世界中で電気自動車(EV)の普及が進むなか、ドライバーに充電スポットを提供するだけでなく、充電方法も増やそうとするスタートアップ企業が相次いで登場している。
なかでも画期的なのは、充電ケーブルを一切使わない方法だ。米市場調査会社ガイドハウス・インサイツ(Guidehouse Insights)によると、充電市場は2030年までに2075億ドル(約24兆円)超規模に達すると見込まれており、その最先端を行くのがEV向けワイヤレス充電技術だ。
ずっしりと重いケーブルや大がかりな充電設備を使わなくても、専用のシステムを搭載したEVであれば、ワイヤレス送電装置の上に駐車したり走行したりするだけで充電ができる。装置の設置場所には、駐車場や施設、EVの配送バンやトラック、ライドシェア車両、バスなどの発着所などが想定されている。
ガイドハウス・インサイツの調査部門を率いるスコット・シェパード(Scott Shepard)主席研究員は、ワイヤレス充電市場について「まだまだ発展途上ですが、大きく伸びる可能性を秘めています」と話す。
しかし同社は、2030年までにEVワイヤレス充電器が充電市場に占める比率はわずか2%にとどまると予測しており(数量ベースで見ても、微々たるものにすぎない)、課題が立ちはだかっている。
この新たな技術の業界標準規格はいまだ確立されておらず、受電装置をEVに搭載するのにもEVメーカーの協力が必要になる。さらに、今後普及したとしても、富裕層向けのプレミアム製品になりかねない。
これらの課題を解決できれば、ワイヤレス充電には素晴らしい将来性がある。本稿では、課題を乗り越えようと奮闘する6社のスタートアップを紹介しよう。
ワイトリシティ(WiTricity)
WiTricity
本社:米マサチューセッツ州ウォータータウン
設立:2007年
調達額:1億4000万ドル(約161億円)
ワイヤレス業界で最も名が知られているのは、ワイトリシティだろう。磁界共鳴方式(送電側と受電側の共振器を磁界共鳴させて電力を伝送する方式)を採用した同社のワイヤレス充電器は2021年10月、韓国の現代自動車(ヒュンダイ、現表記はヒョンデ)EVのジェネシスGV60に初めて搭載された。
ワイトリシティは現在、ワイヤレス充電装置の製造を希望するメーカーとライセンス契約を交わし技術を提供しているが、自ら製品を市場に投入する予定もある。また、業界の競合だったクアルコム・ハロ(Qualcomm Halo)を2019年に買収している。
アレックス・グルーゼン(Alex Gruzen)CEOが打ち出したビジョンは、自動車が自律的にワイヤレス充電設備のある駐車場に行き、次の乗車時までに充電を完了させるというものだ。
「ワイヤレス充電は、ドローンや産業用ロボット、自動車など、自律移動が想定されるあらゆる場所で重要になってきます。私たちが目指しているのは、優れた顧客体験を提供し、自律移動のための環境を整え、多くの人にEVを所有してもらうことです」とグルーゼンは語る。
グルーゼンが掲げたビジョンには、列をなして待機するタクシーや、トラックヤードで荷の積み替えをするトラックも含まれる。「充電場所を分散させることに、もっと投資するべきだと思います。『充電するために目的地に行く』というよりも、『駐車したついでに充電する』となることが大事です。充電スポットの数は非常に限られていますから」と話す。
エレクトレオン
Electreon
本社:イスラエル・テルアビブ
設立:2013年
調達額:6000万ドル(約69億円)
エレクトレオンは、ワイヤレス充電の実現に向けた官民連携プロジェクトがすでに5件も進行中である。スウェーデン、イスラエル、イタリアで各1件、ドイツで2件(フォルクスワーゲン(Volkswagen)の車両を使った実証実験を含む)。また、イスラエルの大手バス会社、ダン・バス(Dan Bus)と940万ドル(約11億円)の提携を結び、運行する200台のバスに充電インフラを提供することになっている。
同社の北米担当マネージングディレクターであるステファン・トングール(Stefan Tongur)は、駐車場でのワイヤレス充電の需要は高まるとみているが、実際に目を向けているのは充電ケーブルを使わない走行中の充電だと言う。実用化されれば、商用車を長時間ノンストップで走らせることができる。
「どんな事業であっても、商用車の稼働率を高め、所有コストを削減することができます。それが創業以来の私たちの強みです。現在は大規模な実証実験を行い、多くの企業とも提携しています」とトングールは話す。
ヒーボ(Hevo)
Hevo
本社:米ニューヨーク州ブルックリン
設立:2011年
調達額:1000万ドル(約12億円)
ヒーボは特段目立つ存在ではないが、過去10年間でワイヤレス充電のハードウェアとソフトウェアを幅広く開発してきた。
そのラインナップには、EV用のワイヤレス機器(自動車メーカーで取り付けたり、アフターマーケット部品として後付けできたりする受電装置や充電用アダプター)、路面に設置されるワイヤレス送電装置、付属の送電ユニット、そしてルート検索、オンライン決済、充電管理ができるスマホアプリなどがある。
同社のワイヤレス充電装置は、1時間の充電で24マイル(約39キロ)の距離を走行できる。現在、商用車向けにアフターマーケットオプションとして販売されている。
ジェレミー・マックール(Jeremy McCool)CEOの采配の下、2015年に最初の実証実験を開始し、現在はワイヤレスの高速充電技術の開発に取り組んでいる。2024年にはワイヤレス充電装置を搭載したEVの生産台数が増加すると見込んでいる。
ウェーブ(Wave)
Wave
本社:米ユタ州ソルトレイクシティ
設立:2011年
調達額:EV関連企業アイデアノミクス(Ideanomics)が5000万ドル(約58億円)で買収
ウェーブが採用しているのは電磁誘導方式で、電流を車両側に非接触で誘導する技術だ。CEOとして陣頭指揮を執るのは、中国の自動車メーカーBYDのトラック製造部門で経験を積んだアーロン・ギルモア(Aaron Gillmore)。BYDで商用車の電動化を妨げている問題を目の当たりにした。
ギルモアは2021年に次のように話している。
「明らかに、これはインフラの大きな問題です。充電の高速化が進められていますが、それに伴い、充電器がどんどん重くなっています。
石油から電気に移行する際に悩ましいのは、航続距離、コスト、重さ、使い勝手のバランスです。私たちにとって開発の鍵となるのは、商用車のワークサイクルをどのように最適化するか、という点をしっかりと考えることです」
モメンタム・ダイナミクス(Momentum Dynamics)
モメンタム・ダイナミクス/カンザスシティ国際空港
本社:米ペンシルベニア州マルバーン
設立:2009年
調達額:7000万ドル(約81億円)
創業者兼CEOのアンドリュー・ダガ(Andrew Daga)は、NASA(アメリカ航空宇宙局)での勤務経験や国際宇宙ステーション用の電磁誘導式充電器の開発に携わったことがきっかけで、モメンタム・ダイナミクスを設立した。
オスロで行われた実証実験では、EVタクシーの運行効率を上げることに成功した。CNBCの報道によると、モメンタム・ダイナミクスの送電プレートがタクシーの待機場所に設置され、タクシーには受電装置が搭載された。ノルウェーは世界に先駆けてEVへの移行を進めており、2021年に同国で販売された新車の3分の2近くがEVだった。
モメンタム・ダイナミクスは2021年12月、カンザスシティ国際空港のEVバスにワイヤレス充電システムを構築する15億ドル(約1725億円)規模のプロジェクトを開始すると発表した。2023年初頭の完成を目指す。
2022年1月のプレスリリースによると、同社はこれまでEVバスとトラックに注力してきたが、今後はグローバルな事業展開を目指し、製品ラインナップを拡大していくという。
インテグレイテッド・ロードウェイズ(Integrated Roadways)
Integrated Roadways
本社:米ミズーリ州カンザスシティ
設立:2006年
調達額:350万ドル(約4億円)
インテグレイテッド・ロードウェイズが開発したスマート・ペイブメント(スマート舗装)は、道路や駐車場に敷設され、無線で接続された自動車にルート案内や交通情報を送信できる機能を備える。
このスマート・ペイブメント(インテグレーテッド・ロードウェイズが言うところの「不動産」)には、同社が開発したワイヤレス充電システムはもちろん、他社製も設置可能で、ドライバーに充電情報を知らせることができる。
敷設工事には最小限の工数で済むというワイヤレス技術を駆使し、市や州にソリューションを提供することを目指している。実用化されれば、走行するEVの充電状態や速度をモニターし、需要のピーク時の料金を定め、充電を停止すべきタイミングも助言できる。
「町の中やその周辺の道路を見れば、そこがどのような自治体なのか一目瞭然です。多くの自治体は道路利用者のニーズに全然対応できていません。従来の道路では、満足のいくサービスは提供できないのです」とティム・シルベスター(Tim Sylvester)CEOは話す。
「私たちは、現代文明のニーズに応える高度な建設技術と、次世代を支えるネットワーク機能を融合させたのです」
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)