REUTERS/Mike Segar
2022年1月下旬、アップルが初めてアプリストア「App Store」への他の決済サービス事業者の参入を容認した。この変更は今のところ、アップルのモバイルプラットフォームの一部での適用にとどまっているが、今後多くの企業がそこから利益を得る可能性があるため、大きな影響が予想される。
アップルは1月15日、オランダ当局の命令に従ってマッチングアプリでの決済をサードパーティーに開放すると明らかにした。同社は開発者向けウェブサイトで、「オランダのApp Store上のマッチングアプリに限り、2つの権利を新たにオプションとして導入する。ユーザーはこれによってアップル以外の決済サービスも選択できるようになる」との内容を掲載した。
1つの国での一部のアプリに適用されたにすぎないが、App Storeでの決済をサードパーティーに開放したというのは、App Storeにとって非常に大きな進化だ。アップルはこの問題であちこちと戦っているが、今後オランダ以外の国でも認めざるを得なくなりそうだ。
韓国の政府機関である放送通信委員会(KCC)も2021年12月、アップルとグーグルに対し、すべてのアプリでサードパーティー決済を認めるよう指示し、アップルは韓国の通信大手「聯合ニュース」に、韓国の法律を尊重すると伝えた。
アップルは声明の中で、「韓国のユーザーに有益となる解決策について、KCCや開発者コミュニティと協力して取り組んでいきたい」と述べている。
アップルとグーグルは、他の決済サービスで処理されるアプリ内取引に対しても引き続き手数料を請求するとしているが、それでも開発者や決済事業者、業界アナリストは、この変化を活用する新たな方法を予測・計画している。
数百万ドルのコスト削減につながるアプリ開発者も
マッチングアプリの最大の開発元の1つであるマッチグループ(Match Group)はオランダの決定を賞賛し、より公平なアプリのエコシステムを構築するための「思い切った行動」についてオランダの規制当局に感謝する一方、他の規制当局に対しても同様の法律を実施するよう求めた。
マッチグループは声明で「世界中が批判的な目を向けているにもかかわらず、アップルは支配的な立場にあぐらをかいており、アプリ開発者や起業家、そして(最も重要なことに)消費者に対しても損害を与える不公平な方針を押し付けている」と明記した。
アプリ情報分析会社のセンサータワー(SensorTower)の推計によると、2021年の1年間で消費者は、アプリ関連の課金に1330億ドル(約15兆円)以上を費やしたという。開発者がアップルやグーグルに代わる、より低価格の決済サービスを自由に利用できるようになれば、何百万ドルというコスト削減につながり、利益率の向上や消費者にとっての節約、またはその両方につながる可能性がある。
カナダの投資銀行、RBCキャピタルマーケッツ(RBC Capital Markets)の2021年9月の試算によれば、今回のアップルの、App Store上の決済方法の変更が2022年に全世界で実施された場合、マッチグループは年間2億1500万ドル(約245億円)のコストを削減できることになるだろうという。同じくマッチングアプリを提供するバンブル(Bumble)も、年間で最大5500万ドル(約62億円)を節約できるだろうと同行は試算している。
米投資調査大手のエバーコアISI(Evercore ISI)のアナリスト、シュウェタ・カジュリア(Shweta Khajuria)によると、バンブルやティンダー(Tinder)のようなマッチングアプリは、アップル以外の決済オプションを使った場合にアプリのサブスクリプション料金を引き下げることで、消費者がサードパーティーの決済オプションを利用するよう促すことになる可能性があるという。
「さらに多くの国で別の決済方法が認められるようになれば、全世界で認められるようにとの大きな圧力がアップルとグーグルにかかることになります」とカジュリアは指摘する。
恩恵を受けるのは誰?
この変更で恩恵を受けることになる企業は、ストライプ(Stripe)やペイパル(PayPal)、ブレインツリー(Braintree)などの大手決済企業だと、調査会社エベレストグループ(Everest Group)のパートナー、ロナーク・ドシ(Ronak Doshi)は述べている。
同氏はまた、エピックゲームズ(Epic Games)とアップルが2021年に訴訟を起こしている最中にアプリ内決済システムを発表したスタートアップ企業、パドル(Paddle)についても強調して取り上げている。
この裁判で判事はアップルに対し、アプリ開発者がユーザーを別の決済方法に誘導することを認めなければならないとの判決を下したが、アップルは控訴した。
パドルはこのサービスをアップルのモバイルOS「iOS」向けに設計しており、アップルの決済システムと直接競合するものとして売り込んでいる。パドルは10ドル未満の課金に対して10%の手数料を課す予定であり、10ドル以上の課金では、5%プラス50セントとする。これと比較すると、15〜30%(開発者の収益規模により料率が異なる)というアップルの手数料は非常に高い。
「アップルがApp Storeでのアプリ内購入に関する変更を2021年12月8日に延期する決定を下したため、リリースを延期しました」とパドルは自社ウェブサイトで発表している。「アップルがサードパーティーのアプリ内決済について、何を許可して何を許可しないのかを明らかにした時点で、われわれはアップデートをリリースします」としている。
手数料を下げてでも死守したい決済情報
新たな決済競争の脅威を受けて、アップルとグーグルはアプリストアの手数料を引き下げるだろうとドシは話す。消費者の購買動向に関するデータは非常に貴重であるため、アップルとグーグルはおそらく、そうした情報を他社に渡すよりは、数パーセントの手数料を諦めてでも自社のアプリストア内での取引が続くようにすることを選ぶだろう、と彼は説明する。
アプリストアは、10年以上前に決済システムが銀行以外にも開放されたことで金融業界のルールが進化したのと同じ道筋をたどっているとドシは続け、こう締めくくる。
「私たち一人ひとりが市場における競争を改善し、必要不可欠なサービスにおいて消費者がより多くの選択肢を持ち、独占的な行為が許されないようにしているのです」
新たな市場で成功するための要素
ドシによると、この新たなマーケットで成功するためには、使い始めのハードルの低さ、不備のない操作説明書や利用規約、優れたカスタマーサポート、そして低価格で透明性の高い料金が重要だという。
アリゾナ州立大学でデジタル経済を専門とするバラク・オーバック法学教授は、新しい決済サービスが安全であることを消費者に納得させなければならないため、決済方法の変更は困難を伴うだろうと考えている。
同教授は、消費者は決済事業者に関して(合理的なものとは限らないが)偏見を持っていると指摘しつつ、自身はグーグルの決済システムをあまり利用しておらず、ショッピファイ(Shopify)、アマゾン、アップルの決済システムを好んで使っていることを認めた。
アリゾナ州立大学のリレーションシップ&テクノロジー研究所(Relationships and Technology Lab)のディレクター、リーゼル・シャラビ(Liesel Sharabi)は、App Store上の決済方法の変更がマッチングアプリ業界のイノベーションを促すと見ている。ティンダーのアプリ内で「コイン」と呼ばれて取引されている通貨が今後、可能性のあるモデルだとシャラビは見ている。
(翻訳:渡邉ユカリ、編集:常盤亜由子)