今年のトップ100社の創業来調達額は、昨年の約5倍にあたる113億ドルに上った。
提供:Cleantech Group
気候変動対策関連の技術・サービスを展開するスタートアップ「クリーンテック(気候テック)」への投資が、かつてない勢いで拡大している。
そのトレンドを示す注目の指標が、アメリカの気候テック専門調査会社クリーンテック・グループが毎年公表する「グローバル・クリーンテック100」だ。
グローバル・クリーンテック100は、市場に大きな変革をもたらす可能性の高い気候テックのトップ100社をクリーンテック・グループが毎年選出し、公表しているレポートだ。
これまでにテスラ(Tesla)やリビアン(Rivian)など“大化け”した企業を多数輩出していることで知られ、この分野の先進的な技術開発動向を知る指標として、世界の投資家の注目を集めている。
その最新版となる「グローバル・クリーンテック100」2022年版が、2022年1月に発表された。
それによると、トップ100社が2021年に調達した資金は69億ドル(約7950億円)、創業時からの累計で113億ドル(約1兆3000億円)。前回の2021年版に比べ、年調達額で約5倍、累計で約2倍と急拡大した。
このトップ100社だけではない。デロイトトーマツベンチャーサポートによれば、気候テック全体に対する世界の投資額は、2021年第1〜3四半期に308億ドル(約3兆5500億円)と過去最高を記録している。
【図1】気候テックに対するベンチャーキャピタルの投資動向(2011年〜2021年第3四半期)。
出所:デロイトトーマツベンチャーサポート「気候変動イノベーション、スタートアップを支えるエコシステム(前編)」
コンクリート関連テック、日本にも進出
投資拡大を下支えしている要因の一つは、技術開発の進展だ。
2022年版グローバル・クリーンテック100に選ばれた企業の顔ぶれから、どんなトレンドを読み取ることができるのだろうか。
デロイトトーマツベンチャーサポートの木村将之COOが注目するのは、コンクリートの原料となるセメントの二酸化炭素(CO2)削減技術だ。
セメント産業は、電力、鉄鋼に次いでCO2排出量が多い産業とされ、日本では国全体の温室効果ガス排出量の約4%を占めている。
「コンクリートの製造過程でCO2を削減する技術は、すでに実用化レベルの脱炭素ソリューションとして注目のセクター。今回のトップ100にも複数の企業が選ばれています」(木村氏)
その一つ、カナダのカーボンキュア(Carbon Cure)は、セメント製造過程で発生するCO2を大気に排出せずコンクリートに注入することによって、より強度の高いコンクリート建材を製造する技術を持つスタートアップだ。
これまでに、アマゾン(Amazon)が設立した総額20億ドル(約2300億円)の投資ファンドなどから資金を調達。日本市場への参入にも積極的で、2021年11月から北海道で供給を開始している。
カーボンキュアの技術解説動画。
CarbonCure Official Vimeo Site
三菱商事も積極投資する「CCUSテック」とは
なぜ、コンクリート分野に注目が集まっているのか。
「グローバルのセメントコンクリート業界で、カーボンニュートラル(脱炭素)化した建材の使用を促す規制の動きが出てきており、そうした建材を売買できるバイヤーの参入が期待できるからです」(木村氏)
コンクリートにCO2を固定化することでCO2排出を減らす手法は、「CCUS」と呼ばれるCO2を回収・貯留・再利用する技術の一種だ。このCCUS技術を手がけるスタートアップ「CCUSテック」に対する投資額も近年、急激に増加している。
アメリカの調査会社CBインサイツは2021年8月、CCUSテック企業の資金調達額が2021年に前年比2倍超の約11億ドル(約1260億円)に達する見通しを示した(【図2】)。
【図2】CCUSテック企業の新株発行をともなう資金調達額と調達件数(2017〜2021年8月18日、公表ベース、単位100万ドル)。
出所:CBインサイツ
その背景について、木村氏は次のように語る。
「アメリカではCCUSの各領域において、CO2の固定化・転換に対する大型の税額控除や補助金拠出が行われており、CCUSのコストが急速に、現実的な水準に近づいているからです」(木村氏)
また、CCUS技術を活用してCO2をさまざまな物質に変換することができるという用途の広さなどにも、注目が集まっている。
「持続可能な航空燃料(SAF)をはじめ、CCUSによって物質転換された生成物のマーケットが確立されつつあります。
さらに、一連の過程で固定化・削減したCO2のクレジットがマネタイズ(収益化)する事例も登場。ビジネスとして成り立つ可能性が、急速に高まっているのです」(木村氏)
CCUSテックへの投資については、日本企業も積極的な姿勢を見せている。その筆頭は三菱商事だ。
三菱商事は、2020年にコンクリート原料の8割を占める骨材(砂や砂利など)にCO2を固定化する技術を持つアメリカのブループラネット(Blue Planet)と、2021年に世界最大のカーボンクレジット開発・販売会社であるスイスのサウスポール(South Pole)と、相次いで協業契約を締結。先述のカーボンキュアとも、2021年に資本参画と業務提携に合意している。
CO2固定化だけでなく、クレジットの販売まで含め、コンクリート関連のCCUSサプライチェーン全体に対する投資を行っている点で注目される。
CO2排出・削減の“見える化”にも注目
さらに、今回のトップ100で木村氏が注目するのは、CO2排出・吸収量の計測、いわゆる“見える化”に関する技術の進展だ。
CO2の「吸収」と言えば、最も知られているのは森林によるCO2吸収(森林吸収)だろう。
しかし、木々の成長速度に応じたCO2の吸収量を確認する方法や、火災を始めとする自然災害がCO2の吸収量に及ぼす影響を見積もる手法が確立されていないことなどが課題とされていた。
しかし、この分野でも目覚ましい実績をあげているスタートアップが登場している。今回のトップ100のなかでは、アメリカのパチャマ(Pachama)がその代表だ。
パチャマは、CO2吸収源となる森林を衛星で撮影し、CO2吸収量を測定するシステムを開発。先述のアマゾンの投資ファンドのほか、マイクロソフト(Microsoft)創業者ビル・ゲイツやアマゾン創業者ジェフ・ベゾスらが設立した投資ファンドなどから、1500万ドル(約17億3000万円)を調達し、すでにシステムを実用化させている。
一方、企業がサプライチェーン全体でCO2を削減するためには、どこからどの程度CO2が排出されているのかを計測する技術も重要だ。
「どんな企業も、脱炭素化の“はじめの一歩”は排出量の計測。そこを避けては通れないため、巨大ファンドも大規模な投資を行っています。
最近は、ただ計測して可視化するだけでなく、それを分析し、どのように減らしていくべきかという提案まで視野に入れた企業が出てきています」(木村氏)
今回トップ100に選ばれたアメリカのパーセフォニ(Persefoni)は、商品・サービスの原材料調達から廃棄・リサイクルまでのCO2排出量(カーボンフットプリント)を精密に計測することで知られる、アメリカの代表的な気候テックだ。
同社は2021年10月、SaaS(クラウドサービス)を提供する気候テックとして、史上最大級の1億100万ドル(約116億円)を調達した。
2022年版トップ100にはほかにも、電気自動車・バッテリー、農業、食、個人向けのサービスなど、さまざまな分野の注目スタートアップが名を連ねている。
クリーンテック・グループによれば、この1年で、グローバル・クリーンテック100の“卒業生”18社が、特定買収目的会社(SPAC)との合併によって株式市場に上場した。
同社は今回トップ100社の発表に際し、卒業生のなかで最も著名なテスラになぞらえ、こう指摘している。
「(2050年までの)残り28年で、世界の工業化経済全体の脱炭素化を本当に成功させるにはきっと、8~10社どころではない“次のテスラ”の誕生が必要になるでしょう」
(文・湯田陽子)