リモートワークが定着し、「出社前提」の福利厚生を見直す企業もある。
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「自宅の光熱費が高くなる」「同居家族への配慮が難しい」「周囲の雑音が仕事の邪魔になる」——。
NTTドコモモバイル社会研究所による調査によると、「リモートワークの懸念」トップ3はこれらの項目だった。また同じ調査によるとリモートワークでの要望として「光熱費・通信費の負担」や「業務に必要な機器・備品等の負担」を求める声も大きい。
リモートワークが定着したことで、出社を前提にした福利厚生の見直しが進んでいる。
企業の中には、社員一人あたり約10万円の“福利厚生費枠”を設けたIT企業がある一方、“福利厚生見直し需要”を見込み、リモートワークに特化した福利厚生請け負いサービスを運営するベンチャー企業も生まれている。
「社員の家にオフィスを作ってもらっている」
マップボックス・ジャパンCEOの高田徹氏。現在はシェアオフィス・WeWorkを借り、会社のオフィスにしている。
撮影:横山耕太郎
「オフィスの賃料や通勤費用も浮いており、その分を補助しないのはフェアじゃない。『社員の家を借りて、オフィスを作ってもらう』と考えれば、福利厚生を充実させるのは当然です」
地図情報サービスの開発プラットフォームを提供するマップボックス・ジャパンCEOの高田徹氏はそう話す。
マップボックスは2010年にアメリカで設立されると、新型コロナウイルスの流行が始まった直後の2020年3月にソフトバンクとの合弁会社として日本法人が誕生した。社員数は2022年1月現在、約30人。
オフィスはシェアオフィスの一室を借り、対面の必要があるミーティングなどをのぞき、社員は「原則リモートワーク」で働いている。
同社ではリモートワークの環境整備などに使える福利厚生費として、社員一人あたり月額約10万円程度の予算を設けている。
その福利厚生費の使い道は、家賃補助に充てるほか、会社が契約する家具のサブスクサービスや、英会話やプログラミングなどのスキルアップ、家事代行などのサービスなど多岐にわたる。使った分を申請する形で、現金での給付はしていない。
「日本の家はリモートワークに適していない場合も多い。一つの例ですがより広い家に住むための家賃や、近所のコワーキングスペースを借りたり、チェアやデスク、モニターを借りたりする社員もいます」(高田氏)
「現金でほしい」という声も…
リモートワークを補助する目的で、現金を給付する企業も少なくないが課題もある。
撮影:今村拓馬
ただ福利厚生の制度を作った当初は、「リモート手当を現金でほしい」という社員の声もあった。
コロナ直後から、IT企業などでは「リモートワーク手当」として月額数千円~数万円を支給するケースがみられたが、高田氏は「ベンチャー企業にとっては負担が大きい」と話す。
「現金支給は実質ベースアップ(給与アップ)。コロナの状況が見えない中で、リモート手当を続けると身動きがとりにくくなります。また現金だと、関係ない使われ方や貯金されるケースが出たり、所得として課税対象にもなったりするデメリットもある。
現状では月10万円の枠のうち、平均約7万円が使われており定着してきています」(高田氏)
そもそも福利厚生を充実させる理由はどこにあるのか?それは「採用に与えるインパクトが大きいから」だという。
「採用マーケットは厳しい状況が続いていますが、人材採用の場面で福利厚生は最後の一押しになります。また、働く社員にとっても『長く働ける会社』という安心感にもつながると思っています」(高田氏)
家具のサブスク、コロナ禍で3倍に増加
オフィス向け商品のサブスクサービスで知られるサブスクライフ。リモートに対応したプランの人気が高まっている。
出典:サブスクライフのリリース資料
リモートワークの福利厚生は、社員の不公平感を生みやすいという課題がある。
マップボックスのように申請ベースで対応しようにも、金額はいくらまでが妥当なのか…。またチェアやディスプレイなど「業務に必要な備品」を支給する場合、必要な備品が職種で違ったり、すでにその備品を持っていたりすることもある。
多様化するリモート環境整備のニーズに対応するため、注目を集めているのが「リモートワーク向けの福利厚生サービス」だ。
オフィス向けを中心とした月額制の家具サブスクリプションを展開するsubsclife(サブスクライフ)では、社員の自宅にレンタル家具を配送するサービスを提供。社員の自宅向けのサブスクサービスはコロナ前からあったが、2021年3月~12月の法人契約数と問い合わせ数は前年同期比3倍に増えている。
コロナの流行が始まってから約2年が経過しているが、いまだにリモートワークを想定した家具のサブスク需要があるのはなぜなのか?
「2020年は家にある家具で対応している人が多かったが、2021年以降は都心から郊外に引っ越したり、仕事部屋のある家に引っ越したりと、リモートワーク向けに住環境を変えた人も増えました。そこで新しい家具の需要が生まれていると感じています」(サブスクライフ広報担当者)
「リモートワークで必要なものは、100人いたら100通り」
リモートワーク専門の福利厚生サービスを展開するHQ社長の坂本祥二氏。
撮影:横山耕太郎
「リモートワーク専用の福利厚生請け負いサービス」を提供するベンチャー企業も誕生した。
2021年3月に起業したHQは、予算に応じてデスクやチェア、プリンターや観葉植物など約1000の商品の中から、社員一人ひとりに必要な商品をコンシェルジュが提案してくれるサービス「リモートHQ」を始めた。
高級チェアなども購入ではなく貸し出し方式のため、ディスプレイやデスクなど組み合わせ、必要な備品を一気にそろえることも可能だ。予算は企業によって異なるが、現在は社員一人当たり3000円~7000円での契約が多いという。
すでにクラウドファンディング大手・READYFORなどの企業との契約実績があるという。
「リモートワークで必要なものは100人いたら100通り。例えば、エンジニアなどイスに座る時間が長い職種には、腰が痛くならないイスや、マック向けのキーボードを。ウェブ会議が多い営業職の場合はノイズの少ないマイクを。同居人がいる場合にはパーテーションを設置など、部屋の写真を見ながら、アンケートを基にそれぞれにあった提案をしています」
HQ社長の坂本祥二氏はそう話す。
きっかけは「トップ営業がこたつで仕事」
HQのWebサイトを編集部キャプチャ
坂本氏は新卒で現在の三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。その後、障害者支援事業などを手がけるベンチャー企業・LITALICO(リタリコ)でCFOを務めた。
坂本氏が福利厚生の新サービスを始めた理由は、LITALICOでの経験が影響している。
「コロナの流行後にLITALICOもDXを迫られ、チャットツールやSaaSの導入のほか、社員のリモートワーク支援を続けてきました。
ただある時、売り上げトップの営業社員とオンライン会議をすると、そのトップ社員がこたつで仕事をしていたんです。絶句しましたが、そうは言っても家の中の環境はプライベートな領域。どうすれば社員それぞれが満足するリモートワーク支援ができるのか? 同じように福利厚生で悩む企業は多いと考えたのが起業のきっかけです」
リモートか出社か…「エンジニアはリモートを重視している」
ヤフーは飛行機での出勤を認める「どこでもオフィス」制度を発表。一方で楽天は、「週4日出社」体制だ。
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「コロナ禍で福利厚生をコストではなく、人材をつなぎとめるための投資と捉えるようになってきている」
坂本氏はそう強調する。
その理由は、「多くの働き手がリモートワークを望んでいる」からだ。
「AmazonやGoogleもリモートワークから出社にしようとしても、簡単には戻りませんでした。日本の大企業の動向を注視していますが、リモートワークに振り切る企業も出てきたことは、我々にとって追い風になっています」
国内ではNTTグループが2021年9月、グループ32万人について「リモートを基本をする」と発表。またヤフーは2022年4月から、全社員を対象に、全国どこからでもリモートワークができるようにし、飛行機での通勤を認める制度を発表して話題になった。
一方で、楽天グループは2021年11月から、東京本社などの従業員について「週3日」の出社から「週4日」に変更するなど、出社への回帰を進める企業も少ない。
リモートワークか、出社か。企業の対応は割れているが、坂本氏は「中長期的に考えると、リモートワークが当たり前の働き方になる」とみる。
「短期的にはリモートワークができない企業は、特にエンジニアの採用が難しくなると思います。またより中期的には出産や育児、不妊や病気の治療、介護などと仕事を両立させる支援をするのは企業の責任だと考えるように世論が変化してきています。リモートワークを対象にした福利厚生の重要性は、さらに増していくと思います」
(文・横山耕太郎)