元ヤフー社長で、2019年から東京都副知事を務める宮坂氏。宮坂氏の就任後、都は民間デジタル人材の採用を進めている。
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東京都が、民間IT人材の採用を加速させている。
東京都では2021年4月、都庁のDXなどを推進する新たな部局「デジタルサービス局」を設置した。デジタルサービス局には、民間から採用した「デジタルシフト推進担当課長」の17人を含む、約200人が所属。現在も民間IT人材を募集している。
都のデジタル化の推進役を担うこの組織を率いるのが、元ヤフー社長の東京都副知事・宮坂学氏だ。
宮坂氏は2012年にヤフー社長に就任。2019年6月に同社会長を退任したが、3カ月後の9月に東京都副知事に就任した。巨大IT企業のトップからの転身は、当時大きな話題になった。
宮坂氏の就任から約2年半。東京都が民間からデジタル人材を獲得する狙いは何か? 宮坂氏に聞く。
コロナで高まるデジタル化への期待
コロナの感染が拡大し、東京都などでは1月21日から「まん延防止等重点措置」が適応された。
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「都民の方の期待を100とすると、都政が今できていることは10くらいなのだろうと痛感しています。だからこそ、いろんな人に来てもらいたいと思っています」
2020年春以降、コロナ対策で行政のデジタル化を求める風潮は一気に強まった。
東京都では「新型コロナウイルス感染症対策サイト」を、誰でも開発に参加できるオープンソースの仕組みを使い2020年3月に立ち上げたり、診療・検査医療機関を地図上に表示したりとデジタル化を進めている。
コロナ関連だけでなく、ペーパーレス化や脱FAX、電子決済の導入などのデジタル化を推進するが、都に向けられる視線は厳しい。
「感染拡大防止協力金や支援金をデジタル申請したらすぐ振り込まれるとか、対象者に自動で行政サービスを届ける仕組みとか、どこのPCR検査会場に検査キットの在庫があるかが一目でわかるとか。都民の期待はそこにあると思います」
都民からの評価は、「デジタル化をしたのかどうか」ではなく、「期待値を超えたデジタル化をしたかどうか」だという。
「これらの期待について、やれない理由は山ほど言えます。でも、たとえすごく時間はかかっても、期待値に近づけるようにやっていくしかないと思っています」
任期中の目標は「船を残すこと」
都庁内のデジタルサービス局の内部。フリーアドレスが導入されている。
出典:東京都デジタルサービス局・オンラインイベント資料
デジタル化の原動力として、東京都が進めるのが民間からのデジタル人材の獲得だ。
2021年度から常勤の公務員として「ICT職」の採用を開始したほか、週1~2日勤務の副業可能なデジタル人材も採用している。
宮坂氏は副知事に就任した当時から、民間人材の獲得は不可欠だと考えていた。
「就任直後の講演で『(任期中に)船を残したい』と言いました。デジタルサービス局はその船です。『ビジョナリー・カンパニー』(ジム・コリンズ著)に、バスに誰を乗せるかという話がありますが、都庁の場合は、そもそもバスがない状態。そして都の職員は17万人もいたので、サイズ的にバスではなく船を作る必要がありました」
就任から約2年でデジタルサービス局を発足させ、今後は「船にどんどん人を乗せる段階」だという。
「今までとは違う人材・組織でやらないといけない」
東京都ではデジタル人材の採用を進めている。
出典:出典:東京都デジタルサービス局・オンラインイベント資料
そもそも、なぜ民間のデジタル人材が必要なのか?
「難しい問題を解くためには多様な人材が必要です。デジタルに詳しい人だけでも、行政に詳しい人だけでも不十分。ベンダーに丸投げするのではなく、デジタル知識のある公務員が、ベンダーとチームを組んでデジタルサービスの開発を進めていかないといけません」
宮坂氏は、東京都のデジタル化の課題は「使いやすさ」にあるという。
「行政のデジタル化自体は、今までもやってきたことです。住民票は紙だけで管理しているわけではないし、納税もe-Taxでできる。ただ問題は使いやすいかどうか。
デジタル化の大きな挑戦は、使い勝手のいいものに変えていくことです。そのためには、今までと違うやり方を、違う人材・組織でやらないといけません」
年収は民間相場の半分でも「応募多数」の理由
撮影:今村拓馬
デジタルサービス局が、現在募集しているのは「デジタルシフト推進担当課長」。2年間の任期付き「特定任期付職員」としての採用で、最長5年まで延長も可能だ。採用人数は、10数名程度(2月2日応募締め切り。応募の詳細は、デジタルサービス局やエン・ジャパンのウェブサイトから確認できる)。
応募条件は「インターネットサービスなど情報システムの構築・管理に従事した経験10年以上」や「プロジェクトを統括、成功に導いた経験を有していること」。職種では「Webディレクション」や「クラウドシステムアーキテクト」、「プロジェクトマネジメント」など。
今回募集の想定年収は「1000万円程度」だが、民間人材を国や地方自治体が採用する場合、給与が下がることがハードルの1つだ。
ただ都職員の給与は、都の条例によって決定されているため、民間企業のようにポジションや経験によって細かく年収を設定することはできない。
東京都が募集している「デジタルシフト推進課長」の応募資格。
東京都デジタルサービス局のサイトを編集部キャプチャ
この条件について、デジタル人材の採用の経験のある30代のベンチャー企業の役員は、「ベンチャーとの取り合いになる人材。応募条件を満たす人材はごくわずかで、経験・業種によっては民間では2000万~3000万を稼ぐチャンスもある人材だ」と話す。
宮坂氏は「この金額で来てもらえる人に来てもらいたい」と話すが、現状では予想以上の応募が寄せられているという。
「“公共”と呼ばれる領域、例えば気候危機や健康、教育、医療などの課題が浮き彫りになり、自分のスキルを公共で使ってみたいと考える人が増えている。これまでは、デジタルの才能が、広告やメディア、Eコマース、ゲーム、決済などに吸い込まれてきましたが、公共に目が向いてきています」
デジタル人材が働くべきは、民間か?行政か?
ヤフーを傘下に持つZホールディングスとLINEは2021年3月に経営統合。IT企業にとってもデジタル人材の確保は最重要課題になっている。
撮影:小林優多郎
優秀なデジタル人材ならば、宮坂氏の出身企業であるヤフーも含めて、大手IT企業で働くのがまだまだ一般的だろう。
宮坂氏はデジタル人材のキャリアとして、行政で働く価値をどう考えているのか?
「民間と行政、どっちも面白さがあると思います。民間企業ではグローバル企業相手に勝負する面白さもありますし、行政では、民間では採算に合わないけれど、本当に困っている人を技術で助けるという意義を実現できる面白みがある」
その上で宮坂氏は、行政におけるデジタル人材の需要は「今から一気に立ち上がってくる」と指摘する。
「日本には1700以上の市町村がありますが、遅かれ早かれそれぞれの組織で、CTO(最高技術責任者)が必要になります。ビジネスとデジタル、そして行政。この3つが交わる領域の人材マーケットは、これから急拡大します。黎明(れいめい)期ならではの大変さと面白さがあるはずです」
ただ、民間から行政へのキャリアチェンジは、戸惑うことも多いという。
「民間と行政は、例えると遠く離れた大陸くらい違います。民間企業のようにオンボーディングのプロセスがあって、そこに乗るとすぐ入っていける簡単さはないと言ってもいい。官民を行き来するキャリアのリボルビングドア(回転扉)がよく言われるようになりましたが、大陸をまたぐ橋はこれから作っていかなくてはいけません」
公務員の「リスキリング」も課題
オンライン取材に応じた宮坂氏。
撮影:横山耕太郎
宮坂氏が、民間人材の採用と同時に強調するのが、「公務員のデジタルスキル」の底上げだ。
「都庁の職員全員がプログラミングをできたり、ウェブデザインをできたりする必要はないです。ただし、今よりも5%とか10%でもいいから、コンピューターのことがわかるようになってほしいと思います」
果たして、デジタルが直結しない業務も多く抱える都庁で、デジタル教育はうまく定着するのだろうか?
「都庁では昇任するために試験を受ける必要があるため、職員はキャリアの途中で勉強する習慣があります。リスキリングとの相性はいいはず。
日本企業は、世界と比べて人材開発の投資金額が少ないと言われますが、都庁は『人材開発組織』になりたい。デジタルスキルをもった公務員を増やしていくためにも、都庁に入れば実務の勉強もできるし、デジタルの勉強もできるという環境を作っていきたい」
宮坂氏は今後、ICT職向けにスキルマップを作るほか、非デジタル職員向けにデジタルスキル研修を実施したいとする。
東京都のデジタル化がどこまで進められるか? 副知事の任期が残り2年を切った宮坂氏の手腕が問われる。
(文・横山耕太郎)