avatarin CEOの深堀昂氏。
撮影:小林優多郎
次の時代を切り開くミレニアル世代を表彰するアワード「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ) 2022」が1月24日から5日間、開催される。「サーキュラーエコノミー」「ダイバーシティ&インクルージョン」「ローカル」「テクノロジー×ビジネス」そして「Z世代」の挑戦者たちに、その思いを聞く。
第5回は、自分の分身であるアバターロボット「newme」(ニューミー)を使って、観光地などへの「瞬間移動」を実現するavatarin(アバターイン)CEOの深堀昂氏。
新型コロナウイルスのパンデミックで注目を集めているavatarin。ANAグループ内で事業をスタートさせるきっかけは何だったのか。話を聞いた。
飛行機ユーザーは全世界人口の6%
世界の人々に夢と感動を届けるという経営理念に共感し、2008年にANAに入社した深堀氏。ただ、ANAに入社して気付いたのが、エアラインユーザーは世界の人口の6%しかいない、ということだったという。
「日常的に飛行機に乗っていらっしゃる方には当たり前の移動かもしれませんが、そもそも世界中の94%の方々が、生まれた場所や身体的制約などさまざまな条件で飛行機での移動が当たり前ではないというのは衝撃でした」(深堀氏)
それ以降、深堀氏はライフワークとして社会課題の解決について考えていった。物理的、身体的、あるいは国際情勢的に「行きたいところに行けない人々の移動」をどうするか。それがavatarinの源流だ。
そうした中で、2016年に米国ロサンゼルスの「XPRIZE財団」が実施した「10億人の生活を変えるテクノロジー」をコンセプトとした次期賞金レースのコンペに参加。それまでに温めていた“瞬間移動”のコンセプトで参加したところ、見事グランプリを受賞した。
2018年にはANA内で「アバタープロジェクト」が始動するとともに、将来に向けたアバターの社会インフラ化をビジョンで表す「ANA AVATAR VISION」を発表。これにより、ANA社内で本格的なアバタープロジェクト実現に向けた取り組みが始まった。
当初は“量子テレポーテーション”も考慮
2008年にANAに入社した深堀氏。飛行機に対する愛はインタビュー現場となったnewmeの練習場が空港を模しているところからも読み取れた。
撮影:小林優多郎
ANAの社内事業としてスタートしたアバタープロジェクト。深堀氏によると、まるでSFの世界だが構想段階では“本当の瞬間移動”も考えたそうだ。
実際に、“量子テレポーテーション”が世界で初めて成功したという話を聞き、実験を成功させた東京大学の古澤明教授のもとに足を運んだこともあったという。
以前より宇宙科学などに深く興味を持ち、少しでも可能性のある手段は検討材料から外したくない、という深堀氏らしいエピソードだ。
もちろん、ANA社内プロジェクトとして取り組んでいることもあり、実現性の乏しいプランは採用できるはずがない。そこで深堀氏は「移動って身体を動かさないとできないんだっけ」という根本的なところから考え直した。
avatarinが活用するロボット「newme」。“頭部”にあたるところには10.1インチのタッチパネルを搭載し、マイクやスピーカーも備える。
撮影:小林優多郎
そして行き着いたのが、遠隔操作のロボットを使い、世界中の行きたい場所に遠隔操作のロボットを設置して、そのロボットを利用することでその場に瞬間移動したかのような体験を楽しめる、というものだった。
その人の存在感を感じる上で、必ずしも肉体は必要ではないと深堀氏は説明していたが、アバタープロジェクトで実現された遠隔操作ロボットの「newme」は遠隔操作で自由に動くとともに、ディスプレイにはその人の顔が表示される。それによって、その人がその場にいる状態に近い感覚が得られる。
“飛行機の危機”はコロナだけではない
香川県・新屋島水族館でのnewmeの様子。
撮影:平澤寿康
avatainは、newmeを使った遠隔観光サービスを、香川県の新屋島水族館や沖縄県の美ら海水族館などで定期的に実施している。
サービスに参加した人からは
「(コロナ禍で)会えなかったマナティーに会えて嬉しかった」(新屋島水族館の参加者)
「美ら海水族館のジンベイザメが見られてすごかった」(美ら海水族館の参加者)
「普段のように、隣にお客様がいらっしゃるのと全く同じようにご案内できました」(新屋島水族館係員)
といった声が上がった。深堀氏は、「参加者の意識は確かにそれぞれの施設にいる。これなら瞬間移動が成立している」と感じたと言う。
ただ、アバタープロジェクトの具体的な姿が見えてくると、それに伴いANA社内では「飛行機の移動を代替しようとしているのか」といった否定的な意見も出てくるようになった。
当時は東京オリンピックの開催が決まり、エアラインは絶好調。新型コロナウイルスの脅威もなかったため、社内から否定的な意見が出ることも十分頷ける。
飛行機などの移動が悪影響を受けるのは、何もパンデミックだけとは限らない(写真はイメージです。撮影は2021年11月29日)。
出典:REUTERS
それでも「モビリティは、何かのきっかけで必ず影響を受ける」(深堀氏)と考えた。
過去の歴史を見れば、台風や震災といった災害時、またSARSやMERSといったウイルスまん延、テロや戦争といったことが要因となり、航空機の利用が激減したり運航が停止するといったことが繰り返されてきた。
また、そもそも身体的要因で飛行機に乗れない場合や、ビザが下りずに渡航できない、という例も多くある。そのため、瞬間移動する手段が必要となる場面がある、と深堀氏は確信していた。
このようにしてコンセプトが固まり、取り組んできたアバタープロジェクトを事業化するため、2020年にavatarin株式会社が設立された。
日常が戻ってきても「もっと加速していく」
avatarinのサービスページは、パッケージ旅行を選ぶような文言や写真が並ぶ。
出典:avatarin
avatarinが提供するサービスでは、利用者がロボットのnewmeを購入することなく瞬間移動を実現する。
料金は“瞬間移動先”によるが、例えば前述の沖縄県・美ら海水族館であれば30分・5000円〜(+システム利用料)、香川県・新屋島水族館であれば30分・3000円〜(+システム使用料)となっている(いずれも1月19日時点)。
これは「世界初のビジネスモデルだ」と深堀氏は胸を張る。同時に「飛行機も同じような考え方」とも指摘。
飛行機に乗るために飛行機自体を買う必要がないように、avatarinのサービスも、自分の都合のいい時に、行きたい場所にあるロボットに接続して利用することになる。
「今は通信が地球全体をカバーしてインターネットが利用できるようになっているので、それこそ山頂でも接続できるようになっています。
そのため、人類が初めて身体や場所を越えてつながり合ったり探求したりできる、そしてアバターで行ったことのない世界を見たり体験する、そういった世界を現実的につくりたい」(深堀氏)
2020年に設立された当初より、「ロボットを使って瞬間移動を実現する」というコンセプトには自信があったものの、「人々のマインドセットを変える」という点には不安があったという。
「avatarinはロボットをつくる会社ではない」と強調する深堀氏。
撮影:小林優多郎
ただ、avatarinの事業立ち上げに時を同じくして新型コロナウイルス感染症が拡大。パンデミック発生に合わせて事業を立ち上げたわけではないが、パンデミック発生によって世の中からのavatarinへの見方が一気に変わった。
そして、アフターコロナの日常が戻った世界においても「(アバターの活用は)もっと加速していくだけだ」と考えている。
深堀氏は「世界中の好きな場所にふらっと訪れることができる、行けなかった場所に行ける、こういうことで間違いなくライフスタイルが変わってくる。そして、”移動”という概念が拡張されていくと思っています」と力強く述べた。
※avatarinの深堀さんは、社会課題解決に取り組むミレニアル・Z世代を表彰するアワード&トークイベント「BEYOND MILLENNIALS 2022」(1月24〜28日オンライン開催)にノミネートされています。1月24日(月)には、ノミネートされたファイナリスト20人の中から、選ばれた5人の受賞者が登壇するピッチセッションを開催します。詳しくはこちらから。