ペイディ代表取締役社長兼CEOの杉江陸氏。新生フィナンシャル社長を経て現職。
撮影:西山里緒
次の時代を切り開くミレニアル世代を表彰するアワード&トークイベント「BEYOND MILLENNIALS(ビヨンド・ミレニアルズ) 2022」が1月24日から5日間、開催されている。
最終日の1月28日(金)に登壇するのは、米決済大手のペイパルによって3000億円で買収された、後払い決済サービス「ペイディ」社長の杉江陸氏。
国内随一のユニコーン企業として躍進してきたペイディ社長の目に映る、スタートアップ業界の現状を本人に尋ねた。
「1桁大きくなくて、ごめんなさい」
2021年、スタートアップ業界を騒がせたのは何と言っても「BNPL(バイ・ナウ・ペイ・レイター)」、直訳すると「今買って後で支払う」というキーワードだろう。
中でも2021年9月7日(現地時間)に発表された、ペイパルによるペイディ買収は一大ニュースとして報じられた。買収金額の3000億円という数字は、国内スタートアップのM&Aとしては、過去最大規模となった。
「3000億円って皆さん桁違いだとおっしゃるんだけど、僕としては『もう1桁、大きくなくてごめんなさい』。これは半分冗談、半分本気の話で、それこそ世界を見れば(同業他社は)みんな兆円単位になりましたから」
ペイディ社長の杉江陸氏は、率直にそう切り出す。
その言葉通り、世界のBNPL市場はこの1年で大きく成長している。
海外ではペイパル共同創業者が立ち上げたアメリカのBNPL大手、Affirm(アファーム)が2021年1月に米ナスダック市場に上場するなど、同業大手のニュースが目立った。
国内では、後払い大手のネットプロテクションズホールディングスが12月に東証1部に上場。メルカリやGMOなどのIT企業も続々と「後払い」を冠するサービスを打ち出している。
日本という市場のためにペイディを買う
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BNPLの本質とは、後払いができることではなく「金利なしで分割払い」ができることだ ── 。杉江氏は、そう繰り返し説明してきた。
この1年での成長の理由を尋ねると、売り上げにつながる「マーケティング手段」としてBNPLが認知されるようになってきた結果ではないか、と語る。
「これまでは決済手数料がユーザーの負担になっていた(ために機会損失があった)。けれど、金利を我々(ペイディ)が負担すれば、お金が出てくる財布は実は別のところにあったんだ、というストーリーにメーカーやEC事業者が腹落ちした」
ペイパルから買収のオファーが舞い込んだのは、IPOの準備を進めている最中だったという。
BNPLは、ユーザーが支払う代金を事前に建て替える必要があるため、多額の資金が必要なビジネスだ。すでに600億円超を調達しユニコーン企業となっていたペイディにとって、IPO(株式上場)を考えるのは自然な流れだった。
ペイパルから想定される買収価格や条件などが盛り込まれた書類(意向表明書、LOI)が届いたのは、買収発表日(9月8日)のわずか6週間前だったという。
「正直に言うと信じていなかった。『そんな短期間でデューデリジェンス(買収する側が売り手側について契約前に調査すること)できるわけがないでしょ?』と思っていたので、最後の最後まで、IPOをメインシナリオとして動いていました」
ペイパル入りを選んだ理由については、ペイディの自律性(オートノミー)を尊重してくれたからだ、という。
「(ペイパルからは)日本というマーケットを買うためにペイディを買う。つまり、このマーケットはお前たちに任せるんだと。資金規模(スケール)と自律性(オートノミー)両方を手に入れられる手段として、これがベストだった」
目指すは、2000万ユーザー
日本のキャッシュレス決済比率は世界主要国と比較しても低い水準だ。
出典:「キャッシュレス・ロードマップ 2021」
ペイパルとの連携でペイディは何を目指すのか? 杉江氏は、現状のユーザー数約700万人からの伸長を真っ先に掲げ「日本市場で勝ち切る」とする。
「(勝ち切った状態とは)2000万人のお客様。大手クレジットカード会社のユーザー数が概ね2000万人から3000万人なので、そこに近付きたい」
⼀般社団法⼈キャッシュレス推進協議会が発表している「キャッシュレス・ロードマップ 2021」によると、日本のキャッシュレス決済比率は約2割程度で、アメリカの約5割や中国の約7割と比較しても低い水準だ。
政府は2025年までにこの比率を4割まで高めることを目指している。
キャッシュレス決済の中でもBNPLというモデルはまだ新しい。フィンテック企業インフキュリオンが2021年12月に発表した「決済動向2021年12月調査」によると、調査対象である全国の16〜69歳男女5000人におけるBNPLの利用率は8%で、QRコード決済の56%などと比較しても低い。
杉江氏は詳細は濁しつつ、新たなサービスへの構想も口にした。
「根本的な、日本の金融システムの問題点に切り込みたい。ペイパルであれば日本の巨大な銀行や金融機関と対等に会話して、一緒に問題解決に向かえるはずだ」
起業家もメジャーリーグを目指そう
コロンビア大学の金融工学修士号も持つ杉江氏。今後は大学発ベンチャーの支援もしていきたいと意気込む。
撮影:西山里緒
杉江氏の目に、今のスタートアップ業界はどう映るのか。
「直接(起業家の)皆さんに会う前は、社会を変えたいパーパスが先に立ちすぎて、勝つことを忘れている気がしていた。けれど実際にお会いしてみると、今の若い人たちは勝つことに飢えているし、海外の研究もすごくしている」
一方で、足りないこととして「世界で勝つためのエコシステム」が回っていないことを挙げる。
杉江氏は2018年のメルカリ上場を例に挙げつつ、そうした海外で成功するための“エコシステム”が少しずつ築き上げられている、とする。当時メルカリは、株式を国内と同時に海外へ向けても売り出す「グローバルオファリング」を実施し、売り出した株式の海外比率が半数を超えたのだ。
「(メルカリの事例が)ターニングポイントとなって、今や僕らの世代は(海外株式比率が)7割や8割で当たり前。彼らがいなかったらこうはならなかった。(プロ野球でたとえると)野茂(野茂英雄選手)がいなければ大谷(大谷翔平選手)は出てこなかったように、僕たちもスタートアップの“お兄さん”として手を携えて、一緒に前へ進めたらいいかな」
すでに海外では、BNPLの枠組みを超えた決済の新たな動きが始まっている。
前出の米Affirmは2021年、「Returnly(リターンリー)」という即時返金サービスを買収した他、ユーザーや決済額などに応じて支払い回数を最適化(パーソナライズ)する「Adaptive Checkout」というサービスも開始している。
日本のスタートアップは世界で存在感を示せるようになるのか。その成功ストーリーは、すでに始まっているのかもしれない。
(文・写真、西山里緒)
※杉江陸さんは、社会課題解決に取り組むミレニアル・Z世代を表彰するアワード&トークイベント「BEYOND MILLENNIALS 2022」(1月28日オンライン開催)に登壇します。生配信では視聴者からの質問も受け付けますので、ぜひリアルタイムでご視聴ください。詳しくはこちらから。