アマゾン、マイクロソフト、グーグルのクラウド事業は2022年、さまざまな課題に直面するおそれがある。
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この2年間、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でデジタル変革が進み、ほぼすべての組織がITインフラの構成を見直さざるを得なくなった。そんななか、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、マイクロソフト アジュール(Microsoft Azure)、グーグルクラウド(Google Cloud)というクラウド事業者の“ビッグスリー”はパブリッククラウド市場をさらに強力に支配している。
スイスに本拠を置くUBSによると、ビッグスリーを合わせた収益ランレート(訳注:進行中の年度の通期の業績予想のこと)は1230億ドル(約14兆円)という驚異的な数字となっており、3社合計で43%の伸び率だという。
カナダロイヤル銀行(RBC)のアナリスト、マシュー・ヘドバーグ(Matthew Hedberg)はInsiderの取材に対し、「新型コロナがすべてを変えたと言っていいでしょう。コロナ禍によって産業界全体が未来へ向かうスピード、クラウドを導入するスピードが一気に速まりました」と語っている。
しかし2022年に入り、ビッグスリーがクラウドの成長をこのまま維持できるかどうかは不透明になっている。専門家によれば、連邦政府による規制の強化、クラウド事業者にすべてを注ぎ込むことの価値、クラウド専門家不足の深刻化などへの懸念が2021年から生じ始めているが、2022年はこれらがさらに表面化するおそれがあるという。
アナリストらによると、こうした問題は強大な力を持つアマゾン、マイクロソフト、グーグルにとっては今後の懸念となりうる一方、2021年から挑戦を仕掛けてきたオラクル(Oracle)など新たなプレイヤーにはチャンスとなる可能性があるという。
これらクラウド大手3社は数週間以内に四半期決算発表が控えており、これで各社が継続的な成長を遂げているかが早々に明らかになるだろう。本稿では、アナリストらが分析したAWS、マイクロソフト、グーグルクラウドが直面すると思われる最大の課題について考察する。
規制が再強化される可能性
米バイデン政権による巨大テック企業への規制は2021年後半に徐々に弱まったものの、調査・分析会社フューチャラム(Futurum)のアナリスト、ダン・ニューマン(Dan Newman)は「このような規制はなくならないでしょう」と指摘、2022年には規制が再度強化される可能性があると見ている。
実際に連邦政府は最近、米連邦取引委員会(FTC)のリナ・カーン(Lina Khan)委員長のもとで巨大テック企業を規制していく新たな方針を打ち出した。規制が進めば、アマゾン、マイクロソフト、グーグルの各社は特にM&Aに関して厳しい監視の目にさらされることになる。となれば、これらの企業のクラウド事業が縮小または解散に追い込まれる可能性が出てくる。
規制上の圧力がかかれば、生産性向上ソフトウェアを販売する企業に対するクラウド事業者の戦略的買収にも歯止めがかかるかもしれない、とヘドバーグは指摘する。
特にアマゾンにとっての考え得る最悪のシナリオは、(規制を嫌って)他の市場へ強引に進出することで、AWSのTAM(Total Addressable Market:獲得可能な最大市場規模)を結果的に減らしてしまうことだ、と専門家は見ている。
クラウドへの全面移行が最善かは不明
2020年はビッグスリーにとって、ある意味で非常に運のいい年となったが、2021年はクラウドへの移行を急ぎすぎたことが明らかになった年でもあった。2021年のIT関連予算は必ずしも減少していたわけではなかったが、企業の意思決定者たちはクラウドへの全面的な移行にはブレーキをかけていた、とアナリストらは言う。
データやアプリケーションをすべてクラウドのプラットフォーム上に置くのではなく、自社のデータセンターなどの場所に残すべきものは何かといった再検討も進んだ。ガートナー(Gartner)はこのような変革を、「クラウドファースト(クラウドを一番に考える)」ではなく、新しい「クラウドスマート(クラウドを賢く使う)」な考え方だと述べている。
ただし2022年に入り、IT関連の支出は引き続き伸びている。RBCが2021年12月に実施した調査では、2022年のIT関連予算を前年より増やすと答えた企業が90%にのぼったという。
しかしそうしたIT関連予算が必ずしもビッグスリーに渡るとは限らない。バンク・オブ・アメリカの最近の調査では、IT担当役員の21%が、データやアプリケーションなどの業務の一部を社内のデータセンターに戻すつもりだと答えている。
業務を自社のデータセンターへ戻すという考え方、つまり業界で「リパトリエーション(訳注:文字通りには本国帰還の意味。社外のクラウドに置いていたデータ類を社内へ引き揚げること)」と呼ばれる考え方は、2021年にアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)のパートナー、サラ・ワン(Sarah Wang)とマーティン・カサド(Martin Casado)がブログ記事で、パブリックソフトウェアを手がける企業がクラウドを運営する際の財政的負担についての懸念に言及したことから注目を集めた。
当初このような動きは特殊な例だと考えられていたが、密かに業務を引き揚げ始めている企業が増えているとカサドは語る。
こうした動きはクラウドへの移行を検討している企業にとっては注目すべき点であり、ビッグスリーにとっては顧客獲得するうえでまだなすべきことが残っていることを示している。
価格設定と人材獲得競争
たしかにAWS、マイクロソフト、グーグルクラウドのビッグスリーはこれまで、スタートアップや業務をまだクラウドに移行していない企業をめぐる戦いに注力してきた。
この競争で重要な鍵を握るのが価格設定であり、AWSは2021年、競合他社から「敵対的」であるとされたデータ転送料金をめぐって非難の的となった。こうした動きは、クラウドにかかるコストや、顧客が積極的に支払う意思があるものは何かという、より大きな問題に起因している。特に、クラウド市場には多くの選択肢があることを顧客は分かっているからだ。
企業がITインフラとして複数のクラウド事業者を利用する「マルチクラウド」が広がり始めていることから、ビッグスリーに対してコストの透明性を高めるよう求める圧力が強まっている。
また、データブリックス(Databricks)やスノーフレーク(Snowflake)などのソフトウェア企業は、クラウドに過度に依存しないベンダーとしての強みを活かして、ビッグスリーと対峙しようとしている。
ビッグスリーにとっては、イノベーションの原動力を維持し、顧客にサポートを提供し続けるには優秀な人材が欠かせない。だが問題は、こうした専門性の高い希少人材を、企業が競って獲得しなければならないことだ。
「業界のビッグプレイヤーの間で争奪戦が激化しています」とフューチャラムのニューマンは言う。「そうなると人材を獲得するには報酬を上乗せしなければならず、これが各社の経営を圧迫しています」
UBSは2021年、人材不足のリスクはわずかだとしていたが、実際にはクラウド専門家たちが自分の報酬を言い値で決められるほど深刻な人材不足の兆候が現れ始めているという。ビッグスリーが必要な専門家を雇えなければ、顧客獲得のペースが鈍化する可能性があると、UBSは指摘する。
サービス停止とセキュリティ脆弱性
市場の状況や規制の圧力も頭痛の種だが、それ以上にクラウド事業者にとっての最大のリスクは、サービス停止やセキュリティ侵害による評判の低下だとアナリストらは語る。
ロペス・リサーチ(Lopez Research)の主席アナリスト、マリベル・ロペス(Maribel Lopez)は、2021年の後半にAWSで障害が発生したことで多くの企業がバックアップと復旧計画について考えさせられることになったが、セキュリティ侵害を起こすのは「間違いなく最悪」だろうと語る。
確かに、完全無欠のクラウド事業者など存在しない。「信頼、信用、セキュリティ」はアマゾン、マイクロソフト、グーグルにとって最大の難題になるだろうと、ガートナーのアナリスト、ラジ・バラ(Raj Bala)は分析する。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)