会社の人間関係の考え方、友人の重要性を教えてもらったシマオ。人間関係に関するモヤモヤとした気持ちは少しずつ晴れてきたが、1つ気がかりなことが残っていた。それが「結婚」と「家族」という問題である。「社会人になったら、いずれは結婚し、家族を持つ」という社会通念はもう古い。しかしそう思いながらも、周りからの「結婚」プレッシャーに少しずつ焦りを感じてきたシマオに、佐藤優さんはどのような示唆を与えるのだろうか。
結婚は強力なセーフティネットのひとつ
シマオ:佐藤さんの人間関係の考え方を聞いて、かなり気持ちが晴れました。正直、こういうもやもやした悩みって誰にも話せなくて。
佐藤さん:かまいませんよ。会社の人間関係、友人と若い時にはいろいろと悩みがつきものです。根が真面目な人は、1つのものごとにきちんと向き合おうとするので、悲観的になりやすいですよね。
シマオ:ええ、僕も自分自身、本当に悲観的だな、って、思います。
先日も友人の結婚式があったんですが、おめでたいのはおめでたいんですけど、どんどん落ち込んできちゃって。僕って結婚できるのかな、それほど誰かに必要とされるのかな、とか、独り身のままで孤独死したらどうしよう、とか。
佐藤さん:それが悲観的。
シマオ:ですよね。自分でも思います。
佐藤さん:シマオ君は結婚したいんですか?
シマオ:それが、結婚というものに実感がわかないというか、したいかと言われたら正直、したくないかもしれません。自信がないとういうか。
佐藤さん:自信ですか。ちなみに相手は?
シマオ:いないんですけど(笑)。もし仮に彼女がいたとしても、いざ結婚するとなると経済的な不安が大きいな、と。
佐藤さん:一番の不安はお金のことですか。
シマオ:はい。家族を養っていくと思うと、その責任を自分が負えるのかどうか。僕自身、これからの将来をすべて肯定的に考えられているわけではないので。正直、ときどき生きるのって辛いなあ……と思うこともしばしばです。
そもそも、人はなんで結婚をするんですかね?
佐藤さん:それは簡単です。1人より2人の方が経済的にも精神的にも心強いからですよ。社会が不透明かつ不安定な状況になるほど、人は人とのつながりを求め、揺るぎない基盤を作ろうとします。これは“派閥”の時の話にも通じることですが、「安定したい」という共通目的のための共同体を作ろうとするのです。
佐藤さん:そう思います。あらゆるリスクを回避したいという動物の自己防衛の一種だと思っています。
シマオ:じゃあ、やっぱり結婚しないと……。
佐藤さん:いやいや、それは違います。私は基本的に、結婚するとかしないとかは個人の選択だと思っていますし、独身だって立派な家庭は作れますよ。それこそ、前回話した友達などが周りにいれば十分だと思います。
シマオ:(ほっ)
佐藤さん:角田光代さんの『八日目の蝉』や『対岸の彼女』を読むと、さまざまな形態の家族があると皮膚感覚で分かります。
シマオ:あ、読んだことがあります。家族は結婚だけで作られるものではない、ということか。
佐藤さん:ただ、結婚は人生最大のセーフティネットだということは覚えておいてください。今は健康だとしても、今後、もしあなたが身体を壊した時、パートナーが代わりに頑張ってくれれば保険となるし、仕事で失敗した時なども、パートナーやその周りの人たちからのサポートで新しい活路が開けたりします。
離婚経験者の佐藤さんだが、それでも結婚には合理性があると言う。
シマオ:たしかに僕は特にこれといったコミュニティにきちんと属していないので、社会的基盤がないというか、腰が落ち着かない気持ちになったりしますね。
佐藤さん:経済的にはもちろんのこと、家庭というのは精神的にも大きな安全弁となってくれる可能性があります。ストレスフルな社会の中、家庭やコミュニティの役割は、仕事で抱えるストレスを緩和できる場所とも言えると思います。
シマオ:そうなんです。ほっとできる場所を作りたいって気持ちはすごくあります。この気持ちが“群れ”を欲する気持ちなのか。
佐藤さん:はい。人間にとって結婚という“群れ”を作るのは生物学的に自然な傾向なのです。経済的にひっ迫するからと言って結婚を避けていても、1人でいることによる精神的孤独感により鬱病になってしまっては、どちらが経済的に正解なのかは分かりませんよね。
シマオ:なるほど。結婚はただただお金がかかるということではなく、長い目で見れば合理的ということですかね?
佐藤さん:はい。でもまあ、それは相手次第ですけどね(笑)。
シマオ:ですよね……。
家族とはお互いに理解できない人たちの共同体
シマオ:少し突っ込んだことをお聞きますが、佐藤さんは結婚してますよね?
佐藤さん:はい。私は、1度目は25歳で結婚して14年後に離婚しました。そして45歳のときに再婚しまして。いろいろありましたが、今はやはり結婚はいいものだと思っています。
シマオ:家庭での佐藤さん……。想像できないです。
佐藤さん:まあ、でも、家庭は本当にいろいろありますよ。トルストイの『アンナ・カレーニナ』という小説があってね。その序文でも「すべての幸福な家庭は互いに似ている。不幸な家庭はそれぞれの仕方で不幸である」と言ってるんです。
シマオ:それぞれの仕方で不幸……?
佐藤さん:うまくいっている結婚生活はだいたい同じような条件の上に成り立っているということです。夫婦で尊敬し合っている、経済的に余裕がある、お互い攻撃的にならない、ということが多いですね。
しかし結婚に失敗してしまう理由は千差万別。統計的に分析しても、はっきりとした共通要因は解明できないのです。こればかりは、他人の知識、経験から学習しても再現性が低いので、きちんとした教科書がありません。
シマオ:僕の友達も長く付き合ってから結婚したのに、半年で離婚しました。一緒に住んだら、あまりに知らない面が多くてやっていけなかった、って言っていました。僕なんかは「あんなに長く付き合っておいて、なんで相手のことが分からないのかな」とか思いましたが。
佐藤さん:理由は人それぞれ。夫婦のことは誰も知る由のないことです。ただ1つ言えるのが、結婚する前に相手の価値観、生活習慣は必ず知っておきなさい、ということですね。
シマオ:さらにハードルが高くなりました……。佐藤さんは家庭生活で努力していることとか、大切にしていることとかあるんですか?
佐藤さん:そうですね。家族間でも過度に期待しすぎない、過度に距離を縮めないようにする、ということですかね。
シマオ:佐藤さんらしいお言葉……。
佐藤さん:夫婦関係を考える上で西川美和さんの『永い言い訳』という映画を見たらいいですよ。関係が完全に冷め切っている夫婦の話なんですけどね。夫の不倫中に、妻が女友達との旅行中にバス事故で亡くなってしまうという話で。
シマオ:どこもかしこも不倫……。
佐藤さん:夫は妻を亡くし苦しみに耐える夫を演じていくんだけど、やはり良心の呵責があって、その女友達が遺した子どもたちの面倒をみるんです。夫と亡くなった妻の間には子どもがいなかったこともあって、その女友達の子どもたちとの交流を通して、家族の愛情みたいなものを取り戻したような気になってる。
シマオ:はい。
佐藤さん:でもね、ある日、妻が生前、携帯に下書きしていた自分宛のメールを見てしまって。
シマオ:なんて書いてあったんですか?
佐藤さん:「もう愛してない。ひとかけらも」と。
シマオ:怖!
佐藤さん:夫はそこで、今まで知らなかった妻の本心を知ってしまうんです。それで最後、夫は死んだ妻に手紙を書くんですよ。妻への後悔と懺悔の念をね。「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない」と。
シマオ:一緒にいる時間は長かったのに、身近すぎて努力を怠ってしまうってことですか?
佐藤さん:そう。夫婦は、もともと他人同士だった2人によって構成される共同体です。他人は本質的に理解し合うことはできない。理解し合えないという上で、お互い思いやる努力を続けなければいけない。一度結婚したからといってその座組に慢心すると、必ず崩壊します。
シマオ:勉強になります……。
佐藤さん:私も離婚経験者ですからね。この言葉の意味は非常に重いと思います。
シマオ:もし結婚するようなことになったら、佐藤さんに相談させてもらいたいな……。
日本の制度の変革と自己判断の両輪で生き残る
シマオ:しかし、この歳になると、実家の両親からのプレッシャーも大きいんですよね。結婚は当たり前のものとして話してくるので、実家に帰るのが億劫で。
佐藤さん:地方に住むご両親は特にそういう傾向がありますよね。
シマオ:佐藤さんのご両親もそんな感じでした?
佐藤さん:うちの場合は特殊な環境ですからね。父も母も私の意向を第一に尊重してくれました。むしろ自分でものごとを考えない方がいけないと教えられていました。
シマオ:さすが佐藤さんのご両親。
佐藤さん:私の母は久米島出身で沖縄戦を経験しています。父も東京大空襲を経験して、中国に渡ってもいる。2人ともあの戦争を直に経験しているのです。
その当時は政府もマスコミも国全体が嘘をつくような環境でした。ですから、僕には「生き残るための選択」として勉強をさせ、嘘に惑わされず自分で判断できる能力をつけさせてくれたんだと思います。
シマオ:へええ。
佐藤さんの知性はご両親からの教えが源泉となっている。
佐藤さん:その能力は今でも必要なものですよ。最近、あなたのように、「将来を不安に感じる」という悩みを学生たちからよく聞きます。そんな悩みを聞くたびに、この日本の制度が変わらないと若者たちは前に動けなくなってしまうと危機感を持ちます。
シマオ:制度ですか。
佐藤さん:具体的に言うと、消費税を上げて、教育と介護、医療を無償化していかないといけないんですけどね。でも、そうなると当面の可処分所得を持っていかれるから、みんな消費増税に反対しますよね。
シマオ:消費税は上げてほしくないな。単純な考えですが。
佐藤さん:それは政府を信用していないからです。そのためには抜本的に日本の政治、制度の構造を変えないといけない。変えないといけないのは分かっているけれど、それは今日明日にできるものではありません。なので学生には、今、自分の人生の組み立ては自分でしなければいけない、と言っています。
シマオ:その時に家庭というセーフティネットが役立つこともある、ということか……。
佐藤さん:そうなんです。家族を作るべきか否かの話に戻りますと、あなたの人生を支えてくれる相手、また支える覚悟があるパートナーとだったら、もちろん作った方がいい。しかしそれは必ずしも結婚という制度に縛られる必要はありません。今は家族の形も多様化しています。パートナーでなくとも、家族に類するコミュニティを作れば、不安は解消できると思います。
シマオ:そう考えると最近、人と深く関わってこなかったかもと反省します。少し視野を広げて誰かと向き合ってみようかな。
佐藤さん:そうですね。人はひとりでは決して生きていけませんから。また何か人間関係で迷ったら、いつでも相談に来てください。
シマオ:ありがとうとうございます!
※この記事は2020年2月26日初出です。連載第5回はこちら。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。