《前回までのあらすじ》
会社の人間関係に自信が持てないシマオ。周りのみんなとうまく付き合いたいと思うシマオに、「同僚は“友だち”ではない。利害関係でつながっているだけ」と佐藤優さんは言い切る。佐藤さんいわく、会社の人間関係で大切なのは、友情ではなく信頼関係。「じゃあ、信頼関係を作るには?」と尋ねるシマオに、佐藤さんはなんと答えるのか……?
仕事を円滑に進めるためのキーワードは「派閥」
佐藤さん:そもそも人間関係の摩擦はなんで起きると思いますか?
シマオ:やっぱり、自己中心的な人がいたり、人の気持ちを考えられない人がいたりするからですかね?
佐藤さん:そうです。だけど、仕事をしていたら利己的にならざるをえない場合もあるでしょう。奉仕活動をしているわけではないんですからね。
利益を追求している以上、利害関係の衝突は必ず起こるものです。会社の部署間の利害や、同じ部署であっても複数の人の利害がいつも同じなんてことはありえませんよ。
シマオ:たしかに、僕が営業部で新規のお客さんから受注しようとしたときに、別の人から「既存の顧客とバッティングするから手を引いてくれ」とクレームしてきた人がいたな。会社全体の利益になるんだから別にいいじゃん、ってちょっとイラッとしました。
佐藤さん:同じ会社の社員といえど、みんな自分の利益が守られている上での、会社全体の利益というわけですよね。
シマオ:まあ、結局は自分が一番可愛いってことですかね。でもそんな中だったら信頼関係なんて作れないんじゃないですか?
佐藤さん:信頼関係を作るために、必要なものがあります。
シマオ:あ、それが前に言ってた……?
佐藤さん:「派閥」です。派閥とは何だと思いますか?
シマオ:政党とか組織の構成メンバーが作るグループのようなものですよね?
佐藤さん:そうです。「派閥」とは共同体のことであって、ひとつの有機体とも言えます。構成要素によってまったく違う性質を帯びる。
組織を生命に見立てた時に、全体がまとまるよう能動的に作用するものが、この「派閥」というものなんです。
シマオ:有機体? 生き物みたいですね。
佐藤さん:組織も派閥も生き物ですよ。簡単に言いますとね、派閥とは何か大きな共通の目的を持ったグループのことなんです。 それによって、組織内部のコンフリクトが極小化されるというメカニズムです。
シマオ:共通の目的……。 それを目指すと争いがなくなる?
佐藤さん:共通の目的を達成し、利益を最大化するために、派閥の人たちはそれぞれ試行錯誤する。利己的に動くことが目標達成のためにマイナスになると分かれば、人は周りとうまく付き合おうと自分の感情を調節するのです。
「派閥は有機体。内的要因、外的要因の影響を受け合理的に機能する」と佐藤さんは言う
シマオ:なるほど。性格の合う合わないは一旦おいて、会社の中ではその目的、目標を誰と共有するかが大切……ということでしょうか。
佐藤さん:はい。ひとつの目的、利益を最大化するために、小さな意見のぶつかり合いは調整されます。 つまり、人と人の間に共通の目的があり、メンバー全員がその方向を見ている状況だと、対立が表面化しないという効果があるんです。
シマオ:派閥としてこう決めた、ということだったら、人は自分を律せる……。
佐藤さん:そうです。それによって、組織内部は健全な拮抗関係が保てますし、それが「信頼関係」に結びつく、ということです。
人間は群れを作る動物である
シマオ:でもやっぱり、派閥なんて僕のレベルでも存在するんですかね?
佐藤さん:あなたに見えていないだけです。政治の世界のように「〇〇派」と名前は付いていなくても、組織には部や課とは関係ないところで派閥はいくらでもあります。3人いれば、必ず派閥はできる。人が集まればまずその中の2人がくっつき、そこからだんだんとでき上がっていくのです。
シマオ:出身地や出身校であったり?
佐藤さん:そうです。それだけではなく、趣味や関心といったところでもできますよ。
人間は群れを作る動物だから、派閥は絶対あります。アリストテレスの『政治学』を読むと、「人間は群れを作る」という前提で政治は考えられていることが分かりますよ。
シマオ:アリストテレス……たしか哲学の授業で習ったような……。
アリストテレス(前384-322):古代ギリシアの哲学者。 ソクラテス、プラトンとともに西洋最大の哲学者のひとりとされる。 その著書『政治学』では、人間にとっての最善な国のあり方、実現可能な最高善としての国制に関して論じている。
佐藤さんの本棚には海外の文献がずらりと並ぶ。
佐藤さん:アリストテレスは歴史上最も優れた哲学者のひとりですが、彼はこの本の中で「人間はその本性において“ポリス”的動物である」という定義を掲げたんです。
シマオ:ポリス?
佐藤さん:ポリスというのはギリシア語で「国」という意味です。アリストテレスはこの国という存在を「人間の最高の善をめざしている共同体」と考えていた。
シマオ:最高の善? 一気に話が哲学的になりましたね。
佐藤さん:そう。人間は自分たちが“善い”と思うことのために思考し、行動する動物です。ですから、その人間が形成する共同体は、すべて何かしらの“善”を目指して作られている、とされているんです。分かりますか?
シマオ:何となく……。僕たちは“善い”行いをするために共同体をつくる……。
佐藤さん:はい。その中でも、最も優れていて、他のものを包含している“善”を最高の方法でめざしているのがポリス(国)というわけです。 つまり派閥というものは、人間の群れをつくる本性、善いことを求める本性を形にした共同体であって、地球上のあらゆるシステムは、この性質をもとに構築されているのです。
シマオ:だから僕たちも派閥が必要になってくる、ということでしょうか?
佐藤さん:そうですね。派閥や共同体という言葉が少し硬いかもしれません。グループということにしましょう。 もし会社での人間関係がうまくいっていないと思っているのなら、それはグループへの介入がうまくいってないんです 。
シマオ:それは、僕もどこかしらのグループに属さなくてはいけないってことですか?
佐藤さん:もしあなたが今よりもっと居心地のよい職場環境を求めているなら、利害関係を共にする同士を見つけた方が仕事は格段にしやすくなります。
前回、「同僚は“友だち”ではない」と言いましたよね?
シマオ:はい。
佐藤さん:同僚は「会社での目標、目的を共有できる人」と考え、誰とだったらその関係を築けるか考えてみてください。よ〜く周りを見てね。そしてグループを作る。といっても仲良しサークルを作れと言っているわけじゃない。
会社で何をやりたいか、何を目指しているそのグループのメンバーに聞いておくのです。少しずつお互いの意見を交換し、信頼を醸成していく。そして何か仕事で問題が起こったり悩んだりしたら、このグループの中の人に相談して、解決をするのです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:これができれば、友情ではなくとも、信頼という深いつながりを感じることができます。信頼というものは、仕事を進める上で非常に有効な武器なんです。
シマオ:深いつながり……。たしかにそう思うと、悩んでいることも少し冷静に考えられますね。
佐藤さん:人間関係のこじれは、1人では解決できません。どこかグループに属し、同調の力を利用して、衝突でできた突起をなだらかにするのです。視座が複数あることで、高次な問題解決も可能になりますよ。
シマオ:3人寄れば文殊の知恵的な?
佐藤さん:そうですね。健全な派閥の均衡は、会社にも人にもいい意味の安定をもたらすんです。これは組織に属している人にだけ言えることではありません。フリーランスの人も、同じ業種や、同じクライアントを持つ人たちでグループを作ることにより、仕事上でのトラブルを回避できることはたくさんあります。
外務省にいた頃から合理性を貫いてきた佐藤さん。
上下関係の前では専門性が強みになる
シマオ:ところで、佐藤さんは外務省で働いていたんですよね? 上下関係とか厳しかったんじゃないですか?
佐藤さん:厳しい面もありましたが、私にとって働きにくい環境ではありませんでした。外務省では、いわゆるキャリアとノンキャリアの世界がはっきりと分かれています。私は、同志社大学で神学を研究した後に、外務省の専門職、つまりノンキャリアとして入省しました。
シマオ:ノンキャリア。もちろんキャリアのほうが階級としては上?
佐藤さん:そうです。キャリア組同士は必然的に出世レースになりますので、そこは熾烈な戦いが繰り広げられていたと思いますが。私にいたっては特に上下関係に苦しめられたことはありませんね。
シマオ:(それって佐藤さんだからじゃ……)
佐藤さん:ノンキャリアはキャリアの敵じゃないんです。私たちノンキャリアはキャリアの出世をおびやかすことはない無害の存在。つまり棲み分けができていたのです。
だから私はキャリア組に対して「なんでそんなに仕事ができないんですか?」などと、好き勝手言っていましたよ(笑)。 「やる気がないんですか? それとも力がないんですか? 両方ですか?」ってね 。
シマオ:え!
佐藤さん:外務省のような優秀な人材が集まる世界だと、仕事ができないと居心地は悪いですが、逆に仕事ができれば何の問題もありません。徹底的な実力主義は意外と居心地がいいんですよ。
あと、大使館は上下の構造がいたってシンプルなんです。私が上下関係と認識していたのは、大使(駐ロシア日本国特命全権大使)と担当公任。あとの上司は私には関係ない。
シマオ:そんなこと言って、キャリアの人たちは怒らないんですか?
佐藤さん:怒りませんよ。といいますか怒れません。だって私が働かないと仕事が動きませんからね。
例えば、日本から報道記者がロシアに来ることになりますよね。上司から「まだ確定していないが、とりあえず現時点の記者のリストをロシア語に訳せ」という仕事を頼まれるわけです。でもまだ修正が入りますし、今やっても無駄ですよね。その時は「やりません」と言えばそれで終わりです。
シマオ:(扱いにくい部下ですね……)
佐藤さん:ロシア語ができる人が少ないから平気で言えます。ロシア語の翻訳ができて、ロシア情勢に詳しく、分析力も高い。他にいますか?ってね。私にはこの専門性があった。
シマオ:佐藤さん、本当に強気ですね。
佐藤さん:強気というより、合理的に仕事をしていただけです。でも、自分の強みは絶対に持っておくべきです。その強みこそが、あなたを上下関係から解放するのですよ。
シマオ:強み……。そんなものない……。
佐藤さん:今からだって間に合いますよ。何かひとつでもいい。自分が得意なもの、好きで伸ばせる分野を見つけてください。誰かキーパーソンとの強固な人間関係でもいいですよ。関係構築がひとつの強みになるケースもありますから。
シマオ:そんな簡単に言わないでくださいよ。佐藤さんはキャリア組へのコンプレックスなんかなかったんですか?
佐藤さん:あ、実は私にも、途中、キャリア登用の話もあったんですよ。でも、スタートラインが違うと、どう頑張ってもプロパーでキャリアの人には後れをとってしまう。そう思うと、ノンキャリアのままで、好きなように仕事をできる環境がいいな、と思い断りました。
シマオ:もったいない!
佐藤さん:私が職場の人間関係であまり悩まなかったのは、自分の目的がはっきりしていたからかもしれません。みなさん、同僚や上司や、いろいろと目を向けすぎです。 会社は仕事ををするところです。仕事の目的、目標、好きなこと。これがはっきり見えたら、人間関係の問題で何をしたらいいか、自然と答えが出ると思います。
※この記事は2020年2月12日初出です。連載第3回はこちら。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。