、排出するゴミの種類を丹念に調べた。

浅野さん2

「ゴミの中には想像以上にペットボトルが多いと気づいたので、それを減らすきっかけになりました。

コンポストは面白かったですね。だんだん堆肥に愛着が湧いてきて、胞子や微生物を発見するとうれしくなったり、良い土にするために食べ物を選ぶようになったりと自分でも思いがけない行動の変化がありました。

一方で、都心のマンションに住んでいるとベランダも小さいので、せっかくの堆肥をほとんど生かせないんです。一部では堆肥を回収してくれる地域もあるようなのですが、私の住んでいる地区は活用する先がない。まだ見えていない部分もあるとは思いますが、エシカルな生活の実態と課題が実体験から浮かび上がりました」(浅野氏)

浅野氏がコンポストを設置してから3カ月程度。これからも「継続することで見えてくる課題があるはず」と長期的に実践していく予定だ。

「イマーシブリサーチを一定期間行うことで、短期間の経験で得られることとは異なる側面が見えてくると思います。

例えば、あらゆるジャンルで自動化が進められている現代において、技術の発展は人間の能力を奪うとも言われています。直ぐに楽にできるといった時間軸の短い成果指標で測られる経験とは違い、手間隙かけてわざわざやってみたくなるようなことは、長期的な経験によって深層的な欲求を満たすことにつながるのではないでしょうか。

便利な生活は快適ですが、これからもそのような価値観が続くとは限りません。『不便益』という概念が表すように、不便であることに価値がおかれるシチュエーションも出てきています。

こうした背景からも、人が人らしく生きられるよう、意思決定の選択に余白を持たせ、感情を豊かにする仕組みを実装することもパナソニックがデザインする家電の必要要素になっていくかもしれませんね」(辻村氏)

デザイナーは、よりよい未来をつくるファシリテーター

デザイナー

Shutterstock / imtmphoto

「これまでパナソニックは人の暮らしに寄り添った製品開発をしてきましたが、気がつけば人間のエゴを助長し、考える力や生み出す能力を奪うものになっていました。地球全体でさまざまな課題が勃発している今こそ、私たちは変わらなければなりません。

大量生産により数多の人々の暮らしを豊かにしてきた創業者・松下幸之助の『水道哲学』も、現代においてはその意味を再解釈する必要があるでしょう。未来はきっと歴史と当事者が持つ課題をかけあわせることで見えてくるのだと思います」(浅野氏)

とはいえ、パナソニックの現在の事業と未来の構想の間にはまだまだ大きなギャップがある。使う言語や思考、開発プロセスが異なる中で、そのギャップをどのように埋めていくのか、試行錯誤の毎日だと言う。

「これまで社内のデザイナーは製品の形作りが主な仕事でしたが、今後は『よりよい未来をつくるファシリテーター』としての役割が求められていくでしょう。単なる物づくりではなく、思考のためのデザインを提供する役割へと存在意義がシフトしているんです。

自らの体験で生じる感情や原動力を知るイマーシブリサーチと、文化・倫理観・人間性を引き出すトランジションデザインが組み合わさることで、大量消費や利便性の追求だけではない人間らしい暮らしの発想を支えていきたいですね」(浅野氏)

辻村さん2

「IDLとしては、思考を広げる手法と道具の提供を続けていきます。デザインリサーチという仕事やデザインリサーチャーという職種はまだまだ知られていませんが、これからの世の中、これまで以上に複雑な状況の中から糸口を見つけ出し、未来への道筋を立てていくことが求められていくはずです。

リサーチからワークショップのファシリテーション、プロトタイピングを通した未来像の可視化や物質化まで広く深くお手伝いしていきたいと思っています」(辻村氏)

地球の資源は有限だが、人間のアイデアの数には限りがない。未来をどう思考するかで、その可能性は無限に広がっていくだろう。パナソニックとIDLが生み出す新しい価値の創造に注目だ。


IDLよりイベント開催のお知らせ
本記事で対談したパナソニックくらし事業本部デザイン本部FLUXとIDLのイベントを開催します。
・イベントタイトル:「望ましい未来」のためのデザイン:歴史から長期的な変化を捉えるトランジションデザイン考
・日時:2022年2月21日(月)18:00〜20:30
詳細、申込み方法はこちらを覧ください。

IDL[INFOBAHN DESIGN LAB. ]について、詳しくはこちら

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