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TikTokを運営する中国バイトダンス(字節跳動)が今月、戦略的投資チームを突然解散した。アリババグループ、テンセント(騰訊)など中国のメガIT企業にはいずれもM&A部署があり、スタートアップの成長を支えながら自社のエコシステムを拡大してきた。しかし最近は投資収益の悪化や規制強化を背景に、投資戦略見直しの動きが相次ぎ表面化している。
アリババ、テンセントも盟友企業の関係見直し
バイトダンスは2022年1月19日、「今年初めに事業分析を行い、相乗効果の低い部門への投資を削減することを決定した」と戦略的投資チームの解散を認めた。約100人のスタッフは別部門に異動するという。
M&Aは新しい産業や技術の知見を獲得し、自社の成長の限界を突破するための重要な手法だ。創業10年足らずでグローバル企業に成長したバイトダンスにとっては、優秀な幹部獲得の手段でもあった。戦略的投資チームの元トップとTikTok中国版「抖音」のCEOはいずれも、買収したスタートアップの創業者だ。
バイトダンスは創業者の張一鳴氏が2021年11月にCEOを退くなど、大規模な組織・事業再編のさなかにあった。だが投資チームの解散は中国のIT・VC業界も寝耳に水だったようで、情報が伝わると騒然となった。
バイトダンスの創業者、張一鳴氏は2021年11月にCEOを退任した。
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バイトダンスの投資チーム解散がことさら注目されたのは、2021年秋以降、テンセント、アリババでも気になる動きが続いているからだ。
テンセントは2021年12月23日、保有するEC大手京東集団(JD.com)株の8割強を処分し、中間配当に割り当てると発表した。中間配当によって京東の発行済み株式に占めるテンセントの保有比率は17%から2.3%に低下する。同社の劉熾平総裁が京東の取締役を退任することも同時に発表された。
テンセントは2014年に京東に2億ドル(約230億円)を出資、2016年に追加出資によって筆頭株主になった。EC2位の京東と中国最大のメッセージアプリ「WeChat」を運営するテンセントが手を組むことで、アリババを追撃する狙いがあった。
2021年12月29日には、アリババが短文投稿サイト微博(Weibo、ウェイボ)の株式を国営メディアに売却することを検討していると、米ブルームバーグが報じた。アリババは子会社を通じ、ウェイボの約3割の株式を保有している。1月10日にはアリババの張勇(ダニエル・チャン)会長がウェイボの取締役を退任すると発表され、両社の緊密な関係に変化が生じていることが裏付けられた。
「囲い込み」の投資、リスクが増大
アリババやテンセントは自社のプラットフォームから競合サービスへのアクセスをブロックしていたが、当局の指導で相互開放が進む。
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各社とも株式の売却や取締役の退任について短いコメントしか出していないが、裏にある意図を読み取ろうとメディアや専門家がさまざまな分析を試みている。
メガITが投資戦略を見直している最大の理由は、政治的な環境変化だろう。
アリババ、テンセントが投資部門を設立したのは2008年ごろだ。その前年には初代iPhoneが発売され、米国ではフェイスブック(Facebook)やグーグル(Google)が広がっていた。中国ではアリババのECサイト「タオバオ」が米イーベイ(eBay)を中国から撤退させ、テンセントのPC向けメッセージアプリ「QQ」が浸透するなど、現地IT企業の存在感が急速に高まっていた。
2010年半ばになるとアリババ、バイドゥ、テンセントを指す「BAT」からバイドゥが後れを取り、アリババとテンセントが激しく競り合うと共に、バイトダンス、スマートフォンメーカーのシャオミ(小米科技)など新たな勢力も台頭した。これら大手は有望スタートアップを取り込むことで勢力拡大を図り、M&Aがさらに活発化していった。
配車アプリ、シェア自転車、フードデリバリーなど2010年代後半に成長した企業は、アリババかテンセントいずれかの陣営の出資を受けることが、生き残りの条件のようになった(バイトダンスは両社と距離を置きながらユニコーン企業に成長した珍しいスタートアップだった)。
IT企業データベース「IT桔子」によると2021年、アリババ、テンセント、バイトダンス、シャオミ、ビリビリ、バイドゥ、美団、京東の8社の投資部門は合計600件、3500億元(約6兆3000億円)の投資を実行した。
ところが習近平政権が2021年に格差是正を目指す「共同富裕」を掲げ、この10年で富を大きく増やしたIT企業への姿勢を一変させたことで、メガITのこれまでのやり方は当局に認められにくくなった。
例えばアリババやテンセントは長い間、自社プラットフォームから競合企業を排除し、WeChatでアリババのECサイトやTikTokのリンクを共有しても、リンク先に飛ぶことはできなかった。それも2021年9月、中国工業・情報化部がIT企業に対してアクセス制限の解除を指導し、相互開放が進んだ。
IT業界に限らずM&Aへの監視も厳しくなり、事前に当局に相談しなかった企業が過去にさかのぼって行政処分を受けるケースも相次ぐ。
「囲い込み」と受け取られかねない投資は、企業にとってリスクが大きく、テンセントやアリババが盟友関係にあった大企業と資本的な距離を置き始めたのは、政府を意識した決定と見られる。
政府規制で投資収益悪化も
バイトダンスが戦略的投資チームを解散したことで、市場は疑心暗鬼に陥った。
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2021年秋からたびたび大規模リストラの噂が流れていたバイトダンスについては、別の事情もあるようだ。
バイトダンスはTikTokを世界的にヒットさせ、動画の広告収入で稼いでいるが、アリババやテンセントのように広い産業を巻き込んだエコシステムはつくれておらず、2018年に戦略的投資チームを設立し、投資と新規事業に力を入れていた。
だが、2021年に入って投資した市場が規制の標的になる事態が相次いだ。
2020年11月に立ち上げた教育ブランドは事業開発に1万人以上の従業員を投入し、「3年赤字でも構わない」(当時)と語っていたが、2021年7月に教育規制が発動されると先行きが全く見通せなくなりリストラを断行せざるを得なくなった。
投資先のゲーム事業や不動産プラットフォーム事業も、規制で苦境にある。バイトダンスは収益化まで時間がかかるアーリーステージの投資が中心であることも、今回の投資チーム解散の一因になった可能性がある。
ソフトバンク・ビジョン・ファンドが中国企業への投資で巨額の損失を出しているように、中国のメガIT各社も投資収益が悪化している。戦略の見直しは避けられないが、規制が絡んでいるため市場は疑心暗鬼になっている。
バイトダンスが投資チームを解散した際には、SNSで「当局は、ユーザー1億人以上を擁し、年間売上高が100億元(約1800億円)以上のプラットフォーマーが上場・投資活動を行う際に事前承認が必要になる制度を準備しており、バイトダンスは規制を嫌気して手を引いた」との情報が拡散し、当局自ら否定するコメントを出した。
たしかに、メガITの今の動きが投資削減を意味しているとは限らない。テンセントの幹部は現地メディアに「投資の相乗効果、政策の方向を重視し、テック企業への投資を増やす」との方針を明かしている。
海外に目を向けるとマイクロソフトが1月18日、メタバース時代を見据えて米ゲーム大手アクティビジョン・ブリザードの獲得に687億ドル(約7.8兆円)を投じると発表した。
メタ(旧フェイスブック)も2014年に20億ドルで買収したOculus(オキュラス)が、メタバース戦略の中核を担うまでに成長した。
テンセント、バイトダンスともにメタバース関連スタートアップの投資は引き続き行っている。アリババはウェイボを国有企業に売却するとの観測が浮上した以外に、別事業でも国有企業との接近が報じられている。
有望スタートアップに満遍なく投資し、囲い込む従来の投資が減り、規制で逆回転しない分野を選びながら、自社と国の全体の利益を両立するような投資にシフトする、今はその過渡期にあると言える。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。