REUTERS/Stephen Lam
2022年1月3日、アップル(Apple)の時価総額が一時的に3兆ドル(約340兆円)を超えました(※1)。
アップルは2018年8月に世界で初めて1兆ドルの時価総額を達成した企業です(※2)。1980年の上場から38年かけて1兆ドルの大台に乗せたわけですが、そこからわずか3年5カ月で時価総額をさらに3倍にまで押し上げたのです。
世界の時価総額ランキング上位を占めるGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック(現メタ)、アップル、マイクロソフト)の中でも、アップルの時価総額は他社を上回っています(図表1)。
(出所)CompaniesMarketCap.com(2022年1月6日時点)より筆者作成。
ちなみに、2021年度におけるアップルのPBR(株価純資産倍率:純資産に対して時価総額が何倍かを示す指標)は44.7倍(時価総額2.8兆ドル÷純資産631億ドル)。これを不動産で例えるなら「簿価1億円の土地を市場に売りに出すと、44.7億円の値がつく」という意味です。こんなところからも、アップルのすごさの一端が分かりますね。
なぜこんなに負債が多いのか?
このように、日本円にして時価総額300兆円を超えるアップルですが、その財務諸表を見ていると気になることがあります。それは「有利子負債が多く見える」という点です。2012年までは無借金経営だったのに、その後じわじわと有利子負債を増やし、2021年は純資産の2倍近くの有利子負債を抱えるまでになっています(図表2)。
(出所)Apple Inc. FORM 10-QおよびStrainerより筆者作成。
その一方で、純資産はここ5年で減り続けているのも奇妙です。というのも、会社というのは普通、利益が出ればそのぶん純資産が増えるはずだからです(図表3)。
編集部作成
アップルの純利益は過去10年間で259億ドルから947億ドルへ、3.6倍以上にもなっています。十分すぎるくらい利益を出しているのに、なぜアップルの純資産は減り続け、有利子負債は増え続けているのでしょうか?
そこで今回は、世界一の時価総額を誇るアップルの奇妙な財務戦略の謎に迫っていくことにします。
アップルはどれだけのキャッシュを生み、どう使ってきたのか
まず、アップルがこれまでどれだけのキャッシュを生み、それをどう使ってきたかを確認しましょう。
図表4をご覧ください。これを見れば一目瞭然なように、アップルは2012年以降、一貫して500億ドル以上の営業キャッシュフロー(CF)を安定的に生んできました。
一方、投資CFはというと、2017年までは営業CFを超えない範囲で使われていましたが、2018年以降は一転、ほとんど投資にはお金を使っていないようです。
(出所)Apple Inc. FORM 10-QおよびStrainerより筆者作成。
営業CFと投資CFを合計したものを「フリーキャッシュフロー(FCF)」と言います。企業が自由に使えるお金であるFCFも、アップルは過去11年間ほぼプラスと、実にキャッシュリッチな経営をしています。
キャッシュがこれほどたくさんあるのに投資に回すわけでもないとしたら、アップルはキャッシュをいったい何に使っているのでしょうか?
その答えは、財務CFを見ると分かります(図表5)。
実はアップルは、稼いたキャッシュをせっせと株主還元しているのです。その額、2021年度でなんと約1005億ドル(約11.6兆円)。財務CFの内訳を見ると、自社株買いに約860億ドル、配当に約145億ドルものお金を使っていることが分かります(図表6)。
この株主還元の傾向は2018年以降に顕著になっています。実はこの時期、アメリカでは大規模な税制改革が行われ、法人税率が35%から21%へと引き下げられたのです(※3)。
もともとアップルは2012年8月ごろから株主還元策を始め、2000億ドル分の自社株買いを含めて合計で2750億ドルもの株主還元をしてきました。そこに加えて2018年に法人減税が行われると、アップルは1000億ドルもの自社株買いの枠を設定するとともに、配当を16%増やしました(※4)。
財務CFを見ると、株主還元に加えてもう一つ興味深いことに気づきます。それは、アップルは借入も行っているということです(先の図表6)。額にすると2021年度は204億ドル(約2.3兆円)にもなります。アップルはなぜ、これほどの借入をしてまで株主還元にいそしむのでしょうか?
キャッシュがあっても負債を活用し「レバレッジ」効かせる
アップルが借入をしてまで株主還元している理由——その種明かしを先にしてしまうと、アップルはこうすることによって、資金を効率的に使っているのです。
こんな例で考えてみましょう。ここに100億円のプロジェクトがあります。ケース1では、100億円の金額すべてを出資でまかなうこととします。一方ケース2では、80億円を金融機関の借入でまかない、20億円だけ出資することとします。
ケース1と2では、B/S(貸借対照表)で考えるとどちらも資産は100億円ですが、B/Sの右側、つまり負債と純資産の構成(これを「資本構成(キャピタルストラクチャー)」と言います)が異なります。
筆者作成
さて、この100億円のプロジェクトが仮に、10億円のリターンを得るとしましょう。
ケース1では、100億円の出資に対して10億円のリターンが得られるわけですから、利回りは10%(10億円÷100億円)ですね。
ではケース2はどうでしょうか。金利が仮に5%とすると、金融機関に80億円×5%=4億円の支払いをして、残った6億円(10億円−金利4億円)が得られることになります。
この場合、出資者が得るリターンの絶対額は10億円から4億円に減ってしまいますが、利回りはなんと30%(6億円÷20億円)と、投資効率は3倍にも高まります(図表8)。これが、ファンドビジネスなどが得意とする「レバレッジ」と呼ばれるものです。
思考実験をもう少し続けましょう。
ここに100億円持っている投資家がいます。この投資家の手元に、ケース2と同じ条件の投資案件が5つあるとします。仮に5つの案件それぞれに20億円ずつ投資すると、リターンは6億円×5=30億円になりますね。
プロジェクトそのものは先ほどから何ら変化していません。にもかかわらず、プロジェクトから生まれるリターンをどのように分配するのか、そこにどうレバレッジをかけるのかによって投資家が得られる投資リターンにこれほどの違いが出る、というのがここでのポイントです。
自社株買いで効率的にリターンを高める
アップルはこの点を活用して、実に巧みな財務戦略をとっています。どういうことか、もう少し深掘りして説明しましょう。
B/Sの右側は、負債(デット)と純資産(エクイティ)から構成されます。多くの会計本で解説されるように、デットは返す必要があるお金、エクイティは返さなくてもいいお金ですが、両者を「資本コスト(資金を調達するのにかかるコスト)」という観点で比べると、「デットの資本コストよりも、エクイティの資本コストのほうが高くつく」という特徴があります。
企業がお金を調達する際には、デットを通じた銀行からの借入や社債の発行と、エクイティを通じた株式での調達があります。投資家から見ると、デット(銀行の融資や社債)は、金利は低いもののそのぶん相対的にエクイティよりも安全(投資元本の回収の可能性が高い)ということになります。
これに対してエクイティ(株式投資等)は、大きなリターンを見込めることもありますが、デットよりもその分リスクが大きくなります。
先の例で、デットは金利5%に対して、エクイティは30%の利回りだったのは、まさにデットとエクイティのリスクとリターンの差を表現したものなのです。
このことを踏まえると、企業はデットでの調達を進めることで、低い調達コストで資金を集められ、ひいては投資効率を上げられるというわけです。
このように、仮に十分なキャッシュを持っていたとしても借入を活用してレバレッジをかけることで、(主に株主の)投資効率を上げることができます。負債を活用して自社株買いをすることを「リキャップ(Recapitalization)」と言いますが、アップルはまさにリキャップを通じて株主の投資リターンを効率的に高めているのです。
以下に再掲するように、アップルの「負債が増え、純資産が減っている」という一見摩訶不思議な現象は、このリキャップによって起きていたというわけです。
(出所)Apple Inc. FORM 10-QおよびStrainerより筆者作成。
ここまでで、なぜアップルは潤沢な利益を稼ぎ出しているのに純資産が減り続けているのか、それに反して有利子負債が増え続けているのかを検証してきました。
次回は、近年のアップルがいかに資金効率を高めて巧みな財務戦略を行っているか、他のGAFAMやスティーブ・ジョブズCEO時代と比較しながら、その強さの秘密に迫ることにしましょう。
※1 「アップル時価総額、一時初の3兆ドル 東証1部の半分に迫る」日本経済新聞、2022年1月4日。
※2 「アップル、時価総額が初の1兆ドル超え 世界初」BBCニュース、2018年8月3日。
※3 「アングル:アップルが記録的株主還元、米減税『勝ち組』筆頭に」ブルームバーグ、2018年5月2日。
※4 Apple, “Reports Second Quarter Results,” May 1, 2018.
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。