撮影:太田百合子
「パナソニックがメタバース事業に本格参入」
1月初旬、テレビ、新聞などの報道各社が報じ、海外大手メディアも報じたこのニュースが記憶に残っている人もいるかもしれない。
これは、毎年1月初旬、米ラスベガスで開催される、世界最大級のテクノロジー展示会「CES」のメディア向けイベントに、パナソニックの100%子会社ShiftallがVRグラス(VRのゴーグル)「MeganeX(メガーヌエックス)」など、メタバース関連で一挙に3つの新製品を展示したことを受けての報道だった。
「各国メディアからの反響は、(10年以上、ハードウェアスタートアップ業界で生きてきた中で)これまでで最も高かったのではないか」
帰国したばかりのShiftall代表の岩佐琢磨氏は、Business Insider Japanの取材にこう答えた。
メタバースのハードウェア製品に挑むスタートアップの熱量と、その実機の体験レポートをお届けする(動画レポートは後半に)。
パナソニックから子会社へ開発を引き継いだ理由
ShiftallのVRグラス「MeganeX(メガーヌエックス)」のプロトタイプ。実動デモができる実機だ。
撮影:太田百合子
まず「MeganeX(メガーヌエックス)」は、2年前の2020年1月のCESで、パナソニックが参考出展していた5KのVRグラスを、100%子会社のShiftallが引き継ぎ、製品化したものだ。
Shiftall代表の岩佐琢磨氏は、開発に取り組む背景を
「既存の事業部のしくみの中で新しいビジネスを展開するよりも、すでにメタバース関連事業を手がけていて、ユーザーにリーチできる我々の方が相性が良い。ということで、Shiftallから製品化することになった。開発には引き続きパナソニックのチームも一緒にやっている」
と語る。
MeganeXを単体で装着したところ。実際に装着すると、「メガネ」の印象よりはずっと大きいが、それでもOculus Quest 2(Meta Quest 2)よりは格段に小さく、軽い。
撮影:太田百合子
Shiftall社内で実機に触れることができた。頭への装着は、メガネのつるのような部分を「耳にかける」というより、「頭の上から被る」ように装着する。
体験してみてまず感じたのは、装着時の軽快さだ。今最も売れているVRヘッドセット「Oculus Quest 2」(2021年に810万台出荷した推計)の重量503gに対して、約半分くらいの約250g(本体のみ)しかない。ストラップなどを含めた筆者の普段のVR利用環境と比べると、体感値ではさらに軽く感じる。
Megane Xは本体形状から、メガネの上に装着することはできない。ただし、Questシリーズとは違い、双眼鏡のように「視度調整」機能があるのがポイントだ。
レンズ下にあるレバーを動かすことで、メガネをかけなくても、ある程度、度数調整ができる。プロトタイプながら調整幅はそれなりに広そうで、視力0.1程度という近視の同行者も、メガネなしで十分に見えるということだった。
レンズの視度調整ができるツマミ。視力0.1程度の体験者でも、メガネなしで見えるように調節することができた。
撮影:太田百合子
実機では、PC向けVRプラットフォームSteamVRで動作するソーシャルVRアプリ「VR Chat」や、SteamVRのホーム画面などを体験した。映像は、なかなか高精細で粒子感(ドット感)は皆無。そのおかげで、映像が滑らかだ。また表現力に優れた10bit HDR対応だからか、Quest 2に比べてコントラストがはっきりしていて、オブジェクトの輪郭がくっきり明るく見える。
こうした美しい映像体験は、最大の特徴である、両眼で5Kを超える高精細な有機ELパネルによって実現されている。
片目あたり、1.3インチ2.6K(2560×2560)。両眼あわせて5.2K。さらに、スムーズな描画が可能な120Hzの画面書き換えに対応する。パネル自体は、米Kopin社が供給する。
Quest 2と比べたときの「軽さ」や「コンパクトさ」を実現できる背景には、このVRゴーグルが、PCとの接続を前提にしたいわゆる「PC VR」専用機だから、という理由がある。使う際は、付属のインターフェース変換BOX(USB-C、DisplayPort + USB2.0対応)から、SteamVR対応のゲーミングPCなどに有線で接続して使用するしくみ。電源は別途ACから変換BOXに供給するため、バッテリーを搭載しなくてよいことも、軽さの秘密になっている。
もちろん、現段階では開発中らしい部分はそこかしこにある。
例えば、視線を素早く動かすと、映像がややカクカクする。あるいは、VR空間上の空など同系色が広がる部分を見ると、水平に線が入ってみえるような点もある。
こうした頭の動きへの映像の追従性や、肝心の「視野の広さ」などについては、まだ開発を煮詰めている段階。だが、VRゴーグルとしての期待は高い。
なお、現時点ではVRコンテンツに欠かせないコントローラーは未発表だが、専用コントローラーを用意するのか、何らかのコントローラーを流用するのかについての情報は、追って公表するという。
「現時点では何も答えられません」と言う“ある部分”
基本的にはパナソニックが発表済みのデザインを踏襲しているが、新たに加わった部位ももある。MeganeXのレンズの脇にある、不思議な「突起」のパーツだ。このパーツに何らかの役割があるのか?
岩佐氏に尋ねたところ、意外なことに「現時点では何も答えられません」という回答が返ってきた。
パナソニックが「CES 2020」に参考出展していたプロトタイプ。
撮影:太田百合子
「MeganeX」には、パナソニックの初期デザインにはなかった新たなパーツが、レンズの下部分に追加されている。
撮影:太田百合子
詳細については語らなかったものの、何らかの機能を持たせる可能性はあるが、実機で搭載するかまだ決めていない……そんなところではないだろうか。
パナソニックとShiftallにとって、このVRグラスの勝算はどこにあるのだろうか?
岩佐氏は、「ターゲットとして想定しているのは、既存のヘビーユーザー」だとする。
「(VRの世界では)スマホにおけるアップルや中国大手のシャオミのように、メタ社(旧Oculus)のようなビッグプレイヤーが、広くユーザーを取り込んでいく。
そこにいきなり対抗できるとはもちろん思っていないが、たとえば1日4時間や5時間、年間1000時間以上をメタバース上で過ごすヘビーユーザーは、(ライトユーザーとは)求めているものが違う」
ポイントは軽さと体験の良さだ、という。
「彼らにとって“軽さ”は何より重要だし、高精細な映像は目が疲れにくいというメリットもある。ヘビーユーザーがOculus Quest 2からのステップアップしたいときに、そのニーズに答えられるようなポジションを目指している」(岩佐氏)
発売は2022年春の予定で、価格は10万円未満を想定する。
mutalkは、VRユーザーの「ペイン(痛み)を解決するデバイス」
USB Type-Cによる充電式で、10時間の連続利用が可能。通信方式はBluetooth 4.2 BR/EDRに対応する。
撮影:太田百合子
CES2022に合わせて、同時発表された新しいデバイスも体験することができた。
1つは、ヘビーユーザーからの声をもとに製品化されたのが「mutalk(ミュートーク)」だ。
自分の声が周囲に響くのを防ぎつつ、Bluetoothマイクとしても機能する、超小型の遮音室のようなものだ。
メタバースやオンラインゲームのボイスチャットを、周囲への騒音を気にせずに楽しめるというもので、発売時期は2022年夏、価格は2万円前後を想定している。
専用のバンドで固定できるので両手が使えるのがメリット。
まったく声が聞こえないとまではいかないものの、隣の部屋で話しているくらいに音が小さくなる。一方で口元を密閉するために試作機のバンドは強めに調整する必要があり、やや圧迫感はある(製品時は固定方法が変わる可能性がある)。
何より見た目のインパクトが大きいが、岩佐氏によると、VRChatなどに親しんでいる人からは「すぐにでも欲しい」という声が多く寄せられているという。
「奇をてらった製品のように見えて、実は一番地に足がついている。騒音だけでなく、たとえばパートナーと一緒に(同じ部屋で)VRChatを楽しむときに、音が混線するのを防ぐこともできます」。
とはいえ「MeganeX」と「mutalk」を組み合わせて装着したときのインパクトはなかなかすごい。
撮影:太田百合子
「VR空間で寒暖を体感」できる機器も
さて、「MeganeX」や「mutalk」が重さや騒音といった「今、目の前にある(メタバースの)ペインを解消するためのもの」(岩佐氏)なのに対して、3つめの製品は、これまでになかった新しい価値を提供するものだ。
新製品「Pebble Feel」だ。ペルチェ素子(※)を搭載したいわゆるパーソナルエアコンで、専用のシャツで固定してプレートを首元に接触させることで、暖かさや冷たさを感じられる。
スマホから加熱や冷却をコントロールできるほか、SteamVR用アドオンを利用すれば、メタバース空間にあわせた暑さや寒さを体感できるようになるという。
※ペルチェ素子:電流を流すことで、特定の面を温めたり、冷やしたりなど、熱を移動できる熱電素子。ポータブル冷却機などで使われている
重さは約60gで手のひらサイズ。モバイルバッテリーに接続して使用する。10000mAhのバッテリーで、冷却モード「中」の場合に約15時間、加熱モード「中」の場合に約25時間動作する。黒いストラップのようなもので、体に装着する。
撮影:太田百合子
温度は9度から42度の範囲で調整でき、通信はBluetooth 5.0 LEに対応。発売時期は2022年春の予定で、価格は2万円前後を想定する。デモではスマホからのコントロールでカイロのような暖かさから、瞬時に冷蔵庫のような冷たさに変化する様子をしっかり感じることができた。
「CES 2022 Unveiled」ではこのほか、2021年に発売したモーショントラッキングデバイス「HaritoraX」も展示されていた。SteamVRに対応し、足、腰に装着することで全身の動きをトラッキングし、アバターに反映できる。
HaritoraXは特に注目すべき製品に贈られる「CES 2022 Innovation Awards」を受賞。国内はもちろん、米国でも発売され注目を集めている。
実際、大人気の商品になっており、注文が殺到し品切れの状態が続いている。
「『HaritoraX』についてはご迷惑をおかけし、申し訳なく思っている。半導体不足もあって部品が取り合いになっているが、順次出荷していきたい」(岩佐氏)。
メタバースにリソースを投下していく
編集部がキャプチャー
Shiftallは2021年以降、メタバース関連製品の発表を立て続けに実施してきた。メタバース製品の会社になるのか?と単刀直入に質問してみた。
「すべての製品がそうなる(メタバース関連製品になる)とは考えていないが、今後もメタバースが中心になってくるのは間違いない。すでに7割程度の(開発)リソースをメタバース関連製品に投入している。今後この割合はさらに上がってくると思っている」(岩佐氏)
その背景には、VRの“沼”に自身もどっぷり浸かってきた原体験がある。
「(全身の動きをリアルタイムに取り込める)HaritoraXが大きな反響を呼んでいるということもあるが、僕自身、1ユーザーとしてメタバースの中に入り込み、そこでいろんな人と知り合って、長い時間を過ごす中で、“これは来る”と思った。
(ちょうど)ファミコンで初めてスーパーマリオをやったときに、これはすごい、一大産業になると感じたのに近い感覚。
人間は目をつぶっていても、自分の目の前に手を持ってこられる。これができるからこの手は自分のものだと実感できる。実はメタバースでも、同じようにコントローラーを持った手を目の前に持ってくることができる。
これはすごいことで、現実との境目がわからなくなっていくレベルで、高い“身体透写性”を感じられる。そのことを実感したときに、これはヤバいなと」
ハードウェアスタートアップの世界で、10年以上生き抜いてきた経営者として、その「ヤバさ」を実感したときに、メタバースにリソースを振り向けようと決断したんです ── 岩佐氏は力をこめてそう語った。