写真提供:ヤマト運輸
ネット通販やフリマアプリにおける宅配便の取り扱い量が増え続けている。
宅配便の国内最大手で100年企業のヤマト運輸は、とりわけその影響を大きく受ける存在だ。
1年間で約21億個(2021年3月期)の荷物を運ぶ同社にとって、DXの実行による効率の改善はまさに喫緊の課題と言っていい。
ヤマト運輸を傘下にもつヤマトホールディングスは、創業100年の節目にあたる年の2020年1月に、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を公表した。同改革プランの中でも「宅急便のデジタルトランスフォーメーション」は筆頭に上がっている。
同社が目指すデジタル・トランスフォーメーションは、利用者におけるサービス向上だけでなく、増え続ける荷物を届ける物流網においても、少しずつ成果を出しつつある。
実際、ヤマト運輸を支えるITでは、どんな変化が進んでいるのか。
デジタルデータ戦略担当幹部の取材から探っていきたい。
「細やかな置き配」の裏側にあるデジタル連携
最近よく見かけるようになった、ECサイトの商品の宅急便を運び、置き配もしてくれるEAZY CREW。このサービスの背後には、物流システムへのデジタル導入がある。
出典:ヤマト運輸
コロナ以降の宅急便利用の大きな変化といえば、非対面ニーズ・ECサイト利用の増加で、玄関前に荷物を届ける「置き配」を利用する機会が大幅に増えたことではないだろうか。
同社では、2020年6月より、提携したECサイトやフリマアプリなど個人間取引(C2C)サービス向けの宅配「EAZY」を開始した。EAZYは、宅急便の荷物を置く場所を、玄関前のほか、ガスメーターボックスや車庫、自転車のカゴなどと荷物が届く直前まで変更できるという柔軟なシステムだ。
EAZYを配達するスタッフは「EAZY CREW」という呼称で、「E」EC、Eco、Easy、「A」Appointed(指定された、約束した、定められた)、「Z」ZONE(居住地域内の)様々な場所に対応、「Y」YAMATOの頭文字を取ったものになっている。
出典:ヤマト運輸
EAZYは、ユーザー(利用者)からみると、細やかな受け取り設定ができ、ヤマト運輸のLINE公式アカウント経由で再配達依頼も簡単にできる「便利なサービス」としか見えない。が、EAZYの実現そのものに、いまヤマト運輸が取り組むDXの一端が現れている。
ヤマト運輸執行役員デジタル機能本部デジタルデータ戦略担当の中林紀彦氏は、EAZYのサービスについて次のように説明する。
「ECサイトで注文した商品を、対面に加え、ご自宅の玄関ドア前や車庫、ガスメーターボックスなどで受け取れ、さらに直前まで何度でも受け取り方法が変更できます。
また、お客さまの生活導線上でEC商品の受取・返品もできます。イギリスのDoddle社と提携し、ドラックストアやスーパーなど、Doddle社のシステムを導入している店舗であれば、二次元バーコードをかざすだけでEC商品の受け取りができます。
デジタル返品・発送サポートサービスは、お客さまがWeb上で返品情報を入力後、メールアドレスに送信される二次元バーコードを、弊社の直営店や一部のコンビニなどで提示するだけで、返品できます」
こうした外部事業者と共同でサービスが実現できるのは、ヤマト運輸からEC事業者(ZOZOやメルカリなど)へ、データを連係する出入り口(API)が提供されているからだ。
APIによって、EC事業者はヤマト運輸が持っているデータの参照やシステムと連携ができる。連携が容易になることで、受取先の指定や配達直前まで置き配場所の指定ができるので、カスタマーエクスペリエンス(CX)や顧客満足度の向上などが期待できる。
デジタルプラットフォームで新たなサービスを実現
ヤマト運輸株式会社執行役員デジタル機能本部デジタルデータ戦略担当の中林紀彦氏。
写真提供:ヤマト運輸
中林氏の発言からも分かるように、EAZYのサービス1つとっても、ヤマト運輸の内側のDXの進展なくしては実現が難しかった。
このような変化を目指してきた背景について、中林氏はこう語る。
「(デジタル活用に取り組む)課題感としては、2019年に経団連から発表された“AI-Ready化ガイドライン”の存在がありました。私はガイドラインの策定メンバーでもあり、まずは経営やマネジメントに関わる人材のデジタルリテラシーの向上が重要だと考えました」
「マネジメント人材のリテラシーの向上」と言葉で書くのは簡単だが、その実現のための難度は極めて高い。特に、会社全体のデジタル化の意識を変えていこうとすれば、トップマネジメント=経営層にまで、「意識」と「知識」が浸透する仕組みを用意することが不可欠だからだ。
この点についても着手している、と中林氏は言う。
「(ヤマト運輸では)社長を含めた経営層にプログラミング言語のPythonを経験してもらうため、教育プログラムの準備を進めています。プログラミングをすべて理解するのは難しくても、デジタルを活用して、経営の意思決定に生かすべき時代です。
会社の組織においても、これまでは宅急便や決済事業など機能ごとに関連会社が複数あり、データが点在していました。2021年4月に主要グループ会社7社をヤマト運輸に統合し、点在していたデータをYDP(ヤマトデジタルプラットフォーム※)に一元化しました。
また、デジタルリテラシーの向上は、デジタルのスペシャリスト人材だけでなく、事業本部・機能本部のマネジメント層や現場組織の管理者など、経営層を含む全社員への浸透を目指しています」
※YDP:YDPは従来は業務やグループ会社ごとに縦割りで管理されていたデータを、一括管理できるオープンなプラットフォームのこと
DXの推進において、経営層が意思と行動を示すことで改革を進める先行企業もある。
例えば、コープさっぽろでは東急ハンズやメルカリで活躍したCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)を招いて、「全部任せる」とトップが腹をくくって権限を移譲しながら、社内システムの刷新を進めた。日清食品グループでは初代CIOによるテレワーク環境の整備によって、コロナ禍における社員3000人の在宅勤務にもスムーズに移行できている。
中林氏は続けて説明する。
「現場では、まだまだ手書き伝票などのアナログ作業が残っています。エクセルによるデータ集計など細かな作業に忙殺されているのが現状です。しかし、現場に根付いたやり方を一朝一夕で置き換えるのは困難です」
これは、止まってはいけない物流インフラ企業だからこその、悩みだ。立ち止まらず変えていくために、どういう選択をしたのか。
「手書き伝票の文字をカメラで読み取り、データ化できるツールを提供しています。また、エクセルによる業務負荷を減らすためにマクロを学ぶ研修や、エクセルによるデータの加工作業を減らすために機能本部が提供するデータをそのまま使えるようにしました。
このように現場に対しては既存業務を大きく変えず、業務効率化を推進しています。また、弊社のECの荷物の配送パートナーであるEAZY CREW(イージークルー)が業務で利用するスマホアプリも自社開発で展開し、業務効率化を進めています」
ヤマト運輸では1974年から社内業務のシステム化として「第1次NEKOシステム」が稼働しており、長年にわたって規模を拡大させてきた。昭和、平成とヤマト運輸を支えたシステムとして現在も稼働しているが、順次クラウドをベースとした新しいプラットフォームに移行を進めている。
EAZYの根幹である「外部事業者と連携するAPI提供」なども、この取り組みが実を結んだ結果と言える。
自前主義→エクサウィザーズ協業で得たもの
AI企業のエクサウィザーズと協業し、機械学習を使った業務量予測などの取り組みも進めている。
撮影:Business Insider Japan
宅配荷物にまつわるデジタル化活用(API連携)を進める一方で、機械学習を使った「物流の需要予測」といった“今風”の取り組みも進めている。
従来、ヤマトグループのシステム開発は、グループ会社のヤマトシステム開発を中心とした自前体制だった。それが、近年では、先端技術をもつ外部パートナーとの協業を積極的に進めている。既にYDP上で一元管理されたデータを活用するなどの実績がある。
これまでの自前主義と比べて、外部との協業を通して得るものも多いという。
「約6500カ所あるセンターの数カ月先の業務量を予測する機械学習モデルを共同開発したエクサウィザーズ社は、機械学習や“MLOps”(データ分析と、それにより業務改善を繰り返すサイクルを効率的に行う仕組み)における知見を持っています。
エクサウィザーズ社と共同で開発しながら、社内の人材育成も進めました。こうした知見を短期間で吸収できるのが、外部パートナーとの協業における大きなメリットです。また、アドバイザリーボードとして外部の有識者を招き、技術開発などで支援いただいています」
外部リソースとしてクラウドも活用し、大手3社(アマゾン、グーグル、マイクロソフト)によるマルチクラウドを展開している。マルチクラウドは運用の複雑化などデメリットを乗り越えれば、業務の要望に応じて必要な機能やツールを積極的に導入できるメリットがある。こうしたMLOps・データレイク(データを分析しやすく格納する場所)など含むデータ分析環境はIT企業並みの水準を揃えたと、中林氏は胸を張る。
データ分析環境の整備と並行して、採用も強化している。専門的な人材として理論まで熟知したアカデミックな人材やビジネスとテクノロジーをつなぐ橋渡し役を採用して、現在、300名規模の新・デジタル組織立ち上げを目指している。
デジタルで次の100年の物流改革を担う
アナログなイメージの強い配送業において、デジタルによる大幅な効率化はまだ始まったばかりだ。次のフェーズでイメージしているプランは「徹底した物流センシング」にあるようだ。
「(現時点でも)荷物の集荷や配達のタイミングなど、お客様視点ではデータ追跡ができています。しかし、配送車両の細かな動きや、荷物が車両や鉄道・飛行機などどのように配送されているかは、まだ細かく追えていないのが実情です。
ヤマトグループは約5万7000台の配送車両を保有しています。さらに『ベース店』と呼ばれる中継拠点では、数百名の社員が1日に数万個の荷物を扱います。これが(すべてセンシングできれば)超巨大なデータとなりますし、このデータを分析すれば配送業務はもっと効率化できるはずです」
近年、物流業界ではITによる業務効率化が注目されている。
例えばオフィス通販大手のアスクルでは、独自にクラウド上にビッグデータ分析環境を構築して社内の情報を一元化することで、精度や処理速度の向上を実現している。電気通信大学と共同で「在庫管理最適化AI」の開発にも取り組んでいる。
工具・資材通販大手のモノタロウにおいても、1800万を超える取扱商品から、利用者が求めるものを快適に探せる環境を提供している。モノタロウの売上高1500億円を支えるシステムには、実装と改善を繰り返すMLOpsが導入されている。
「正直なところ、まだ道半ば」
YAMATO NEXT100が公表されてまだ2年。本格的な物流DXへに至る進捗について、中林氏は「正直なところ、まだ道半ば」だと言葉少なに言う。
技術的な課題はもちろん、アナログが根強い現場とデジタルを推進したい本部における温度差の解消自体も課題の1つだろう。さらに物流業界は、多数の取引先の下請け運送会社からなる巨大なエコシステムであり、だからこそ急速なDXは難しい側面もありそうだ。
「道半ば」という言葉は、裏返せばやれることは山ほどある、という意味でもある。事実として「YAMATO NEXT100」に基づく中期経営計画「Oneヤマト2023」において、さらなるデジタル化を推進している。
将来登場する新たなテクノロジーを活用して今まで取得できなかったデータを分析することは、エンジニアにとっても挑戦しがいのあるテーマと言えるだろう。
(文・マスクド・アナライズ)
マスクド・アナライズ:元ITスタートアップ社員。 同社退職後は企業におけるAI・データサイエンスの活用支援、人材育成、イベント登壇、執筆活動などを手掛けている。近著に『データ分析の大学』がある。