ウクライナとの国境に接するロストフ地域のクズミンスキーで訓練するロシア軍の車両。1月26日撮影。
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ウクライナ情勢が緊迫化している。ウクライナを取り込む形で欧米とロシアの双方の軍隊が展開しており、偶発的な武力衝突が生じる展開が警戒されている。1月26日には「ノルマンディー・フォーマット」と呼ばれるフランス、ドイツ、ロシア、ウクライナの4カ国の高官協議が開催され、緊張緩和に向けた動きも活発化している。
1991年12月、旧ソ連が崩壊して生まれた現在のウクライナの政治は、その後30年の間、親欧派と親露派の間で揺れ動いてきた。度重なる通貨危機を経験し、現在の1人当たり年間所得はおよそ4000ドル(約45万円)弱とロシアの半額以下。数奇な運命をたどった、典型的な「失敗国家」(政府が国家の運営に失敗し、その責務を果たせなくなった国)がウクライナだ。
ウクライナの1人当たりの国内総生産の推移。
調査出所:世界銀行
こうした問題は、基本的に重層的な性格を持つ。
にもかかわらず、勧善懲悪的な説明が好まれる傾向がある。特に親欧派はロシア悪玉論を展開するが、ロシアにも当然だが言い分があるし、そこには納得できる点もある。ウクライナは確かに「被害者」であるが、欧米とロシアの間で巧く立ち回れず、自ら問題を大きくしたきらいも否めない。
いずれにせよ、各国は現状の維持に向けて交渉を繰り返していると考えられる。勢力均衡による秩序の維持は問題の先送りに過ぎないが、一方でこの問題の解決策はそれ以外に見いだしにくい。
特にヨーロッパからすれば、エネルギーをロシアに依存している実情があるため、ロシアとの関係をこれ以上こじらせたくないというのが本音だろう。
天然ガスを巡って微妙なドイツの立ち位置
ロシアのパイプ製造工場にて、パイプに描かれたノルドストリーム2ガスパイプラインプロジェクトのロゴ。
REUTERS/Maxim Shemetov
ヨーロッパのエネルギー問題を考えるうえで、ドイツとロシアを結ぶ天然ガスパイプラインである「ノルドストリーム2」の話が語られることが多い。既に完工しているこのプロジェクトだが、ドイツで稼働に向けた手続きが延期されている。このプロジェクトが稼働しなければ、ドイツが描く脱炭素化戦略の実現は、かなり難しくなる。
ドイツのメルケル前政権の肝いりであったノルドストリーム2だが、EUの立法府である欧州議会がこの計画に反対していた。基本的人権や民主主義を重視する欧州議会にとって、そうした価値観と相容れないロシアから天然ガスを調達することなど許されない。もちろん、ロシアへのエネルギー依存を弱めたいという安全保障上の理由も存在する。
12月に誕生したショルツ新首相を擁するドイツの与党、社会民主党(SPD)は基本的にノルドストリーム2の稼働に賛成している。一方で、連立のパートナーを組む環境政党、同盟90/緑の党はノルドストリーム2に反対している。同党の共同代表であるベーアボック氏が新政権で外相に就任した点も、問題を困難にしているといえる。
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領。
Sputnik/Aleksey Nikolskyi/Kremlin via REUTERS
ロシア産の天然ガスは、もともとウクライナを経由したパイプラインによってヨーロッパに輸出されていた。しかしロシアとウクライナの間で支払いを巡る争いが起き、それを嫌気したロシアとヨーロッパ(特にドイツとフランス)が、双方で納得して建設することになったのが、ノルドストリーム2でありその前計画であるノルドストリームだ。
ドイツはロシアの出方次第ではノルドストリーム2を停止すると警告しているが、それで困るのはむしろドイツの方だ。停止した場合、ドイツ国内の天然ガス価格の高騰は免れず、電力価格も一段と上昇することが想定される。ベーアボック外相という対露強硬派を抱えつつも、ドイツ側はロシアとの問題を複雑にさせたくないというのが内心だと言える。
中央アジアの安定が脱炭素化のカギという事実
フランス中北部ダンピエール・アン・ビュリーに立つ原子力発電所。
REUTERS/Benoit Tessier
フランスもまた、ロシアとの関係改善を模索せざるを得ない。
EUが描く脱炭素化戦略を実現する上で、フランスを中心とする原発推進の流れは欠かせない。これは4月の大統領選の結果で見直されるものでもない。そのフランスの原子力発電が、実はロシアの裏庭とも言える中央アジアの安定を前提としたものであることは、あまり知られていない。
1月24日付のル・モンド誌がユーラトム技術委員会のデータを基に報告しているように、フランスは2020年、原発の燃料になるウランの28.9%をカザフスタンから、そして26.4%をウズベキスタンから輸入した。残りはニジェール(34.7%)とオーストラリア(9.9%)だが、要するにフランスはウランの大半を中央アジアから調達している。
フランスは中央アジアとの関係を重視している。最大の原子力企業であるオラノ(旧アレバ)は、カザフスタンのカザトムプロムと合弁会社KATCOを1996年に設立、以降、カザフスタンでウランの採掘に努めている。2019年にはウズベキスタン国家地質鉱物資源委員会(GosComGeology)との間でも合弁事業(Nurlikum Mining)を立ち上げた。
それに、フランスはヨーロッパの中で中央アジアに外務省直轄の研究所(Institut français d’études sur l’Asie centrale)を持つ唯一の国でもある(ウズベキスタンのタシュケントで設立、現在はキルギスのビシュケクに移転)。フランスの中央アジアに対する関心は極めて高いが、その中央アジアの安定はロシアの出方にかかっている。
伝統的に、カザフスタンとロシアの関係は密接だ。年明け早々、カザフスタンで生じた反政府デモの鎮圧にロシアが乗り出したことは、その関係が盤石であることをよく物語っている。フランスを中心にする原発推進の流れが中央アジアの安定にかかっている以上、フランスもまたロシアとの関係をこれ以上こじらせたくないというところだろう。
交渉が決裂した際に双方が負う痛み
ドイツの首都ベルリンで合同ニュースカンファレンスに立つ、フランスのマクロン大統領(左)とドイツのショルツ首相。その心中は……。
Kay Nietfeld/Pool via REUTERS
エネルギーの問題を考えた場合、ヨーロッパはロシアに対して強く出ることはできない。緊張緩和に向けた交渉が決裂した場合、ドイツがノルドストリーム2を本当に停止させれば、国内のガス価格はさらに上昇するだろう。禍根を残す以上、それを将来的に稼働させることにも困難が伴う。ベーアボック外相が言うほど、問題は簡単ではない。
フランスもそうだ。ウランの調達はあくまでカザフスタンやウズベキスタンとの契約に基づくとはいえ、中央アジアへの影響力が強いロシアとの関係の悪化は経済安全保障上の脅威となる。ニジェールやオーストラリアからの調達にも限界があるため、ヨーロッパが描く原発の増設に基づく脱炭素化戦略は大幅な見直しを余儀なくされる。
とはいえ、交渉が決裂すれば痛みを負うのは、ロシアも同様だ。
通貨ルーブルは一段と売られることになり、通貨危機の様相を呈するだろう。これまでの経済制裁も、ロシアの経済を着実に疲弊させてきた。追加の経済制裁は、間違いなくロシアの経済の困窮につながる。交渉が決裂した場合にヨーロッパとロシアの双方が負う痛みは相当だ。
いずれにせよ、事態は重層的である。ヨーロッパとロシアの双方に思惑があり、その中でウクライナが揺れ続けている。この構図の中に勧善懲悪など成立し得ない。
今から30年前の話だが、旧ユーゴ連邦が崩壊した際、独立した国々が深刻な紛争に陥った。その際、西側メディアは一方的にセルビアを悪玉に仕立て上げた。しかし当時の日本は中立外交路線を堅持、各国の戦後復興を支援、高い評価を得た過去がある。
極端な時代だからこそ、そうした良い意味での中庸が求められるのではないだろうか。
(文・土田陽介)
土田 陽介:2005年一橋大経卒、06年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。