ウクライナのセルギー・コルスンスキー駐日大使
撮影:吉川慧
ロシアによる侵攻が懸念されるウクライナのセルギー・コルスンスキー駐日大使が1月26日、日本外国特派員協会で記者会見した。コルスンスキー氏は「岸田首相は、いま何が起こっているかを理解している」と述べ、日本の外交と経済協力への期待を示した。
「岸田首相は理解している」その真意は?
──ウクライナ情勢への日本政府の反応をどう捉えているか。
そう問われたコルスンスキー氏は、1月21日に開かれた日米オンライン首脳会談でウクライナ問題を含むの多くの課題について議論されたと理解しているとし、こう述べた。
「日本はウクライナを取り巻く状況をとても慎重に検討しており、もし新たな侵略の波が押し寄せれば、独自の対策を検討する用意があるとのことでした」
また、日本が「非常に重要な役割を果たすことができると信じています」とし、(クリミアを“併合”した)ロシアに対する制裁を科したG7でアジア唯一の国だとも言及。
その上で、当時外相だった岸田文雄首相が平和的解決に向けて外交努力することに期待感を示した。
「当時、誰が日本の外務大臣で、誰が制裁を発表したか。岸田首相です。つまり、彼はいま何が起こっているかを理解しているということです」
加えてコルスンスキー氏は、日本との経済関係の発展にも期待を示した。また、日本とウクライナの経済関係の発展が、他の国にとって「ウクライナと協力しても良いというシグナル」になると見解を述べた。
「日本がウクライナとの関係発展を強く望んでいると理解している。まず、私たちはこの関係を経済の一部であると考えます。(ウクライナは日本との)経済分野における非常に包括的で深い関係を望んでおり、自由貿易協定と二重課税を回避する租税条約改定に関する交渉を進めたい」
「日本が(ウクライナとの)経済的関係を発展させれば、他の多くの国にとって『ウクライナと協力しても良い』という“シグナル”になるはずです」
「日本が包括的かつ建設的な役割を果たすことを望んでいます」
コルスンスキー氏が会見した1月26日は、ソ連崩壊後に独立したウクライナと日本が外交関係を樹立してから30周年の節目にあたる。この日、コルスンスキー氏は上杉謙太郎外務政務官を表敬訪問している。
外務省によると、上杉政務官は「我が国はウクライナの主権および領土一体性を一貫して支持している」とした。
その上で「ウクライナ国境周辺におけるロシア軍増強の動きを懸念をもって注視しており、国際社会と連携してウクライナへの支援を継続していく」との旨を述べた。
「ウクライナが唯一不安を感じる国は、6500発の核弾頭を持つ世界最大の国」
ウクライナのセルギー・コルスンスキー駐日大使
撮影:吉川慧
この日の会見の中で、コルスンスキー氏は「東欧や中欧で起こっていることは、ウクライナだけの問題ではありません。間違いなく世界に影響を与え、遠く離れた日本にも影響を与えるでしょう」と指摘。
その上で、ロシアが2014年以来クリミア半島を違法に占領し、東部の分離独立勢力を支援していると非難した。
また、「極東や中国・ロシア国境から大規模なロシア軍の部隊が到着している」とし、長期的な軍事作戦を実行する準備を整えていると警戒感をあらわにした。
ロシアがNATO(北大西洋条約機構)に対し、ブルガリア(とルーマニア)から撤兵することや、NATOを(加盟国が東欧に拡大した)1997年以前に戻すことなどを求めていることについては「不可能だ」と述べた。
「私たちはみなヨーロッパに安心感を抱いていますし、ヨーロッパは本当に快適です」
「ヨーロッパでは何も起こっていない。第一次世界大戦、第二次世界大戦のような戦争をもたらすかもしれない紛争も、ヨーロッパでは起こっていません」
「私たちは安全保障のインフラを手に入れました。もちろん、それはNATOに基づくものです」
「欧州の全ての国がNATOに加盟しているわけではありません。しかし、私たちは完全に安全だと感じています。唯一不安を感じる国は、6500発の核弾頭を持つ世界最大の国(=ロシア)です(※)」
(※編注:ストックホルム国際平和研究所によると、ロシアが2021年1月時点で保有する核弾頭数は6255発)
コルスンスキー氏は「ロシアはNATOが自国の利益を害していると主張していますが、ウクライナにNATOの基地はありません」とした上で、ウクライナがロシアを攻撃する意図はないと強調した。
「友好的であること、友好を深めること、安全保障環境に参加することは、私たちの主権的な権利です。誰も脅かしてはいませんし、ロシアを攻撃するつもりもありません」
「インフラ破壊されたら、ウクライナは消えてしまう」
セルギー・コルスンスキー駐日大使が会見で示した、ウクライナ国境におけるロシア軍の部隊配備などの地図。
撮影:吉川慧
会見の中で、コルスンスキー氏は英フィナンシャル・タイムズなど記事・地図やウクライナ周辺の地図や衛星写真などの資料を提示しつつ、想定されるロシア軍の侵攻ルートや、ロシアが国境に部隊集結させ、イスカンデルミサイルなどを配備している情報もあるとした。
その上で、国内に15基ある原子炉や3万キロに及ぶ石油、天然ガスのパイプラインなどがミサイルや航空機で攻撃される可能性に懸念を表明。「インフラが破壊されたら、ウクライナは消えてしまう」と訴えた。
また、1986年のチェルノブイリ原発事故や2011年の東日本大震災に伴う福島第一原発事故にも言及。深刻な被害が避けられない事態に陥れば「誰が責任を取るのでしょうか」と問いかけた。
「紛争回避のためにできることがあれば……」
一方で会見の終盤に「本当に戦争が起きると思うか。悲劇的に捉えているか、楽観的に捉えているか」を問われると、コルスンスキー氏は「私は楽観的で、本格的な戦争は非常に困難だと考えています。でも残念ながら、より局所的な紛争が起こるかもしれません」とした上で、こう語った。
「私の言葉ではありませんが、メディアや私たちのパートナーはこう言っています。(ロシアの)プーチン大統領がこの状況から抜け出すためには自分の面子を保つ必要があり、そのための何かを必要としているのでしょう、と」
「ロシア軍がウクライナに接近したら、ウクライナで反乱が起きるとか、政権が交代するとか、そんなことを考えるのは全くナンセンスです。忘れてください。最新の世論調査ではウクライナ国民の81%が、ロシアの勢力圏に戻されることを望んでいないのです(※)」
「根拠のない憶測を世に出すことはとても危険です」
コルスンスキー氏は「現在、領土防衛の準備をしており、国民の大多数は戦う準備ができています」とする一方、「しかし、私たちは平和的な人々であり、平和的解決を望んでいます」とも発言。ロシアを攻撃する意図はないと強調した。
「私たちにとっては、ウクライナが平和で、かつ安全であること。それが最も重要です。紛争を回避するためにできることがあれば、どんなことでもやります」と述べつつ、会見の最後にこう語った。
「私たちはとても不安ですが、軍事的な攻撃を受けたときに備えて毎日準備をしています。しかし同時に私たちは、外交的な解決策を見出すことにも懸命なのです」
(※編注:レイティング社による2021年9月2日〜4日の世論調査によると、81%がプーチン大統領に否定的な態度を示した。調査対象はクリミア半島とドンバス地方を除くウクライナ全州の18歳以上)
(文・吉川慧)