撮影:今村拓馬
みなさんこんにちは。2022年がスタートしましたね。
年初の連載として、今回はぜひ皆さんと一緒に「SDCs」について考えていきたいと思っています。
SDCsとは「Sustainable Development Careers」、つまり、持続的なキャリア開発を意味する言葉です。昨今よく耳にするSDGs(Sustainable Development Goals:持続的な開発目標)に着想を得て、私が発案しました。
では、なぜSDCsという言葉をつくったのか。キャリア論の研究者という立場から日本の労働環境やそこにある課題に日々接するなかで、キャリアに関してはとかく「問題」ばかり語られることに強い違和感を感じていたからです。例えば——
- 「労働人口の減少と高齢化によって、日本企業の生産性や競争力は低下している」
- 「長年働くミドルシニア社員は、組織のブレーキになっている」
- 「若手社員が思うようにキャリア形成できずに、すぐに辞めていく」
もちろん、こうした問題を認識することは大切です。ですが時代はもう2022年。今年こそはできないことを問題視し嘆くだけでなく、どうすれば問題を解決できるかに力点を置きたいものです。
そのためには、同じ方向を向いて取り組むことのできる目標が欠かせません。SDCsは、キャリアに関する諸問題を解決するために考え、具体的なアクションを積み重ねていく集合的なムーブメントの動力源になるものです。
今年こそ意識したいSDCsの重大テーマとは?
では、もう少し具体的に見ていきましょう。
SDCsを考える上では、組織の課題と個人の課題は便宜的に分けておきます。その理由は、キャリア開発に関して2つのアプローチがあるからです。一つは、組織からのアプローチ。持続的なキャリア開発を促す新人材戦略や人事制度設計など、経営層や人事統括者(CHO/CHRO)と検討を進めています。
そしてもう一つは、個人からのアプローチ。個人からのアプローチは、私たち一人ひとりの毎日の取り組みです。プロティアンという考え方は、問題に対して自ら主体的に解決策を導き出していく働き方であり生き様です。
本稿では、私たち一人ひとりが今日からできることとして、個人で取り組むべき課題にフォーカスすることにします。
2022年、個人で取り組むべきSDCs主要テーマは「人的資本の最大化」です。
「人的資本の最大化」とは、働くことを通じて、自らの可能性を最大限に発揮しているプロセスを意味します。ここでのポイントは、性別・年齢・職種・職位を問わず誰もが、いつからでも取り組むことができるという点です。
例えば、先に触れたキャリアに関するこの問題を考えてみましょう。
「労働人口の減少と高齢化によって、日本企業の生産性や競争力は低下している」
この問題は、私たちが何もしなければ、解決されない深刻なテーマです。個人という視点で捉えると、「労働人口の減少や高齢化」についての特効薬はありません。
少子化が進む一方、大学進学率は年々上がり続けていますから(2021年度の大学進学率は54.4%と過去最高を記録)、16歳や18歳から働くことを勧めて労働人口を補填していくことは現実的ではありません。
となると、働いている人たちにできるだけ長く働いてもらうことになります。実際、2021年4月から施行された高年齢者雇用安定法の改正により、より多くの企業が70歳までの労働者に就業機会を確保するよう求められるようになりました。おそらく今後、この年齢上限は73歳、75歳……と延長されていくことになるでしょう。
労働人口の「高齢化」は避けられない。となれば、私たちは次のように認識を改めなければいけません。
日本企業の生産性や競争力が低下しているは、労働人口が減少し、高齢化しているからではない。私たち一人ひとりの生産性が向上していないことが問題なのだ、と。
ではその問題を解消する手立ては? その処方箋こそが「人的資本の最大化」なのです。
「人的資本最大化」を実現する5つのマインドセット
個人として「人的資本の最大化」に取り組む際、ぜひ心がけていただきたいマインドセットが5つあります。順に見ていくことにしましょう。
1. キャリア形成とは過去の実績ではなく、未来の創造である
私たちの仕事は、やってきたことをベースにアサインされる傾向にあります。実績があるから大きな失敗にはつながりにくい。だから依頼する側も実績を重視するし、私たち自身もこれまでやってきたことの蓄積がすなわち自分自身のキャリアだと考えがちです。
しかし、いまは変化の時代です。社会で求められていること自体が急激なスピードで変化していくのですから、過去の実績だけを武器にしていたのでは対応しきれないことも当然出てきます。
ですから、自分の知識やスキルは常にアップデートしておくようにしましょう。
最近では「リスキリング」という言葉をよく耳にしますが、私はリスキリングより「アップスキリング」という考え方を大切にしています。古くなった知識や経験を再習得するのではなく、ビジネスパーソンとして日頃からスキルをアップデートしておくことが大切だからです。
今であれば、「メタバースの世界が今後本格的に広がっていくと、どんな仕事が新しく生まれるだろう」などと考えをめぐらせ、先を見越して主体的に準備を進めておくのもいいですね。また、自ら学び続けたり、組織の外へ一歩を踏み出す越境経験も、アップスキリングの機会になります。
2. キャリアブレーキを特定し、キャリアアクセルを踏む
あなたの可能性が十分に発揮され切っていないとしたら、そのブレーキになっているのは何でしょうか?
まず、ブレーキになっている要因として思いつくものを書き出してみましょう。私は2週間に一度、15分を必ず確保して、「キャリアコンディショニングチェック」(キャリアのメンテナンス作業)を行っています。
思うように仕事に向き合えているか、時間を浪費していないか、そもそも仕事をこなすだけになっていないか……などと自分に問いかけ、キャリアブレーキ要因を書き出していきます。目の前の業務をこなすだけでなく、その先を見据えて仕事に取り組むためです。
こうしてブレーキ要因を取り除き、コンディションを整えておくと、キャリア形成のアクセルを踏むことができるようになります。
アクセルをどのくらい踏むかはその時の状況次第ですが、限界ギリギリのハイアクセルを踏んでいるようではバーンアウト(燃え尽き症候群)してしまうので、仕事とプライベートとのバランスも念頭に置きながら、自分自身で持続可能と思えるキャリア形成を意識してください。
3. 可処分時間の創出を心がける
「人的資本の最大化」を実現するためには、タイムマネジメントも欠かせません。業務が忙しすぎる状態が続いているのであれば、何らかの手を打つ必要があります。時間は有限ですから、使い方が生命線です。
幸い、コロナ禍によってハイブリッド・ワークが主流になってきましたから、無駄な移動を極力減らし、「オンライン」と「オフライン」を効果的に使い分けるだけでも可処分時間を増やす余地はあります。
新たに生まれた可処分時間の上手な使い方については、この連載の第18回で詳しく紹介していますのでぜひそちらも参考にしてください。
4. テクノロジーを最大限に活用し、時間内アウトプットを高める
テクノロジーは、私たちの可能性を伸ばしてくれます。オンライン会議が可能になったことで、いちいち出張しなくても物理的に離れた人と会議ができるようになりました。メールを何往復もやりとりしなくても、今ならクラウドツールによって複数人でファイルを共有したり同時編集したりできます。
このようにテクノロジーを活用することで、生産性はかなり高めることができます。今までと同じ時間内で、より多くのアウトプット、より質の高いアウトプットを意識してください。
ちなみに、私の最新作『プロティアン教育』は、原稿の執筆・編集から組版、校正、デザインの発注と微調整まで、すべての作業をオンラインだけでこなしました。会議室での編集会議は一切なし。それでも本一冊つくれてしまうのですから、テクノロジーの力を使わない手はありませんね。
5. 「OR思考」ではなく「AND思考」で取り組む
これまでのキャリア形成といえば、「会計士になるか、商社に行くか」「転職するか、この会社に残るか」というように、A or Bという「選択」で捉えられてきました。
しかしこれからのキャリア形成は、「選択」ではなく「蓄積」で捉えていくようにしましょう。「OR思考」の発想を変えて、複数の業務を掛け持ちする「AND思考」でキャリアを捉えるのです。
社内兼業や社外副業などの機会にも積極的に手を挙げていきたいですね。興味を持ったこと、目の前にチャンスが転がってきたものにも職種や組織の境界を越えてチャレンジすることで、あなたの人的資本が高まっていきます(この考え方は、以前この連載でも取り上げた「キャリア資本」の考え方にも通じます。ぜひ連載第4回も参考にしてください)。
以上のように、最新テクノロジーを駆使して時間内アウトプットの質と量を高めながら、複数のワークをAND思考でパラレルに進めていく——そんな働き方によって、あなたの中にある可能性を最大限に開花させることを意識してみてください。
「できない」を嘆くのでなく、「できる」を増やし続けていく。SDCsとして個人で取り組むべき「人的資本の最大化」とは結局のところ、この「できる」を増やしていくプロセスの延長線上にあるものなのです。
それでは、また次回。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。