前回は、初心者・若手が一人前になるためには仕事の「型」(守破離の「守」)を身につけることが大切であること、その際に「間違った努力」をすると半人前にしかなれず、一人前になるためには「正しい努力」をすることがポイントだとお話ししました。
初心者から一人前になるために必要となる正しい努力の仕方とはずばり、「徹底的にパクる(TTP)」。先人の知恵や事例を徹底的に学ぶことで、効率的に一人前への道を進むことができるのです。
では、一人前になったその先は?
「一流」になるためには、一人前を目指していた頃と同じ努力の仕方では通用しません。初心者から一人前(守)になる時にはお手本となる「型」がありますが、「一流(破)」へと進化するためには、自ら新しい「型」をつくらなければいけないからです。
ではどうしたらいいのか。一流になるために必要な「正しい努力の仕方」とは、「徹底的にパクって進化させる」、略して“TTP-S”です。そこで今回は、このTTP-Sについて詳しくお話しすることにします。
コンフォートゾーンからラーニングゾーンへ
「一人前」とは、型通りの仕事をこなし、一定の成果を生産性高く出すことができる状態のこと。本人は達成感を持ちながら仕事ができており、組織としても期待する成果を出してもらえているという、双方にとって非常に良好な状態です。このような状態を「コンフォートゾーン」と呼びます。
ただし、ここで注意が必要です。一人前になれたことに満足してコンフォートゾーンでとどまっていては、いつまでたっても「一流」にはなれません。変化に対応しなければ、せっかく習得したスキルは陳腐化し、時代に取り残されてしまいます。
これはなにも個人に限ったことではなく、組織に対してもまったく同じことが当てはまります。組織に一人前止まりの人材しかいなければ、組織もまたコンフォートゾーンにとどまった“一人前止まり”になり、時間とともに取り残されていく運命をたどります。
組織がコンフォートゾーンにとどまっているということは、変化を望まず、現状維持に甘んじているということ。これでは、絶えず変化する顧客のニーズや市場環境についていくことは到底無理でしょう。
そこで、次の図をご覧ください。これはコンフォートゾーンから抜け出す際の留意点を表したものです。
一番内側の円は「コンフォートゾーン」。一人前の人たちはここに位置しています。慣れ親しんだ型を打ち破り、変化を起こしてもう一段スキルレベルを上げると(守破離でいうところの「破」)、コンフォートゾーンより一回り大きい「ラーニングゾーン」が広がっています。
ただし、あまりに急激な変化は危険です。拙速に変化を起こそうとすると、個人も組織もパニックに陥りかねません(図中、一番外側の「パニックゾーン」)。急成長中の企業などで時々耳にする、「組織を一気に拡大させた結果、カルチャーや風土まで様変わりしたせいで優秀な人が立て続けに辞めてしまった」といった現象は、まさにこの例です。要するに、型を破って一人前から一流になるプロセスでは、ショックが少なくなるよう小さな変化を重ねていくことが大切です。
話を戻しましょう。コンフォートゾーンからラーニングゾーンへスムーズに移行するためには、どんなことを意識すればよいのでしょうか? ここで注目していただきたいポイントは2つあります。1つめは「顧客価値を高める」、もう1つは「環境変化に適応する」です。
この2つのポイントについては後ほど詳述することにして、以降ではまず、私が実際に経験したエピソードを紹介しつつ“TTP-S”のポイントをお伝えしていくことにしましょう。
売り上げの10倍近い赤字を出していた新規事業
リクルートが運営するスーモカウンターの公式サイト。実店舗は全国にあり、2020年現在の店舗数は200カ所以上を数える。
リクルートが運営する「スーモカウンター」をご存知ですか? 注文住宅を建てたい個人顧客とそれを実現する建設会社をアドバイザーがマッチングさせるというサービスで、2020年現在では全国に200カ所以上の実店舗を展開しています。私は以前、当時まだ新規事業だったこの多店舗型事業の責任者を6年務めていました。
実は、私が担当する以前のスーモカウンター事業は決して順風満帆ではありませんでした。当初は売り上げの10倍近い赤字という状況。まだビジネスモデルも確定していないなか、新規に大量出店する計画だけが決まっていました(この大量出店計画は、着任1カ月でストップする決定をしました。それくらい混乱を極めていたのです)。
そんな状態だったスーモカウンター事業を、私は6年間で売り上げを約30倍、店舗数を12倍、従業員数を5倍に拡大させることに成功しました。
大赤字状態だった事業をどうやって成長軌道に乗せたのか? 私がこの6年間に実行したこと、それこそがまさに「徹底的にパクって進化させる(TTP-S)」だったのです。
スーモカウンターはどのモデルに似ている?
事業を担当することになった私はまず、「1店舗あたり何組のお客様が来店すれば、継続的に利益が出て、ビジネスとして成立するのか」という条件を確認しました(当初は途方もない来店数が必要で、どうしたものかと頭を悩ませたのをよく覚えています)。
次に考えるべきは、そのビジネスプランを実現するためにはどの変数をどれくらい変えなければいけないか、です。
先ほど紹介したとおり、スーモカウンターのビジネスは、個人顧客の相談に乗って、そのオーダーにピッタリの注文住宅を建ててくれる工務店を紹介するというものです。そこで私は考えました——これはいったい、どういうモデルに近いだろう? “TTP-S”の前半部分、「徹底的にパクる」の出番です。
接客業で似ているものはと考えた結果、思いついたのは「高級フランス料理店」でした。スーモカウンターも高級フレンチも、1人のスタッフが1つのテーブルを担当し、丁寧に接客します。扱い商品も、それぞれの業界で高額という点も同じです。
スーモカウンターと高級フレンチ店。一見異なる2つだが、どちらも接客が丁寧で扱う商品が高いという点はよく似ている。
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では逆に、高級フレンチとスーモカウンターの違いは何でしょうか? 高級フレンチでは、お客様は必ず料理を食べてくれます。しかしスーモカウンターでは、当然ながら最終的に家を建てない人がいます。実際、スーモカウンターを訪れるお客様のうち、スーモカウンターを通して紹介した会社で家を建てる人はわずか数%でした。
実は、チャンスはここに隠れていたのです。
利用者にアンケートをとると、実に半数近くのお客様が最終的に家を建てていることが分かりました。つまり、われわれのマッチング技術の精度を磨き、お客様に紹介する会社の量と質を高めることができれば、業績を数倍に増やせる可能性があるわけです。
そこで、成約件数が多いアドバイザーの接客ノウハウを標準化し、他のメンバーにも“TTP”してもらうことに。これにより成約率の底上げを実現したことで、大赤字だった新規事業を黒字化させる目途が立ちました。
「進化させる」を加えて初めて一流になる
さて、ここで終わってしまっては「徹底的にパクる」止まりです。一流になるためには、ここから「-S」の部分、すなわち「進化させる」を加える必要があります。ここで出てくるのが、先ほどお話しした2つのポイントです。
- 顧客価値を高める
- 環境変化に適応する
改善の糸口を探るため、スーモカウンターを訪れた顧客に対して接客に関するアンケートを実施しました。結果はなんと顧客満足度が97%。要するに、顕在化した顧客の不満はなかったのです。
しかし、ここで「コンフォートゾーン」に長く居続けるのは、事業の成長から言って好ましくありません。このような場合は、責任者である私が守破離の「破」のテーマ設定をする必要があります。
そこで考えたのが「時間」でした。この高い顧客満足度を維持しつつ接客時間を短くできれば、お客様は家族との時間を増やすことができます(お客様の大半が休日にスーモカウンターを訪れます)。接客するアドバイザー側も疲労を軽減でき、事業としては受け入れる顧客数を増やすことができるのですから、まさに「三方良し」。やらない手はありません。
誰にとっても時間は貴重。たとえ顕在化した不満はなくても、時間が短縮されて嬉しくない人はいない。
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そこで接客のステップを10に分解。各ステップにかかる時間をアドバイザーごとに測定して満足度との相関を確認し、加えてムダ・ムラ・ダブリを省くなどの改善を施しました。
この結果、顧客満足度を維持しつつ、当初120分かかっていた接客時間を120分→90分→60分と、段階的に短縮することに成功しました。このようにステップを踏むことで、現場が「パニックゾーン」に入り込むことなくスムーズに「ラーニングゾーン」へと移行しつつ、1つ目のポイントである「顧客価値を高める」を実現することができたのです。
「悪い兆し」をいち早く察知せよ
ここで、「進化させる」の2つ目のポイント「環境変化に適応する」についても触れておきましょう。
環境変化に適応するためには、そもそも「環境変化」に気づく必要があります。本部や本社にいては気づきません。“事件は現場で起きている”からです。通常、「環境変化」の端緒はごくわずかな兆し。現場であっても簡単には気づかないほどのものです。
兆しには「良い兆し」と「悪い兆し」があります。現場は、悪い情報ほど本部や本社、そして上司に隠す傾向があります。悪い情報を伝えると、叱責されるかもしれませんから。しかし往々にして、この「悪い兆し」にこそ環境変化の重要な情報が含まれているものなのです。
例えば「いつも会ってくれていた顧客が会ってくれなくなった」。もしかすると、同業他社が魅力的な商品やサービスを紹介していて、顧客がそれを検討しているからかもしれません。あるいは「特定のチャネルでのアクセスや問い合わせ数が減った、問い合わせの内容が変わった」といった変化も、何か良からぬ変化の兆しかもしれません。
「最近、連絡がつきにくいな」というのも要注意。悪い兆しかもしれない(写真はイメージです)。
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スーモカウンターでは、各組織からの報告で「悪い兆し」「良い兆し」「トピックス」の3つを毎週報告してもらっていました。その際のルールは2つ。1つは、上司や本部は「悪い兆し」に対して決して叱責しないこと(それどころか、書いてくれたことに感謝をすること)。そしてもう1つは、「悪い兆し」に書いていない悪いことが起きた場合は叱責すること。
こうすることで、現場で起きている「悪い兆し」を本部がきちんと集約できるようになります。複数の現場から同じような兆しが上がってきたら、それは環境変化の兆しかもしれませんから、さらに詳しく状況を把握します。大きな流れになる前の「兆し」の段階で情報をキャッチできれば、対策を検討する時間的余裕もあります。
組織として“TTP-S”する仕組みをつくる
以上、スーモカウンター事業を例にとりながら、「徹底的にパクって進化する」とはどういうことかをお話ししてきました。“TTP-S”を実際に行うためにはどうしたらよいか、イメージをつかんでいただけたでしょうか?
このような「正しい努力」は個人で実践することも大切ですが、それ以上に、「組織として“TTP-S”に取り組む」という意識をもって仕組みをつくれるとさらに効果的です。メーカーや工場で実施しているQC活動や、勉強会などはその一例と言えるでしょう。学び続ける仕組みがある組織ほど、“TTP-S”を実現し続ける可能性は高まります。
ちなみに、スーモカウンターでは、前述の毎週の「兆し」の報告に加えて、毎月、“TTP-S”の「-S(進化させる)」の部分のタネを求めて「アイデアコンテスト」なるものを実施していました。
この手のことを実施する際のポイントは、「最初からレベルの高いアイデアを求めない」ということ。私はこれを“砂場の山理論”と呼んでいるのですが、高い山をつくるにはまず、すそ野を広げる必要があります。とにかくたくさんのアイデアが出てくる状態が生まれるよう心がけていると、結果的にその中から“TTP-S”の兆しになるようなアイデアが見つかるものです。
スーモカウンターに関していえば、従業員300人の時には毎月400〜500、年間では5000ものアイデアが出てきました。そのうち「-S(進化させる)」につながる素晴らしいアイデアは1%程度。それでも年間で50にもなるのですからたいしたものです。“砂場の山”はなるべく高くしておくに越したことはありません。
QC活動、勉強会、兆しの報告、アイデアコンテストなど、あなたの組織でも現場のアイデアが出てくる仕組みをつくってみてはいかがでしょうか。
※この記事は2020年1月30日初出です。