ロシアのウクライナ侵攻懸念で苦境に追い込まれたドイツ。「大言壮語と朝令暮改」くり返す新政権の危うさ

karakama_ukraine_germany_top

米デラウェア州のドーバー空軍基地でウクライナ向け空輸準備中の米軍の弾薬群。一方、ドイツは武器提供を拒否している。

U.S. Air Force/Mauricio Campino/Handout via REUTERS

世界の金融市場では、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締め加速への懸念に加え、ロシアのウクライナ侵攻という深刻な地政学リスクが浮上している。

アメリカがウクライナに近い東欧の同盟国に部隊を派遣し、北大西洋条約機構(NATO)の指揮系統に加わる方針が報じられるなど、文字通り一触即発の空気が充満する。

この状況下で難しい立場に追い込まれているのがドイツだ。

2021年12月に発足したショルツ新政権は、16年間という長期に及んだメルケル前政権との差異を強調するため、発足当初から中国やロシアと距離を置く方針を強調してきた。

しかし、ロシアがウクライナ侵攻に乗り出す気配を見せ、アメリカを中心に西側諸国の大半がウクライナ支援に回ると一転、(中国やロシアと距離を置くとしながら)ロシアを利するかのようなドイツの立ちまわりが批判を浴びるようになっている。

ウォール・ストリート・ジャーナル(1月24日付)は『ドイツは信頼に足るアメリカの同盟国ではない 安価なガスと中国向け自動車輸出、プーチンを怒らせないことを最優先する国』と題したオピニオン記事を掲載し、露骨なドイツ批判を展開している。

こうした「ロシアを利するドイツ」との見方には根拠がある。

例えば最近では、ドイツは武器供与を求めるウクライナからの要請を拒否し、ウクライナ政府がその対応を「西側諸国の連帯を阻む行為」と批判する一幕があった。

また、イギリスがウクライナに武器供与する際、最短ルートとなるドイツ領空の通過を避け、あえて迂回ルートをとった経緯も注目された。

英国防省は武器空輸に際し、ドイツに領空通過の許可を求めなかったことを認めている。表立って許可を求めれば事態が複雑化することを察し、配慮したとみられる。

イエスかノーかの択一を迫ればドイツが苦しむのは目に見えており、それ自体がロシアを利する行為となると判断したのかもしれない。

さらに、ドイツは2021年9月に完成した欧州向け天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の稼働について、関連企業の法令順守基準がクリアされるまでは認可しない方針をロシア側に明示している。

この判断は一見、ロシアの利益を阻害するようだが、実はそうでもない。

ドイツは過去最悪の電力不足(それに伴う電気料金の高騰)に直面し、平均世帯の電気料金が2022年に前年比60%超値上がりする見通しとされるなかで、石炭火力発電と原子力発電を廃止する(メルケル前首相時代に決まった)計画を実行に移した。

消去法で考えると、もはやノルドストリーム2を通じてロシアから購入する天然ガスに依存せざるを得ない状況にある。したがって、ショルツ政権としてはロシアとの揉めごとをこれ以上増やしたくないというのが本音だ。

そのように、ドイツが独自のエネルギー政策に固執することでロシアへの依存関係が生まれる展開は、安全保障上のリスクそのものであり、アメリカが最も危惧していたことだ。

こうしたいくつもの行為の積み重なりが、同盟国としての信頼を毀損(きそん)する行為とアメリカ側には映り、前出のオピニオン記事にあるようなドイツ批判につながったわけだ。

ちなみに1月21日には、ドイツ海軍のシェーンバッハ司令官がインドで講演し、ロシアのウクライナ侵攻の可能性を一蹴した上で「(プーチン大統領が)本当に求めているのは敬意で、それを与えるのは簡単なことだし、おそらくあの人は敬意を払うに値する」と発言。

司令官はさらに、ロシアが2014年に併合したクリミア半島について、「あそこはもう失われた、二度と戻ってこない」とも述べた。ロシアに対するドイツの本音が露骨に確認された格好だ。

ウクライナはこうした言動に猛抗議し、司令官は翌22日に辞任している。

隣国を救えないドイツ

ロシアとの関係にとどまらず、中国との関係においても、ショルツ政権の挙動には危ういものがある。

ショルツ政権は発足当初、政策綱領で中国の専制主義に厳格な姿勢で臨むことを表明し、メルケル前政権最大のレガシーである親中路線と訣別する意欲を示した。ベアボック外相はいち早く「北京五輪には絶対に行かない」などと発言している。

しかし、メルケル前政権下で倍以上に拡大したドイツ貿易に占める中国のシェアの大きさ(貿易総額の約10%)を踏まえると、両国の経済関係は容易に切れるものではない【図表1】。

karakama_ukraine_germany_g1

【図表1】ドイツ貿易に占める各国割合。中国のシェア拡大が一目瞭然だ。

出所:Datastream資料より筆者作成

こうした経済面での緊密さゆえに、政治・外交面でも中国に対する厳格路線を貫けないドイツの現実が見え隠れする。

その具体例として注目されるのがリトアニア問題だ。

ドイツとはバルト海を挟んで隣接するリトアニアが、外交関係において中国を突き放し、台湾に接近する動きを隠さなくなっている。

さまざまな理由が語られるが、リトアニアは旧ソ連時代の圧政に耐え独立を果たした経緯から、人権や民主主義を蔑(ないがし)ろにする中国を支持できない、との見方が多いようだ。

リトアニアは2021年7月、首都ビリニュスに台湾の大使館相当の出先機関「台湾代表処」設置を認め、11月に正式開設した。国家を意味しない従来の「台北」ではなく、「台湾」の呼称を使うことで、中国の掲げる「一つの中国」原則に(その方針は尊重するとしつつも)反する姿勢を露わにした。

karakama_ukraine_germany_lithuania

リトアニアの首都ビリニュスに置かれた台湾の大使館に相当する「台湾代表処」。

REUTERS/Janis Laizans

中国はこの動きに猛反発し、通商面であらゆる手段を用いてリトアニアに圧力をかけている。人口約280万人の小国ながら、人口・経済とも世界最大規模を誇る中国の脅しに屈しないリトアニアの毅然とした姿勢を支持する声は多い。

さて、ドイツが登場するのはここからだ。

2021年12月、中国がドイツの自動車部品大手に対し、リトアニアで製造される部品の使用を中止するよう要求したとの報道があった。ドイツを梃子(てこ)に使い、リトアニアを屈服させようという中国の苛烈な戦略だ。

中国が中止を要求したのは「リトアニアからの部品輸入」ではなく「リトアニアで製造された部品の使用」だった。その影響はドイツを中心に欧州連合(EU)全域にわたる。

中国への厳格路線を掲げるショルツ政権としては当然、リトアニアを支持する動きに出るとみられたが、現実はそうなっていない。

各種報道を総合すると、ドイツ産業界は反中路線を高らかにうたうベアボック外相を諫(いさ)め、リトアニアに対しては対中関係の改善を迫る声が高まっている模様だ。

ショルツ政権の基本スタンスと整合性をとるのであれば、中国に依存しない経営戦略の策定こそがドイツ企業の選ぶ道であるはずだが、肝心の政権が毅然とした態度を示せないなか、企業が率先して中国に抗(あらが)う道を歩むはずがない。

「民主的だが小さな隣国」より「専制的だが大きな遠国」を優先する実利重視の姿勢は、政権交代を経ても何ら変わっていないようだ。なお、メルケル前政権時代の中国との関係を示す代表的なエピソードは過去の寄稿を参考にされたい。

電気自動車の普及目標も「腰くだけ」に

相変わらず実利重視のスタンスを指摘したついでに、ショルツ新政権の旗印とも言えるエネルギー政策ですら迷走が際立ってきたことに触れておきたい。

2022年最初の寄稿(1月7日付)でもとり上げたが、欧州委員会は年明け早々、(EU首脳会議の議長国)フランスが議論を主導する形で「脱炭素化に寄与するエネルギー源」として天然ガスと原子力を公式に認定する方針を発表した。

それに対し、メルケル前政権からの原発全廃路線を受け継ぐショルツ政権は、「連邦政府として原子力発電を(公式認定の)対象に含めることにあらためて反対を明言した。原子力はリスクとコストが高い」との声明文を発表している。

メルケル前政権との差異を打ち出すのであれば、既定路線とされた原発全廃を否定し、家計部門を苦しめるエネルギー価格の急騰を解決するのが賢明だったように思う。が、連立政権樹立にあたって(総選挙で第三党に躍進した)環境政党「緑の党」の力を借りた手前、そうした政策を打ち出せるはずもない。

しかも、EU全体を見渡すと反原発加盟国は少数派であり、したがってドイツの反対によって欧州委員会の意思決定が覆ることもあり得ない。

また、日本ではあまり報じられていないが、ロイター通信(1月17日付)が『独運輸相、1500万台の電気自動車(EV)普及目標をくつがえす』と題し、ウィッシング運輸相の重要な変節を指摘したことも、ショルツ政権のエネルギー政策のよろめきとして注目される。

ショルツ政権は発足当初、2030年までのEV普及台数について、メルケル前政権が掲げた目標「プラグインハイブリッド車(PHV)を含めて700万~1000万台」を取り下げ、「(PHVを含めず)純粋なEVで1500万台」と意欲的(あるいは意欲的すぎる)目標を打ち出した。

ところが、上記のロイター報道によれば、運輸相は早くも「(1500万台という目標には)PHVも貢献できる」と、政権が打ち出したばかりの高い目標を撤回したわけだ。

くり返される「大言壮語と朝令暮改」

karakama_ukraine_germany_olaf

ドイツのショルツ首相。メルケル前首相との差別化を企図するも、結局「大言壮語、朝令暮改」が続く。

Michael Kappeler/Pool via REUTERS

ショルツ新政権の危うさを示唆する兆候はほかにもたくさんあるが、本稿で指摘したロシアや中国に対する厳格路線、脱炭素に盲従するエネルギー政策、いずれも「実現可能性がないことを大言壮語し、朝令暮改する」点では共通している。

政権発足からわずか2カ月にもかかわらず、世界の行く先を左右する大きな論点でそうした「ブレブレ」の姿勢が目立ち始めていることに危うさを感じる。

新政権が抱える難題を深く掘り下げれば、メルケル前政権が遺した「負債」も多く見受けられ、資源価格高騰やロシアのウクライナ侵攻懸念など、あまりに困難な事案に発足当初から見舞われた不幸には同情の余地もなくはない。

それでも、前政権との訣別に固執するがあまり、現実的な目線を失いかけている印象はどうしても拭えない。性急な戦果を求め過ぎているのかもしれない。

いまのドイツはEU域内外で孤立が目立ち、数少ない「親しい友人」である中国との間にさえも険悪な空気が漂っている。

ここまで抜群の安定感を誇ってきたドイツだが、ここに来て非常に不安定な環境に追い込まれており、ドイツはもちろんのこと、世界中がメルケル前首相の存在感の大きさを思い返すことになるのではないか。

何はともあれ、ロシアとの関係で身動きがとれないウクライナ危機をドイツがどう乗り切るのかに注目したい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

あわせて読みたい

Popular