脱炭素よりも面子を重視する英ジョンソン政権の実態…なぜイギリスの排出権取引価格は高いのか

COP26の前哨戦となったG20に集まる各国首脳

COP26の前哨戦となったG20に集まる各国首脳。右端に英ボリス・ジョンソン首相の姿が見える。

Antonio Masiello / Stringer / Getty Images

イギリスは2020年1月末に欧州連合(EU)から離脱、同年12月末にはいわゆる移行期間が終了した。

それに伴いイギリスは、EUの排出権取引制度であるEU ETSからも離脱、新たに独自の排出権取引制度「UK ETS」を設置し、2021年5月から本格的に稼働させた。そのUK ETSの相場が、たもとを分けたEU ETSよりも高値傾向で推移している(図1)。

【図1】イギリスとEUの排出権価格の推移

【図1】イギリスとEUの排出権価格の推移。ポンドとユーロの為替レートは日々の終値を利用した。

出所:ICE Futures Europeなどから筆者作成

ロンドンのICE Futures EuropeでUK ETSに基づき取引されるイギリスの排出権価格は、足元で排出量1トン当たり70ポンド程度。1ユーロが0.85ポンド前後であるから、だいたい84ユーロといったところだ。一方で、EU ETSに基づくEUの排出権価格は82ユーロ程度。その差はおおむね2ユーロだが、12月には10ユーロ以上だった。

当初、EU ETSとUK ETSの価格は近接しており、脱炭素化の流れの中で相場は堅調に上昇していた。ところが9月に入ると、UK ETSで取引権の相場が文字通り急騰する事態となった。ジョンソン政権が石炭火力発電の廃止を決めたことや比較的クリーンな天然ガスの価格が急騰したことなどを受け、イギリスの企業が排出権の購入に殺到したためだ。

2021年10月末からのグラスゴーでのCOP26(気候変動枠組条約第26回締約国会議)を控え、議長国として脱炭素化の議論を主導したいという思惑があり、それに連なる形でUK ETSの相場も上昇したのだ。

イギリスの排出権取引価格はEUよりも高い状態が続く

ロンドン証券取引所

REUTERS/Toby Melville

12月16日、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行(BOE)が予想外の利上げに踏み切り、ユーロに対してイギリスの通貨ポンドは2%ほど上昇した。このことが、イギリスとEUの排出権価格の差を縮める方向に働いた。今後もポンド高ユーロ安が続けば、イギリスとEUの排出権価格の差は縮小するか、場合によっては逆転することもありそうだ。

とはいえ、問題はそれほど単純ではない。

実際にコストを負担するイギリス企業の立場からすれば、UK ETSで排出権を取引するよりもEU ETSに留まっていた方が良かった。何故なら、EU27カ国の企業が参加するEU ETSの方が、排出権の取引相手が多いからだ。単純に、イギリスとEU27カ国の経済規模は5倍違うため、市場も5倍の差となる。

市場が大きければ、当然だが取引量が多くなり、その分だけ流動性も高くなる。急騰もしにくい分だけ、急落もしにくいわけだ。かつて2000年代、米国の石油指標であるWTI(ウェスト・テキサス・インターミディエイト)の先物相場が急騰・急落した局面があったが、これは市場が小さく、マネーの流出入の影響を受けやすかったためだ。

UK ETSは市場が小さい分、市場が大きいEU ETSよりも高値が続き、負担が重くなるという危機感がイギリスの企業にはある。UK ETSが稼働する直前の2021年4月、経済団体である英産業連盟(CBI)はジョンソン政権に対して、UK ETSとEU ETSの両者を「可能な限り実用的(as soon as practicable)」にリンクさせるように呼びかけを行った。

2021年11月のCBI(英産業連盟)年次会議で発言する英ボリス・ジョンソン首相。

2021年11月のCBI(英産業連盟)年次会議で発言する英ボリス・ジョンソン首相。

Owen Humphreys/Pool via REUTERS

スイスはイギリスに先行し、2021年初にEUとの間で排出権取引をリンクさせ、EU側で余っている排出枠を利用出来るようになった。UK ETSはEU ETSを模倣した制度であるため、スイス以上にリンクの調整がつきやすいはずだ。イギリスの企業はUK ETSをEU ETSに早くリンクさせ、割安なEU側の排出枠を購入したいというわけだ。

EUの軍門に下るわけにはいかないジョンソン首相

にもかかわらず、ジョンソン政権は独自のUK ETSの運営にこだわり、EU ETSと取引を接合させようとしない。

なぜジョンソン政権はUK ETSにこだわり続けるのか。

ジョンソン首相は明言しないが、その理由は真に自身のメンツにあるのだろう。脱炭素化の議論をリードしたかったジョンソン政権としては、そう易々とEUの軍門に下るわけにはいかない。

実際、ジョンソン首相のCOP26への意気込みは並々ならぬものだった。イギリスの復活をアピールするかの如く、脱炭素化の議論をリードする自らの姿を内外に見せつけようとしていた。しかし結局のところ、COP26は米中を中心とする大国間の利害調整の場と化し、ホスト国であるイギリスの国際的な存在感が高まるどころか、埋没した感が否めない。

また脱炭素化を巡っては、首相と自らが党首を務める与党・保守党との間で温度差が広まった。保守党も表向きは環境政策の必要性について理解を示しているが、一方で古参の有力政治家を中心に、過剰な環境規制については慎重な立場をとる向きが強い。そうした保守党の重鎮とジョンソン首相の関係は、COP26が近づくにつれてねじれていった。

排出権取引を効率化させ、企業の脱炭素化を促す観点からすれば、UK ETSはEU ETSと接合されるべきだ。しかしそれは、EUから離脱した手前、容易に取れない選択肢でもある。他方で、そもそも保守党はジョンソン首相が描く「強い」脱炭素化路線については否定的である。むしろ積極的なのは最大野党の労働党だという、皮肉な事実がある。

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